詩集 落ち穂拾い 2001.3.15.
余韻と残像
グァーン グァーンと鐘が鳴りつづける 何がはじまろうとしているのか それとも終わりの時 あるいは時の終わり 空は赤黒い汚泥に埋め立てられ 暗黒の中にうずくまる手から 輝き出す線香花火の 最初の数閃―閃 閃 閃―閃閃閃 ついには赤いとろりとした火の滴となって落下する 一きわ濃い闇の中を 愛の原初のかたちは幼年の記憶の断片のあいだに一見滅び去ったかにみえる 日常と夢の双方の思い出はもう区別する必要もない 病身でおとなしい女の子と ひどくおしゃまで気まぐれな 夢の中の妖精 あこがれはつまり自らに課した絶望の距離とうらはらであったから ぼくは愛を共有の夜の中に夢みること望んだが その最初の選択の中に大きな誤りがあったのだ
そんなぼくを嫉妬するヤツがいた いったいどんな根拠があってかの女の愛がこんな気むずかしいはにかみやのぼくに寄せられていると思うのか 一介の無知な百姓女であるぼくの祖母がせっせと担任の先生へ運ぶカボチャやナスのおかげで ぼくがよい成績をおさめるのだとつねづね信じ込んでいたかれは ついでに仮想の恋敵の役をこのぼくに負わせたのか かわいそうにかれは朝昼晩ずっと恋いこがれていたのに いじめっ子の腕力のほかにたよるものが何もなかったのだ しかしかわいそうなのはこのぼくも同じだ いったいだれが子供の世界にまで小うるさい親類の思惑などの考えを持ち込んだのか?ぼくの家はたしかに目も当てられられぬほど貧乏であったのに彼女の家とは縁組をしないと祖母は誇らしげに言ったらしい さもなければだれが幼いぼくの心にそんなにも早くあきらめをそそぎ込み得たか この谷間の村で家系にまつわる忌まわしい病気の噂は消えてゆくに百年はかかる
かの女が大きくなってほんとうの恋をしそしてその恋が悲劇に終わったころ ぼくは学問をするために遠い町に出てしまっていた じつのところ水飲み百姓の小せがれでしかも身体もひ弱いぼくが 自分の人生を切り開いてゆくためには 血をはく病気もふくめてたくさんのなすべきことがあったし 彼女とはしょせん無縁でしかなかったのだ
グファ―ン グァーン 鳴りとよもす鐘の音 暮れ果てた農家の門先にこぼれる薄暗い電灯の光の中にしゃがみ火薬のもえる刺激臭をまきちらし 実体のない火花が二段三段に枝分かれする屈折の磁場 ぼくはその美しさに魅せられた しかしその夜の夢の中で 赤い単衣を着た女の子が藁ぞうりの足で オオバコの山道を踏んで立ち去ったとき ぼくはその姿を 闇にきえる火花と同じように 追うすべのないものとして見送ったのだった。