白い幻想

 午前二時。眠りも夢も穴蔵の上げ蓋の下に隠れて、かすかな吐息は地下の湿っぽくかび臭い臭いを帯びる。照らせ、電灯よ、明々とノートの白を。四角いこの聖域の中に汚れない純白の幻影を氾濫させよ。なぜなら宇宙はあまりにも暗くひろがって、そこには何の約束も刻まれていないから。人間は生きのびるための神話を何千年にもわたって、あらゆる民族のあらゆる言葉で創り出したのに、そのすべての仮構性が見透かされる時代がとうとうやって来てしまったから・・・



 場末の駅の構内に咲いていた青白い桜。歯医者の治療椅子から見えた中庭の利休梅(りきゅうばい)。遥かな青春の日、谷間に降りしきったみぞれ雪。濃いめの化粧で小面のように照り映えた少女の顔。「ネガティブ・ポシビリティー」という言葉のむごい白さ。