紙の星より

           たくさんの人々が地べたにすわり
            ハサミやノリをつかって 紙細工に夢中だった
           そして その紙は
 地面をはがして取ればいい
のだった
                ここは紙の星だった
           ぼくは器用な方ではない みんなの作品を見て歩く
           千羽鶴を折っている女の子が 千羽鶴の山に埋もれ
           紙飛行機を作って飛ばす男の子は 見る見る記録を更 新して
           むこうで五重の塔をこしらえている老人の頭に当てた
           その飛行機はたまたま金箔だったので
            老人はひらいて切り抜いてみごとな水煙にした
           男の子はそのそばに坐り込んで 小さな家を作りだす
           メビウスの環に
            タテにタテにハサミを入れる男がいた
           納得するまで 何度も何度も 
           しかし決して納得しないようだった  

                                                                      
  
 造花の花壇を取り囲む柵も 紙をより合わせたもの
   柵にからまる蔓ばらも 本物そっくり
   死者を祭る祭壇は 金銀の紙でひときわきらびやかに
   けれども この星に死者がいるのか?
   紙製の棺の蓋がはずれていて 中には紙製のデス・マスクが
   あたりまえのように置かれていた

死はまことにそれ自体は無意味ですから
 私は飾り立てて意味を与えるのです
  と

   物知りぶった葬儀屋兼僧侶兼花屋が言った
   かれの白いひげもどうやら紙製のつけひげだった
   風が吹いてきて祭壇をひっくり返したら
   ろうそくが倒れて火事になった
   厚紙細工の消防車を押してきた連中が
   紙のホースから紙吹雪を吹きかけると
   火はますます燃え上がり 地面に燃え移り
   あたり一面の細工物に飛び火して
   みんな悲鳴をあげて逃げ惑った    

                                                                     

   
ぼくは旅をつづけた はだしで歩いても
   疲れたら地面に寝てもいい なめらかな紙の野原を
   多少の雨が水たまりを作ることもあるけれど
   すぐに地面に吸いこまれて乾いてしまい
   あとには草一本生えないなだらかな起伏が
   日の光に肌色に照らされて どこまでもつづいた
   すると立て札があって「黙示録の世界」としるしてある
   自然にできた広い谷間いっぱいに
   紙で作った等身大の人形が作ってある

崖から宙吊りになったのは翼をひろげた悪魔たち

    七つの燈台が小高い丘に立ち並び

   
谷の中央には毒々しい色の怪獣
   ぼくは用心深く尻尾の方を迂回して
   巨大な白衣の神の像をめざして進んだ
   この神は張りぼてではなく絶壁面を刻んだのだと気付く
   その証拠に 断層の美しい縞目が平行して走り
   七色の紙の層が 遠目には純白に輝くのだった

                         
                
                            
おまえは何者か おまえは罪を犯したろう
  おまえは地獄に堕ちるだろう


   雷のような声がとどろき 谷間にこだました
     ぼくは逃げだしかけたが すぐに気付いた
   声の主は本当の神ではない
   ぼくの名前を知らないし (実はぼくも知らないのだ)
   ぼくが罪を犯していないことを知らないし
   地獄は当節流行らないことも知らないのだ
    けれども
   こんな子供だましはあんまり好きではない
   神像の足元に近寄ってみると入り口があった
   階段を昇りつめると 神像の頭部の中をくり抜いて
   一人の男が住んでいた
   最後の審判の神になったつもの狂人だった
    ぼくはそっと立ち去った あの男は
   この星で最高の人物だったかもしれない
   すくなくとも天才と紙一重ではあったのだ

   そしてまた 紙細工する子供たち
   素人の へたくそな紙の工芸を見歩いて
   ぼくは何百キロも旅をした
   その間 飲み食いもせず
   眠りもせず
   病気もせず
    そして この星でぼくの見たすべての人々もそうだった
   材料と 工作する人間(ホモ・ファーベル)と 製品と そしてそれだ け
   紙の文明があるわけではない
   ここに社会は存在しないのだから
   紙を綴じ合わせたノートはあっても
   一行も文章を書きこんだページはない
   作ることは
   かならずしも 生きることではないのだから


                  
  
   
だから 近頃
    地球とかいう星から
   紙を買いに来る連中が
   大型機械で 地面を露天掘りしているが
   星が掘り尽くされて消滅しようが
    ぼくにはどうでもいいことなのだ
   どうせ ぼくはあんまり器用ではないし
    だれも受け取らないので ぼくが受け取る羽目になった
   莫大な紙幣の束が
   通用する 地球という星へ行って
   思いっ切り 俗人の生活とやらを送ってみたいと思うのだ。