シホ様のペ〜ジへ


「司令・・・・」
「何か?」
 疲れたようなベーグマンの声に、艦に戻る途中のシホは目だけを向けた。
「その・・・少しは選ばれた方がよろしいのでは?」
「そうだけど・・・ここではそんな力、持ってないわよ」
「それは・・・・そうですが」
「はっきり言われると何かなぁ」
「ともかく、今までと同じようには行きません」
「そうね。でも、私はいつも通り」
「出来れば少しは兜の緒を締めて頂きたいですな」
「あら、目一杯締めてるわよ」
「・・・」
「蝶々結びだもの」


 マ・クベ大佐からの要請は、毎回、簡単なものだ。
 それだけに、厄介だった。
 地球連邦のレビル将軍。
 開戦より一月。ジオン有利な停戦協定が結ばれる直前。
 ジオンは捕虜としていたレビル将軍を逃すという大失態を冒した。
 戦争が長期に及ぶ、直接の原因となったのが、この人物である。
 そのレビルが、辺境のとある基地へ赴くという情報を得て、その撃滅をシホに命じたのである。
 ハインツはいつものように愚痴をこぼし、シェンはいつものように無言だった。


 その基地へ定期的な空襲を行っているのを利用して、途中、連邦の警戒線手前でMSを降下させることになった。
 シホはこればかりはどうも苦手だ。
「シホさん、どうぞ」
「うん。シホ・ミナヅキ。ドム、降下します!」
 ぐわっと加わる引力。
 落ちて行く。
 落ちて。
 漂って・・・。
 落ち・・・・・。
「!!」
 この前のように、またも減速が遅れ、着地で転ぶ。
 どこか違和感のある、この浮遊感が嫌なのだ。
「っったぁ・・・」
「またかよおい」
「ごっごめん」
 慌てて周囲のモニタに目を遣り、機体状況を確認する。
「・・異常なし。大丈夫よ」
「そうか、じゃ、こっちだ」
 ハインツはさっさと、目標の丘まで、移動を始めた。


 丘の手前で、MSを隠しに掛かる。3人で時間をかけて、完璧に隠せたかどうかを確かめながら進めた為、みなが思っていたよりも綺麗に隠すことが出来た。側まで来られない限り、まず見つかることはないだろう。
 続いて、シホとシェンで、近くの断層の陰にテントを張る。
 その間、ハインツは周囲の様子を確認していた。


「どう?」
 下草のあるここで、音もなく近づいたシホの声に、ハインツは動揺を見せないように双眼鏡から目を外さないままに答えた。
「基地の方に動きは?」
「特に無いな。大体、そう重要地点にある訳じゃないだろ」
「そうでもないはずよ。開発関連施設が多いって話だから」
「こっち狙った方が楽そうだな」
「ひょっとしたら点数もいいかもね」
「だな。・・・・お?」
 突然、ハインツの声に緊張感が混じった。
 シホも基地の方へ視線を向けると、基地へと続く道の一つが微かに靄がかっているのに気付いた。
「輸送隊かな?・・」
 自分の双眼鏡を取り出し、キーをいじくりながら、シホはあっさり答えた。
「輸送って・・」
 大型トラックの列。それが砂塵の正体であった。
「何?」
「あ・・・あんなに?」
 ようやくピントを合わせたシホは、一旦目をハインツに向けてから、双眼鏡に戻った。
「多分、あれくらいなら数時間は続くんじゃないかな?」
「つ・・続くって・・・・」
「それに、場合によっては毎日」
「毎日って・・まじかよ」
「そんなに不思議?連邦って意味無く大きいのよ?人の匂いがしないほどに・・・・・」
「匂い?」
「そ。連邦の人間に会えば分かるかしら?・・・まぁ、ジオンの高官もそれほど変わらずなんだけどね。みんな先のことしか見てないのよ。それでいて、見えているものはほんの目と鼻の先。そんなだから連邦はジオンを放置し続け、ジオンは・・・・訳わからないこと言ってごめんね」
 ハインツが覗くと、シホは唇を舐めていた。
 ファインダーの前の目の光は、ハインツが初めて見る、司令官の目だった。
「それはそうと・・・・」
「?」
「夕御飯にしませんか?」


 情報では、3日以内に標的はやってくるという。
 怪しげな情報だ。
 その間は、順に当直に立ち、基地、及び反対側になる標的の来る方向を見張る必要がある。
 シホが「美容に悪い」とか、我侭を言い出さないかとの危惧も杞憂に終わり、3人で交互に立つ。
 初日は、シホ、ハインツ、シェンの順。
 深夜、ハインツが見張りの時にそれは起きた。

 ハインツは、丘の向こう側つまり、基地のある方で、見張っていた時に、連邦の偵察兵が二人、車両で丘に近づいてきたのだ。
 ここは基地からかなり離れていてジオンの勢力下からさほど離れていない。まさか直接ここまで来るとは思えなかった。
 その為か、ハインツにしては珍しく、気付いた時にはシホ達へ知らせに行くには危険な所まで接近されてしまっていた。
「知らせには行けないな・・・」
 仕方なく、草の中に身を隠す。
 この辺りの草は丈も十分にあるので、物音でも立てない限りは見つかることはない。
 丘の前で車を止めると、二人はゆっくりと話しながら丘を登って、数分頂上で佇んだ後、ゆっくりと降り始めた。どうやら偵察時間をつぶしに遠出しただけのようだ。
 こちらのMSは見つけられなかったらしい。
 もっとも、こんな夜更けに見つかるようでは何日も居られないだろうが。
「ったくよ、何でこんな夜更けに・・・」
「そのくせ、週一回だもんなぁ」
「最近俺ぁいっつも負けるんだけどよ、はめられてんのか?」
「知るかよ。お前が抜けてるだけだろ?」
(ちょっと待て・・・・・)
 ハインツは心の中で愚痴った。
 何故なら、二人がハインツの居る方へ降りてきたのだ。しかも、一人は間違いなくハインツの居る場所を通ることになるだろう。
 そっと、銃のトリガーに指をかける。
 さらに、兵士が近づいた。
「大体お前、金掛けてりゃ結構勝つじゃねぇか」
(・・・・・)
「ま、確かにやる気出ねぇからな。その場でないと」
「モノがあってもそう・・・っと、そうだといいんだけどな」
「なによろけてんだ。ここは柔らかいからな」
「ああ、わかってる」
    ・
    ・
    ・
(・・・・・・・・・・・)


「おはよ・・・」
「なんだ中尉、二日目でもうお寝むか?」
「そんなんじゃないわよ。あ、シェンおはよ」
「おはようございます中尉」
「あれ?ハインツ?」
「あ?」
「背中、どうしたの?」
「え!!いや、なんでもねぇ」
「そう?あ〜、あんた見張りの時!」
「う」
「サボって寝たんでしょ!」
「いっいやっっちょっと足ぃ滑らせただけだ」
「そぉ?」
「おっおぅ、丘の向こう側、滑りやすいかんな」
「ふ〜ん・・・・」


 その日は、ジオンの定時空襲がある他は、たいした出来事はなかった。
 とりあえず。
「なんで空襲の時間があんまり変わらないのかしら?」
「めんど〜だからだろ」
「怠慢よね。ほら、昨日言ったとおりでしょ」
「・・・・」
 シホの言う通り、この日も空襲の後は補給部隊の列が延々と日没後まで続いた。
「なんか・・・絶望的だなおい」
「確かに、こんな状況で戦争続けたって不利になるだけね。戦線の停滞した今の内に、月とルナ2でも分捕って講和出来ればまだ少しは・・・・戦線の一端が崩壊すれば厄介ね。でも上がああじゃ・・」
「そんな事ないだろ。ソラじゃ圧倒的。サイド7にまで手が届きゃ、後は南米のジャブローを突き止めて一気に押し込める。そうすりゃ・・・」
「何もなければね」
「大体和平なんて進められる奴居るのかよ?」
「そうね。ギレン様始め、みんな急進派」
「そういうこった。大体連邦にはMSが無いんだからな」
「うん・・・」
 どこか寂しげに頷くと、シホはテントへ戻ろうとした時、ハインツが呼び止めた。
「出撃か?」
「え?」
 慌てて基地を確認する。
 見ると、基地より小さな光点が動き出していた。
「何?」
「あれは・・・・車だな。偵察か?」
「どうしよ」
「あのな」
「シェンに知らせてくる」
「任せた」
 シホが駆け下りていった後、ハインツは少し下がって、完全に見えないようにしてから、再び監視に戻る。
 かなり多数に別れて走っている。
「ってことは、まもなくやって来るって事か」
 その場に設置した監視カメラを確認して、ハインツも丘を滑るように降りていった。


「どうやら、ここまでは来そうに無いな」
「あの様子じゃ、多分もう少し東にいた方がよくない?」
 カメラからの映像は、光点の多くは東の方に展開している様子が見える。
「・・・そうだな。移動しよう。転ぶなよ」
「そっそんなにドジじゃないわよ!」
「シェン、中尉頼んだぞ」
「了解」
「何よそれ」
「では、先行いたします。中尉」
 シホが何も言い返せないうちに、ハインツ機は先に動き始めた。


 地上戦艦ビッグトレー。
 それが、2機の地上戦闘ホバーか何か、小型艇を引き連れてやってきていた。
 艦内の明かりが付いているので良く分かる。
「どうしようか」
「後ろからやるか。ホバー艦艇だからあまり音を気にする必要はないしな。
「・・・そうね。小型艇は無視して一気に。基地の援軍が来てからじゃしんどいでしょ?」
「うるさかったら俺が威嚇する。」
「了解。いくわよ!」
 シホの声で、3機は全速で戦艦に迫った。シホのドムは他の2機に速度を会わせる。1機先行しても意味がないからだ。

 そのまま、気付かれずにかなりの距離を接近すると、3機は同時に攻撃を開始した。
 向こうが艦内の明かりをもらし、更に大きな標的であるのに対し、こちらは身軽なMS。
 流石に遠距離での砲撃ではなかなか傷つけられないので距離を詰める。
 そのうち、シホとシェンは目一杯艦に近づき、ハインツは二人より距離をとって射撃を続けた。
 ハインツの威嚇で、脆くも1機のホバー艦がその場に停止した頃には、流石の地上戦艦にも多数の火災が見られるようになった。
 しかし、接近している2機も、この艦を前にしては無傷ではいられなかった。
「沈め・・・この!」
 呻くように言うと同時に放った一撃が、少なくなった砲座の一つを潰した。
 向こうで大きな爆発があるのをちらりとモニタで確認すると、それは残る1機の小型艇。
 傍受する連邦の通信が、うるさく救援を求めている。
 シェンの一撃が艦尾に命中すると、艦の速度が急に遅くなった。
「も少し!」
 と、後ろのハインツが、放った弾が、まっすぐ機関部に吸い込まれるように消えた。
 続いて、2弾目も、見事なまでに機関部へと向かった。
「!!」
 その連射は、どちらも、あまりにも、的確すぎた。
 陸上戦艦ビッグトレーは大爆発を起こした。


「げ!」
 自分の連射が、どちらも会心の当たりになった。のは、嬉しいことだ。しかし、状況はそうはならなかった。
 丁度接近する軌道だったシェンのザクが巻き込まれるのがはっきりと見えた。
 シホのドムは逆に回避軌道。
 しかし、その、重いドムの機体ですら、軽石のように吹き飛ぶ。
「くっくそ!」
 ハインツも、機体を一旦下げ、爆発の収まるのを待ったが、収まりきるのも待ちきれずに2機の元へと向かった。


「・・・・・」
 シェンのザクは、無かった。
 僅かに、右腕部が、転がっている。それだけだ。
 シホのドム、その重装甲の機体ですら、四肢で残っているのは右腕部だけだった。
「あちゃぁ・・・・・・」
 コクピットハッチが、内へしゃげるように歪んでいる。
 ハインツは急いで装甲をはぎ取ると、コクピットから、ドムへ飛び降りた。
「おい!」
 中を覗き込む。
 まだ赤々と燃える炎のお陰で、辛うじて中の様子もうかがえた。
「死んだか?」
 返事がなかった。
 中へ入り込む。と、
「う・・・」
 どうやら、生きているようだ。気を失っただけのようだ。
 しかし、口に血が滲んでいるのが見えた。
「中尉、おい、シホ!」
「・・・?」
 ゆっくり、シホは目を開いた。
 目の前の影が、ハインツだと気付いたと同時、急に全身に痛みが走った。
「くっ・・・」
「大丈夫か?」
「・・・・痛い・・・けど、なんとか・・・」
「行くぞ。時間がねぇ」
「シェンは?」
 ハインツはどう言おうか一瞬迷ったが、直ぐに短く言った。
「駄目だ」
「そ・・・う・・・・・・・」


 ハインツのザク単機で、予定した帰還路を進む。
 別に、戦闘をするのでなければ、ザクのコクピットでもスペースに余裕はあった。
 シホは肋骨を折ったか、内蔵を痛めたかしたらしい。
「大丈夫か?」
「しばらくは・・ね」
 少々、気の抜けたような声で返事が返る。
「な」
「え?」
「お前なんでこんな所にいる」
 ハインツは何でその様なことを言い出したかわからなかった。何故か、シホに腹が立った。シェンを結果的に死なせた自分に腹が立った。
「え??」
「何好き好んで戦場に居るって聞いてんだ。甘く見てんのか?」
「甘く・・違うわ。別の意味じゃあなたよりわかってるつもりよ。此処は」
「なら何でだ?」
「・・・」
 一つ、血の滲む咳をしてから、続ける。
「私を守る為よ」
「何から?」
「そうね・・・シホ・ミナヅキから」
「?」
「ごめん。他にどう言ったらいいか、わからないの。でも」
 息が続かず、深く、ゆっくりと吸い込んでから、一言ずつ言い直す。
「でも、私が、私で、在る為に、いや、違うわ、私を取り戻す為・・・」
 それっきり、前のモニタを見たまま、味方の出迎えに合流するまで、シホは何も言わなかった。



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