評者・玉木正之 2003.1.29 update
自薦の弁
過日、開催された横綱審議委員会では、朝青龍が横綱にふさわしい品格の持ち主か否か、ということが論議されたという。
笑っちゃいますよね。本気で。それを審議している委員の(とりわけ、そのときの委員長の)品格こそ問われるべきでしょう(笑)。
それはさておき、日本のスポーツ界はおかしなことだらけ。スポーツ・ジャーナリズムの世界も、首を傾げたくなることばかり。
長嶋茂雄さんが、五輪代表チームの監督に、ほんとにふさわしいの? ラグビーの日本代表チームの選手を「プロ」にしながら、その責任者は銀行マンのままでいいの? プロ野球某球団の某オーナーをちょいと批判しただけで、スポーツ新聞の巨人担当記者がサッカー担当に「飛ばされ」たり、選手会主催のシンポジウムで、そのオーナーに対する批判が何度も繰り返されたのに、新聞はいっさいそれを書かなかったり……。
しかし、どうしてこんなことになってしまったんだろ? と、改めて明治時代に日本にスポーツが伝播して以来の歴史を振り返ってみると、いろんなことがわかってきます。ところが、誰もが、振り返らないまま、前に向かって歩いてる。その方向が、前かどうかもわからないまま、足だけは動かしている。
いや、そんなエラソーなことはいえません。わたしも、かつては、そうでした。日本のスポーツ界、スポーツ・ジャーナリズム界の歴史や構造を知らないまま、知ろうともしないまま、「今日の江川の調子はどうか?」「タイガースは、相変わらず負け続けるのか?」「早稲田のラグビーは、今年は勝つのか?」なんてことばっかり書き続けてきました。
が、あるとき、ふと考え直してしまったんですね。これは、おかしいんじゃないか、このままではいけないんじゃないか……と。「過去」のことを知らないまま、「現在」を語ったり、「未来」に思いを馳せたりすることはできないはずではないか……と。
そこで、まあ、いろいろ勉強をやり直して、いろんなことがわかったわけですが、日本のスポーツ界というのは不幸なものです。日本人の多くは、まず最初に、小学校の体育の授業でスポーツと出逢い、中学高校と進むなかでスポーツを教わるんですが、誰もスポーツの歴史なんか、教えてくれない。野球やサッカーのルールが、どのように生まれ、どのように発展し、だから、野球やサッカーとは、こういうスポーツなんだよ、ということを、まったく教わらないまま、いつの間にかスポーツに熱狂する(あるいは、冷めてしまう)。
そんなふうに、スポーツを「消費」するだけでは、まったくナンにもならないんじゃないか、スポーツという素晴らしい文化を育てることはできないじゃないか……というわけで、ちょいとばかり勉強した成果を本にして発行しようと思ったのが、この本なのです。
いま、スポーツは、世界中で大人気……ですが、大きな問題をはらんでいることも確か。とりわけ日本では、「松井はどうして大リーグへ行ってしまったんだろう?」「日本のプロ野球はこのままでは潰れてしまうのか?」といった問題から、「大相撲は外国人力士ばかりになっていいのか?」「ジーコ・ジャパンはW杯ドイツ大会で勝てるのか?」といった問題まで、メディアを通して連日のように「スポーツの問題」が語られています。
が、そのようなことを考えるにも、まず、基礎知識がなければ考えることができないはず。その知識を抜きにして、堂々巡りの「トークバトル」を繰り広げる前に、本書を読めば、すべての問題の元凶と解決法が見いだせるはず。そんな「特効薬」として、どうか、御一読ください。
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