超不定期更新コラム

ブショネ考 (長文)

話の発端は先週のこと。
三軒茶屋のワインバー『味倶楽部くらりす』のリストにアンリ・ジャイエの93年のヴォーヌ・ロマネ・クロ・パラントゥーが4万円で載っているのを発見した私は、 どうしてもこれを飲んでみたいという欲求を抑えきれなくなった。

実家に戻っている家内と赤ん坊が帰ってくる関係で、ゴールデンウイーク中に飲みに行けるチャンスは一日だけしかない。

どうしようか迷った挙句、急遽、会社のPCのメールアドレスに名前のあったワイン関係の知り合いにランダムにお誘いのメールを送らせていただいた。
その結果、 前日の呼びかけにもかかわらず、結局、6名の方にお集まりいただけることになった。

店は三軒茶屋の駅から1分も歩かないぐらいのところにある。
リストには他にも、10万円近いプライスながら、アンリ・ジャイエのエシュゾーや87クロパラなどもあるし、カレラの豊富なバックビンテージもある。また、89のヴォギュエのミュジニーや90ソライアなどが市場価格と変わらない値段で出されているなど、数は少ないながらも、なかなか掘り出し物の多いリストである。

ただ、 このお店、ワイン会の対応にはあまり慣れていないらしく、 「前座」に頼んだミシェル・マイヤールの87ブリュット・レゼルブの供出温度が明らかに高すぎたり、ブルゴーニュグラスの数が足りなかったり、とやや不安を抱かせるサービス内容だった。
もっとも、それらは93クロ・パラを4万円で飲めるということの前では些細な問題ではあったが。

シャンパーニュに続いてドーヴィサの95シャブリ・レ・クロを注文。続いて、ちょっと早めだが、メインのクロ・パラにいきましょう、ということになった。
数日前にここで飲んだ村名ヴォーヌ・ロマネのすばらしさや状態のよさ、はたまた別の機会に飲んだ99ルジェのクロ・パラントゥーの凄さから察するに、きっと 我がHP初の95点超え銘柄となるのでは、と私の期待も膨らむ。

ところが、 ボトルから注がれたグラスに顔を近づけた隣ののへさんが、なんとも複雑な表情をしているではないか。
え?なになに??
私自身、彼から差し出されたグラスを嗅いでみて、 愕然となった。

そう、ブショネだったのである。
4万円のワイン、しかも今回の会のメインのワインがブショネ。
加えて店にはこの一本しか在庫がなく、代わりがない、というまさにドツボの状態で、 店の人も、どうしたらいいのかと呆然とした表情。

まあ、 参加者の方々の心遣いやその後の店側の配慮などにより、終わってみれば、それはそれで楽しく過ごさせていただいた一夜だった。
結局、クロパラの料金の請求はなし。
お店にとっても我々にとっても痛恨の一本となった一方で、 当日、典型的ともいえるぐらい激しいブショネのグラスを前に、「ブショネとはこういうものなのね」なんていう話に花が咲いたのは、まさにアダ花というヤツかもしれない。

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ところで、今回お集まりいただいたツワモノたちの中でさえ、「これぞブショネだというものを初めて経験した 」とおっしゃる方がいたように、かなりのマニアや愛好家の中でも、どの状態をブショネと言うのかよくわからない、という人は多い。

まして、一般消費者の間では、 レストランや酒屋でブショネのボトルに出くわしても、第三者からこれがブショネだと言われない限りは、それと気づかずに、「なんだか美味しくないな」というぐらいですませてしまっていることだろう。

その点、私は幸か不幸か、ワインスクールや勉強会などの場で、「これがブショネです。」というグラスをしばしば体験させていただいたり、その後も、ブショネに詳しい?方々とワイン会やテイスティングでご一緒する機会が多かったりと、レアものワインや高価なワインにはあまり縁がないくせに、ブショネとか劣化ワインにはやたらと縁がある。
加えて、 私自身、幾度となく、購入したワインがブショネで痛い思いをしたりとか、自分の味覚においても、人一倍ブショネが嫌いだということもあったりして 、 ちょっとエラソーだけど、ブショネがどういうものかについては、自分なりのイメージをもっている。
そこで、今回は、ブショネについて、私がふだん思っていること、考えていることを書き連ねてみたいと思う。

■広義のブショネと狭義のブショネ
一般に「ブショネ」という表現は、かなりルーズに使われているように思う。ワイン会などで出てくる会話を思い起こすと、その意味あいには、広義のブショネと狭義のブショネとがあるようにさえ思える。
狭義のブショネとは--これが本来のものなんだけど--いわゆるコルクの変質によってワインにダメージを与えているものを指す場合。
一方、 広義のブショネとは、かなり幅広く、カビやホコリ臭、その他の異臭のついたワインのことをそう呼んでいるケース。これは呼んでいる側もよくわからないで使っている場合が多いようだ。
まあ、ここでブショネの定義について深く論じるつもりはないし、広義のブショネのような使われ方もあってよいと思うけど、「責任の所在」という点では、広義のブショネと狭義のものとでは、大きく異なる。
「狭義のブショネ」は、明らかに生産者の責任であり、消費者にとっては通常、かなり強い立場で交換を要求できるはずのものだ。
一方、「広義のブショネ」の場合は、劣化ワイン全般に亘ってそう呼ばれていることが多いので、責任の所在などの話になると、かなりややこしくなってしまう。
なので、とりあえず、ここでは、「狭義の」ブショネに話を絞っていくことにする。

■ブショネとはどういうものか。
ブショネの 特徴を言葉で伝えるのにはかなり難儀するのだけど、私はおおむね以下の2点を強く感じている。

・いわく表現しがたい、紙粘土やゴムのようなトーンの高い臭い。人によっては、「防虫剤の臭い」とか、「ぬれたダンボールの臭い」とか「古新聞のムレた臭い」、「古くなった干草」というような表現をする人もいる。 ただし、後述するようにいわゆるブショネではないワインでも、このような表現に似た香りがすることはあるので、かようなニュアンスが感じられたから即ブショネとは言い切れないかもしれない。

・むしろ、私がブショネのワインに強く問題を感じるのは、香りに「伸びがない」ことだと思う。
健全なワインであれば、その香りは、鼻腔の奥までスゥッーと伸びやかに入ってくる。それは、ボルドーであれば、黒系の果実やスパイスの香りであったり、熟成したブルゴーニュであればなめした革やジビエの香りだったり、若いワインであれば、ローストされた樽のフレーバーだったりする。そして極端なことを言えば、劣化したワインであっても、それなりの香りが感じられる。
しかし、ブショネの場合は、香りそのものがスポイルされて、途中でつまってしまったか窒息してしまったかのような窮屈な感じなのだ。

したがって強度のブショネの場合にこそ、上に挙げたような異臭がかなりはっきりと感じられるが、 軽度のブショネの場合は、香りそのものの感じられ方が希薄なため、かっては私もよくこれを「閉じた」状態と勘違いしていた。

■ブショネの比率
ブショネをそれと認識しやすいシチュエーションは、なんといっても、プロやブショネ経験豊富?な第三者と同席して、この臭いがブショネだと指摘してもらうことだが、そもそもブショネと出くわすのは偶然に頼る以外にはないので、なかなか難しいところではある。

もっとも、この偶然とは、それほど低い確率で訪れるものではない。ものの本に寄れば、ブショネの確率は5%前後。一時は8%ぐらいあったらしいが、その後、問題の原因となるコルクの品質管理が向上したりして、現在は漸減傾向にあると聞いている。

ただし、 私自身の某誌のテイスティングの経験では、新しいビンテージのワインで、およそ15本に1本ぐらい、そう、7%ぐらいの確率でブショネに出くわしていた時期がある。
まあ、私が運が悪いだけなのかもしれないが、 たとえば、 10銘柄前後試飲するような水平試飲(同じ年の、異なる銘柄をまとめてテイスティングすること)や、垂直試飲(同じ作り手の年数の異なる銘柄をまとめてテイスティングすること)といった系統的なテイスティングの場は、ブショネに出会う良いチャンスである。
このぐらいの数を抜栓すると、結構な確率でそのうちの1本ぐらいはブショネだったりするし、 系統的な試飲の場では、1銘柄だけ、妙に閉じていたり、明らかに他の銘柄の傾向と大きく異なると、ひときわ目立つからだ。そういうグラスに出会ったときは、ブショネを疑ってみるといいだろう。


■ ブショネの原因
ブショネの原因としては、コルクを漂白するときに使われる塩素とコルク上のカビとの化学反応が原因というのが一般的だ。塩素を使って漂白されたコルクにカビが発芽する際に、2−4−6トリクロロアニソル(TCA)と呼ばれる汚染物質が発生し、これがコルキーな臭いのもとになるとか。
そのため、近年では、漂白する際に塩素系の漂白剤を使わないなどの対策がとられることによって、ブショネの発生比率は3%程度にまで減ってきていると言われている。

ところが、ブショネの原因には、もうひとつあることが指摘されている。
というのも、ドメーヌやシャトーが、自身のワイン蔵や醸造施設を改築する際、使用する木材の殺菌処理に、 クロロフェノールという物質を使用することがあった(94年に仏では使用禁止)のだけど、それが通気性の悪いところでカビに汚染されると、またまた化学変化を起して、ビンの中にあるコルクに対して同様の影響を与えるらしいのだ。
よく例にあげられるのが、パーカー氏も指摘している、88〜90年のCh.デュクリュボーカイユや92年〜のCh.カノンなど。
ある生産者のワインをまとめて何本か開けてみたら悉くブショネだった、なんていう話を時折耳にするが、それはこうした原因によるものなのかもしれない。
それにしても、 小奇麗に改築された建物の壁や梁がワインにわるさをするなんて、わが国の建売住宅の『シックハウス』問題も真っ青ですね。

■ブショネもどき
実際には(狭義の)ブショネではないんだけど、ブショネと混同しやすいものには、以下のようなケースが多いように思う。

1.ムレた雑巾や濡れたダンボール臭
ブショネの場合もあるが、常温で押し入れなどに長く保存しておいたワインでも同様の臭いを感じることがある。香りは、さまざまな要素のハーモニーであるから、常温保存によって、本来あるべき果実味がへこんでしまうと、相対的にそうした雑臭が目立ってしまうのだろう。もしくは、(私自身は懐疑的だが)押し入れ内の臭いが移ったという可能性も考えられる。

2.ホコリ臭、カビ臭
カビ臭はともかく、ホコリ臭は通常ブショネではなく、熱劣化などにより雑臭が強調されてしまった場合や、(あまり経験はないが)保管場所の臭いが移ってしまった場合、そもそもグラスにホコリの臭いがついている場合などに発生する。もっともグラスについたホコリ臭はしばらくすれば飛んでしまうけれども。

3.コルキーな香り
個人的には、例えば(オーメドックでなく)メドック地区の一部のシャトーやラングドックなどの一部の銘柄などに、粘土っぽい、一瞬ブショネかと思うような香りを感じたことがあるが、決定的な違いは、前にも書いた、香りの伸びやかさだ。正常な香りの場合は、他の要素にまじって香りの一部として感じられるけれども、ブショネの場合は、他の香りがスポイルされて、窒息したような中にあのイヤなニュアンスが感じられるのだ。

4.厩臭や腐葉土香
ワインの香りとはまことに千差万別で、その表現にもかなり異様なものやスカトロチックなものさえ含まれる。中にはいつぞや私が出くわしたジョゲのシノンのように(「こんなワイン飲んだ」参照)、我慢できないほどのレベルのものもある。特に最近流行りのビオワインでは、極端な還元臭や 慣れない身には不快としか感じられないような香りが見られることがあるが、一般的にはこれらは、通常(それがよいのか悪いのかは別として)生産者や醸造方法の特徴とみなされ、劣化扱いはされないし、もちろんブショネでもない。

5.熱劣化
熱劣化したワインの特徴については、他のコラムやTIPSなどで再三書いてきているので繰り返さないが、劣化の度合いがひどいものを、ブショネと思い込んでいる人もいるようだ。 ただ、熱劣化に関しては、その原因が生産者ではなく、流通過程、もしくは消費者側の保存にあるという点で、本来はまったく別のダメージとみなされるべきものだと思う。


■ブショネのボトルは交換してもらうべきか
私はレストランで出会ったのは今回が初めてだが、もし出会ったら、微妙なもの以外は交換を要求するだろう。 また、ショップで購入したものについても、安価なデイリー以外は交換をお願いしたいところだ。 (というのも、私はブショネが大嫌いだからだ。)
ブショネは、熱劣化などと違って、中のワインさえ残っていれば、日数が経過してもしっかり証拠として残る。
したがって、まず真っ当なショップであれば、交換対象となるはずだし、真っ当なソムリエのいるレストランであれば、判別に迷う軽微なもの(であれば私も交換を要求はしないが)でない限り、すぐに交換してくれるはずだ。

ただし、以下のような場合は困難を伴うだろう。

1. 購入してから時間が経っているもの
これはブショネに限らず、ワインの流通全般の問題だけれども、購入の数年後に開けてブショネだったとしても、それを購入元の酒屋に請求できるかは、商習慣の面でかなりキビシイものがある。
同様に、レストランやワインバーなどの側としても、インポーターから仕入れて時間が経過しているものを返品するのは、よほどその相手と長年の信頼関係ができていないと難しいだろうから、客から指摘されると、自分のところで被らなければならない、という悲しい事態になってしまうこともありそうだ。
今回のクロ・パラのボトルなどはまさにその好例だろう。

2.通販で購入したもの、オークションで落札したもの
まあ、これは出来ないというわけではないけど、そのために電話やメールでやりとりをして、さらに宅配便でボトルを送って、などという鬱陶しさを思うと、高価なボトルでない限りはなかなか実行に移す気にはなれない。そして、高価なボトルというのはたいてい購入してすぐには開けないから、前述の1の事例に該当してしまうことになる。またヤフオクの取引などでは、最初から「ノークレーム、ノーリタン」の断り書きがある場合がほとんどなので、交換や返品はまず難しいだろう。

3.居酒屋などの安ワイン
こちらは逆に、申告しても、店員がそれを判別できるかが疑わしい上に、ワインをあまり知らない同僚などと一緒だったりすると、交換を迫っている私たち自身が「変なヤツ」扱いされかねないので注意しよう。(笑)


■ワイン会でブショネに出会ったら。

さて、ブショネがどういうものかわかってくると、今度はやたらとそのニュアンスに敏感になって、ワイン会などの場でも、つい「これはブショネじゃないの?」などと周囲の人に確かめたくなってしまうものだ。
中には、ほとんどそれと察知できかねるような微妙なブショネでさえ、鬼の首をとったかのように、「ブショネだ!ブショネだ!」と騒ぎ立てる人もいるが、 いくら事実とはいえ、知らずにすめば平和に終わるところを、あえて場の平穏を乱すこともなかろうに、と思うこともある。

概してワイン会の場では、主催者自らがこれはブショネだと認めてそう申告すれば、問題はないのだけど、主催者が気づいていない場合は、通常はあまり言い出だすべきではないかもしれない。
さらに困ってしまうのが、各自持ち寄りのワイン会。参加者の多くがブショネだと気づいているのに、持ってきた本人がそれに気づかない時って、なんとも気まずい空気がたちこめてしまう。
加えて、私なぞは、飲んだワインのコメントや感想をHPにアップしているので、こういうワインに出会うとどう書いたらいいのか悩んでしまうことしきりである。
もっともこれは、ブショネだけでなく、劣化したワイン全般にいえる話だけども。

まあ、ということで、ワイン会の場で申告すべきか否かはケースバイケースというところだろう。 勉強会などの場は別として、楽しむためのワイン会の場では、あんまりブショネや劣化に敏感になりすぎないほうが本人も周囲も幸せかもしれない。

■根本的な問題。
それにしても、出荷した製品の5%が不良品だというのは由々しき問題だと思いませんか。なにせ、200本のワインが自宅のセラーにあるとすれば、単純計算でそのうちの10本がブショネだということになるのだ。300本あれば、15本である。
たかが10本、15本というなかれ。それが、家宝にしているようなDR○とかル○ワとか○トリュスなどだったらと思うと、背筋が寒くなるのは私だけではあるまい。
最近はイタリアやカリフォルニアの大手の作り手の中にも人工コルクやスクリューキャップを導入するところが増えている。 保存能力や熟成能力が同水準を確保できるのなら、ちょっとばかりの見てくれの悪さには目をつむってもいいと思うのは私だけはないと思う。



参考:「ワインの自由」(堀賢一氏著)
   「ワインテイスティングを楽しく」(岡元麻里恵氏著)
   「今日からちょっとワイン通」(山田健氏著)

(2002.5.5)