大井川線SL道中

東海道本線の金谷駅から大井川に沿って大井川鉄道が走っている、奥大井、寸又峡に向かう線路だ。金谷駅からSL列車が走り、終点の千頭駅で下りて、さらにバスを乗り継げば「美女作りの湯」としてしられている寸又峡の温泉街にも行ける。春の新緑、夏の緑、秋の紅葉が美しく、夢の吊橋や、飛龍橋などを含めて、寸又峡を巡る遊歩道なども整備されていると観光パンフレットには書いてあった。
しかし、昼近くになってから暖かい陽に誘われて腰を上げたジジババには、どれほどの距離を行けるかどうかはわからなかった。昨日までの寒さや強風もぴたりと止まり、春の陽気がウラウラで、いい日よりだったから、大井川鉄道と言うレトロな線路を見てみようかと思いついて、出かけたのだった。 空いている東名高速を走り、相良牧の原ICで降りて金谷駅を目指した、ナビ様はまことに優秀で、案内にもソツがないから、ほどなく駅に着いた。
まてよ、、寸又峡と言えば、、あのキンキロウ事件の舞台じゃなかったっけ、、もう40年ほども昔の立てこもり事件を同時に思い出したジジババ二人(トシが知れます)。あのキンキロウと言う人は、出獄後韓国に帰り、又事件を起こしたんだよねと、何だかつまらないことまで思い出してしまったナァ。
金谷駅という駅はこじんまりとしたモダンな駅だったが、駐車場が20分しか停まれない、半日の観光には無理だと思いつつ看板を眺めていると、隣の「新金谷駅」にパーキングがあると書いている、そこへ行ったらいいと思ったが肝心のジジが一向に急ぐ気配もなく、駅周辺をウロウロ眺め回している、そのうちに若い駅員さんに
「SLにご乗車ですか?それならもうすぐ出ますからお急ぎ下さい!」と言われたジジは
「いやいや、、SLはいいですから、、」と答えた(なんでいいねん!乗らなアカンやん)
「どうする気?乗らないの?」
「ここらあたりを見れたらそれでいいねん、又来られるし、、」
「なんでやねん、、何回も来るトコやないよ、ここは、、次の新駅からなら駐車も出来るし、乗られるかもしれへんよ、急いで行ってみようよ!」
なんだかしぶしぶついてくるジジを急がせて車に乗り、大急ぎで駅に向かった。SLなんてそんなに頻繁に出ているものでもないし、とにかく行ってみよ!と急いだ。全く土地勘のないところだから、曲がり角を間違えたりしながらやっと駐車場に入ったら、係員が飛んできて、
「SLに乗るんですか?それなら急いで下さい!今、入ってきたところだから!」
ジジがここで言う、
「何でSLなんか乗るねん?もういいやんか、、、」
「なに言うてるのん!SLがあるからってきたんでしょ!乗ろ!!今乗れますか?」
「何とか止めておきますから、、急いで下さい!」
SLが待ってくれてるんやって、、乗らな悪いヤンカ!
「改札はどこですか?」
と、聞きながらババはもう走っていたけれど、ジジがモタモタ、、あんまり待たせたら悪い、汽車の時間なんて正確にせんとアカンでしょう、、他の乗客にも迷惑やし、そう思い返したから、立ち止まって言った。
「もういいですワ!出して下さい!次の電車でいいです!」、、すると、
「そんなこと言わないで!SLは1日この1本だけだから!乗った方がいいよ~!」
って駅員さんが言う。それにしてはジジが遅い!何してはんねん、、
「あの野球帽のオジイサンでしょ!急げって言ってくるから、、奥さん早く行って!切符はアチラで降りる時に払えばいいから!」
って、金谷駅長証明書を2枚握らせてくれる、、もう乗るしかない!遅いなぁ!急いでよ!と思いつつジジのトシのことなど考えることもしなかったおババは、やっぱり思いやりがない人間なのだろう。
たくさんのお客さんがすでに乗り込んでいて、SLは煙を噴き出し、今や遅しと待っている。
「どの車両に乗ったらいいんですかァ?」
と、言いながら走った、振り返ると必死の形相で走っているジジの姿が見えた。駆け込んだ車両は半分くらいの席がすでにうまっていた、地団駄踏む思いで待っていると、ジジがヨレヨレと駆け込んでくる。椅子にへたりこんで、ハアァ、ハアァいって言葉も出ない様子。ゴトン、、と動き出した。うわ~!ホンマにSLや!!(ミーハーおババ)
「ハァ~ハァ~、、あんたなぁ、、SLに乗るなんて言うてへんかったやろ!!なんで乗るねん!フ~ッ」
「エッ?だって金谷駅から大井川鉄道が寸又峡まで行っているから、見にいこかって言うたんはあんたやないの!」
「ボクはSLに乗るなんて言うてへん!あのあたりまで行こかって、言うただけや!ああしんど!」
「もう乗ってしもたんやからいいじゃない!行ってみれば!終点まで」
「終点やて??!あんな遠いところ!何時間かかる思てんねん!」
「1時間ほどって書いてあったよ、(昨夜遅くまで奥大井観光の本を見ていたやないの!)朝、ちょっと本をみたけど、終点まで行って戻ってきても、そんなに時間はかからへんよ!急ぐ旅でもないし、何時までに帰らなあかんってこともないやん!」
ようやく息が戻ったジジは、大井川の景色にすっかりみとれて何にも言わなくなった。「越すに越されぬ大井川」と言われた江戸の頃の話とは違い、上流にダムも出来て、すっかり川幅も細くなって水も少ないけれど、川の青い色が少し鉱物を含んでいるのだろうか、パステル色になっていて、温泉が近いというこをしらせてくれた。冬景色の沿線は木々が枯れ色で色彩に乏しいけれど、鄙びた山間の茶畑がすでに緑を膨らませて芽吹きを待っているのが感じられた。
ここは、本川根町というお茶の町が「町おこし」のためにSL運行に力を入れ、ハイキングや寸又峡温泉などで何とか町を盛り上げようとしているところらしく、観光駅長さんやお土産売りのオバちゃんまで、もう一生懸命に宣伝し、サービスしてくれる。オバちゃんにいたっては、大阪のオバちゃんも顔負けの大声と笑顔でお客さんに愛嬌をふりまき、駅長さんはハーモニカ演奏までしてくれるといったほのぼのSLの車内だった。
終点「千頭」につくと、そこからはバスで寸又峡へ行けるということだったが、そこまで行ったら日が暮れそうだし、温泉を勧める駅長さんのお言葉だけを有り難くいただいて、列車を降りた。「音の郷」という優雅な名前の音響の博物館が駅前に建っていて山深い周囲とは少し違う雰囲気を出していた。ゆっくりと見せていただき、野鳥の声を聴診器で聴かせていただき、「道の駅」でお土産を買い、駅に戻った。SLの帰りの列車に間に合うのだろうか。
「帰りもSLに乗る?」
「イイヤ!!SLはもういいワ!普通の電車の方がキレイやろ!」
確かにSLは煤煙が染みつき、現役で威勢のいい頃と比べたら、内装も貧相で椅子も小さくきたない。外から見たら勇壮に見えるSLも、内部はもう疲れ切って、ヨタヨタの感じだった。
若い頃、学校の休みのたびにSLに乗って新潟から京都まで16時間もかけて行ったり来たりしたなぁ、夜行の列車が北陸の小さな駅に停まるたびに目が覚めて、到着する頃には顔も手もなんとなく黒くすすけたようになったっけ、などと、昔を思い出したりしていると、鉄道屋だった故里の父親や弟のこと、廃線になった電車のことなどが次々と浮かんできた。
SLなどとは縁のなかった都会人間のジジは、その揺れと騒音にうんざりしたようで、普通の電車がいいという。
ゴトゴトと走る空いた普通電車に揺られて、夕方無事に車の所まで戻った。
「ちょこっと面白い旅やったね!」
「うん、、そやけど、あんたはよう走るなぁ、駆け込み乗車なんか危ないねん、だいたいボクはSLに乗る気なんてなかったんや!あぁシンド、、、」
「まだそんなこと言うてる!もう乗ってしまって帰ってきたんやし!、終わり良ければすべてヨシでしょ!」
「そやけど、汽車が待ってくれるやなんて、、ボク、聞いたことないワ!」
「運がよかったね!お茶のあんこが入った最中が美味しいって駅長さんが言いはったから、買ってきた!お茶もあるし!、食べる?」
「うん、食べる!!あんたがおらへんかったら、SLなんて絶対乗らへんかったワ、、」
帰り道に金谷駅近くの「お茶の郷」というお茶の博物館に閉館ギリギリに入ってみた。(ここも立派な建物で驚いた)もうおしまいという時間なのに、職員さん達はみんな親切で笑顔いっぱいでお迎えしてくれて、クイズに答えたら賞品を上げますよと言いながらお茶を入れてくれる。お茶を引く体験をいかがですかとすすめられてやってみた。
しかし、このお茶引きがなかなか簡単ではなくて、力いっぱいやっても一向に引けない(えらいこと始めてしもうたワ)汗が出そう、、
「あの~、、お二人とも廻し方が反対で~す~」、、スミマセン、、、
「お茶を引く」という日本語の意味がよくよく理解できたお茶引き体験だった。ゆっくりとゴロゴロゴロゴロと石臼を引いて、日がな一日お茶を引くはめになった昔のうれない××さんの気持ちがわかるようだった(笑)。思いのほか腰に来た。明日は筋肉痛になりそう、隣のジジをみると、汗をかいて口をとんがらかして引いたお茶を小さな袋にいれるのに四苦八苦の様子だった。
疲れたけれど、地元のお茶と「お茶最中」で元気も出て、のんきジジとせっかちババの半日珍道中はなんてことなくこれで時間切れ、オ、シ、マ、イ、になった。
今度からはもう少しきちんとした計画を立てて、ちゃんと指令を出してもらわんとアカンわ!どこへ、どうやって行くのやら、ぼや~っとぼやかして言うのは、断固お断りで~す!あ~疲れた(笑) (2008.2.22.)
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