ガンと付き合う

2020年9月12日
2020年9月13日更新
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2020年10月1日更新
2020年10月10日更新
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2020年10月28日更新
2020年11月13日更新

2020年11月12日 遅い昼食から帰室しても平熱

診察の方は、朝の血液検査の結果を見せてもらい、炎症値が前回からけっこう下がっていることが判って、安心した。まだ、高いので、発熱したら迷わず病院へと念を押された。 次回は再来週。来週消化器外科の診察があるので、再来週までは毎週チェックしてもらうことになる。


2020年11月10日 分子標的薬服用、お休み

今日、明日と分子標的薬服用お休み


2020年11月8日 急な発熱に驚く

昨日のお昼にお気に入りの焼肉屋ですだれカルビ定食を食べた。

暖かかったが、くたびれたので部屋に戻って布団の中に入った。

夕方、体温を測ると、病院へ駆け込むのはもう少し様子を見てという発熱。

あるもの、ちょっと食べて抗菌剤を服用し、布団の中へ。

日付が変わるころに測ったら、少し下がってた。

早朝、目が開いた時に測ると微熱と言える状態。

朝食を食べなきゃと起き出して測ったら、ほぼ平熱。

なんだったんだろうか、と思うが、まだまだ体調が安定していないことが良くわかった。


2020年11月7日 食欲に胃の状態がついていけない

昨夜、久しぶりに外出して夕食。おいしい焼鳥のセットメニューを食べた。おおかた食べたけど3串ほど完食できず、それぞれ串半分ほど残した。残念!

一昨日のお昼は、しばらく会ってなかった友達とチゲ鍋屋さんに行った。季節メニューの牡蠣チゲ。ごはん、半分くらいにしてもらったけど、おなかいっぱいになって、二口分ほど残した。牡蠣チゲの方は、ちょっと甘口にしてもらったので、少しつゆを残してくらいですんだ。

8月20日から10月16日までの間に40日を超える入院、それも隔離病室で何日も過ごさざるをえなかったし、絶食期間も長かったので、おなかの調子が戻るには、まだまだ時間がかかりそう。


2020年11月4日 発熱していないが炎症値が高い

診察が終わった。

肝臓の数値は全体として良くなってる、ステント交換うまくいった。

がん増大と菌が残ってるのとで、炎症値が高い。抗菌剤が5日分処方するので飲むように、とのこと。


2020年11月2日 分子標的薬の副作用

土日と朝起き抜けにありあわせのものを食べたので写真を撮らなかった。

今朝は、昨夜炊いたごはんの残りに松前漬けを合わせた。

昨日から足指のつけねが腫れてきた。両手の親指のつけねも痛い。分子標的薬服用再開で副作用の手足症候群が再発した。薬の影響が現れ始めたので、肝心のガンへの栄養供給を阻害するという機能も効果を持ち始めたと思いたい。

ガンの増大によって右の一番下の肋骨の辺りに圧迫感がある。早く縮んでこの圧迫感がなくなってほしい。


2020年10月30日 出かけて疲れると、ちょっと熱っぽくなる

気持ちよく話して部屋へ戻ったら、微熱。

出かけて疲れると、体力が戻っていないので、ちょっと熱っぽくなるようだ。

御徒町で買ってきたお椀でチキンラーメンを食べて、布団に入った。

何度も目が開くので、3時間ごとを目安に体温を測ってたら、夕方から日付が変わるくらいまでほぼ変化なし、0時20分ごろ測ったらちょっと下がっていた。 で、今朝は平熱。

夕方、食べたものが少なかったので、目を覚ますたびに朝炊いたごはんの残りを一口ずつ食べ、スープを飲んで布団に戻った。

食べて暖かくして休む、当面の生活方針はこれに尽きるようだ。


2020年10月29日 何かあったら迷わず病院へと念を押された

今日はステント交換を担当する肝臓内科の主治医による診察

先週半ばから平熱で日々を過ごせているが、血液検査の結果は炎症値が高い、とのこと

おなかの右側、肋骨が終わるところに圧迫感かあると伝えたところ、腫瘍の増大によるものだろうとのこと

肝臓の表に面した腫瘍なので破裂する可能性がある

注意が必要、何かあったらすぐに病院へ来るようにと、念を押された

少し早めに行って採血を受けたので、それから診察までの待ち時間が長かった

疲れた

胃の調子、良くなって、食べることができてうれしい

今朝測ったら、退院時よりはっきりと体重が増えていた

もう少し胃が食事になれると、もっと食べることができるだろう

疲れたなと思って、部屋へ戻ってそのまま布団の中に入った。

おなかの圧迫感も眠ってしまえば感じない。

で、今、起き出して体温を測ったら、メチャ高くはないが、病院の入り口で、こちらへきてくださいと言われるくらいの体温。

炎症値が高い、白血球が多い、というのはこういうことが時々起こるということのようだ。

来週、消化器外科の外来、再来週、肝臓内科の外来と予約が入っていて、ようすを見ることになっている。

3時間眠って測ってみたら、微熱

体力がまだ十分に回復していないということか・・・

朝食を食べて測ってみたらほぼ平熱。


2020年10月24日 午後、微熱

今朝は平熱

昨夕、早くから布団に入り、何度か起きだした際にオニオンスープ、フォースープ、マグヌードル、りんごと梨etcを食べた。

食べて寝て、体力を取り戻している感じ。体力が戻らないと炎症の自力治癒ができないのだろう(それを前提に退院できたと感じている)。

洗濯、乾燥をすませた。

疲れた。

疲れのせいか、朝は平熱だったが、微熱が出てる。

暖かくして休む。

お昼に、ちょっと少なめだったが函館の駅弁ほたて弁当を食べ、ついさっき残ってた牛肉に焼きりんごを添えて食べた。午後は、昼食後2時間あけて服用し、それから2時間食べものを口にしてはダメという薬を服用しなくてならないので、時間を気にせず目がほしいものを食べるというわけにはいかないが、スープを飲むだけでもおなかの調子が落ち着く気がする。おなかを落ち着かせて食べる機会を増やす、というか食べる機会を増やしておなかを落ち着かせる、という路線でうまくやっていきたい。


2020年10月23日 目が欲しいものを食べる

なかなかすっきりしないおなか、少しものが入っている方が楽になるので、時間を問わず目がほしいと感じたものを口にしてる。今朝というか、未明というか、午前3時に目が開いてトイレに入った後、ブドウ、りんご、なしを小さなお皿一盛り食べた。

お昼に、スーパーの鹿児島フェアで買ってそのままになっていたインスタントの鹿児島ラーメンを作って食べた。

少し早めの昼食後、検温検圧。微熱があるのでこれから布団に入る。

微熱が続く

今夜は19時からウェビナー参加を予定していたが、夕食を食べたら横になった方が良さそうだ・・・


2020年10月21日 おなかの具合が課題

胃が重たいので、朝から断続的に食べることのできるものを口にいれている。
梅カリカリ漬け
みかん
鶏肉と春雨のスープ

ちょっと違うものが食べたくなって買ってきた。
洋梨
にっこりなし
ぶどう(細長いそのままたべることのできる品種)
スープフォー
で、今、ぶどうとスープフォーを食べた。

この胃の重さ、前にも感じていた薬の副作用のようだ(休んでいてもひかない)。

昨日、長年の友達が診察に同行してくれた。

主治医は、予約がつまっているので、今は話ができない、と言っていた。

先週、入院中に採血した血液検査の結果からうかがえる病状の説明があり、おなかの触診があった。

転移した肺の患部治療、どうしていくか、と聞いたら、同じ分子標的薬が効くのを期待しているとのこと。

国によっては、肺ガン、骨ガンなどのFirst Line治療薬として使われている薬なんだと、追加の説明があった。

ようすを見るために、2週間後に診察予約。

ちょうど2週間後は11月3日の休日にあたるので、4日(水)の朝、検体検査と診察を受けることになった。


2020年10月19日 退院した日からおなかが重い

10月19日 朝食 にゅうめん

退院した日からおなかが重たい

昨日は朝、りんごを1個食べた

おふろに入っておなかが温まったら、少し食欲が出た

で、ゆるゆるのにゅうめん

スープはポトフのスープ

夜もにゅうめん

昼間ずっと眠っていたので、おなかがすいていない

まだ少しおなかが重たい

明日は診察日

夜のにゅうめんにはごま油をかけた

ごま油の匂い、食欲をそそる


2020年10月18日 微熱があるので横になっている

昨夕、少し熱が出たので早くに布団の中に入った。

何度か目が開いた時に測ってみると、ちょっと下がってまた上がってと変動していた。

今朝早くに測った時は、ちょっと高いかな、だったが、今、測ってみるとほぼ平熱。こういう変動がしばらく続くのだろう。

退院する時、まだ炎症が残っているから抗生剤を3度の食事ごとに服用するようにと処方された。指示に従って服用しなくては、と改めて思った。

軽食を摂って朝の薬を服用し、また測ったら平熱からすると急上昇。

またまた布団の中に入って眠ってしまった。

日差しがまぶしくて目が開いたので、朝、買ってきた手羽元・にんじん・たまねぎ・蕪・じゃがいもを火にかけた。

体温は横になる前よりも下がり、少したかいくらい。


2020年10月17日 現状確認

8月20日から累計40日あまり入院してきた。その間、発熱対応、直接の病因である胆管炎治療が優先され、肝臓ガン治療のために処方された分子標的薬が休薬になっていた。腫瘍増大に対応して分子標的薬服用を再開


2020年10月16日 退院で一件落着とはいかない

退院できる!

今朝の血液検査の結果、大丈夫とのこと。

来週火曜には消化器外科の主治医による診察。

分子標的薬服用再開の効果が判明するにはしばらくかかるので、腫瘍の状態と今後の治療、そして見通しについて話を聞くことになる


2020年10月15日 分子標的薬服用再開

朝食後、分子標的薬服用再開。

一昨年夏、この薬の服用を開始するために、急激な副作用が出てくる可能性があるとのことで、4日ほど入院した。幸い、短期間で体調に影響するような副作用は出なかった。

その後、服用を続けていると、まず手足症候群を発症し手の指先、足裏が腫れて皮が剥け始め、しかも皮が硬化するという症状で歩くのがたいへんになった。なので、自室から50〜60メートルのコンビニへ行くのも自転車でとなった。

それまで上が100くらいだった血圧が160になった時はびっくりした。それも副作用。

ということで、手足症候群緩和用の尿素クリームと降圧剤が処方され手放せなくなった。

分子標的薬をずっと服用していると、常時胃が重たいあまり食べる気にならない状態にもなった。

肝臓への負担もけっこう大きなようで、今年の春、肝臓の数値を見た主治医が休薬を指示したこともある。1カ月ほど休薬したら、食欲が出ていろいろとおいしく食べたが、その間な腫瘍マーカーが悪化したので服用を再開することになった。

この夏、断続的に発熱があって、8月20日以降、何度も入院したので、分子標的薬の服用を中断していた。春のCT画像と8月末入院中に撮ったCT画像とを見比べながら、主治医が腫瘍がかなり増大している腫瘍マーカーも悪化していたと説明してくれた。

なので、9月末に退院した後、分子標的薬服用を再開したのだが、すぐに入院したため、また中断していた。

今回は、入院中に経過を見ながら服用再開となった。胆管炎の治療にあたっている消化器内科の主治医とも相談のうえでの再開であることも心強い。


2020年10月15\4日 食事開始

10月14日 昼食 五分粥 白身魚トマトソース ブロッコリー 白菜とえのき茸煮 かぼちゃのキントキ

食事開始!

右腕上腕部に点滴の針が入っているので、箸でつまんで口元へもっていこうとすると針のあたりが痛い。やむなく左手で掴んだスプーンでお粥だけでなく、魚も白菜煮もかぼちゃも食べた・・・

明日からは分子標的薬の服用も始まるとのこと。分子標的薬が効いて、この間増大した腫瘍が縮んで欲しい!

先週金曜、10月2日からの入院は終わりました。

部屋へ戻り落ち着いたなと、土曜の夜、本を読んで寝ていたら午前1時30分ごろ熱っぽくて目が覚め、測ったらこの2年以上覚えのない高熱だったので慌てて病院に行き、緊急入院しました。

幸い、高熱は一過性だったのですが、検査の結果で継続した治療が必要と診断され、今朝まで絶食して点滴と抗生剤投与を受けていました。

今朝の検査検査で発熱につながった炎症についてはかなり改善が見られたので、これから並行してこの間の炎症悪化にも関わっている腫瘍増大に対応する分子標的薬服用も再開することになりました。

日付が今日に変わる頃、点滴終了。これでスタンドを押さなくていい。


2020年10月13日 隔離病室から大部屋へ

PCR検査で陰性と出たので、大部屋へ移った。

隔離病室の1階下、この3年、何度も入院した病棟だ。

熱が収まり、体調というか気分もまずまずだが、先週金曜に退院して土曜の夜中(日曜未明)に緊急入院したばかりなので、焦らずに治療を受けるしかない。

幸い、気分も保ったので明日大学のサーバーにアップする授業資料を用意できた。

課題に関する記入への対応、週末に部屋へ戻ってからできるといいなと思ってる。

2012年、開腹手術をうけからずっと診てもらってる主治医の診断に身を任せてのんびりとやっていくつもり。


2020年10月11日 2年ぶりの高熱、大台に!

この間覚えがない高熱を発して病院に来た。

一昨年年初に同じくらいの発熱があった時は、敗血症なんてことばも聞いた。

幸い、病院で点滴を受け、各種検査を受けてるうちに、発熱は山を越したようで、2度近く下がった。

からだが、ずいぶん楽になった。

こうした事態になった時、深夜タクシー利用や救急外来受診に要する費用のことが頭に浮かんで躊躇することがないよう、仲間たちが闘病カンバをしてくれたのだな、と思う。

【闘病カンパ】について
去年、仲間たちが周囲に働きかけかけて集めてくれました。僕自身は何もしておらず、ただただ感謝して、しっかり病気と向かい合おうと思うばかりです。


2020年10月9日 8日目で退院!

今日、退院!

今朝の検査結果、大丈夫でした、と担当医グループがやってきて退院が決まった。

先週金曜日、連休前に駆け込むように入院して一週間が経った。

火曜にステント交換を受けた後の経過は極めて順調だった。主治医によると、腫瘍増大で圧迫されている箇所にもステントを通したので流れが良くなった、とのこと。

8月20日以降、1ヶ月半のうち、36日を病院で過ごした。一昨年8月から10月にかけて40日あまりを病院で過ごして以来のことになる。

こうやって何度も何日も病院の世話になっていると、健康保険制度のありがたみを実感する。月々の医療費個人負担に限度が設けられているので、支払いの計算が立つ。

とはいえ、限られた年金、非常勤講師の給与しか収入のない身には、その限られた額も大きい。昨年、仲間たちが呼びかけて集めてくれた闘病カンパ、すごく助かっている。励みにもなっている。

改めて、そう思った。


2020年10月8日 食事開始

10月8日 朝食 パン スクランブルエッグ ほうれん草とニンジンのソテー マンゴー ジョア

やっと食事開始!


2020年10月6日 ステント交換実施決まる

待つのは長い。

朝、担当医が来て、今日ステントを交換します、と伝えていった。

まだ黄疸の値が高く、胆汁の流れが良くないようなので、先日交換したステントより長いものに交換するとのことだ。

ステント交換後の検査(今夜、明朝)でOKが出ないと食事が開始されない。

ステント交換を、検査が良いことを、食事開始を、じっと待っている。

3日に採取された検体によるPCR 検査の検査も出てほしい。


2020年10月4日 隔離病室で検査結果を待つ

籠の鳥の一日は長い!

検査結果が出て大丈夫とわかるのが火曜日ぐらいですね、と担当医が説明に来た。その後、もっと踏み込んだ治療をするかどうかを決めるので、それまでは絶食、治療によっては治療が終わるまで絶食、とのこと。


2020年10月5日 スマホでできること

授業資料を作成することも、先週課した授業課題への応答を見ることもできないことをアナウンスした。

スマホだと、ここまでで精一杯。


2020年10月2日 発熱、入院

昼に、あんまり食べる気しないなと、お菓子とりんご半分を食べたら頭がボーッとした。

しばらく横になってから体温を測るとあれっと思うくらいの熱があった。

今週月曜に退院したばかりの病院に電話をして相談した。病院に来てくださいと返事があった。

時間が遅かったので、救急外来で診察と検査。

胆管炎だろうとのことで入院した。


2020年9月29日 分子標的薬服用再開

分子標的薬服用再開。

強い薬でいくつもの副作用が出るので、5日服用して2日休むサイクルで服用するようにとのこと。

主治医曰く、先月の入院、今回の入院と休薬したことによる病状変化を見ると、この薬効いてるよ。

次回、経過確認のため3週目の診察予約となった。

その前の週の木曜日に肝臓内科(胆管狭窄症対応、ステントの管理)の予約が入っているので、その時の血液検査にいくつか項目を追加したとのこと。

なので、診察予約時刻に余裕をもって病院へ行けばよい。


2020年9月28日 退院

今朝の看護師も、ベッドの上に置いた有川浩『フリーター、家を買う。』を見て、これ知ってるよとのこと。

人気あるんだ、有川浩!

この本に限らず、開いたところから読み始めて引き込まれる文章を書く作家ってすごい!

> テレビでニノが主役やってたドラマだから?だったりして
とのこと。

今日の午後退院、と連絡。

今朝の検査結果問題なし、と朝やってきた担当医は、明日診察予約があるから今日は病院にいたらと言ってたけど、今日帰ると強く言ったので、総括担当医と相談しますと引き上げた。

今日は事務手続きに時間がかかるので、昼食を食べてからの退院になります、というのは看護師からの連絡。

今回もけっこう長かった。

入院を避けられないと連休初日に駆け込んでから10日目。有川浩を10冊、誉田哲也、柚月裕子そしてほしおさなえを1冊ずつ用意してきたけど、ほんと久しぶりに藤沢周平と宮部みゆきの長編を買ってしまった。

藤沢周平『三屋清左衛門残日録』、宮部みゆき『誰か』、どちらも読み始めたら途中で止められなかった。

退院薬がきた!

あとは入院費の精算書。

病棟から出た!

19日に来院してから11日目。

長かった!

退院薬は一週間分で飲みきりとのこと。

明日、消化器外科の診察。

しばらく止まっていた分子標的薬の服用指示、薬の見直しが予定されてる。

持って行ったPC、読んだがいいなと思う文献がたくさん入ってた。

26日のオンライン学習会の時間帯に該当資料をちょっとだけ読んだ。

有川浩ワールドにどっぷりハマってた。社会復帰可能か?

今回は、土曜日に入院して水曜日に一般病棟(大部屋)に移るまで、個室で発熱患者(新型コロナウイルス感染の可能性のある患者)として隔離されていた。入院費精算書を見ると、この隔離用個室での患者対応は治療費のうちに入っていて、入院患者が特別に負担するものではなかった(若干、気になっていた)。

こうした隔離個室を用意できる病院、限られてしまうだろうな、と思った。


2020年9月26日 病棟を離れるな

夕食を食べると眠くなる。

昨日も一昨日も、20時前後には寝息を立てていた。

その分、早くに目が覚める。

起き出してトイレに行き、その足で下のフロアにある自販機まで行き温かいミルクコーヒーを飲む。

病室はまだ消灯中なので、蛍光灯の下にある待ち合い席に座って読みかけの有川浩を開く。

朝の検温に間に合うようにベッドへ戻ったら、看護師から、病棟内と制限されてます、下のフロアには行かないように、と注意された。

担当医に相談しないといけないな。

ちょうど担当医グループが来たので、行動制限のことを聞いた。下のフロアへ行っても大丈夫ですとのこと。シャワーもOK!

良かった。

さっき、病棟の看護師から、下のフロアへ行くのはいいが、ナースステーションに一声かけるように、と念を押された。

病棟によって、この辺りの対応、違う。今まで何度も世話になった4Fの病棟でも6Fでも言われたこと、なかった。


2020年9月25日 有川浩ファン

検温に来た看護師、ベッドの上に伏せた読みかけの有川浩『クジラの彼』の表紙を見て、これ読みました、と一声。

この短編集のもとになるシリーズ3冊も読んだそうで、どれが一番ですかと聞かれた。『海の底』と答えたら、私もとのこと。

シリーズも含め読んだ作品の中では、『3匹のおっさん』が一番好きだそう。

> 『猫旅レポート』に一票。
前回入院時に売店の棚にあったので、購入して3度読みました。

2年前、友達の猫を見送った時のことを思い出しました。

2年前の春まで、僕のTLは、その猫と別の友達の犬のためにありました。

一本道の『塩の街』も、高知、岐阜、名古屋が舞台となる『空の中』も気に入ってます。

遠い昔に読んだ、J・G・バラードの3世界シリーズも思い浮かびました。

阪急電車』の「仁川駅」という章を読んでたら、学生の時、伯母の家で海外旅行帰りの父親を迎えた場面が頭に浮かんだ。

シャツにアイロンをかけたいけどどうしたらいい、と彼氏からの電話を受けた女子高生が、シャツのタグに素材が書かれてるからまずそれをいえ、と応えたら、タグって何?糸偏の漢字が書かれてるのはわかったが読めない、というやりとりをするシーン。

僕の父親は、麻のシャツをお土産に買ってきたと引っ張り出したが、一目見れば分かるツルツル素材の化繊商品だった。僕が、これ化繊だよと説明したのに、父親は買った店で麻と言われた、と言い張った。当時、文化服装学院で洋裁を教えてた伯母が、これは化繊のシャツと説明して、その場は収まった、という場面だ。

今朝の検査結果、問題数値が退院できるほど下がってないことが判明。

ということで、週末は病院のベッドお確定。

次の検査は、月曜日。

数値が良くなって、退院の見通しか立ってほしい!

現在、再読モードに入ってる有川浩、3回目もありかな?

8時間おきに抗菌剤を点滴で投与するという治療をして受けてる。

昨日・今日と熱が出ていないのは安心材料だが、まだ、自分ではどうしようもないからだの中の状態で急な発熱の可能性があるので、ここは自重自重。


2020年9月23日 隔離病室から移動

担当医から、新型コロナウイルス陰性が確定したので個室隔離終了です、との連絡。

今いるフロアは個室だけの隔離フロア。

迅速検査を何回か受けて、ステント交換はじめとする医療行為を受けてきた。

一昨日から、部屋を出てもいいと伝えられたが、夜中に自販機のあるフロアまで行って、麦茶を買ってきた、連休で来院患者がいない売店でドリンク類を買ってきて、と2回しか部屋を出ていない。

持ち込んだ有川浩10冊のおかげだ。


2020年9月22日 また発熱で食事停止

昨日発熱して解熱剤が処方された。

今朝はそうでもなかったのに、午後一の検温でまたまたライン越え。ということで、点滴再開、食事中止で様子を見ましょうとのこと。

食事を摂ると発熱するケース、あるそう。

来週の授業資料をアップロードできるか、微妙・・・

熱、下がった。でも、今日は一日食事なしは確定。今日の午後、明日と熱が出なければ、明日の夜か明後日から再開か?

食事が再開されて2日くらいは様子見となるので、今週中の退院、難しいかな?


2020年9月19日 発熱、病院へ

昨夕、身体がだるいと思って体温を測ったら、あらビックリ!

トイレに起きだした際に、再度測定し、今、昨夕よりもさらに高熱を発していることが判明。

ちょっとボーッとするという感じなのだが、半端な熱ではないので、病院の受け付け・処置室が開くのに合わせて、行かなくては。

そのまま、また病棟のベッドに案内される可能性高し・・・

準備ができたら病院へ行きます。

長くならないといいのですが、10月5日に入院して受けるはずの治療が前倒しになるかもしれません・・・

入院しました。

発熱しての入院なので、選択の余地なく1人部屋です。

入院後すぐにステント交換。

病室に入った時点で38.5度まで上がっていた体温、今朝6時の時点で36.1度。

今、担当医が来て、昨日のステント交換直後の血液検査、今朝の血液検査と改善が見られる、明日のPCR検査で陰性なら病室籠の鳥から脱却できる、という趣旨の話をしてました。

お昼ごはんが出ました!


2020年9月15日 B型肝炎ウイルス感染が判明してから

僕がB型肝炎ウイルスに感染しているのを知らされたのは、1990年代の半ば(1994年か95年と思う)の春先に人間ドックを受けた時であった。

年度末・年度初めの定期刊行物送付先・部数等の確認、定期購読料の請求、年度末に押し寄せた雑誌の発送・配送などをなんとか終えてみたら、それまでに感じたことがなかったくらい疲れていた。単なる疲れなのか、それとも身体の具合が悪いのか、不安を感じて、同僚に相談したら、以前の職場で行ったことがあるという人間ドックを教えてくれた。

この人間ドックの検査結果で、B型肝炎ウイルスに感染していることが判明し、診断した医師が精密検査を受けたがよいと紹介状を書いてくれた。

紹介状を持って行った総合病院で、それから2年あまり定期的に検査を受けた。

抗ウイルス薬は開発途上

現在であればB型肝炎ウイルスに感染していることが判明したら抗ウイルス薬の服用を勧められる。だが、1990年代半ばにはまた有効性や安定性などが確認された抗ウイルス薬は存在しなかった。当時、製薬企業の研究職であった友人が、今、B型肝炎ウイルスに効く薬を開発しているところだと話してた(この薬を現在服用している)。

病院での検査は、血液検査でウイルスの増殖や肝炎の発生をチェックする、超音波検査で肝炎の影響で肝硬変などが起きているのかをチェックする、というものであった。

ウイルス感染の影響、あっただろうが、急いで治療を行うほどのものではなく、定期的に検査を続けるしかないという状態であった。

何となくどうにかなっているという気分、病院へ行って採血して検査結果を聞くまでの2〜3時間がおしいという気分に流されて、2年余りで通院をやめた。

職場近くの診療所で検査を受け、漢方薬を服用

2000年代に入り、風邪をひいたので行った職場近くの診療所で、風邪とは限らないから検査をしましょう、と勧められて受けた検査で肝炎を発症していると診断された。

担当した医師は、今のところ治療薬はないので、肝臓を強化するために漢方薬を処方するので、服用してください、という。で、1年あまり服用した。

職場近くだったので、週1回だったか2週に1回だったかのペースで通っていたが、肝炎と言われても自覚症状がなく、あれこれ予定が立て込んでいる時期に行かなくなってしまった、


10年目に入って

2011年の健診・精密検査でB型肝炎ウイルス性肝炎痕からのガン発生の可能性ありと診断を受け、定期的な検査を受け始めた。また12月から抗B型肝炎ウイルス薬を服用するようになった

といっても、自覚症状があったというのではない。ほぼ毎年受けている健診の結果を見た診療所の医師が、肝臓の数値がひどく悪いわけではないがずっと正常値に収まっていない、何か覚えがあるか、と聞くので、20年近く前の人間ドッグでB型肝炎ウイルスがいると指摘され数年検査を受けるために通ったことを話した。それに対し、医師が、年齢も年齢だから精密検査を受けたがいいと勧めたので、紹介された病院でCT検査を受け、多数の肝炎痕があり、肝硬変が始まっているとの診断を受けたのだった。

その後、健診を受けた診療所の紹介で大学病院で3カ月に1度ペースの検査(血液検査、造影剤投与MRI、超音波検査)を受けていたら、3度目だったか検査時にそれまでになかった腫瘍発生が確認され、2012年6月、切除手術を受けるために現在も通院している病院(同じ大学の別の附属病院)へ転院した。

2012年9月に、転院した病院で再度、精密検査(造影剤を患部近くまで挿入したカテーテルから投与してのCT検査)を受けたところ、その夜に、担当医チームがベッドへやってきて、超音波検査をやらしてほしいと言って検査をした後、「今週金曜日には切除手術をできるけど、どうします?」と聞いてきた時はちょっとビックリした。

その夜は、検査のために2泊3日入院する準備しかしてしてきていないし、仕事に関する調整も必要と伝えて、10月に日程を確保してもらうことになった。



大きな傷痕が残る開腹手術を受けた

手術を受けた直後に書いた → 2012年10月22日、月曜日午前6時34分。

入院前、病院から渡された指示書には、入院時に必要なものとしてT字帯(越中褌)があった。近くのスーパーの下着売り場には、ディズニーキャラクターのT字帯しかなかった。入院して院内の売店に行ったら、T字帯も浴衣も売られていた。

退院し自室で一晩すごした後で書いた → 2012年10月27日、土曜日午前4時19分。

退院したのが金曜日だったので、翌週の月曜日だったか火曜日だったから、最寄り駅から出る始発電車に乗って職場へ行った。職場に着くのが、8時くらいで15時くらいには職場を出て帰室するようにした。 → 2012年11月1日、木曜日午前8時1分。

3カ月くらいは力仕事をしないことと注意を受けていたので、30年やってきたCP者介助は仲間たちにまかせ、翌年1月ぐらいまで早朝出勤をしていた。 → 2013年1月2日、水曜日午前4時36分。

で、2013年1月から介助に復帰 → 2013年1月9日、水曜日午前6時45分。



新たなガン判明

僕が付き合っているガンは、多数の肝炎痕のどれから発生しても不思議はないという種類のガンなので、2012年10月に切除手術を受けた後も3カ月毎に検査を受けてきた。で、手術から8カ月、2013年6月に新たなガンが判明し、8月に2度目の開腹手術を受けた。 → 2013年8月8日、木曜日午前10時15分。

退院前夜 → 2013年8月13日、火曜日午前3時9分。

自転車で片道70分 → 2013年9月2日、月曜日午後2時1分。



またまたガン発生?

2014年8月末に受けた定期検査の結果を受けて精密検査 → 2014年9月10日、水曜日午前10時23分。

この時受けた精密検査は胃カメラとMRI → 2014年9月22日、月曜日午前8時2分。

胃カメラでチェックした胃は特に問題なし → 2014年9月25日、木曜日午前7時26分。

精密検査の結果、手術適応(腫瘍の数が多いと適応されない) → 2014年10月1日、水曜日午後2時9分。

3度目の手術を受けるために入院 → 2014年11月19日、水曜日午前6時48分。

手術を受けた後の経過は順調 → 2014年11月25日、火曜日午前6時26分。

59歳の誕生日を病院で迎える → 2014年12月1日、月曜日午前4時10分。

退院日の朝 → 2014年12月4日、木曜日午前4時20分。

退院後は早朝出勤・午後4時目安の退勤 → 2014年12月26日、金曜日午後4時33分。


前回から半年で開腹手術には踏み切れない! 塞栓術を受けることに

2015年3月だったか4月だったかの検査で、新たなガン発生が確認された。主治医は、前回から半年では体力や身体の状態を考えると開腹手術には踏み切れない、と塞栓術という治療を提案した。鼠蹊部から動脈伝いにカテーテルを肝臓内のガンにつながる血管まで挿入し、抗がん剤を投入するという治療だ。 → 2015年5月9日、土曜日午前8時42分。

点滴が終わったので外出した → 2015年5月16日、土曜日午前6時52分。

退院日の朝 → 2015年5月19日、火曜日午前7時6分。

経過は良好 → 2015年7月1日、水曜日午後2時41分。


年末に入院して、2度目の塞栓術

12月27日に退院! → 2016年12月26日 月曜日午後3時44分。


3月に、3度目の塞栓術

3月に入ってすぐに入院 → 2017年3月2日 木曜日午後4時45分。

担当医チームのことばによれば「予定通り」退院 → 2017年3月9日 木曜日午後3時6分。

アフリカ学会で無事を確認し合う → 2017年5月23日 火曜日午前7時37分。

1日1回1錠服用する薬(抗ウイルス薬)の服用記録と手元の薬の数が合わずにあわてる → 2017年8月21日 月曜日午後6時14分

早朝に朝食を摂って検査を受けに病院へ向かう → 2017年12月15日 金曜日午前7時3分。

検査結果に問題なし、安心して新年を迎えられる → 2017年12月31日 日曜日午前10時39分。


4度目の塞栓術では、薬の副作用に悩まされる

ゴールデンウィーク中に退院するはずが・・・ → 2018年5月6日 日曜日午前5時36分。

退院して → 2018年5月11日 金曜日午後2時21分。


治療の優先順序が変わる → 肝臓内科でステント挿入の手術を受ける

初めて6階の消化器・肝臓内科の病棟へ入院 → 2018年8月25日 土曜日午後6時25分。

それまでの治療で胆管狭窄症になったため、5月の塞栓術の治療以降、黄疸が出てきた。で、まずは胆管に管(ステント)を挿入し、肝臓から胆汁を出すのが必要、ということで手術を受けることになった。

この治療は、内視鏡的逆行性膵胆管造影という名称のとおり、内視鏡を口から入れて胃を通り越し十二指腸から胆管へと通してステントを挿入するもので、外科的な治療ではない。だが、20人に1人は胆管の入り口を内視鏡が通れないというケースがあって、必ず成功するとは限らない。さらには、胆管が膵臓の近くを通っているので内視鏡挿入に刺激されて急性膵炎を起こすケースがあり、状態が悪いと死に至る、とのこと。主治医によれば、「この病院でも、10年の間に1人亡くなった」という治療法なので、家族に説明し承諾してもらう必要がある、いうことだった。

両親は高齢で遠出は無理なので、2歳下の妹に来てもらって、一緒に説明を受けた。

大きな問題はなく退院できる見通し → 2018年8月28日 火曜日午前7時1分。

退院前夜 → 2018年9月6日 木曜日午後10時49分。


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