◎「人」を支える仕事で、大切にしたいこと020227

ご存知Z会(増進会)の『エーゼスト』という受験情報誌の2002年2月号に掲載されたものです。
受験生の人たちへのメッセージということで書きました。
字数に厳密な制限がある原稿って本当にしんどいですね。(苦労しました。)といっても内容はいつも言っていることの繰り返しですが。

 少子高齢化社会を迎えて、社会福祉が注目されています。例えば、大学においても近年福祉系学部・学科が急速に新増設されています。また、ボランティア活動に関わる人も増えてきています。本稿では、ソーシャルワーカー(社会福祉専門職)に関心をもつ人が大切にしておくべきことについて考えていきたいと思います。

「援助」関係と「遠慮」の関係

ソーシャルワーカーは医師や弁護士、教師などと並んで対人援助の専門職です。日本においては社会福祉士や精神保健福祉士といった国家資格があり、さまざまな福祉援助の現場に就いています。
 ソーシャルワーク実践には援助する人(ワーカー)と援助を受ける人(クライエント)がいます。クライエントは助けてもらう側でワーカーが助ける側です。しかし、援助関係における主役は当然クライエントであって、ワーカーはあくまでも側面的に援助する存在であることを確認しておかねばなりません。医師のために患者がいるのでもなければ教師のために生徒がいるわけでもありません。それと同じことです。ところが実際には、ついつい教師のための学校、医師のための病院になってしまってはいないでしょうか。
 どういうことかというと、一般の人間関係と比べて、対人援助の関係では、「お世話になる」クライエントが「遠慮」してしまう傾向がある、ということです。例えば、入院患者が夜中にどうしても困ったことがあってナースステーションへ頼みに行ったとします。もちろんそこで看護婦さんは、てきぱきと依頼に応えて必要な措置をとってくれます。ここで問題なのは、そのときの患者の気持ちはどうだったかということなのです。看護婦さんに、「こんな夜中にごめんなさい」と言って恐縮してしまうでしょう。看護婦さんのほうが威張っているわけではありません。でも「援助を受ける」側は、遠慮してしまいがちです。
 しかし、コンビニエンスストアに夜中に買い物に行ったときに、我々は「こんな夜中に買い物に来て御免なさい」と店の人に恐縮するでしょうか。買い物をする側には遠慮がありません。つまり一般のビジネスにおいては、お客さんに遠慮はありません。しかし援助関係においては「すみません、お世話になります」という関係があります。援助する側にその気は無くても、援助を受ける側を萎縮させ遠慮させているのだということを理解しておかねばなりません。
そしてこのことは、クライエントが勝手に恐縮しているだけかというとそうでもありません。ワーカーもクライエントに感謝され遠慮されつづける中で、その状態を当たり前と思うようになってしまう危険性があります。ソーシャルワーカーになろうとする人はまずこのことに注意しなければなりません。

「社会」「地域」へのこだわり

 上にあげたことは、ソーシャルワーカーに限らず援助専門職者に共通の課題です。それでは、ソーシャルワーカーという専門職がこだわるポイントは何でしょう。ひとことでいえば、社会との関わりにこだわるということだと思います。
 援助専門職は、基本的に人を望ましい状態、あるべき状態へ変化させていこうとします。例えば、医師は患者のケガを治す、痛みを取り去る、弁護士なら、法律上のトラブルを解決するというように困った状態を解決していこうとします。
 では、社会福祉は何を目指すのだろうかというと、人間の孤立や疎外といった事態を扱うことに特徴があるのではないかと思います。例えば、痴呆の在宅のお年寄りがいたとして、痴呆という症状そのものを治すのは福祉の仕事ではないでしょう。また知人と裁判中の人がいるとしてその人を直接助けることは福祉には出来ません。
 では何が仕事なのかといえば、そういった困った問題を抱えている人ほど、周囲の支えが必要になるのに、どんどん孤立してしまいがちなのだということに注目して問題を解決していこうとするものなのです。
 例えば、痴呆のお年寄りがいる。元気な時は良く外へ出ておられた。けれども痴呆になって少し問題行動が目立つようになってきた。そうすると、介護をする家族は大変困ります。勝手に外へ出るにまかすわけにはいかない。そこで場合によっては閉じこめてしまうことにもなる。そして介護者自身も仕事を辞めることにもなり、自分も外へ出られなくなって、家の中に閉じこもってしまうことにもなりかねません。
 支えの必要な人ほど、どんどん仲間を失ってしまう。
そういう事実があるのではないか。そういった問題に焦点を当てて、孤立した状況から、仲間がいて繋がり合う状態へと変えて行こうとする、この視点が、福祉専門職の持っている固有性だろうと僕は思っています。 
 精神障害を治療するのは医師の仕事ですが、退院することになった患者の家族との面接をし、公的支援をしてくれる各種機関と連絡を取ることはソーシャルワーカーの仕事です。また、長期入院した患者が家を借りたい、仕事を見つけたいと思っても世間の差別、誤解もあってなかなか見つけることが出来ないでしょう。
その時、地域に働きかけ彼を受け入れてくれる環境作りをしていくこともソーシャルワークなのです。

ミクロからマクロへ

このように考えたとき、もう一つのポイントが見えてきます。福祉は目の前のクライエントに関わるだけではすまない部分が出てくるということです。
児童虐待を受けた子どもを発見し直接支え、適切な機関・施設で守ることも福祉ならば、精神障害者を見守り支えてくれる地域を作っていくことも福祉です。さらに言うならば、高齢者のより良い生活を維持するために必要な法律をつくることも福祉なわけです。
社会から孤立させられがちな人々一人一人にしっかりと焦点を当て個別的に支えることから、地域を変えていくこと、そして必要ならば法律や制度を作り上げていくところ。そこまでが社会福祉の役割となってくるのです。ソーシャルワークいう仕事の魅力ともいえるのではないでしょうか。



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