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いまさら、阪神淡路か


今回の東北関東大震災は


阪神淡路大震災の被害の規模をはるかに超え、「阪神淡路とは違う」と言う声が様々聞かれます。
確かに、地震自体の比較にならない被害の大きさに加えて、津波、原発等阪神淡路のときには話題にならなかった問題が加わっている点などが特徴と言えます。
ただ、それでも多くのことを阪神淡路大震災から学ぶことが出来ると思うのです。
「いまさら、阪神淡路じゃない」のではなく、「いまだからこそ、阪神淡路から学ぶ」事もあると思うのです。


下の四月十日の文章に書いている内容ですが、このページのスタンスとして再掲します。



110610
1995阪神淡路大震災記録写真集」(←クリックどうぞ。)
貴重な資料を発掘しました。
今日、バタバタとも探しをしていると何と16年も前のCDROMが発掘されました。
(僕の家や研究室はちょっと探し物をすると直ぐ10年〜20年前の資料が発掘されるのです。=それだけ部屋が散らかっていて「凄い」ということ。)
大阪市北区の株式会社計画堂というところが制作・販売元です。
「1995.1.17の歴史的震災を一人でも多くの人の記憶に留めておいて頂く為に、地震後の神戸の街の写真をCD−ROMにおさめました。−Dont Forget−又、一人でも多くの人に真実を伝えてもらう為に著作権をフリーにしました。ご自由にお使いください。」というものです。
データから見ると95年の4月に作成されたようです。145枚の写真を紹介します。
実は、写真も一枚一枚しっかりと著作権があって、勝手に使用できないのです。その意味では、震災直後の様子をしっかりと収め「ご自由にお使いください」というのはありがたく、調べてみる様々なホームページや記録に使われています。
時間があれば、一枚一枚じっくり見てください。

110410
明日、東北関東大震災(東日本大震災)が発生して丁度1カ月です。
亡くなった方が12000人を超え、まだ行方不明の方が15000人近くおられます。
阪神淡路大震災の被害の規模をはるかに超え、「阪神淡路とは違う」と言う声が様々聞かれます。
確かに、地震自体の比較にならない被害の大きさに加えて、津波、原発等阪神淡路のときには話題にならなかった問題が加わっている点などが特徴と言えます。
ただ、それでも多くのことを阪神淡路大震災から学ぶことが出来ると思うのです。
「いまさら、阪神淡路じゃない」のではなく、「いまだからこそ、阪神淡路から学ぶ」事もあると思うのです。

110509追加
上の文章からほぼ1カ月。震災からほぼ2カ月たちました。少し追加。

実は、阪神淡路大震災が起こった年の年末に行われる福祉系の小さな集会のメインテーマを決める会合に参加したことことがあります。夏ごろのことです。
当然のことながら震災のことを取り上げようという話題になったのですが、そのとき「そんな古いテーマ取り上げたって誰も注目しませんよ!!」と強く反発したひとかいたのを覚えています。
そのような考え方を否定するつもりはありませんが、反対の立場もあっていいと思うのです。

もっと昔のことから学ぶことが、我々にはいっぱいあるのではないかと思うのです。
僕の好きな言葉のひとつに「温故知新」というものがあります。

例えば、僕の父親は歴史の専門家なの(だったの)ですが、阪神淡路大震災の時にぷんぷん怒っていたのを思い出します。
第二次世界大戦の末期、日本は空襲によって大きな被害を受けました。その時の体験が全く戦後の防災対策等に生かされていないと父親は怒っていたのです。
確か、震災当時、火事の発生している現場にたどりついた消防の人が、ホースをもちながら放水する水がなく立ちつくしておられるシーンをテレビで見た覚えがあります。(詳細は記憶間違いがあるかもわかりません)
現場にいた御家族も、消防の方も本当につらかったと思います。
そして、それを僕の父親は「空襲の時と同じだ!」と叫んでいたのです。
「大規模な火事や震災が起こればこうなることは分かっていた。行政の責任だ。」と。

また、実は阪神淡路大震災どころか、大正時代の関東大震災の時にボランティアたちによる素敵な活動がとてもたくさんあったのです。
大学生たちも、法学部の人は法学部、医学部の人は医学部、文学部の人は文学部...自分たちのもっている知識や技術を用いて、とても素敵な活動をしてくれていたのです。

阪神淡路大震災の時をボランティア元年と言う言い方もあるそうですが、少なくとも僕はその20年近く前にボランティアしていたし、さらにその50年前にとても素敵なボランティアが関東大震災の時にあったのです。さらに言えば当然もっともっとさかのぼります。

明日のことを考えるためにも立ち止まって昨日のことをしっかり学んでみましょう。


神戸新聞ニュース 阪神淡路大震災110509
名前の通り。
神戸新聞は阪神淡路大震災の被災地を地元とする新聞です。
その新聞がWEB上にしっかりとコーナーを設けてくれていたのです。
折々のインタビュー、取材記録、満載です。
今回の事を考えるのに役にたつ情報が確かにあります。

それぞれの探し物 ―震災ボランティアは何を見たか―110427
阪神・淡路大震災の救援活動のために立ち上げられたボランティア団体 「ファミリー国立」の活動報告書です。活動を体験していない人にも、ボランティアの「思い」や活動の実態が伝わるよう工夫しています。
阪神淡路大震災にあたって、関東のある地域の人たちが仲間を募り、兵庫県の避難所である小学校に入り二ヶ月間の支援を行った詳細な記録です。
安藤さんと言う方が作られている五輪館というサイトの一部です。

拠点となる小学校での支援の内容から、ボランティアの募集、現地での他団体との調整、引き継ぎの様子....とても整理されている上に充実した記録です。
三十人を超える経験者による報告・感想も素敵です。

また、神戸でのボランティアにあたっての「参加案内」「心構え」「誓約書」等の実際に使われた資料も添付されています。また、「会計報告」や当時の「広報」もついていますし、「派遣ローテーション表」もイニシャルでついている等、当時の組織運営の記録も満載です。
純粋に報告としても意味がありますし、これからの震災ボランティアさらには、ボンティアグループの立ち上げを考えている人や現に運営をしている人には素晴らしい先駆事例として参考になります。


阪神・淡路大震災の経験者に聞く
言われて元気が出た言葉
110410

COBS ONLINEというサイトに掲載されています。

阪神・淡路大震災で被災された皆さんに、当時、「言われて元気が出たことば」、「うれしかったことば」についてお話をうかがいました。大震災と向き合った人たちが、そのとき、前を向いて歩こうと思う機会となったことば、16年たった今も記憶に刻まれていることばをご紹介します。とのことです。


震災発ー阪神・淡路大震災の記憶
110413
名前の通りのサイトです。
「震災後」の数々の活動の記憶──震災から始まったもの、出発したもの、発信するものを「震災発」として、きちんと記録していきたいという思いがあります。 というサイトです。
当時(以降)の様々な情報に加えて、その後の震災(東北関東も含めてコーナーが設けられています。)
東日本大震災ボランティアリンク集もリンク時点であります。これだけでもお役立ですが、まさに、「震災発」として「震災文化」というコーナーもあることは注目されます。まだ今は無理でしょうがこれからの道の参考になるものがあるでしょう。

愛ちゃんのボランティア神戸日記110414
阪神・淡路大震災の後に刊行されたマンガ「愛ちゃんのボランティア神戸日記」と「愛ちゃんの神戸巡回日記」を無料公開するサイトです。というサイトです。たけしまさよさんの作品です。
「とにかく駆けつけたい!」という熱い思いはとても素晴らしいものです。しかし、とにかくわが身一つで行けばなんとかなる、というわけではないのです。ボランティア活動にも、必要な心構えや準備があります。もし準備を怠ると、大変厳しい言い方ですが、逆に被災地のジャマになってしまうことも、あるのです。
「愛ちゃんのボランティア神戸日記」は、著者が震災ボランティアを通じて体験した現場、実際にあった失敗、もちろん喜びも、素直な視線と素朴なタッチで描いたマンガです。この本は阪神・淡路大震災の年、つまりいまから16年ほど前に刊行されたものですが、いま、この時こそ、最適な"参考書"になるはずです。

とのことです。今こそ阪神淡路大震災の知恵から学びたいものです。