子供を亡くした親の為に

意味を見出すための物語

中原 憬(Kei Nakahara)

物語「天使の仕事」




すべての出来事に意味があるというのなら−−−、

この悲しみに意味があるというのなら−−−、

こんなふうに考えてみるのもよいかも知れません。





その子が事故や災害や病気などで夭折したのは、
あの世で生まれる前にすべて神さまと相談して決めたこと。

それは、この世で同じ目に遭う子どもが少しでも減るように。
病気の治療法の研究が少しでも進んだり、
事故の予防や減災方法が開発されたりするように。
同じ悲しい思いをする子どもの親たちが、もう出ないように。

そして、あなたとどれだけ深い愛情でつながっていたかを周囲が知ることで、
この世の親たちの我が子への慈しみと愛情が深まるように。

その子は、そんな役割を神さまと約束してきたのかも知れません。
それは、天使の仕事なのです。





物語「生きとしいける者すべては」


この物語は、わかれの船という本からの引用です。





ひとりの貧しい女が、自分のたったひとりの子供を亡くした。 まだ生まれて間もない赤ん坊だった。この子を育てるために、 女はおよそ考えられるありとあらゆる苦労を重ねたし、これ からもそれに耐えられる覚悟が崩れはしないほどに大切な愛 しい子だった。

女は死んだ赤ん坊を抱きしめて、村から町へ、町から村へと さまよい歩き誰か私の子を生き返らせてくれはしないか、そ のような力を持った者を教えてはくれないかと尋ねて廻る。

誰も女に首を振るばかりか、死んだ赤ん坊を離そうとはしな い身分の卑しい女の相手すらしてくれない。

やがて女は、一縷の望みを抱いて釈迦のもとに辿り着き、こ の子を生き返らせてくれるなら、自分はどんなことでもする、 どうかこの子を生き返らせて下さらないかと懇願する。

女も死んだ者が生き返らないことは充分にわかっていても、 哀しみがそのような理性すら失わせていたのだ。

釈迦は、よしわかった、その子を生き返らせてあげようと、 深い慈しみをたたえて言う。ただし、条件がある。この町の 家々を訪ねて、香辛料をもらってくることだ。しかし、香辛 料をもらうのは、一人も身近な者が死んだことのない家だけ に限られる。

夫や妻や恋人や、親や子や兄弟などが、たったひとりでも死 んだことのある家の香辛料は役に立たない、と。

女は釈迦の言葉を耳にするなり、赤ん坊の死体を抱いたまま、 町へと急ぐ。釈迦が指定した香辛料は、どんな家にもある、 ごくありふれたものだったからだ。

女は朝から晩まで、家という家を訪ねて歩くが、一粒の香辛 料も手にすることが出来ない。愛する者と、あるいは身近な 者との死別を経験しなかった人間など、ただのひとりもいな かったからだった。

やがて、日が暮れてきた頃、女は知る。愛する者との別離に 悶え苦しむのは、自分ひとりではない。生きとしいける者す べては、さまざまな別れから解き放たれることはないのだ、 と。

女は自分の赤ん坊を埋葬し、釈迦のもとに帰り、釈迦に帰依 した。


わかれの船  宮本 輝











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