訳者あとがき


 十二歳のアナキン・スカイウォーカー少年が活躍する《スター・ウォーズ》ノベル最新作、グレッグ・ベアの『スター・ウォーズ ローグ・プラネット』をお届けする。原著のStar Wars: Rogue Planetは、二〇〇〇年五月にバランタインから刊行されたばかり。映画の『エピソード1』と『エピソード2』のあいだをつなぐブリッジ・ノベルという位置づけになる。

 物語の現在は、『エピソード1/ファントム・メナス』で描かれたナブー事件の三年後。われらがアナキン・スカイウォーカーは、オビ=ワン・ケノービのパダワンとして、コルサントのジェダイ聖堂で訓練をつづけている。数少ない楽しみは、壊れたドロイドを拾ってきて修理することと、マスターの目を盗んで聖堂を抜け出し、非合法のピット・レースに参加すること。だが、そのアナキンに暗殺者の魔手が……。
 といういかにも映画的なアクションシーンから、小説はゾナマ・セコートと呼ばれる、謎めいた辺境の惑星に焦点を移してゆく。タイトルのRogue Planetはこの星のこと。直訳すれば、「無頼の惑星」(アルジス・バドリスのSFに、「無頼の月」Rogue Moonという名作がある)とか「流浪の惑星」とかになるだろうが、その真の意味は結末で明らかになる仕組み。
 悪役として登場するのは、だれあろう、若き日のターキンその人。ジェダイの弱体化をはかるターキンは、元老院とトレード・フェデレーションに対するコネを駆使し、悪逆非道な策謀をめぐらしている。そのターキンの盟友が、かつてのクラスメート、レイス・サイナー。サイナーのほうは、兵器および宇宙船を製造する大手企業、サイナー・システムズ社の総帥だが、機械と宇宙船を愛してやまない、どちらかと言えばおたく系のキャラクター。タイプは違うがどちらも堂に入った悪役ぶりで、このコンビの、狐と狸の化かし合いみたいな関係が、後半の読みどころのひとつになってくる。

 これが《スター・ウォーズ》ノベル初見参となるグレッグ・ベアは、現在のアメリカSFを代表する大物作家のひとり。ヒューゴー賞・ネビュラ賞のダブルクラウンに輝いた同名の中編を長編化した『ブラッド・ミュージック』は、オールタイムベスト級の傑作として高く評価されている。日本でも人気が高い作家で、初期の習作をのぞいてほとんどの長編が邦訳されている。『永劫』『久遠』のような本格SFから、『女王天使』系列の近未来スリラー、『火星転移』のようなリアルな宇宙物、『無限コンチェルト』などのファンタジーまで、作風は幅広い。はじめてベアを読むという方は、この機会にぜひオリジナル作品もご一読いただきたい。個人的におすすめしたいベスト3は、『ブラッド・ミュージック』『永劫』『凍月』(いずれもハヤカワ文庫)ですね。
 オリジナルの最新作は、一九九九年に発表した人類進化テーマの遺伝子SFスリラー『ダーウィンの使者』(ソニー・マガジンズ)。現時点ではまだ結果がわからないが、この長編は二〇〇〇年度のヒューゴー賞候補にも名を連ねている。

 それにしても、どうしてグレッグ・ベアが《スター・ウォーズ》小説を書くことになったのか。まあ、かつてはスタート・レックのノベライズを担当したこともあり(邦訳『コロナ』ハヤカワ文庫SF)、つい最近は、デイヴィッド・ブリン、グレゴリー・ベンフォードとともに、アイザック・アシモフの《ファウンデーション》シリーズの続編を書くというプロジェクトにも参加しているベアだから、「他人のふんどしで相撲をとる」のは意外と得意なのかもしれない。
 自身のウェブサイト(www.gregbear.com/)で、『ローグ・プラネット』執筆にいたるいきさつをベアが語っているので紹介しておこう。
 一九七七年に、20世紀FOXのプレス試写ではじめて『スター・ウォーズ』を見て以来ずっと、ベアは熱心なSWファンだったという。
「ルーカス・フィルムには、スター・ウォーズ世界でいい仕事ができそうな作家のリストがあり、ぼくの名前もそのリストに載っていた。そして、若き日のダース・ヴェイダーを小説に書くというチャンスを提示されたとき、ぼくはとても断れなかった」
 ベアによると、『ローグ・プラネット』の内容に関して、ルーカス・フィルム側からほとんど注文はなかったという(「登場させてはいけないキャラクター一覧」みたいなものはあったらしい)。惑星の設定も事件も、ベアのオリジナル。
 じっさい、ゾナマ・セコートのエキゾチックな生態系と異文化の描写は、ファンタジーとハードSFの両方で実績を残しているベアならではの美しさと精密さにあふれている。独立したSF長編としても、じゅうぶん評価に耐える内容だろう。
 もちろん、《スター・ウォーズ》サーガのファンにとっても、見逃せないポイントは無数にある。『ファントム・メナス』から三年を経た共和国の現状、アナキン・スカイウォーカーの前途に見え隠れする暗い影、ターキンの策謀、かつて別銀河からゾナマ・セコートを訪れたという謎の種族の正体……。
《スター・ウォーズ》ノベルの愛読者はもちろん、映画しか見ていない方にも楽しんでいただけることと思う。

 ちなみに訳者のほうは、『スター・ウォーズ』の日本公開前、SF系の某イベントで16ミリのパイロット版を見て以来のSW愛好者だが、じつを言うと、この二十年余、それほど熱烈にあらゆるSW情報を追いかけてきたわけではない『ファントム・メナス』をアメリカまで見にいったのも全米公開の一週間後だったし、ペプシのSWボトルキャップもコンプリートには二個足りないぐらいである。
 にもかかわらず本書の翻訳を引き受けることになったのは、(フォースの導きをべつにすると)同じベアの『ダーウィンの使者』を同じソニー・マガジンズで翻訳したばかりで、言わば乗りかかった船だった――という事情がいちばん大きいのだが、SF翻訳者になったからには「スター・ウォーズ」と名のつく本を一冊ぐらいは訳してみたいという気持ちもあった。というわけで、いまは、若き日のダース・ヴェイダーやターキンのセリフを日本語に移すことができた幸せを噛みしめているところである。翻訳の機会を与えてくれたソニー・マガジンズの鈴木優氏に感謝したい。また、スター・ウォーズ用語の表記統一などに関しては、イオンの高貴準三氏にお世話になった(初登場の固有名詞に関しては、アメリカで同時発売される朗読CDの発音に従った)。合わせて感謝する。

 さて、気になる『エピソード2』だが、www.starwars.com掲載の最新情報によると、ようやくアナキン・スカイウォーカー役が決定したらしい。スカイウォーカー・ランチで開かれたスクリーン・テストでこの大役を射止めたのは、十九歳のカナダ人俳優、ヘイドン・クリステンセン。成長したアナキン少年の姿をスクリーンで見るのが楽しみだ。



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