『魍魎の匣』書評(『本の雑誌』1995年2月号 新刊めったくたガイドより抜粋)

 新本格というムーブメントはこの一冊を生むためにあったのかもしれない。京極夏彦『魍魎の匣』★★★★★(講談社ノベルズ一二〇〇円)は、本邦探偵小説史上、十年に一度の大傑作。大森の私的ベストでは、長らく君臨していた『占星術殺人事件』を蹴飛ばして堂々トップに踊り出た。さようなら御手洗潔、こんにちは中禅寺秋彦。日本の探偵小説は一足はやく新しい世紀に突入したのである。

 それにしても、去年あれだけ評判になったデビュー作『姑獲鳥の夏』がいまいちピンと来なかったあたり、ぼくのミステリ鑑識眼の乱視ぶりが証明されてるわけですが、『魍魎の匣』ではもう目からウロコが落ちまくり。
『黒死館』『虚無』『失楽』と連なる蘊蓄路線でありながら、メタにもアンチミステリにもならず、ギリギリのところで伝統的探偵小説の枠内に踏みとどまり、涙あり笑いあり恐怖あり驚愕ありの一大娯楽小説として無敵の面白さを誇る。しかも、バカミステリ愛好者たるこの大森さえ腰を抜かすそのトリックの馬鹿さかげんにはあいた口がふさがらず、その締まらない口で今年の日本SFベストワンと断言したりもするわけである(だからSF専門読者も必読)。探偵キャラ四人の個性にも磨きがかかり、夏コミの同人誌展開にも期待が持てそう。やっぱり京極堂(攻)×榎木津(受)が黄金パターンかな(笑)