バリントン・J・ベイリー『光のロボット』(創元SF文庫)訳者あとがき(1993年10月)


   訳者あとがき


大森 望  



 『ロボットの魂』の続編、『光のロボット』をお届けする。原題はRod of Light。一九八五年に刊行された、現時点でのバリントン・J・ベイリー最新長編である。
 前作の感動の(?)結末から数年後、われらがジャスペロダスは考古学発掘調査チームを率いて、人類の過去の研究に余念がない。だが、シャレーヌ大帝の〈新帝国〉の没落と、ロボット抑圧政策をとるボルゴフ同盟の勢力拡大により、自由ロボットたちは狩りたてられ、破壊される対象となっていた。
 前作の伏線を受けて、今回新たに登場するもう一方の主役は、史上最高の知性を有するロボット、ガーガン。意識の獲得によりロボットの解放と人類の打倒をめざす〈ガーガン計画〉をめぐって、ジャスペロダスは人間とロボットとのあいだで苦境に立たされることになる……。 前作の結末で、意識をめぐる議論が最終的にモノに収斂してしまう点について、うるさがたのSFマニア諸氏から批判の声も聞こえるけれど、観念のガジェット化はいわばベイリーの十八番。たとえば「大きな音」の音の結晶、 『カエアンの聖衣』 のフラショナール・スーツ、『スター・ウィルス』のレンズなどと同様、意識≠ニいう抽象的哲学的問題を扱っても、最後はやっぱり目に見えるかたちで具象化しないと気がすまないのがバリントン・J・ベイリーなのである。 本書を見れば、意識の具象化が苦しまぎれの解決ではなく、いわば確信犯的に行なわれていたことは明らかで、モノ化した意識を焦点とするロボット対人間の対立の構図が『光のロボット』の中心となる。その意味では『ロボットの魂』にくらべて、より伝統的なサイエンス・フィクションに接近しているといえなくもないのだが、のっけからゾロアスター教の教義はとびだすわ、あやしげな天才ロボットの秘密結社は出てくるわ、奇怪な疑似科学理論がつぎつぎに開陳されるわ、例によって例のごとく、アイデアのデパート<xイリーならではのめくるめく世界が堪能できる仕組み。 あちらでは、前作の刊行から十一年の歳月を経て発表された長編なので、 もちろん本書だけで独立した長編として読むことも可能だが、ベイリーのビジョンを理解するうえでも、できれば『ロボットの魂』から順番にお読みいただければさいわいである。

 なお、前回の黒崎政男氏につづき、本書の解説では気鋭の英文学者・若島正氏にお世話になった。若島さんといえば、ぼくができのわる英文科の学生だった時代、化物のような読書量と快刀乱麻の分析に圧倒されたものだけれど、そのSF知識の該博さもなみたいていのものではなく、「英米のSFは英語でしか読まない」と聞いて仰天した記憶のある、海外SFの達人である。
 また、『ロボットの魂』『光のロボット』の翻訳にあたっては、文系一筋のSFおたくである訳者の理解がおよびかねる疑似科学理論etc.に関しては、数学がご専門の志村弘之氏と翻訳家の堺三保氏に、語学的な不明点に関してはトーレン・スミス氏に、それぞれ相談に乗っていただいた。以上各氏と、ベイリー翻訳の機会を与えてくれた、創元SF文庫をひとりで支える担当編集者の小浜徹也氏に、この場を借りて感謝をささげる。

1993年10月 大森 望   




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