SF翻訳講座【君を見てるとしょんぼり】SFマガジン95年11月号より


 看板に偽りありまくりでいつのまにやら70回以上もつづいてきたこの連載も、いよいよ今回を含めてあと2回でおしまい。
 この6年間に28歳の会社員は34歳の自営業者になり、筆記用具は文豪ミニキャリーワード→オアシスポケット2→98ノート→MacintoshLC475→東芝DynaBookSS450と変遷をつづけ、連載途中で購入したモデムも10倍以上に高速化したわけですが、あらためてSF翻訳業界を見まわしてみると、なんだかほとんど変化がない気がする。
 せいぜい創元推理文庫SFマークが創元SF文庫と衣替えした程度で、早川/創元の二大勢力があいかわらず翻訳SF出版の孤塁を守り、毎月せっせと新刊を送り出している。日本SFをとりまく状況や社会情勢の激変から考えると、ほとんど時が止まってるんじゃないかと思うくらい。

 1点あたりの初版部数でいえば、たしかに6年前よりいくらか数字が落ちてて(当社比で一割減くらいか)、長期低落傾向にあるとはいえるんだろうけど、これは出版界全体の傾向。総売り上げが一定のまま出版点数が増大しつづけてるんだから部数が落ちるのはしょうがない。
熱心な読者に支えられてるせいか、翻訳SF出版は、刊行点数が増えもしないかわりに部数もそれほどは落ちこまず、細々ながらもどうにか命脈を保っている。

 しかし、当然あってしかるべき変化がないとなると喜んでばかりもいられない。つまり、この6年間で、若い新人SF翻訳者はほとんど登場してないんですね。
 もともと市場規模がちいさいせいもあって、どんどん新人が出てくる分野じゃないとはいえ、みんなでいっしょに年をとってくだけっていうのもねえ。

 いちばん最近、大量の新人翻訳者がSF界に供給された例というのは、創元推理文庫のマリオン・ジマー・ブラッドリイ〈ダーコーヴァ年代記〉シリーズ。このときプロデビュー(SFデビュー)した翻訳者陣――古沢嘉通、内田昌之、中原尚哉、細美遙子、嶋田洋一、浅井修、中村融、大森望、赤尾秀子、宇井千史など――は、訳書刊行時の年齢が平均して27、8歳(推定)。

 それから10年近くたって、ダーコーヴァ組(と括るのもなんだか違う気がするけど)がぼちぼち30代半ばにさしかかってるというのに、SF翻訳ではいまだにこのあたりがいちばんの若手。
 ま、30代じゃまだまだひよっこといわれる翻訳業界のことだから、べつに老齢化してるってことはないんだけど、SF翻訳にかぎっては伝統的にデビューがはやい。伊藤典夫、宮脇孝雄、風見潤などを筆頭に、学生時代から活躍している人も少なくないわけで、ファンジン翻訳で鍛えてから20代デビューするほうがたぶん主流。
 そう考えると、20代の新人翻訳者がほとんど出てこない、出てきそうな気配も見えない現状というのはちょっとさびしい(この連載が看板に反してまったくなんの役にも立ってない証拠みたいなもんだから他人事じゃないんだけどさ)。

 もっとも、SF専門翻訳者(SF以外翻訳しない翻訳者)が職業として成立しえない以上、いったいどういう人間をSF翻訳者と呼ぶのかという問題はある。

 そこでふと思い立ち、90年から94年まで、過去5年間のハヤカワ文庫SF/創元SF文庫の翻訳状況を調査してみた。出版点数はほぼ一定していて、訳者が固定されている〈ペリー・ローダン〉〈宇宙大作戦〉の両シリーズをはずし、新訳のみカウントすると、年間の刊行点数はほぼ24点から28点(上下巻はあわせて1点と数える)の間におちつく。

 ファンタシーやホラー系まで含めたSF関連の翻訳小説総計では、この15年間、おおむね150冊〜200冊で推移しているそうだから(渡辺英樹「SF総括1994 OVERSEAS」=本誌95年2月号を参照)、市場占有率としては二割にも満たないが、早川・創元の両SF文庫が「海外SF」の中核をかたちづくっているのはまちがいないだろう(本誌95年2月号発表の「ベストSF1994」では、上位10点のうち9点までを両文庫で占めている)。

 逆にいうと、年間わずか30点足らずのラインナップが翻訳SFのイメージを決定してるわけですね。

 この5年間に、両文庫のどちらかで単独訳書を出している訳者の数は約40人。このうち5年間に4点以上の訳書のある翻訳者が十六人いて(短篇集の一部訳はのぞく)、その16人で全体の約3分の2の翻訳をこなしている。あいうえお順に名前だけ挙げると、浅倉久志、内田昌之、大森望、岡部宏之、黒丸尚、小野田和子、梶元靖子、小隅黎、斎藤伯好、酒井昭伸、関口幸男、田中一江、古沢嘉通、細美遙子、矢野徹、山高昭(数えまちがいがあったらごめんなさい)。

 このSF文庫主力部隊に、伊藤典夫、小川隆、小木曽絢子、公手成幸、嶋田洋一、中村融を加えたざっと20人ばかりの訳者が、たぶん、「英米SF翻訳者」の肩書きに確実に該当するんじゃないかと思う。
 この中でいちばんの若手は61年生まれ。1冊以上の単独訳書がある40人にまで範囲を広げても、二十代の訳者は皆無という状況なのである。

 翻訳専業で食っていくためには最低でも年間3冊程度の訳書が必要だという現実を考えると、SF翻訳者は20人もいればじゅうぶん、新人が食い込む余地はないという考えかたも当然成立する。出版社からあてがわれた作品を黙って訳していくだけでいいのなら、たしかに新しい血は必要ないかもしれない。

 しかしSFの翻訳ってのは、おもしろい海外SFを他人に読ませたい、だれも訳さないならおれがやってやるってところから出発してるわけで、そういう強烈なモチベーションを持った新しい人が出てこなくなると、なんとなく沈滞してしまうんじゃなかろうか。デビューして何年かたつと大なり小なり自分の守備範囲が決まってきて、そこから大きく踏み出したものを積極的に読んで翻訳しようという意欲はだんだん衰えてくる(っておれだけか)。
そのへんのだらだら気分に活を入れるためにも、こりゃあ負けてられないぜと思わせてくれるばりばりの新人翻訳者が待望されるわけです。ってなんかすっげえ年寄りくさくていやかも。

おおもり・のぞみ WWW上で日記を書くHyperDiaryが大々的に盛り上がり、さらにインターネットのチャットにまで大ハマり中(IRCな環境の人はJoin #にっきだ)。お願いだれかわたしを止めて。



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