【タイトル】ワイルド・サマー/ビートでゴーゴー(うそ)

 いやあ驚きました。SFマガジン読んでてこんなに驚いたのはひさしぶり。7月号を開くなり問答無用で目にとびこんでくる〈夢の文学館〉の大見出し。
 第一回配本がアンジェラ・カーターにエドマンド・ホワイトとはまた渋いねと思いつつページをめくると、をを、ジェフ・ライマンのWasですか。なになに、伝説の名作、クリストファー・プリーストのThe Glamourもついに日本語で読める! おまけに福武書店が版権とってたのに出ないまま流れちゃったジョン・クロウリーの超大作『エヂプト』まで出しちゃうとは豪勢だ、こりゃまあ近来稀に見る名企画だね、いやめでたい早川書房えらいと思うよりはやく、わたしの目はビッグバン前のQfwfqのごとくただ一点に吸い寄せられていたのである。すなわち、

コニー・ウィリス『ドゥームズデイ・ブック(仮)』大森望訳 10月刊行予定

 へー、あの600ページもある大作、ヒューゴーネビュラローカス賞を総ナメにしたDoomsday Bookがやっと日本語で読めるのか、よかったよかった。

 というあなたはいい。ハードカバーで出るのかよ、ちぇ、文庫落ちしてからでいいやと思っている人もまあ勝手にしなさい。そんなの知らなーい興味ないもんという人は幸福である。問題はですね、残り五百ページという状態でこの記事を目にしたのろまで小心な翻訳者の味わう衝撃にある。

「刊行予定は10月ですからね、どんなに遅くても7月中にはいただかないと」
「はいはいわかりました努力します」

 と答える訳者の心はひとつ、

「予定は未定にして決定にあらず」

 とはいえ、23年間にわたって愛読している雑誌の巻頭でこうもはっきりと「刊行予定」を突きつけられると、逃げ場のない気分がじわじわと漂ってくるのは人情で、衝撃のあまりその日はホームページの工事を休んでしまったくらいである。

 ショックで寝込むくらいなら1ページでも先に進めればいいじゃないかと思うでしょうが、おれにもおれの事情がある。

 なにしろこの時点じゃ、7月発売の日本オリジナル版短篇集『ラッカー奇想展覧会』のゲラと、8月発売のカード『ワーシング年代記2』の#原稿#(ははは←力のない笑い)を抱えてたんである。常識で考えてもわかるとおり、10月よりは7月と8月のほうがはやい。10月なんて秋だよ秋。そんな先のことはわからないね。わはは(←悪魔的な笑い)

 しかし敵は600ページである。原稿用紙で600枚じゃないよペーパーバックで600ページ。まかりまちがえば2千枚になろうかという分量だ。あまりの長さに、去年の春えっちらおっちら100ページまで進めたところでばったりダウン、ほかの本に浮気してそれから1年間忘れたふりをしてたくらい。昨年末が締切だったのを拝み倒してなんとか半年のばしてもらいやれやれこれで一安心、と思ったらもう6月だぜ。そもそもSFでもなんでもない『サイベリア』なんかに半年もかかかったのが最大の計算ちがいで、慣れないノンフィクションなんかに手を出すもんじゃないぜという後悔は先に立たず、ついに待ったナシってとこまで追い込まれ、ギリギリのデッドラインはいまから2カ月後。

 ではみなさん、ここでちょっと計算してみましょう。500ページ割ることの2カ月は、1カ月250ページ。念のため三回検算したが答えは変わらない。月に250ページ、一日で10ページ弱。

 無理だよ。

 そりゃおれだって男だ。この道10年、死んだ気になってがんばれば一日10ページが不可能な数字ではないことは知っている。しかし、一日に10ページ翻訳することと、それを60日つづけることとは別物である。人間にできることではない。

 と思ってたら、東江一紀氏がEQではじめた新連載「ほのぼのしみじみうふふ通信」の第一回を読んで驚いた。ここに実践者がいるじゃありませんか。

 東江さんといえば、メジャーデビュー第一作にあたる大長編を編集者として担当させていただいた縁があって、克己心のかたまりのような禁欲的で緻密な仕事ぶりはつとに存じ上げているわけですが、なんでも現在、2月から8月までの7カ月間に全6冊、7千枚弱の翻訳を仕上げなければならない状況に追い込まれているとか。まあそういう状況に追い込まれるだけなら簡単だが、東江さんの驚くべき点は、その状況から脱出すべく月産千枚体勢を樹立し、実践している点にある。円高でつぶれるつぶれるといいながら合理化と体質改善で乗り切り利益まで出してしまう日本企業のようじゃありませんか。この体勢に移行してから2カ月半でちゃんと予定枚数を消化し、いま二冊目の中盤というんだからすごいね。

 月千枚ならDoomsday Bookだってひと月半で終わる。ようし東江さんを見習っておれも一発、自主罐詰で翻訳に専念……といけば簡単だが、おれにはおれの事情がある。来る仕事は拒まずで節操なく引き受けつづけた結果、毎月やってくる雑誌の締切が14本。その他おれが意識不明のあいだにだれかが引き受けたらしい仕事もいくつかあって、はははは、どうするんだろうねまったく。

 これはもう、翻訳者としては手形不渡りで倒産したも同然。といっても生産能力皆無ってわけじゃなく、ひとえに放漫経営の結果。きちんとした再建計画さえあれば立ち直る見込みもゼロではないから、ここはひとつ訳者更正法を適用し、管財人が中に入って夏の2カ月間は雑誌債務を凍結、長篇の翻訳に専念させるとか、そういう方法しかないんでは。

 ……などとバカなこと書いてるヒマがあったら翻訳しろ。はいそうです。そのとおりです。翻訳するぞ翻訳するぞ翻訳するぞ極限まで翻訳するぞ。ああだれかおれを洗脳してモデムと電話線のない部屋に閉じこめてくれよ。

おおもり・のぞみ 阿部編集長のSFMページ、三村美衣のてんぷら★さんらいずページ続々始動! 負けちゃいられない、うちのページもさっそく工事だってすみません本気じゃないんですあしたから仕事します。はたしてあすなろ翻訳者の命運やいかに。刮目して次号を待て。ってとりあえず休載かも(泣)。





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