【ムヅかしい本を読むとねムくなる ローマ編】
 掲載誌:月刊アニメージュ(徳間書店)96年9月号〜97年2月号


【7】ジョン・バーンズ『軌道通信』(96年9月号)

「とりあえず、わたしの名前はメルポメネー・マレイ、年は十三地上歳、〈さまよえるオランダ船〉で生まれて、そこに住んでいる。これまでに八回半、軌道を周回した。……」

 というわけで、これが本邦初紹介となる新鋭ジョン・バーンズの『軌道通信』は、地球軌道を周回する小惑星船で生まれ育った十三歳の少女、メルポメネーが主人公。彼女がこの一年間の出来事を回想しながら、人工知能支援ワープロに向かって“作文”を書くというスタイルで物語は進んでゆく。
 漢字四文字の硬いタイトルだし、聞いたことない作者だし……と思うかもしれないが、じつはこれ、ノリはほとんど宇宙学園小説なんですね。
 モビルスーツが出てこないガンダムというか、バンドやるかわり真面目に学校行ってるマクロス7というか、使徒が攻めてこない第三新東京市というか、要するにコロニー(厳密には宇宙船だけど七千人以上住んでる巨大な船ですからね、まあ初代マクロスなんかと大差ないイメージ)で暮らす少女の日常生活をみずみずしいタッチで描く成長物語なのである。
 テストの結果に一喜一憂したり、体育の授業(無重量空間の3Dコートでプレイするエアラクロスなんてのが出てくる)でストレスを発散したり、めいっぱいおしゃれしてパーティ行ったり、クラスのイジメと戦ったり、当然ドキドキ初デートの巻もあったりして、エピソードはほとんど少女マンガ。
 ただし、ネビュラ賞候補にもなったくらいだから、当然ただのヤングアダルトではなく、SF的ディテールはじつに綿密に設定されている。
 ニホンアメリカ社所有の民間船である〈さまよえるオランダ船〉の全乗員は七千二百人。このうち十二歳以下が九割以上を占め、その大半は船内で生まれている。子どもばかりの船っていうとまるでホワイトベースですが、べつに戦争の渦中にあるわけではなく(世界規模の戦争{セカンドインパクト}の後遺症に悩むわれらが地球は、環境破壊と異常気象で壊滅寸前の状態)、子どもたちが暮らす小惑星船は、新しい社会を構築するための実験場の役割をはたしてるんですね。
 行き過ぎた個人主義に対する反省から、学校ではチームワークがなによりも重視され、プライバシーへの執着もない。人間関係でなにか問題が生じるとすぐにカウンセリングを受けて解決するシステムが確立されている。
 とまあ、そういう無数のカルチャーギャップを言葉で説明するのではなく、ヒロインの“作文”の中にさりげなく埋め込んで、読者にすんなり異世界のリアリティを実感させてくれるのがこの小説のうまいところ。
 ストーリー的にはSF的な仕掛けもちゃんと用意されていて、初期の新井素子(「大きな壁の内と外」)やアレクセイ・パンシン『成長の儀式』(って古すぎか)を連想させるひねりがあるんだけど、「大人によってプログラムされた社会からの離脱」みたいな古くさい図式自体にさほどの魅力があるわけじゃない。
 SFの枠組みは枠組みとして脇においといて、生意気ざかりの聡明な女の子の生き生きした語り口と(あ、残念ながらアスカほど口が悪くはないです)、学園生活の鮮やかなディテールにどっぷり浸るのが正解でしょう。今年のベストを争う傑作というわけじゃないけど、なんとなく得した気分になれる愛すべき小品。『星界の紋章』三冊読み終わっちゃった困ったね、どうもって人におすすめ。
 なお、オレは波瀾万丈どまんなかの豪速球SFが読みたいぜってハードコアなSF読者なら、『軌道通信』と同時期に出たキム・スタンリー・ロビンソンの『遥かなる天空の調』(内田昌之訳・創元SF文庫)で決まり。とかゆってるうちにサミュエル・R・ディレイニー幻の傑作『アインシュタイン交点』(伊藤典夫訳/ハヤカワ文庫SF)も出ちゃうし、今年は海外SF当たり年かも。

●今月のハイパーリンク
『軌道通信』の精神的原点ともいうべき存在が、大御所ハインラインの一連のジュブナイルSF。いまならほぼ全作が創元と早川の両文庫で手にはいるので、機会があったら一気読みするのが吉。女の子モノでは太陽系ドキドキ冒険パニックSFの『天翔る少女』が代表株ですが、大森訳の『ラモックス』(創元SF文庫)もよろしくね。
 新しいところでは、英国の鬼才イアン・ワトスンの〈黒き流れ〉三部作がこの系列のイチ押し。少女ヤリーンの一人称回想記スタイルで語られるシリーズで、とりわけ第一部『川の書』のさわやかなテイストは『軌道通信』と甲乙つけがたい。


ジョン・バーンズ『軌道通信』ハヤカワ文庫SF
ロバート・A・ハインライン『天翔る少女』創元SF文庫
イアン・ワトスン『川の書』創元SF文庫

【近況】
 狂乱のGAINAX新年度会@ヴェルファーレから流れ流れて、寺島令子姉妹&我孫子・綾辻・法月トリオと徹夜カラオケ。山口貴由先生の歌まで聴けて大吉。


【8】須藤玲司『インターネットほめぱげ探検Book』(96年10月号)

 バンダイのピピン@アットマークに加えてセガサターンのモデムキットも発売され、「お茶の間でインターネット」もぼちぼち一般化の気配。野次馬・大森(日記者35歳)は、個人ホームページ間の喧嘩ウォッチングで忙しい毎日を送ってますが(「喧嘩」といわずにflameとかflamingとかゆっとくと、とりあえずインターネット者っぽいかも)、ホームページの大海にこれから初めて乗り出そうって人には、それなりの海図も必要かもしれない。
 というわけで巷には山ほどホームページガイド本があふれてるんだけど、これがまたほとんど役に立たない。英語ページとか企業ページに大きなスペース割いてるやつはだいたいペケ。接続料と電話代払って英語読んだり宣伝見たりするのはよほどの物好きだけでしょ。ホワイトハウスとかルーブルとか、あなたはほんとに見たいのか。
 と、そこで登場するのがインターネット遊び人(なんだそれは)須藤玲司の『インターネットほめぱげ探検ブック』。ほめぱげってのはhomepageのローマ字読み。ローマ字入力だと音引き(ー)はわりと押しにくい位置にあるため、真のインターネット者は「ホームページ」より「ほめぱげ」を主に採用している(うそ)。
 著者の須藤玲司は都内某有名私大の現役学生。昔はSF者だったのに、機を見るに敏なタチなのか、大学入学とともにおたく研究家に転身。現在は主にアニソン系の領域を研究対象にしているので、週末の深夜、新宿ゼニス(って最近アニカラ者の巣窟と化してるカラオケボックスね)とかに行くとしばしば観察できる――という話は余談。自分でも「World Wide Wotaku」(←この言葉自体は(C)大森望1995なのでちゃんとクレジットするように>玲司)ってページをやってて、一時はディープなおたく系リンク集とかWWW連載日記とかアニカラページとかでぶいぶいゆわしてた人物である。
 その彼が自分のページの更新をほっぽりだして全力投球したのがこの『ほめぱげ探検ブック』。一頁一サイトで総計およそ二百のほめぱげをジャンル別に紹介する。この手のページ紹介本の場合、複数ライターを起用して人海戦術でカバーするってパターンがほとんどなんだけど、ひとりでこれだけ集めるってのはやっぱりヒマと蓄積がなきゃ無理でしょう。ひとりでやってる分、選択基準と個性が明確で、キャラの立った本になっている。アダルトに薄く、ゲームとSFに濃いあたり、三つ子の魂百までっていうか。アニメ系は10箇所足らずとやや遠慮が見えるけど、カスのようなページを千カ所ネットサーフするより、厳選されたこの10個を見れって感じ。
 各ページにつけられたコメントも、背後に膨大な無駄クリック(あーこんなページ画面に出すだけ時間と労力とトラフィックの無駄だった、ってやつ)の山があるだけに、短いながらツボを抑えている。ま、文章的には、黄金期の須藤玲司おたく日記とくらべてもやや精細に欠けてたりしますが、まあまだ学生ですからね、長い目で見守りたい。ってすっかりおやぢだな、おれも。
「グルメ」とか「スポーツ」とか、わりとどうでもよさそうなジャンルに関しても、思わずクリックしたるなるサイトが選ばれてるのはさすが。「古流柔術柳生心眼流」に「100万件リソースハンター」、あるいは「インターネット栄養診断プログラム」や「フルーチェ事件」。資料的価値とかばかばかしさとか実用性とか、要するになんらかの要素が突出しているページってのが掲載のポイントみたいね。
 ページ紹介のほか、「インターネット上での情報のさがしかた」とか「5分でわかるホームページのつくりかた」みたいなコラムをついてて、とりあえずWWWの基本はこれでOK。これからネットサーフはじめる人はとりあえず一家に一冊。しかし貧乏なお友達用に、この本で紹介されているブックマークはすべて須藤玲司のワールワイドをたくホームページ(http://www.yk.rim.or.jp/~ohmori/)に載ってるから、この本(けっこう高い)買わなくてもだいじょうぶかも(笑)


【今月のハイパーリンク】
 珍しくノンフィクションを紹介したついでに電脳エッセイの極北をもう一冊。スタパ斎藤の『PC道』は、EYE-COM連載中からその究極のログイン文体によってサイバー野郎に影響を与えまくり、すでに学生系個人ホームページの約37パーセント(推定)はスタパ菌に汚染されていると言っても過言ではない。可読性の限界に挑むこの文章を熟読玩味しやがれください。
 小説では、文庫化されたこの機会にデイヴィッド・ブリンの『ガイア』を読むと吉。リアルな近未来ネット社会像を提出する現代SFのクラシック。


●PC道 アスペクト1000円
●ガイア ハヤカワ文庫SF 上下


【9】松尾由美『ジェンダー城の虜』(96年11月号用)

「男のロマン」とか「男の友情」とかってどうもよくわかんない。去年あれだけ話題になり、各種ベストテンのトップを総ナメにした真保裕一の『ホワイト・アウト』(新潮社)を読んでもぜんぜんぴんと来なかったりする重度の冒険小説不感症も、元をただせばそのへんに原因があるんでしょうね。男同士でひしっと抱き合ったり、カウンターに肩を並べて寡黙に酒を飲んだり、そういうシーンってなんか気持ち悪くない? って、よこしま系同人誌に毒されてるのかもしれないけど。
 つらつら考えてみると、エヴァにハマった理由の一端も、主要登場人物のジェンダーロールの転倒にあったりするのかもしれない(ほら、男らしい男も女らしい女も出てこないでしょ)。とかいいながら私生活では性的役割分担に甘えてるのがズルいところで、掃除洗濯を同居人に押しつけている以上、家父長制社会のいいとこどりをしてるという批判は甘受するしかないのだが、それにしてもアニメやドラマで(「お約束」は認めるけど)あまりにも無批判にジェンダーを受け入れているのを見ると、多少むっとしないでもない。
 その反対に、「女らしい“男の子”と男らしい“女の子”のためのユーモアミステリ」とか帯に書いてあると、思わず抵抗できずに手にとってみたりするわけで、ようやく本題の松尾由美『ジェンダー城の虜』が登場する。タイトルの元ネタは冒険小説の古典『ゼンダ城の虜』ですが、この小説のジェンダー城は、「伝統的家族制度に挑戦する家族」のみに入居資格が与えられるという地園田団地。ジェンダーに「地園田」なんて漢字を当てるのはほとんど一昔前の横田順彌の世界で(ほら、マッドサイエンティストの松戸菜園教授とかさ)、この小説がある種のファンタジーであることを宣言している。
 主人公は目立たずに地味に生きることをモットーとする男子高校生、谷野友朗。地園田団地の住人というだけで白い目で見られるもんだから、なるべくおとなしくしていようと心がけているところに登場するのが美少女転校生、小田島美宇。
 自己紹介でのっけから「父はいわゆるマッドサイエンティストで」と言い放つこの素っ頓狂な帰国子女の新居が偶然にも地園田団地と来て、平穏な友朗の生活にとつぜん嵐の予感。そして、謎の研究のため団地に招聘された美宇の父が誘拐され、友朗の小市民的生活は波乱の渦に投げ込まれる……。

 松尾由美といえば、第17回SFマガジンコンテストの入選作「バルーン・タウンの殺人」でデビューした人(正確には、集英社コバルト文庫のジュブナイルSF『異次元カフェテラス』がデビュー作)。受賞作を表題作にした『バルーン・タウンの殺人』(ハヤカワ文庫JA)は、人工子宮による出産が一般化した近未来で、あえて自腹の出産(?)を選んだ女性のために用意された妊婦だけの街、通称バルーン・タウンを舞台に展開する端正な本格推理連作短篇集だった。
 したがって今回も、「ジェンダーロールが転倒した団地を舞台に展開する本格ミステリ」を期待するわけですが、結論からいっちゃうと、ミステリの部分はオマケでしかない。博士誘拐事件の謎解きにもべつだん新味はなく、警察が出てきてもリアリティの欠如ばかりが目立つ。
 じゃあつまんないかっていうとそうじゃなくて、マッドサイエンティストの父と美少女の娘と空手の達人のお手伝いさんという小田島家の面々とか、主夫業に専念する友朗のお父さんとか、オネエ言葉でしゃべるゲイの異装者と同居している刑事とか、多彩な登場人物たちは魅力的で、ほのぼのと気持ちよく読ませてくれる。その意味では、むしろ「めぞん一刻」型のユーモア路線でシリーズ化したほうがよかったのでは。ま、「バルーン・タウン」の成功をひきずってる分、どうしてもミステリを要求されちゃうのがつらいところですか。『ブラック・エンジェル』や『ピピネラ』を読むかぎり、資質的にはやっぱり本格志向じゃないみたいだし、このあたりでどんと開き直った新作に期待したいと思うわけである。


【今月のハイパーリンク】
 70年代にはフェミニズムSFがアメリカSF界で一時代を築いたこともあったけど最近はどうも旗色が悪い。コニー・ウィリスの話題作『わが愛しき娘たちよ』も版元品切れみたいなので、一例としてシェリ・S・テッパー『女の国の門』を挙げておこう。男性作家のものでは、村田基『フェミニズムの帝国』が、男性と女性の社会的役割が逆転した世界を描くわりと純朴な小説。
 あとは戦闘的フェミニスト上野千鶴子の珍しくエモーショナルなエッセイ、『ミッドナイト・コール』が初心者にもおすすめ。個人的には小倉千加子がわりと好きよ。

●シェリ・S・テッパー『女の国の門』(増田まもる訳/ハヤカワ文庫SF七〇〇円)
●村田基『フェミニズムの帝国』(ハヤカワ文庫JA)
●上野千鶴子『ミッドナイト・コール』(朝日文庫)


【10】清涼院流水『コズミック』(96年12月号用)

 この本のことはすでに別の雑誌に書いたんだけど、全然書き足りないのでもう一回書く。ま、本誌と『小説すばる』を併読してる人がいるとも思えないけど、もしいたらごめんね。
 ってことで、清涼院流水衝撃のデビュー作、『コズミック 世紀末探偵神話』である。講談社ノベルスで七百ページ超、無慮千四百枚のサイコロ本。お約束だからまず設定を説明する(書き直すのも面倒なのでヨソのお座敷の原稿から流用)。

「今年、一二〇〇個の密室で、一二〇〇人が殺される。誰にも止めることはできない」▼密室卿▲と名乗る正体不明の人物からのこの予告状により、一九九四年が幕を開ける。予告通り、一日に三件から四件の割合で「密室殺人」が連続する。初詣客でごった返す平安神宮で、ボウリング場で、高度三〇〇〇メートルの空中で、首を切って殺される被害者たち。その背中には、被害者自身の血で『密室n』(nはn番目の被害者であることを示す漢数字)と記されていた。
 この未曾有の犯罪の前に、「集中考疑」で瞬間的に事件を解決する天才的メタ探偵・鴉城蒼司{あじろそうじ}総代率いる名探偵集団(総勢三百五十人で、能力別に全七班に分かれている)、日本探偵倶楽部(略称JDC)が立ち上がる……。

 と、これだけでもすでにトンデモミステリの資格充分なんだけど、読みはじめるとさらにとんでもない。前半三百ページは十九個の「密室殺人」事件がひたすら詳細に描かれる、不可能犯罪の大バーゲン状態。登場する探偵たちがまたすごい。
 百パーセントの確率で推理をはずす能力を買われて総代・鴉城に抜擢された迷探偵ピラミッド・水野、「消去推理の貴婦人」霧華舞衣{きりかまい}、推理の貴公子・竜宮城之介{りゅうぐうじょうのすけ}、懐疑推理の不知火善蔵{しらぬいぜんぞう}、統計推理の氷姫宮幽弥{ひきみやゆうや}、弁証法的推理(ジン推理)の刃仙人{やいばそまひと}……。眠って事件を解決する潜探推理の天城漂馬{あまぎひょうま}がいるかと思えば、覚醒をつづけて真相を解明する不眠閃考の犬神夜叉もいる。それぞれ必殺技があるところは、まるでミステリ版「星闘士星矢」ですが、中でも最高の「神のごとき名探偵」が、本書の主人公(?)、「神通理気」を誇る九十九十九{つくもじゅうく}。たんに頭がいいだけじゃなくて、
「危ういほどに美しい容姿は、十九の神秘的な雰囲気の象徴だった。完璧すぎる顔立ちは中性的で鋭く、腰まで届く綺麗な黒髪は夜の闇のように謎めいた妖しさを孕んでいる。(後略)」。ふだんはサングラスしてるんだけど、はずすとあまりの美貌に見た者が失神してしまうのである(笑)。
 しかし、にもかかわらず本書はギャグミステリ#ではない#。つまりそこが問題なんですね。この一冊が新本格業界に巻き起こした旋風はすさまじく、刊行前から話題騒然。この数ヶ月は寄るとさわると清涼院流水の話題で、オレの場合、すでに百時間以上は確実に費やしてるね。先週の鮎川哲也賞授賞パーティのあとなんか、笠井潔、北村薫、山口雅也、有栖川有栖、綾辻行人、我孫子武丸、法月綸太郎、芦辺拓、二階堂黎人、京極夏彦、麻耶雄嵩、倉知淳、篠田真由美、貫井徳郎etc.の錚々たる作家陣が全員『コズミック』を読了し、喧々囂々の大議論を夜通し戦わせていたくらい。
 いまんとこ賛否両論まっぷたつで、カモノハシ説あり(ミステリ進化の袋小路)、ドラッグ説あり(読んでいるとトリップする)、新本格のインディペンデンス・デイ説あり(壮大な無駄と愉快なバカバカしさ)、ウイルス説あり(感染すると危険)、X Japan武道館公演説あり(自分の世界に没入)、全面否定から全面肯定(はさすがに少ないけど)まで議論百出。
 大森が帯の文句に「新本格最凶のカードがミステリの幸福な時代に幕を引く」と書いたのはもちろん冗談のつもりなんですが、「ほんまや。こんなもんが流行ったらなに書いてええんかわからんわ」とぼやく某新本格作家もいて、「清涼院流水」の登場に真剣に危機感を抱く声も少なくない。
 とはいえ出ちゃったものはしょうがない。本書が「新本格」に引導をわたす「新・新本格」(だかネオ本格だか新本格第二世代だか)の先駆けなのかどうかはともかく、野次馬としては今後の情勢を固唾を呑んで見守りたいわけである。

●今月のハイパーリンク
『コズミック』にはいかなるリンクも張りようがないので、とりあえず(それに比べればほんのちょっとだけ)異常な最近のミステリを二冊。『コミケ殺人事件』の小森健太朗の新作、『ネメシスの哄笑』は、なんと担当編集者・溝畑康史(これは実在するアニカラのえらい人)の一人称という前代未聞の趣向で楽屋落ち満載。
 西澤保彦『人格転移の殺人』は、日本推理作家協会賞候補作『七回死んだ男』につづく破天荒なSFミステリ。SF者爆笑の設定で、オチも決まって言うことなし。不肖・大森の32枚の大解説つきでお買い得だ(笑)。


『コズミック』清涼院流水(講談社ノベルス)
『ネメシスの哄笑』小森健太朗(出版芸術社)
『人格転移の殺人』(講談社ノベルス)

【近況】
 世界SF大会でブラッドベリとヴァン・ヴォートの実物に会えてラッキー。でもギャザリングのトーナメントでは小学生に惨敗し涙。ま、カード買えたからいいや。


【11】彩院忍『電脳天使』(97年1月号用)

 発売から二ヶ月も経っちゃったうえに、先月号のAM's CHOICE欄で紹介済みの本をいまさらここでとりあげているのも間が抜けてるけどしょうがない。こんな面白い小説を読みのがしていたとは、一生の不覚。SFマガジン書評欄で三村美衣のイチ押しだったのに、信じなかったわたしが悪かった。第一回ソノラマ文庫大賞佳作入選の彩院忍『電脳天使』は、最高にキュートなノリノリのコンピュータ・ネットワークSFである。
 この手の電網SFは、いまでこそサイバーパンクの専売特許みたいに思われてるけど、「街の不良がパソコンを武器に体制と戦う」式のパターンが最初から主流だったわけじゃない。
 たとえば、この欄の第一回で紹介した『遠き神々の炎』の著者ヴァーナー・ヴィンジの初期作品、『マイクロチップの魔術師』(新潮文庫/絶版)。
 ネットワークにアクセスすると、そこは魔法使い同士が丁々発止の闘いを演じる中世風異世界ファンタジーの世界。敵に「真の名前」を知られると窮地に陥る――なんてファンタジーのお約束が電脳世界のお約束とうまく重なり、これはコンピュータ・ネットワークSFの先駆的作品として今も評価が高いお茶目な長編(新装版が出たときはMITのマーヴィン・ミンスキー教授が解説を書いてて、これは新潮文庫版にも収録されてます。絶版だけど)。
 一方、コンピュータ・プログラムが人格を持ち、人間と協力してネット上で冒険をくりひろげるのは、ジョーゼフ・ディレイニー&マーク・スティーグラーの『ヴァレンティーナ/コンピュータ・ネットワークの女王』(これまた新潮文庫で品切れ。どっちも会社員時代の大森が編集を担当した本なんですけど。とほほ)。バレンタインデーに生まれたから名前はヴァレンティーナって安直な命名で、女性の人格を持ってる根拠も薄弱なんだけど、この人工知性がけなげで泣かせます。
 ……と前置きが長くなったけど、この『電脳天使』も、ギブスンやスターリングのサイバーパンク系じゃなくて、そっち方面の明朗電脳活劇路線に属する最新の収穫。
 中心になるのは、電子ネットワークに居住するPCと呼ばれる人工生命。プログラムド・キャラクターの名前通り、PCは人間にデザインされたソフトウェアなんだけど(いま「エージェント」とか呼ばれてる補助プログラムが高度に進化したようなもん)、こいつがそれぞれ個性を持ち、ネット上でわりと勝手に暮らしてるわけですね。
 主人公(?)は、生島高、篠崎零と名付けられたふたりのPC。「創造主」と呼ばれる天才プログラマ(本名・藤沢了)が開発したPCで、身長体重年齢容姿ファッション必殺技(笑)にいたるまで綿密な設定がある。このへんはアニメのキャラ設定感覚に近いかも。ただしこの場合、PCは自分の意志で自律的に行動することができる。ご主人様(=創造主)の命令にはちゃんと従うから、電子データ化されたロボットだとも言える(現在のインターネットでも、ネットを泳ぎまわってデータを集めてくるプログラムのことを「ロボット」と呼んだりしてます)。
 物語は、この高と零の凸凹コンビの前に、「鈴木一」(笑)と名乗る謎の違法PCが出現するところから幕を開ける。鈴木は高の特殊能力(レター置換)をコピーしたばかりか、「大佐」(「創造主」の後輩にあたるプログラマ)の傑作PC、ファン・リーを誘拐。その行方を追う高と零は、やがてネットワーク社会全体を巻き込む巨大な陰謀に直面する……。
 と、あらすじ的にはふつうのサスペンスなんですが、タッチはほとんどナデシコ系ギャグアニメノリ。渋いおっさん型の最強PC、ローランド(ライトとレフトに分かれている)とか、「老師」製作の「魔女」とか、脇役のPCたちもキャラ立ちまくりでスピード感抜群。プログラムサイズに
「ユニット」という謎の単位を採用してるのもうまいとこで、コンピュータSFのツボはきっちり押さえている。残念ながら、サイバースペース上のファンタシー世界と、その外部の現実世界の区別がいまいち明確じゃなくて、世界規模の陰謀がえらく薄っぺらだったり、現実部分のリアリティが希薄だったりする欠点はありますが、ヤングアダルト系電脳SFとしてはピカいちの出来。この設定でPC独立運動までひっぱれば、日本のルーディ・ラッカーになれるかも。

●今月のハイパーリンク
 プログラムが人格を持つキュートなSFと言えば、新鋭女性作家エイミー・トムスンの『ヴァーチャル・ガール』も要チェック。こっちは男性おたくの心をくすぐるタイプね(なんせ匡体が、「金色がかった栗色の髪に、左右で色の違う大きな瞳の美少女ロボット」だもん)。もうすぐ続編も邦訳刊行予定です。
 一方、電脳おたく系の人におすすめの新刊は、手前ミソですがルーディ・ラッカーの最新長編『ハッカーと蟻』。話題の人工生命もラッカーが扱うとここまで壊れるかって感じ。せいぜい笑ってやってください。


【近況】
 助っ人10人を集めて仕事場に本を移動。本棚18本がたちまち埋まるがまだ半分。やれやれ。ついでにホームページもwww.ltokyo.com/ohmori/に引っ越しました。


【12】L・M・ビジョルド『ヴォル・ゲーム』(97年2月号用)

 森岡浩之の『星界の紋章』が爆発的に売れている。三冊合わせて20万部突破ってことで、「どこから見てもSF」な小説としては、近来まれに見るヒット。早速アニメ化の話も舞い込んでるみたいだし(関係ないけど『ニュータイプ』に森岡インタビューが載ったのには仰天)、新シリーズ『星界の戦旗』もいよいよ開幕。ひと足先に読ませてもらったけど、これは『紋章』の直接の続編。ラフィールとジントのコンビがついに正規の帝国軍兵士となり、銀河を二分する恒星間戦争に身を投じる。『紋章』3冊が壮大な銀河帝国興亡史のプロローグでしかなかったことが明らかになる仕組みで、次は5月とかケチくさいこと言わずにじゃんじゃん続きを書いていただきたいものである。
 ……といっても、今月のお題は『星界の戦旗』じゃなくて、『星界』ファンにもぜひおすすめしたい米国産スペースオペラ、ロイス・マクマスター・ビジョルドの『ヴォル・ゲーム』。
 邦訳版はカバーが地味めで(っていうか、ガチガチの本格SFくさい)わりと損してるけど、これはいまアメリカで一番人気のペオペ・シリーズ、〈マイルズ・ヴォルコシガン〉物の最新刊。
 これがアチラでどのくらい人気があるかというとですね、世界SF大会参加者の投票で選ばれるSF界最大の賞、ヒューゴー賞の長編部門(いろんな部門があるけど、長編部門が当然いちばんえらい)を三度も受賞しているくらい。ヒューゴー長編部門を三回以上獲得してる作家は、ほかにロバート・ハインラインただひとり(四回)。同一シリーズでの三回受賞はもちろんこのヴォルコシガン・サーガしかないわけで、世界一のスペオペシリーズと言っても過言ではないでしょう。『星界の紋章』と同様、このシリーズの場合も、最大の魅力はきっちりした世界設定と多彩なキャラ。舞台となる未来の宇宙は、ワームホールを利用した超光速交通網で結ばれてて(ワームホール・ネクサスと呼ばれる)、人類は地球タイプのさまざまな惑星に植民している。
 主人公マイルズ・ヴォルコシガンは、惑星バラヤーの大物政治家アラールの息子。が、政敵によるアラール暗殺計画のとばっちりで、マイルズは、さまざまな肉体的障害を抱えて誕生する。チビだのミュータントだのと陰口をきかれ、なにかあるとすぐ骨が折れてしまう脆弱な肉体を意志の力で克服し、りっぱに成長していくマイルズくん――っていうとまるで修身の教科書(笑)みたいですが、基調はあくまでユーモアだから、マイルズくんも優等生一辺倒ではもちろんない。刻苦勉励型っていうより、持ち前の機転と幸運と明るい性格でその場その場を切り抜けていくタイプですね。
 シリーズ第一巻の『戦士志願』(って、このタイトルから想像されるような話じゃ全然ない)では、士官学校の入試に落っこちたマイルズがひょんなことから傭兵部隊を指揮する立場になり、心ならずも大活躍、その功績を認められて士官学校に入学を認められるまでのお話。ヴォルコシガン家はバラヤーの名門貴族だから、マイルズも有名人なんだけど、このディンダリィ自由傭兵艦隊の強者どもを指揮するときは、マイルズ・ネイスミス提督と名を変える。要するに二つの顔を持つ男ってことで、ネイスミス提督の正体はごく少数の内輪だけしか知らない(この設定がギャグ発生装置になってて、『親愛なるクローン』では、記者に正体がバレそうになったマイルズが、「ネイスミスはぼくの非合法クローンだ」と宣言、結果的に悲惨なドタバタ劇に巻き込まれてしまう)。
 今回の『ヴォル・ゲーム』はと言うと、マイルズくんが晴れて士官学校を卒業した直後の物語。最初の任地は極寒の気象観測基地で、なぜかトラブルを呼び寄せてしまう体質の彼は、ここでも基地を二分する騒動の中心になり、今度はスパイとして新たな任務を与えられる。ところがその派遣先でばったり出会ったのが、公務に飽きて失踪中のバラヤー皇帝(笑) さあどうするマイルズっ――ってところに都合よくデンダリィ隊が登場するあたりがこのシリーズの特徴なんですが、今回はゲストキャラの悪女、キャヴィロ司令官がやたらかっこよくて、強い女に抵抗できない人は思わず惚れてしまいそう。『星界』シリーズのスポールさんと双璧ですね。それにしてもマイルズくんを部下に迎えた上官はみんな徹底的に不幸な目に遭うことになっててとってもかわいそうなのである。

●今月のハイパーリンク
 ジェイムズ・シュミッツ『惑星カレスの魔女』は、キュートな三姉妹が活躍するさわやかなスペースオペラ。新潮文庫版の再刊で、カバーはおなじく宮崎駿。これは編集者時代の大森が宮崎さんを拝み倒して無理やり描いてもらった絵で、数年ぶりに復活してめでたしめでたし。もちろん中身のほうも表紙に負けない秀作だから、前の版を見逃した人は必読。もう一冊は、これも続巻が待ち遠しいドタバタスペオペ、アスプリンの『銀河おさわがせ中隊』。筒井康隆『富豪刑事』の宇宙艦隊版か、SFポリス・アカデミーかっていう爆笑シリーズです。


【近況】
 ミラージュ発売でギャザリング熱が再発。仕事の山に埋もれつつ日々デッキ構築中。録画した「ナデシコ」を見るヒマが……。