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【12月11日(火)】


 丸の内ピカデリー2で『モンスターズ・インク』完成披露試写。
 両方見た人のあいだでは『シュレック』派と『モンスターズ・インク』派に二分されるんだけど、なるほど甲乙つけがたい出来。キャラクターで『シュレック』、アイデアで『モンスターズ・インク』かな。女の子が出てくるといかにもピクサー。しかし、「押入れの中に怪物がいる」(monsters in the closet)の伝統がないと、いまいちあの子供おどかしシステムのすばらしさはぴんと来ないかも。ていうか、ドアの先が子供部屋の押し入れにつながってることが直感的に理解しにくいのでは。まあしかし、前評判にたがわぬ秀作ではある。




【12月12日(水)】


 恵比寿ガーデンプレイスのビヤホーフ麦酒館で、恒例の翻訳ミステリ忘年会。ソニー・マガジンズの新文庫、ビレッジブックスは、やっぱり『ブリジット・ジョーンズの日記』の圧勝で、エリック・ガルシアの恐竜ハードボイルド『さらば愛しき鉤爪』はいまいちの売れ行きらしい。どう見ても女性読者向けのレーベルだもんなあ。しかし『ダーウィンの使者』がこの文庫に入ったらさらに浮くのでは。女性主人公の妊娠・出産SFだからいいのか?




【12月13日(木)】


 日本推理作家協会事務局で推理作家協会賞の第一回予選会。予選委員は去年とおなじで、立ち会い理事は馳星周。
 協会員でも具体的にどういうシステムで候補作が決定されるか知らない人が多いみたいなので、簡単に書いておくと、まず最初に、事務局が用意した対象作品の基礎リストが配布される。部門を問わず、過去に協会賞を受賞したことのある人の作品は対象外(たとえば短編部門の受賞者は長編部門でも候補にならない)。新人の第一作も対象外なので、この段階ですでに、『模倣犯』とか『煙か土か食い物』とかははずれてるわけですね。
 で、この200冊ぐらいのリストを最初から順番に検討し、各予選委員が候補として残したいものを挙げ、リストから洩れている作品があれば(去年で言えば『永遠の森』とか)を追加する。12月刊行分で、まだだれも読んでないような新刊は担当を決めて宿題扱い。
 で、第一回の検討会議では、20作〜30作ぐらいの候補作が残されて、これを予選委員全員が読み、二回目の会議で最終候補作を決定する――という流れ。もちろん議論はするんだけど、基本的には多数決なので、政治的判断が介在する余地は(少なくとも今回のメンバーでは)ほとんどない。根回しもゼロ。あとはその場の説得力。しかし自分以外に最低ひとりは賛同者を見つけないと論陣も張りにくいのだった。

 予選会終了後は、タクシー二台に分かれて池林房に流れ、吉田伸子の不惑お誕生会。吉田伸子と言えば、《波》に掲載された戸梶圭太『未確認家族』の書評に対し、豊崎由美が、
「こんな書評は戸梶サポーターとして許しがたい! トヨザキがそう言ってたと日記に書いといてください!」と激しく憤っていたのをすっかり書き忘れていたので書いておきます。トヨザキ社長もたしか同年齢なので、40歳女性書評家対決? 大森はこの件についてはニュートラルな立場です。と日記には書いておこう。
 しかし、この夜、リアルタイムで紛糾したホットなテーマは前回既報の茶木則雄問題。他人の仕事ぶりを肴に口角泡を飛ばしてもしょうがないと思うんだけど、なぜか北上次郎×西上心太のあいだで大論争が勃発。「締切なんか守らなくたって、原稿が面白ければそれでいいんだよ!」とテーブルを叩く北上次郎。しかし書評業界でもっとも締切を守る人にそう言われてましても。個人的見解としては、締切破りにも限度があると思います。オレもそんなにちゃん守るほうじゃないけど、締切は他人に迷惑をかけない範囲で破っていきたい。




【12月14日(金)】


 渋谷シネアミューズで古厩智之監督『まぶだち』。『リリィ・シュシュ』観たのにこっちを観てないのが気になってたんですが、昨日の宴会で文春M氏が「今年のベストワン!」と力説するので駆け込み鑑賞。リリィ・シュシュとは全然ちがう意味で、これもすごくいやな映画。身につまされすぎるというか、サダトモがいびられるくだりに強く反応する人間は(とくに編集者とか作家とかになってるような人には)多いんじゃないか。担任教師役の清水幹生がまたすばらしく嫌味ですね。しかし公式サイトのあらすじ読むとまるでべつの映画みたいだなあ。オレの見方がまちがってるのか?




【12月15日(土)〜17日(月)】


 ワールドカップ日本国内分の二次販売がはじまったんだけど電話がまったくつながらない。6回線分も番号登録し(1日目2日目の抽選からはぜんぶハズレました)、さいとうよしこも動員して片っ端からかけてるのに全然ダメ。
 アタマに来たのでもっと不幸な人の状況を2ちゃんねるでチェックして心を慰め、労働のもとをとるべくそれをネタにしてアスキーのコラムを一本書く。だいたいこのぐらいの枚数のチケットなら、ふつうは半日で売り切るでしょ。なんで5日間もかけてまだ処理が追いつかないかなあ。

 小説すばるの書評は佐藤友哉『エナメルを塗った魂の比重』(講談社ノベルス)。なんというか、ちょうど東浩紀の『動物化するポストモダン』(講談社現代新書)を読んでたところだったので、あまりのハマりぶりに爆笑してしまいました。東浩紀が自分の理論を補強するために書かせたようなおたくデータベース消費小説。それにしても、サイコジェニー、獣戦士ガルキーバ、岩男潤子、トロワ×ヒイロ、勇者ダ・ガーン、伊布美奈子、メメクラゲ、諸星大二郎、きんぎょ注意報、堀井良彦と並べてぜんぶわかる人が講談社ノベルス読者にどれだけいるのか。わたしも伊布美奈子は思い出せず、思わず検索してしまいました。ていうか、著者の年齢のわりにあいかわらず古いネタが多いことである。

 キネ旬ベストテンに投票。今年は大勢迎合型。

●日本映画ベストテン
1 千と千尋の神隠し
2 GO(行定勲)
3 アリーテ姫
4 赤い橋の下のぬるい水
5 ハッシュ!
6 連弾
7 まぶだち
8 リリィ・シュシュのすべて
9 ターン
10 殺し屋-1-

●外国映画ベストテン
1 アンブレイカブル
2 スナッチ
3 ギャラクシー・クエスト
4 シーズンチケット
5 メメント
6 ハイ・フィデリティ
7 オー・ブラザー!
8 ゴースト・ワールド
9 純愛譜
10 アタック・ザ・ガス・ステーション!

●外国映画監督賞  M・ナイト・シャマラン

●日本映画個人賞
監督賞 宮崎駿(『千と千尋の神隠し』)
脚本賞 橋口亮輔(『ハッシュ!』)
主演女優賞 天海祐希(『狗神』『連弾』『柔らかな頬』)
助演女優賞 片岡礼子(『ハッシュ!』
主演男優賞 浅野忠信(『殺し屋-1-』)
助演男優賞 山崎努(『GO』)
新人女優賞 釈由美子(『修羅雪姫』)
新人男優賞 窪塚洋介(『溺れる魚』『GO』)




【12月18日(火)】


 今年最後のミステリチャンネル「ベストブックス」収録。田中啓文『ベルゼブブ』は意外にも香山さんが絶賛。ちなみに今期の対象作品(奥付で10月と11月刊行の国産ミステリ)への大森一言コメントは以下の通り。ほかの人のは、上記サイトの「次回はどうなる!?」参照。

△『赤ちゃんをさがせ』青井夏海 東京創元社
 助産婦トリオが探偵役をつとめる3話連作ミステリ。「日常の謎」系なんだけど、そのわりにトリック(というか事件)のつくりかたは人工的な感じ。むしろ日常的ファンタジーの世界かも。どちらかというと善男善女向きの小説?

○『国境』黒川博行 講談社
 北朝鮮とコテコテ大阪弁の「厄病神」というミスマッチが爆笑。シリーズ物だけに先の展開が読めちゃうのが惜しい。とはいえ、お約束の場面でも、「よっ、待ってました大統領!」と声をかけたくなる名調子で、期待を裏切らない。

中島望『十四歳、ルシフェル』 講談社ノベルス
 往年の平井和正テイストで疾走する中学生サイボーグ物。サイボーグ・ブルースならぬサイボーグ・パンク、あるいはサイボーグ・ノワールってところまで行けば傑作になったかもしれないが、骨格もディテールもノスタルジック。というかシンプルすぎ。

▲『多々良先生行状記 今昔続百鬼−雲』京極夏彦 講談社ノベルス
 在野の妖怪研究家・多々良勝五郎先生と趣味の伝説収集家・沼上蓮次のコンビによる凸凹妖怪珍道中。ボケとツッコミのカップリングはほとんど妖怪版爆笑問題の趣き。多々良先生が妖怪の謎を解くたびになぜか事件の謎も解けてしまう――という縛りでちゃんと話を落とすのはさすが京極夏彦。

▲『真実の絆』北川歩実 幻冬舎
 親子鑑定を軸にした連作短編集――というより、これはどんでん返しが連続する長編ミステリとして読むべきか。「人間は(妊婦も赤ん坊も含めて)遺伝子を運ぶ器でしかない」という視点が徹底され、道具として使い倒されるのが凄い。しかしまさかオチがこう来るとはなあ。

△『絶叫城殺人事件』有栖川有栖 新潮社
 火村&有栖の館もの連作ミステリ。黒鳥亭、壷中庵、月宮殿、雪華楼、紅雨荘、絶叫城とそれぞれユニークな建物が登場するが、いちばん印象的なのはホームレスが自力でつくった異形の大伽藍、月宮殿か。ネタは地味でも傑作になるという見本。完成度ではやはり表題作でしょう。

◎『ダーク・ムーン』馳星周 集英社
 ノワールの傑作を一冊書くのは才能の問題だとしても、それを書き続けるのは技術の問題である――と勝手に実感してしまうほど技術的に優れた長編。だれも幸せにならないことがわかっていてもページをめくる手が止まらない。

◎『ベルゼブブ』田中啓文 トクマ・ノベルズ
 田中啓文の伝奇SF作家魂が爆発する愛すべき傑作(ただしB級)。のっけから大盤振る舞いのエログロスプラッタネタより、妙に愛嬌のあるキャラクターたちや、じつにもっともらしい隠れ切支丹の黙示録がすばらしい。クライマックスの歌舞伎町大戦争はもっと長くてもよかった。

○『未確認家族』戸梶圭太 新潮社
 帯には「モラル・ゼロのクライム・ノヴェル」とか書いてあるけど、「モラル・ゼロの家族小説」のほうがわかりやすいのでは。ついでに知性も限りなくゼロに近かったり。いやもう爆笑の激安ホームドラマ。

○『悪いうさぎ』若竹七海 文藝春秋
 巻き込まれ型の女探偵・葉村晶シリーズの第三弾。『プレゼント』(中公文庫)と『依頼人は死んだ』(文藝春秋)はどちらも連作短編集なので、長編は今回がはじめて。いやなやつを書かせたら天下一品の描写力がのっけから冴え渡り、ヒロインといっしょに怒りながら物語に入っていく仕掛け。とにかく抜群にうまい。

▲『異邦人 fusion』西澤保彦 集英社
 2000年の大晦日から1977年の夏へのタイムスリップ――とくれば、著者十八番のSF設定本格ミステリ。なんだけど、今回は『七回死んだ男』や『人格転移の殺人』とはかなり趣きが違う。特殊ルールと割り切ったゲーム感覚の本格から一歩進んで(下がって?)、人間の心の問題が焦点になる異色作。

『鬼子』新堂冬樹 幻冬舎
 フランスかぶれのベタベタ恋愛小説ばかり書いている売れない作家が、崩壊寸前の自分の家庭をネタにした私小説を書けと辣腕編集者(鬼畜系)から強要されて――という異色設定のサイコサスペンス。編集者が作家をいたぶりまくる話だと思いこんで読んでたので後半の展開には意表をつかれました。

△『曙光の街』今野敏 文藝春秋
 ヤクザの組長をターゲットにロシアから凄腕のヒットマンがやってくる話。リーダビリティは高く一気に読めるし、キャラクターもいい。ただし、ディテールをすっとばしているためか、全体にやや薄味で、強烈な個性やセールスポイントに乏しいうらみも。

△『残響』柴田よしき 新潮社
 かつてその場所で交わされた声を聞きとることのできる特殊能力者の女性を主人公にした連作。サイコメトラーものは多数書かれているが、能力を声だけに限定したのがミソ。キャラクターは面白いが、ドメスティック・バイオレンスの扱いがちょっと「いかにも」過ぎるのが惜しい。

『十三の黒い椅子』倉阪鬼一郎 講談社
 椅子をテーマにした書き下ろしホラー・アンソロジーの寄稿者が次々に死んでいく……。独立した短編としても読める各収録作に加え、関係者が集まる掲示板のログや編者の日記なども織り交ぜて、事件の真相が入れ子構造で無限後退していく趣味的なメタミステリ。

『饗宴(シュンポシオン) ソクラテス最後の事件』柳広司 原書房
 『贋作「坊っちゃん」殺人事件』で朝日新人文学賞を受賞した柳広司の書き下ろし本格ミステリ。探偵役はソクラテスで、親友のクリトンがワトスン役。ピュタゴラス教団の暗躍など、オカルティックな要素もちりばめられているが、トリックのインパクトはいまひとつ。

『匣庭の偶殺魔』北之坂柾雪 角川スニーカー文庫
 スニーカー・ミステリ倶楽部の創刊第一弾。第五回角川学園小説大賞・ヤングミステリー&ホラー部門奨励賞受賞作で、綾辻行人が「原石の魅力」と推薦文を寄せている。新本格だけで育った世代の新本格? 雰囲気はそれなりだが、なんの原石なのかはもっと磨いてみないとわからない。




【12月19日(水)〜21日(金)】


 遅々として進まない『フリーウェア』の直しを再開。

 西葛西に新規開店したTUTAYAでようやく佐々木浩久監督『実録 ゾンビ極道』を発見。小沢仁志のゾンビ芝居が傑作。これはなかなかよくできてます。やっぱり準拠枠がはっきりしてたほうが(これならVシネ任侠映画とか)安心して見られるのか。あるいはチープさがVシネマ向きなのかも。




【12月22日(土)〜25日(水)】


 ご近所の原家のクリスマス宴会で、N崎@角川書店AC事業部の愛娘とうちのトキオ社長が赤ん坊対決。向こうが2カ月も下なのにあっけなく敗北、速攻で泣かされる社長。機動力に差がありすぎて問題にならない。アキミちゃんの動きはまるで忍者のよう。うちのはやっぱり頭が重すぎるらしい。

 暮れも押し詰まって話題作が続々刊行。
 日本ファンタジーノベル大賞受賞作の粕谷知世『クロニカ 太陽と死者の記録』も注目ですが、大森の圧倒的なイチ押しは、古川日出男『アラビアの夜の種族』(角川書店2700円)。あんまり書店で見かけませんが、これは必読(bk1で注文amazonで注文)。
 時は西暦1798年、ところはマムルークが実権を握るオスマン帝国支配下のカイロ。ナポレオン・ボナパルト率いるフランス艦隊がエジプトに迫り、旧態依然のマムルーク軍では勝ち目がないと見た知事のひとりに、万能の執事アイユーブが秘策を授ける。すなわち、読む者すべてを狂気に導くという伝説の本、「災厄の書」を敵軍に献上すること……。
 主人の同意を得たアイユーブは、エジプト一の語り部の力を借り、災厄の書の製作に着手する――という話なんだけど、語り部が語る物語がとんでもなくすばらしい。おまけに、加速度的にすごくなる後半はもろにウィザードリィの世界に突入していく(といってもゲーム小説的な語り口とはまったく違うので、気づかない人は全然気づかないかも)。史上最強のダンジョンRPG小説の座はこれで確定。おまけにアラビアン・ナイト物としても、ジョン・バースの「ドニヤーザード姫物語」(って『キマイラ』の巻頭に入ってるやつね)やロバート・アーウィン『アラビアン・ナイトメア』を凌ぐ出来ばえ。十年に一度の傑作と言っても過言ではありません。国産歴史ファンタジーのオールタイムベストでしょ。
 というわけで、2002年度日本SFベストの1位はこれで決定。

 一方、ようやく邦訳が出たニール・スティーヴンスン『ダイヤモンド・エイジ』(日暮雅通訳/早川書房3000円)は、2002年度翻訳SFベスト1位の有力候補。巻き込まれ型のプロットはウィリアム・ギブスンで(『極微機械ボーア・メイカー』と同じ構造とも言える)、ディテールの凝り方はブルース・スターリング。ナノテクで変貌した近未来の上海に清朝末期の政治状況が重なるところは、野阿梓『バベルの薫り』にもちょっと似てますね。
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