第19回講演会(平成6年4月9日)講演要旨


植物観察における“記録”について

日野間 彰

【記録の必要性】
 北海道植物友の会は昭和60年(1985年)6月29日に設立されて以来、50回以上に及ぶ野外観察会を重ねてきています。当初は、観察会において観察された植物を目録にして整理し、「菩多尼訶」に発表してきましたが、最近は観察会の場所が一巡してしまったことや、原松次名誉会員らによる「札幌の植物」(1991年・北海道大学図書刊行会)が刊行されたこともあって、観察地域の全体的な植物目録を作成することが少なくなってきました。しかし、札幌周辺の植物相が時々刻々と変化していることは、会員の村野氏の「野幌の植物の行方」(菩多尼訶6号)、「野幌の植物の行方2」(菩多尼訶9号)、伊藤浩司会長の「蝦夷雑記について」(菩多尼訶8号)等において述べられているように明らかであり、その様子を観察していくためには、今後も継続的な観察記録を作っていくことが大切だと考えています。

【記載事項の欠如という問題】
 北海道内に限らず、さまざまな地方で活躍している植物研究者や植物同好者によって、その地域の植物の目録が報告されています。内容的には、非常に断片的なものから非常に体系的にまとめられたものまでいろいろありますが、それらを見ていて非常に気になることがいくつかあるので、この機会にお話させていただきたいと思います。  気になることの多くは、観察記録の基本的記載事項の欠如です。これは植物観察のみならず、あらゆるものの観察において同様に記載されなければならないものといえます。たとえば、小学校の理科の勉強で「アサガオの生長の観察記録」の作成を先生から言い付けられたとき、大きさの計測や写生のほかに、その時の天気や日時・場所、観察者の氏名を必ず記載しておくことを求められているはずです。天気についてはともかくとして、観察年月日や観察者の記録のない植物観察資料が非常に多いことが気になります。中には場所さえも全くわからない報告さえあります。
 少なくとも、調査した年がわからないような報告にほとんど意味がないことは皆さんにも容易に理解できることと思います。また、調査した月日によって、観察できる種類の植物とそうでない植物があることも、野外観察会に何度も参加されている皆さんにはよくわかっていることだと思います。例えば、秋に調査した資料にフクジュソウやカタクリがのっていないからといって、そこにそれらが生育していないとはいえないことは明らかです。しかし、調査時期が明示されていない場合には、それらの植物が(少なくとも一般的な踏査では)その地域で確認できなかったものと判断されてしまうおそれが生じてしまいます。このようなことから、会員の皆さんが観察記録を書くときには、まず、調査場所を記入し、そしてその年月日を記入しておくことをお願いしておきます。

【観察者・記録者の名前の重要性】
 観察者の名前を記入・公表するということに対して抵抗感をおぼえる方も、中にはいるかと思います。このような人は非常に責任感が強くて、自分の観察記録が百パーセント正しいという確信がなければ、とても名前なんか出せないと考えておられるのではないかと想像します。でも、実際にはどんな大先生でも間違いということはあるもので、重要なのは、あとでそれを見る人がその間違いを正す手段が確保されているかいないかということだと考えています。実はそのために観察者の氏名を記入しておく必要が生まれるのです。このように、観察者の氏名を記入するということは、それを見る他の人々に対する思いやりであることを理解しておいて下さい。むしろ名前を出さないことが、不遜な態度と見なされるおそれがあります。

【記録の報告・発表に参加を】
 今日、皆様にお願いしたいことがあります。それは植物観察記録の報告・発表です。広大な北海道において、数少ない植物の専門家が全部の地域を網羅的に継続して観察・記録を続けて行くことはほとんど不可能です。それでも、国立公園であるとか天然記念物のような地域では北海道内においても今までに多くの先人達が貴重な記録を残してきています。ところが、私たちがふだん生活している空間や、一般の森林地帯での記録は極めて少ないのが実情です。お手元にある「菩多尼訶10号」で五十嵐さんが書いている「スミレ考2」においても未調査の地域の多いことについて触れられていますが、道路やダムや団地あるいはゴルフ場・スキー場の開発に冠する環境影響調査(アセスメント調査)などでは、その調査対象地域に関する過去の植物観察等の記録があることは非情に希なことなのです。
 自然が豊かといわれている北海道に住んで、その恩恵を活かしながら私たちの生活を豊かにしていくためには、まず、周りの自然について一生懸命に知ることが大切だと思っています。しかしそれは決してひとりの力だけではできることではありません。いろいろな人による自然の観察の積み重ねが、私たちの自然との共生のありかたを考えていく上での基礎になるものと考えています。
 このようなことから、皆さんも是非、多くの機会に周りの植物について観察し、記録し、報告・発表して下さることをお願いします。その発表の場として「菩多尼訶」をどんどん利用して下さい。
 別紙の例は、私が昨年の夏休みに留萌の方へ行ったときのメモを整理したものです。このうち、観察地点番号1の浦臼神社は、春のエゾエンゴサクとカタクリの景観がすばらしいところで、その春の景色を「北海道高等植物目録・第V巻」のカラー写真の一枚に使用した場所です。また、観察地点番号3の金比羅岬は、ドクウツギが大量に生育していたのに感激して、その一帯の植物のリストをメモしたものです。

【アセスメント・レポートにおける記録の問題点】
 最後に、環境調査にたずさわってきた立場から、ひとつの問題を提起させていただきます。それは、いわゆる「環境アセスメト報告書」といわれる調査レポートについてです。実は、観察者(調査者)が全く記載されていないのが、「環境アセスメト報告書」なのです。北海道内においては、おそらく年間数十にものぼるアセスメントのための環境調査が行われレポートが発行されています。ところが、その大部分のもので、調査者の氏名は全く表示されておりません。また、調査時期が明示されているものも極めて少ないのが実情であり、中には調査地域や調査地点さえもあやふやなものも混じっています。先に述べましたように、私たちの生活空間に比較的近い場所での自然の観察記録が少ないことを考えた場合、このようなアセスメント・レポートはそれらを知る重要な手掛かりになるものです。このような点から、今後のアセスメント・レポートに対しては、最低限の記載事項を記録するような努力を望みたいと思っています。

■観察地点番号1
  調査地点:浦臼神社(浦臼町鶴沼)境内の樹林(1/5万地形図「砂川」左上)
  調査日 :1993年8月2日
  調査者 :日野間彰
  観察結果:高木層(高さ30m)にはアカイタヤが最も多く、優占度4を占める。
       そのほか、高木層にはシナノキ(優占度2)、アサダ(優占度2)、コブシ(優占度1)、アズキナシ(優占度1)がみられる。
       亜高木層(高さ10m)にはナナカマドとオオヤマザクラがみられる。低木層(高さ4m)にはナナカマドがみられる。
       草本層にみられた種類は次のとおりである。
          カタバミ、ミヤマトウバナ、オオチドメ、アキタブキ、オオバコ、シロツメクサ

■観察地点番号2
  調査地点:増毛町箸別海岸(礫浜とその背後)(1/5万地形図「留萌」左下)
  調査日 :1993年8月3日
  調査者 :日野間彰
  観察結果:礫浜の植物
        ハマエンドウ(fl.)、ハマヒルガオ、ヒメスイバ
       礫浜背後の植物
        オオイタドリ、カモガヤ、コヌカグサ、オオヨモギ、ヘラオオバコ、シカギク、シロザ、ハマナス

■観察地点番号3
  調査地点:初山別村金比羅岬(みさき台公園)(1/5万地形図「初山別」左下)
  調査日 :1993年8月4日
  調査者 :日野間彰
  観察結果:植物相観察
 ツリガネニンジン、ドクウツギ、エゾノカワラナデシコ、オオハンゴンソウ、オオイタドリ、カシワ、アメリカオニアザミ、ハマナス、オオバコ、ヘラオオバコ、シロツメクサ、オオヨモギ、スギナ、ブタナ、コヌカグサ、ムラサキツメクサ、エゾノヨロイグサ、ノコギリソウ、ナガボノシロワレモコウ、オオアワガエリ、ヒメジョオン、メマツヨイグサ、アキタブキ、ネズミムギ、キレハイヌガラシ、ススキ、ガマ、エゾノバッコヤナギ、カモガヤ、アブラガヤ、ヨツバヒヨドリ、クマイザサ、ヨシ、クサフジ、クサレダマ、ワラビ、エゾノキヌヤナギ、エゾノギシギシ、ヒメスイバ、ナワシロイチゴ、エゾイタヤ、ウド、ヨブスマソウ、オニシモツケ、タラノキ、ノリウツギ、ヤマブドウ、ツタウルシ、ゲンノショウコ、オオバセンキュウ、キハダ、ハルニレ、ハリギリ、センダイハギ、オトコヨモギ、ツルウメモドキ、カセンソウ、アキカラマツ、ヒメムカシヨモギ、オオハナウド、キツリフネ、ハマニンニク、エゾタチカタバミ、ツユクサ、エゾノシシウド、オオバナノミミナグサ、ホタルサイコ、エゾヒナノウスツボ、クルマバナ、ヤマグワ、エゾニワトコ

ボタニカ11号

北海道植物友の会