スミレ考・2

五十嵐 博

 

□ はじめに

 ボタニカ8号で「スミレ考」を書いてから2年が過ぎた。「北海道のスミレ目録案」の種類数は前回51種類であったが、今回までに文献や各地の調査により確認された種類は合計で70種類前後となり20種類程が追加できた。そのほとんどは変種、品種や本来は本州分布種であり、今後検討しなければならない種類が多いために今回は目録を添付しなかった。
 この間、スケッチを描いたり、各地のスミレ類の調査を行った。また、北海道スミレ情報センターという組織を作り道内各地からスミレの情報を収集した。これらの情報と各種文献、自分の過去4年間分の観察記録を整理したものが表に示した石狩支庁、胆振支庁のスミレ属分布資料である。この2つの支庁・25市町村で確認されたスミレ属は45種類となった。
 現在までに北海道を2万5千分の1の地図で分類(972枚あるらしい)している。種類ごとに文献、自分確認別に記号化して整理中である。
 細かい場所の情報はいろいろと問題もあり今後共あまり公表するつもりもないが、今回のように市町村単位程度は発表する予定である。
 参考までに石狩、胆振支庁を掲載したが、他の支庁は自己調査が皆無である所が多く今後時間をかけて都度調査結果を発表するつもりでいる。
 今回の中にも市町村によっては未調査の場所が多く、何と黒丸の少ないことか。
 原松次先生と同行した「札幌の植物」1) 調査の際も全ての調査地に同行できず確認していない種類が多い。その後の調査でも新篠津村は確認がゼロであるし、他の市町村も極めて少ない。 

スミレ属 分布資料(未完成) (GIF画像、139,814bite / 約160KB)

 

□ 石狩と胆振の違い

 札幌の場合は低地、湿地、高山などの多様な環境に恵まれており、原1)では札幌市及びその周辺市町村で20種類のスミレ属が確認されている。 しかし、イソスミレは石狩町、小樽市の海岸であるし、タチツボスミレの品種であるオトメスミレは広島町での確認記録である。この2種類を差し引いた18種類が札幌の総数である。
 その後、調査した結果、エゾノタチツボスミレの白花種であるシロバナエゾノタチツボスミレ、タチツボスミレの有毛品種であるケタチツボスミレ、オオタチツボスミレの有毛品種であるケオオタチツボスミレが追加確認でき、文献や聞き取りからオカスミレ2)(アカネスミレの無毛品)やアイヌタチツボスミレの白花種であるシロバナアイヌタチツボスミレ3)、エゾヒナスミレ(スミレ情報により)等が追加されたがいずれも確認には至っていない。
 以上の結果、現在までの札幌市におけるスミレ属は25種類の記録となっている。この内19種類が自己確認数である。
 江別市は本会会員の村野紀雄氏整理の野幌森林公園4)等で14種類、千歳市は寺崎氏5)調査等で22種と比較的種類数も多いが他の市町村ではまとまった文献資料は見つけていない。
 札幌の調査が終り、原先生が厚田・浜益地域を2か年調査していたが結果としてスミレ属は少なかった。
 表には石狩支庁で38種類のスミレ属が記載されたが、アケボノスミレ、フジスミレ等は疑問種で今後の調査次第で抹消の可能性もある。
 アケボノスミレは2)で報告例があるがかなり古く、現在でも道南等の一部にしか報告例がある程度で確認しづらい種類である。
 フジスミレは道内に2〜3例の記録があるが本来は本州北限種であり、他のスミレ(フイリヒナスミレ、フイリミヤマスミレ)との見間違いの可能性の高いものである。石狩支庁では38種類の内、27種類をとりあえず確認できた。
 胆振支庁は白老町のポロト湖、ヨコスト湿原等を2か年に亘り調査できた。また室蘭市、苫小牧市、厚真町等を平成5年度に調査したため若干確認数が多いほかは伊達市、虻田町、洞爺村、追分町、鵡川町、穂別町等が皆無である。胆振支庁では34種類が記録され、その内の20種類を確認できたが、疑問種としてタチスミレ、タニマスミレ等がある。  この地域には、原6),7),8)等や岡本9)があり資料は多いが室蘭、苫小牧、登別、伊達、白老、大滝等に集中しており、他の洞爺湖周辺市町村や穂別等の文献は少ない。室蘭在住の胆振植物友の会会長である尾崎氏からは貴重な資料を頂けた。
 札幌を含む石狩支庁は種類の中で胆振支庁と若干の差を生じる。はっきりと傾向の出ている種類はヒカゲスミレである。石狩支庁ではヒカゲスミレは一切確認されていない。
 石狩だけで出現する種としてシロバナエゾノタチツボスミレ(この種類は色変りなので今後の調査で胆振支庁でも出現の可能性が高い)、ジンヨウキスミレ(高山タイプのため、胆振支庁での確認の可能性はほとんどないと思われる)、キバナノコマノツメ(キスミレ類の中でも分布域が広い種類なので今後の調査次第で確認の可能性はある)、シロバナフギレオオバキスミレ(フギレオオバキスミレの白花種なので今後出現の可能性はある)、ケオトメスミレ、オトメスミレ(タチツボスミレの品種なので共に確認の可能性はある)、ニオイスミレ(帰化種であり、北大や個人の庭から札幌市内に拡大したと思われる種である)、シロバナアイヌタチツボスミレ(確認の可能性はあるが探すのは難しい種)、シロミヤマスミレ(確認の可能性はあるが確認は偶然性が高い)、フジスミレ(現在までの印象では見間違い種と判断しており検討種である)、フイリヒナスミレ(現在までの調査では5)以外では報告例がなく、今後の調査課題種である)以上11種が石狩支庁のみ確認種である。
 同様に胆振支庁のみで確認される種はフチゲオオバキスミレ(浜10)に記載されているがオオバキスミレの葉縁の有毛種で確認は難しいと思われる)、マルバスミレ(道内で報告例は数例あるがそれらはアオイスミレ、エゾノアオイスミレとの見間違いと思われる種、苫小牧での確認は本州より移入された樹木に随伴したものと判断している)、ニオイタチツボスミレ(浜10)記載種であり私も苫小牧で近い種類を確認しているが確定していない種)、タチスミレ(小樽博物館に標本があるようだが未確認、本来は本州北限種である)、ナガハシスミレ(室蘭での概要の産地情報はあるが未確認であり、小樽での情報もあるが石狩では出現の可能性は低い)、アポイタチツボスミレ(蛇紋岩地生息タイプで穂別で記録されているため石狩では確認は無理と思われる)、そして前記のヒカゲスミレの7種類である。

 

□ 全道の傾向

 表を見れば25市町村での中でオオタチツボスミレ、ツボスミレが21市町村、ミヤマスミレが20、エゾノタチツボスミレ−18、タチツボスミレ−16、スミレ−15の順で多く出現している。これは全道の傾向とほぼ同じである。タチツボスミレが意外と出現しないのは調査方法なのかそれとも何かほかの理由であるのか若干疑問である。各地の空白は今後の調査で若干は埋まると思われるが地域による調査の精度にどうしても差が出る点が今後の課題である。
 前記した地域分布資料(2万5千分の1地図)での出現例ではミヤマスミレが一番多く確認されている。この種類は平地から高山の登山道沿い等各所で見られる分布域の広いスミレである。他に分布域の広いタイプとしては前記したオオタチツボスミレ、ツボスミレ、タチツボスミレ、エゾノタチツボスミレ、オオバタチツボスミレ等が挙げられる。
 スミレサイシン、ナガハシスミレ等は日本海多雪地帯に目立ち、サクラスミレ、アカネスミレ等は北海道南部分布形態と思われる。スミレも比較的各地に分布するが生育環境は次第に狭められている種類の一つである。それぞれの種類によって生育環境は若干違い生態の特性も興味深い。
 現在までの調査精度はむらが多く、「北海道スミレ情報センター」もこの空白対策であるが情報提供者は札幌市を中心に、道南では胆振からまとまった資料が届いた他は函館市から若干程度であるし、桧山は皆無、後志も少ない。道東は帯広市からと根室、釧路地方のまとまった資料が届いている。また北見地方もかなり集まった。日高地方は少なく、宗谷、留萌も皆無に近い。
 幸い、本会会員の日野間氏11)より貴重な原稿を頂き全道の過去の概要が判明している。北海道全体を見ると、桧山、宗谷、留萌の各支庁に関する資料が乏しい。釧路、根室支庁も若干少なめであるが現在までに入手した資料で見る限りこの程度が限界と思われる。支庁別での確認数は以下の通りである。 ( )内は自己確認を示す。

石狩−38種(27)
空知−33種(13)
後志−30種( 7)
渡島−32種(13)
桧山−18種( 6)
胆振−34種(20)
日高−30種( 6)

十勝−29種( 9)
上川−27種( 9)
留萌−15種( 5)
宗谷−15種( 4)
網走−28種(13)
釧路−21種( 0)
根室−21種( 0)

□ スミレ調査の今後

 このように支庁によっての偏差が大きく今後の調査のやり方にかかっている点と、高山等は過去から多くの先人が調査12) などしているものの近隣の身近な自然や森林公園等の調査資料がなかなか集められない。スミレの季節は春のゴールデンウィークに道南からスタートし夏の高山で終りを告げるが、識別の決定要因は花弁であることが多いためその調査季節はあまりにも短く、一人の限界を感じている。情報も偏った地域に限定されているのが現状である。北海道はあまりにも広いと痛感しているのが最近の感想である。
 調査の興味は分布であるが、最近はスミレ達の生態も面白い。アリとの関係、受粉の仲立ちをするハナバチ類との関係や閉鎖花等13),14),15)にも興味があり、今後スケッチすると共にじっくり観察したいと思っている。
 年賀状で恵庭公園におけるサクラスミレの生息情報が届いた。この公園は昨年3回程調査したが基本種程度の確認しか出来ておらずサクラスミレは新記録であった。このように少しづつ情報が集まってきている。
 本会の皆様の中でスミレに関する情報をお持ちの方はハガキか手紙で連絡頂きたい。こちらから「スミレニュース」を御送りする。スミレの種類、咲いていた場所、時期等を連絡頂ければ幸いである。出来れば詳しい場所をお願いする。自己調査による確認をメインに考えているためである。

 

連絡先

〒062札幌市豊平区月寒東5条10丁目
   (有)ムーヴ植物設計 内
   北海道スミレ情報センター 五十嵐 博

 

参考文献

 

ボタニカ10号

北海道植物友の会