1992年観察会記録−黄金山(浜益郡浜益村)

佐藤 謙

 7月5日、黄金山(標高739.5m)に登る。黄金山は8年ぶり、しかも登山路が途中から変更されていたので、植物相と植生について新たな知見が得られた。ここに、それらについて簡単な観察記録をまとめておきたい。
 黄金山は、最近二つの道立自然公園を併せて指定された「暑寒別、天売、焼尻国定公園」のほぼ南端に位置する。黄金山はまた、一際目だつ秀麗な山体から「黄金富士、あるいは浜益富士」と呼ばれ、標高がそれほど高くないのに山好きな人々の気持ちを高ぶらせる。登山路は、西麓の浜益川支流兼平沢の林道終点(標高約180m)から始まる。最初の登りは比較的緩やかで、小さな尾根筋や沢筋に沿って北東向きに進む。標高約340m地点から登山路は西向きに変わるが、なお緩やかな平尾根上を進む。標高約400mを超えると、急峻な北西斜面と狭い西尾根の連続した登りとなり、急激に登山の緊張感を体験させられる。この登山路に沿って認められた植物を植生交代に合わせて記述すると、以下の通りである。
 標高約180〜340mの範囲は、伐採後にトドマツが植林された明るい疎林で被われている。高木種としてウダイカンバ、シラカンバ(以上、陽樹)、ミズナラ、シナノキ、アカイタヤ、アズキナシ、ナナカマド、ホオノキ、ハリギリ、コシアブラ、オヒョウ、ケヤマハンノキ、イチイなどが見られるが、ほとんどが小径木であり、高木層に達せず亜高木層以下に出現している。林床(低木層〜草本層)ではチシマザサが優占し、バッコヤナギ(エゾノ〜?)、ヤマウルシ(花)、シロバナニガナ(花)、ススキ(以上、陽生植物)、ツタウルシなどが目に付く。陽生植物(陽樹)の多さは、伐採により立地環境が明るくなったことを示す。この範囲の別の特徴として、小さな尾根筋と沢筋の地形の変化に対応した林床植物の交代があげられる。尾根筋ではハイイヌツゲ、ハナヒリノキ、オオバスノキなど、沢筋にはイカリソウ、エゾオオサクラソウ、エゾノリュウキンカ、オオバセンキュウ、エゾノチャルメルソウ、マルバネコノメソウ、ミゾシダ、ヤマイヌワラビなどがそれぞれ特徴的に認められる。
 標高約340〜400mの平尾根上になると、なお伐採の影響が認められるけれども、ミズナラとシナノキの大径木が残存しており、ようやく自然林に立ち入った安心感が得られる。林床にクロツリバナの実を観る。林冠が空いた登山路上にブタナの花が咲いている。標高340mからの登山路は近年新たに作られており、それと同時に帰化植物のブタナが侵入したものと思われる。
 標高約400mから始まる急峻な北西斜面は、多少とも林冠が空いて択伐を被ったと考えられるが、シナノキ、シウリザクラなどからなる自然林で被われている。林床ではそれまで優勢であったチシマザサが突然消え、その代わりにシダ類と草本類が豊富になる。シダ類は、オシダ、ジュウモンジシダ、ミヤマベニシダ、コタニワタリおよびリョウメンシダが優勢であり、他にサカゲイノデ、イワガネゼンマイ、ミゾシダ、クジャクシダなどが加わっている。一方、草本類は、エゾノレイジンソウ、オオハナウド、ヤマブキショウマ(以上、花)、サラシナショウマ(蕾)、トリアシショウマ、エゾニュウ、オニカサモチなどの高茎草本と、ムカゴイラクサ、ユキザサ、サンカヨウ、シラネアオイ、ルイヨウボタン、エンレイソウ、カタクリ(以上、実)、ギョウジャニンニク(花)、アマチャヅル、キツリフネ、イカリソウ、マイヅルソウ、ヒメイチゲ、ミヤマスミレ(フイリミヤマスミレを含む)、オクエゾサイシンなどの丈の低い草本類がともに豊富である。低木種ではサワフタギ(花)とウリノキ(蕾)を観る。以上の林床の特徴は、札幌市円山の北斜面など、比較的湿潤で岩塊が堆積した浅土地に一般的である。しかし、このように種数が豊富な落葉広葉樹林は年々希少になっている。
 標高500m付近からの尾根上になると、ミズナラとダケカンバが多い林に交代する。高木〜亜高木種として上記種以外にミヤマハンノキ、オガラバナ、ハウチワカエデ、ムラサキヤシオ、イチイ、カンボク、オオカメノキ、ミヤマガマズミ(花)、チシマザクラ(実)などが見られる。林床ではチシマザサが疎生し、ツルシキミ(実)、オオバスノキ(花)、ホツツジ(蕾)、ミヤママタタビ、ミヤマハンショウヅルなどの低木・つる植物と、エゾオオサクラソウ、エゾノイワハタザオ、ヒエスゲ、ショウジョウバカマ(以上、実)、セイタカスズムシソウ、ヤマブキショウマ、アキカラマツ(以上、花)、クルマユリ、ツリガネニンジン、ミヤマナルコユリ、トウゲブキ、ミヤマワラビ、ナライシダなどの草本が比較的豊富に認められる。山頂に近づき林床に岩が露出してくるにつれて、マルバキンレイカ、ホソバヒカゲスゲ、ダイモンジソウ、ウシノケグサなどの草本類(岩隙・岩礫地植物)が出現し始める。
 山頂付近に新第三紀安山岩の柱状節理が発達した小規模な崖地がある。この崖地には、イワキンバイ、ミヤマアズマギク、レブンサイコ、エゾヤマコウボウ(以上、花)、ミヤマハタザオ、ヒメスゲ(以上、実)、アサギリソウ、チャボカラマツ、カワラボウフウ、キジムシロ、エゾキリンソウ、ヒモカズラ、タカネノガリヤスなどの草本類と、エゾシモツケ、コケモモ、ハイマツなどの若干の低木類が生育している。これらは、低い標高に出現した高山植物、または崖地に特徴的な岩隙・岩礫地植物である。
 黄金山は、近隣の暑寒別山塊や樺戸山地とともに、植物地理学(植物の分布)の上で重要な山岳である。山麓には、道南からこの地域に隔離分布するイカリソウや、道南から日本海側を北上してほぼ北限となるサワフタギなどが見られる。一方、山頂の崖地では比較的多数の高山植物が見られる。このような特色を持つ植物相とそれらを包含する植生(植物群落)が永久に残されるべきである。しかしながら、黄金山を含むこの地域は、なお植物の研究が不十分であり、あちらこちらでリゾ−ト開発が話題になっている。会員の方々には、単に植物名を知るだけではなく、各地域の特色ある植物(植物相または植生)に関して保護と開発の問題に厳しい眼を向け続けて頂きたいと考えている。

 

ボタニカ9号

北海道植物友の会