原 松次先生

金上 由紀

 原先生に、幼い頃はどんな少年だったのかとお尋ねしたことがある。すると先生は「僕は臆病でしてね。女のクサッタ奴といわれたこともあるよ」と、飄々と答えられたので、一同大笑いになったが、その内気な松次少年が採集した植物で胴乱をを一杯にして、牧野富太郎先生宅を訪ねると、牧野先生は縁側に新聞紙を広げ一点一点丁寧に教えて下さったという。今も忘れられない思い出だそうだ。
 花の名を知る喜びには恋に似たときめきがある。「これなあに」と問えばたちどころに教えていただける原先生との花散歩は、すばらしい映画を見終った時のような余韻がいつまでも残る。同じ花の名を幾度聞き返しても決して嫌な顔をされない寛大な原先生だが、御自身には実に厳しく、僅かな衰えを理由に全てのフラワーガイドを昨年で辞めてしまわれた。目下幾冊ものフィールドノートの整理に没頭されている。たった一人で『北海道植物図鑑』を作る決心をされてからの10年は、50ccのバイクで全道を駆け回り、我ながらよく勉強したと思われる程熱中されたという。
 私も又意気地のない子どもであったが、今も最大の喜びを突然断ち切られて、一人で森にわけ入る情熱も勇気も持てないまま、只途方に暮れている。

 

ボタニカ9号

北海道植物友の会