頑固な文庫読者
この本を読んだぞ 1998年後半
本を買って読めればいいけど、時間がなかったり、読むタイミングを逸してしまったり、という難関を克服した完読本の感想をつらつらと書き込んでおります。
この中で「これはこれは」な本になるものが出てくればいいのですが。
完読本(1998/07〜)
- 『黒い家』 貴志祐介著 角川ホラー文庫 H−45−2 680円+税
1998年を締めくくる本がこれになってしまった(笑)。
どこかで「あの事件」に似ているという評を読んだ記憶があったので、平積みになっているのを見つけて購入。
う〜ん。面白かった。だけど「あの事件」のことが頭にあったので、犯人の見当が早めに付いてしまって損をしてしまった部分がありました。でも、それを差し引いても読み始めたら止まらない面白さでしたね。
最後のどんでん返しはともかく、そのまた最後に示唆される「次の怪物」。終わらない戦いのほうがホントは怖いのだ。
19981231
- 『手塚治虫の奇妙な世界』 石上三登志著 学陽文庫 い−1−1 780円+税
手塚治虫の研究者として名前が真っ先に浮かぶのは夏目房之介氏であるが、この人も負けず劣らずののめり込みようです。
読んでいてそう思うのは、文章のあちこちにちりばめられている手塚作品に対するコメント。全部でどれくらいの作品について言及しているのだろうか。
初期の作品に対してはリアルタイムで読んでいたこともあってか、相当影響を受けているようです。実は全集を持っているのですが、僕は昭和40年代後半からの読者なので、初期の作品をじっくり読んだことがありません。筆者のコメントの中に出てくる作品の印象やポイントとなる部分を読んでいると、やはり読まねば、と思います。
ただ残念なのは、文庫化する際に図版の多くが削除されているということ。巻末に100スター名鑑、異生物図鑑、手塚治虫ランド地図、というリストがあるのです。でも、イメージわきません。非常に残念です。
あらためて手塚治虫のすごさに感心し、この本の熱さに驚くのでした。
19981222
- 『邪馬台国はどこですか?』 鯨統一郎著 創元推理文庫 Mく−3−1 520円+税
歴史がミステリー(というかエンターテインメントというか)になりうるということにまずびっくり。巷にあふれている「IF」モノとは違って、歴史の筋書きを(表向き)変えないまま「もう一つの歴史」の可能性を示しています。
仏陀、邪馬台国、聖徳太子、本能寺の変、明治維新、イエスの復活。
もしも、どれか一つにでも興味があれば、目から鱗が一ダースくらい落ちてくるかも。そうでなくても二つ三つは落ちますよ。
「維新が起きたのはなぜですか?」は、この一年、NHKの大河ドラマを見ていたので、どういう展開になるのか興味ありました。維新の黒幕=「xxx」というのは、そのxxxという名前が出てくる前に、ひょっとするとこの人かな?と思っていた人だったので嬉しくなっちゃいました。
巻末に参考文献がいろいろと並んでいますが、これだけの資料を参考にし、再構築してこういう物語を作り出す。それも短編を。ちょっと割に合わないような気がしますね、著者にとっては。
19981218
- 『お金の思い出』 石坂啓著 新潮文庫 い−47−2 各400円+税
他人のビンボー話って、おもしろいなぁ。
おもしろく読めるように仕立てられていることで、ホッとします。
もし、これがズブズブの暗闇に落とし込まれるような内容になっていたら、とてもじゃないけど読んでいられません。
石坂啓というと、僕はマンガ家という認識しかなく、手塚治虫の大ファンでアシスタントになったことがあるということくらいは知っていました。でも、そんなにビンボーだったとは。
でも、ビンボーとはいえ、そこそこ収入があるのに浪費するというパターンだから。下手すりゃ破滅型ということに? 僕は蓄えがないと心配で夜も眠れない質だから信じられません。
マンガには表れない、本当の生活がここにあるのね。
この時期、タイミング良すぎるって感じです。
19981213
- 『発想の航空史』 佐貫亦男著 朝日文庫 さ−18−2 各700円+税
副題として「名機開発に賭けた人々」
一応、最後まで読みましたが、ハッキリ言って「不親切」な本です。
専門用語はぽんぽん出てくるし、かといって図版が出てきて解説してくれるということも一切無し。多分、航空ファンとか専門家でないと楽しめないのでしょう。というよりも、そういう人々のための本なのだ。
たとえば「主翼ねじり」と聞いて、どんなもんだかわかる人でなければ、この本を読んではいけない。発想の結果として表れてくる機体の構造やデザインなど、それがわからなければ何の意味もない。
逆に、そこら辺の解説や図版が豊富な本に仕上がっていれば、素人でも楽しく読める本になったと思う。それでこそ、航空機開発のドラマが見えてくるというもんだ。
ハッキリ言って「不親切」な本です。
著者には悪いが、自己満足に終わっているようである。
出版する方は、そういうことを考えなかったのだろうか?
19981211
- 『漂流教室』 楳図かずお作 小学館文庫 う−A−11〜16 各581円+税
これは、傑作です。
リアルタイムで読んだのは、もうずいぶん昔のことです(笑)。
改めて読み直してみると、『縮図』ですね。大人社会の縮図。次々と迫ってくる想像を超える出来事。それに対処する小学生たち(!)。内紛、権力闘争、襲撃、飢餓、宗教、病気。そのすべては、大人子供を問わず降りかかってくるもの。しかし、大人の力を借りず、独力で解決していく。大人たちは、一人を除いて早々にいなくなってしまうのだ。
細かいところで、話の筋がおかしいかなと思ってしまうところもあるけど、そんなことは全然問題ではありません。ただ一人、息子の生存を信じている母親、最後に現世界に還ってくる子供の未来をからめて、救いを示しているのも感動的です。
どうも、言葉で伝えることは難しいので、是非とも手にとってご覧いただきたい作品です。
ということで、『おすすめ本』の仲間入りとします!!
19981202
- 『二十四粒の宝石』 赤川次郎ほか 講談社文庫 あ−21−32 505円+税
超短編小説傑作集だそうである。
赤川次郎、清水義範、菊池秀行、山口洋子、・・・ら、24人の短編が集められています。
僕にとってそうであったかと言われれば、はずれと思った作品もありました。こういう短編集は、好みにあった作家を見つけるのにいいでしょう。
今まで読んだことのない作家が四分の三くらいで、そのなかで気に入った(というか波長があったというか)人は、菊池秀行、小池真理子、藤田宜永、三田つばめ、鷺沢萠。どちらかというと、お涙頂戴とか、ファンタジーっぽい作品に惹かれたようです。
解説は児玉清。パネルクイズの司会の人だったかな(笑)。
丁寧に各作品の感想を書いています。その中で、赤川次郎作品を初めて読んだ、と書かれていましたが、実は僕もそうなのです。理由は特にないのですけど。ただ、この赤川作品を読んで、別の作品を読みたいとは思えませんでした。まぁ、波長が合わなかったのでしょう。
19981201
- 『晩秋』 ロバート・B・パーカー著 ハヤカワ文庫 ハ−1−21 600円+税
耳タコではありますが、名作といわれている『初秋』の続編となる物語。
スペンサーの助力により、自立することができた少年ポールが、今度は自分の母親を捜すことに。母親は知らず知らずのうちにトラブルに巻き込まれていて・・・、という内容であるが省略。
おそらく、この物語の中で浮かび上がってくるのが、家族の形なのだろうと思う。
スペンサー、ポール、ポールの両親。敵役であるギャングのジョウ、ジェリイのブロズ親子、そしてジョウの手下ヴィニイ。それぞれが、誰かしらの父親役であり、誰かしらの息子役となっている。ストーリーが進む間に彼らの生き方が見えくる。
スペンサーの生い立ちも語られるというおまけつき。
さて、実は一番悲しいのは、ジョウとジェリイ親子なのだ。子離れができず、親離れができない親子。ギャングという商売(?)を全うさせることができない息子の生き方。自立している(あるいはしているように見える)手下のヴィニイが下した結論もまた悲しい。
『初秋』のことはほとんど忘れているので比べることはできませんが、ぐっとくるものがありました。
あいかわらずのすっとんだ会話。かっちょいいなぁ(笑)
19981125
- 『浮気人類進化論』 竹内久美子著 文春文庫 た−33−3 486円+税
副題として、きびしい社会といいかげんな社会。
既に文春から出ている2冊の文庫と同系統です。後発ですが、実はデビュー作とのこと。
基本的には、いかにして自分の遺伝子(というか自分そのものの形質)を残すか、ということを様々な生物を例にとって、おもしろおかしく説明しています。
遺伝子を残すためには、いかに効率よく、そして環境に強いものとしていくか。その一つの方法として「浮気」があるのです。いやいや、オドロキ。もっと驚くのが、同種族内の子殺し行動でしょう。僕はこのことについては既に知っていたのですが、知らなかった人は衝撃以外の何物でもないでしょう。
この本を読んで、面白いと思った人は、是非、前二作を手に取るべきです。
でも、自分のこれまでの行動(笑)について、これらの本にのっている話で正当化するのはやめましょう。仮に、正しい理論だとしても、我々は人間なのですから。
19981117
- 『仮定の医学』 清水ちなみ著 幻冬舎文庫 し−1−3 571円+税
ようするに、巷で、あるいは自分(清水さん)が思っている医学的な根拠がある(と思われる)事柄を、お医者さんに聞いて確認する、という本です。
確かに、僕も聞いたことがある事柄もあります。たとえば、
「飲み過ぎると記憶をなくす」
「ハゲはスケベ」
「本屋に行くとうんちをしたくなる」
など。
中には、確かな理由があるものもあるし、全く根拠のないものもある。お医者さんに話を聞いているのであるが、理論的な回答は少なくて物足りない。ただし、清水さんがそういうお話を聞いて、いろいろとコメントを付けている内容の方が断然面白いです。
なお、解説の小林光恵さんは、おたんこナースの原案者の元看護婦であったひと。こんなところに登場するなんて。ちょっとうれしいね。(「病院はいつもパラダイス」参照)
19981110
- 『花嫁の指輪』 沢野ひとし著 角川文庫 さ−18−9 438円+税
この人の本を読むと、すきま風がひゅっと体の中を吹き抜けていくような感じがします。
解説を読むと、「最後の無頼派」と呼ばれていたらしいのだが、無頼という言葉とすきま風の接点はあるのだろうか。
たとえば巻頭の「クジラの夏」。クジラを都心に持ってくるというイベントと、それを企画した彼女、ポスターを描く僕。内容も疑問なイベント。不思議な関係。不思議な別れ。なんだか訳の分からないうちに展開していく。
ひょっとして、僕には理解できない世界なのかな。
だけど、惹かれてしまう。
同様に「遠い記憶」も。
理解できないけど、吹き抜けていくのです。
19981107
- 『本の雑誌風雲録』 目黒考二著 角川文庫 め−1−3 476円+税
「本の雑誌」という雑誌の揺籃期の配本部隊の活躍を、作り上げた本人があつく語る。
僕が本の雑誌を買い始めたのは100号前後あたりなので、この本の中の、創刊から40号くらい、という期間のことは全く知らない。小さな会社が、いわば趣味の雑誌を作り、書店に配本し、返品、集金する。どれだけのエネルギーが必要で、それをどのように集めて各方面に分配するか。一端を知ることができるし、入れ替わり助っ人として参加してくれる学生たちの成長具合も、頬がゆるみながら感じることができる。
この本、「本の雑誌」を読んだことがない人にとっては、出版業界関係者を除いて、そんなに面白い本ではないと思う。目黒氏の、前半のふわふわと腰の落ち着かなく見える行動とは裏腹に、後半で語られる配本部隊への接し方は、雑誌の成長と重なるものがある。
その意味では、思い入れのある人にとって、二重に面白いのである。
19981031
- 『悪と異端者』 筒井康隆著 中公文庫 つ−6−22 571円+税
異端とは悪いことであるのか?
ということを前面に押し出している本ではないが、そういう部分を扱っているところは、不謹慎だとは思うけど、やはり面白い。
特に、日本文芸家協会を脱退するくだりは、納得できます。これは、その後の断筆騒動を見ても正しい選択だったですね。協会にいることがどういう利点になるのか、僕にはわかりませんが。
それから、手塚治虫、色川武大への弔辞。
同じあるいは前後の世代に「死」が近いものになってくると、どういう風に感じるのだろうか。それも、同じ表現者の死である。「次はおれだろう」と書いているが、本気でそう思っていた時期があるに違いない。
驚くのは「オール・タイム・ベスト」。読むわ読むわ。これだけの作家になるには、これだけの下地がいるんですね。
19981025
- 『唯脳論』 養老孟司著 ちくま学芸文庫 ヨ−5−1 880円+税
刺激的な本である。
題名はなんだか訳の分からんものであるが、読み始めると、パキパキとした文章とわかりやすいたとえを多用してあり、僕のような門外漢でもわかるところはわかります。(だけど、それも途中までね)
読んでいるうちは、ふむふむ、なるほどねぇ、などと思っていました。が、読み終わってみると、なにが書かれていたのか、はっきりと思い出せない(笑)。
でも、おすすめの一冊であることには違いない。
まことに刺激的な本である。
その刺激的に感じるのも、また、脳である。(ことは確かである)
19981021
- 『紅塵』 田中芳樹著 ノン・ポシェット た−18−1 562円+税
春秋戦国時代や三国志の時代については、けっこう本も読んでいるのだが、親しんでいないぶん、どうも、物語にのめり込んでいかないなぁ。というのが第一印象。
十二世紀半ばの宋と金の攻防を、宋側の文官であり優れた武官の父母をもつ韓彦直を通して、父母の時代と自分の時代を交錯させて書かれています。
中国の時代物を読むといつも思うのですが、表の表、表の裏、裏の表、裏の裏、それぞれに対応する人が必ずと言っていいほど出てきます。強烈な個性を持った人間と人間のぶつかり合い。引っ張る人と持ち上げる人、助ける人。似たようなパターンは、どの物語を読んでも出てきそうなものなのですが、その度に新たな感情を持つことができます。
残念なのは、盛り上がりに欠けている、ということ。もう少し書き込んでもらってもよかったと思います。
19981013
- 『小松左京ショートショート全集(1)』 小松左京著 ケイブンシャ文庫 こ−01−24 580円+税
今読んでも、新鮮な感じがする、とはちょっと言えないなぁ。
他のいろいろな著者の、いろいろな作品を読んでしまっているから、なにかしら足りないような気がしてならない。逆に、書かれたときの時代を垣間見ることができる。(1962〜1965)
たとえば、「星野球」「新幹線」「故障」などの作品。東京−大阪が3時間、金本位制、自販機のジュースが20円。そんなところに気が向いてしまうのは、少々損しているのかな。
「十一人」という作品。これは、かの漫画のネタ元になったのかな。もちろん内容は違いますけど。
そして、噂には聞いていた「牛の首」の全貌を初めて知りました。う〜む。そうだったのか。どんな話かというと・・・。とてもじゃないけど、話せません。(笑)
19981004
- 『グッドナイト、スリープタイト』 景山民夫著 角川文庫 か−16−11 440円+税
自分の特技と恋人。ある時、どちらかを選び、どちらかをあきらめる必要に迫られたら、僕だったらどうするのだろうか。
その選択は胸の奥にしまわれ、子供に対しておくびにも出さない。
男だなぁ。
秘密を知って、夢を叶えさせてあげる息子の行動も。
「時間が過ぎていってくれることがありがたいと思うときもある」
だけど、ただ過ぎ去るのではなく、時間をつかみ返すこともできるのです。
表題作のほか、3編。どれも、音楽を軸に、ちょっとした幸せから大きな幸せまで、味わうことができます。
そういえば、この前に読んだ「オンリー・イエスタデイ」や「東京ラブシック・ブルース」と似た雰囲気です。
19980928
- 『泡坂妻夫の怖い話』 泡坂妻夫著 新潮文庫 あ−23−8 476円+税
なかなか本を読む時間がとれないと、どんな短編集であってもページが進まない。まして、初めて読む作家の作品だと。
題には「怖い話」と入っているが、別にホラー集ではなくて、ひねりを利かせた短編集という感じ。でも、僕にとっては、次の作品も早く読みたい、と思えるまでには至らず。読書体調の悪いときに重なってしまったからなのだろうか?
でも、「ミュージシャン」「唇紅」「わんわん烏」など、気になった作品もありました。
一番引っかかっているのは、「解坂中腹」のお嬢さんと私。この二人は一体どういう関係なのか?
19980920
- 『オンリー・イエスタデイ』 景山民夫著 角川文庫 か−16−12 476円+税
実に惜しい。ほんとに惜しい。
この本を読んで「そうそう、そうなんだよな。その頃はそうだったんだよな」と思えた人にとっては、今、景山民夫がこの世の人でないことに、こう感じるはずだ。
主人公の公夫、その中学3年から高校3年までの印象的なエピソード。モノにこだわり、背伸びをし、実行し、胸をときめかせ、そして苦い思い。忘れかけていたモノを思い出させてくれた気がします。(って、おやじくさい感想だ(笑))
多かれ少なかれ、似たような経験をしていれば、この本のおもしろさが倍加します。
でも、立派なお店で、目玉焼きとトーストのディナーなんて、鼻の奥がキューンとなるほどいい場面だなぁ。
19980910
- 『波の上の甲虫』 いとうせいこう著 幻冬舎文庫 い−6−3 457円+税
帯に「メタ・フィクション」という言葉が書かれている。
たしか、筒井康隆の本についてもこの言葉が使われていたが、僕はいまいちイメージがわかない。
それはそれとして、本書の構成からすると、虚構としての手紙と(虚構であるが)現実としての彼の行動を語る部分、ということになる。そしてそれぞれがもう一つの虚構へとミックスしていくところにおもしろさがあります。
彼、の現実とは一体何なのか?
そして、最後の一行。
ここで僕は、この本の題名さえ虚構の産物だと思ってしまうのでした。(僕にとってはカブトムシといえば山のものだし)
以前、おなじくいとうせいこうの『解体屋外伝』『難解な絵本』を読んだとき、この人の文章の独特さを感じましたが、そのときの印象がますます鋭くなりました。
19980829
- 『倉橋由美子の怪奇掌篇』 倉橋由美子著 新潮文庫 く−4−11 400円+税
怪奇というのは、怖いという以外のところで背筋をくすぐるモノなのかもしれない。
20編の短編が収められています。落ち着いた文章(これを倉橋節とでも呼ぶのだろうか)で、「うっ」「ほぉ〜」「えぇ?」と思わせる話をしてくれます。
中でも「首の飛ぶ女」「アポロンの首」「鬼女の面」。あれ、全部首から上のお話になってしまった。どれも、嫌な話であるけど、読むぶんには大変面白い。特に「鬼女の面」。僕のところにあったならば・・・、と思わず考えてしまったなぁ(笑)。
以前、岡本綺堂の「中国怪奇小説集」を読んだことがありますが、この本も、怖さ加減というか、気味悪さ加減というか、がちょうどイイです。
19980821
- 『東京ラブシック・ブルース』 沢野ひとし著 角川文庫 さ−18−8 495円+税
椎名誠とくれば、沢野ひとしです。
うまいよなぁ。音楽に打ち込んでいるようで、どこか別のところを見ているというのか、燃えているようでそのくせ自信がない自分に苛立っていたり、とでもいうのか。種類は違っても、そんな時期って誰にでもあるじゃないですか。そこのところをチクチクと刺激してくれます。
カントリーという音楽を軸に展開するこの物語は、有名無名の人々を巻き込み、情熱、興奮、嫌悪、そして夢と挫折が同時に進行している。そして、つながっては切れ、切れてはつながる人の縁の不思議さ。出会う度に変わっていく自分自身と彼女あるいは彼ら。
なんかねぇ。滲みますよ。そして、まだ遅くないのかなぁ、とも思います。
19980813
- 『時にはうどんのように』 椎名誠著 文春文庫 し−9−12 448円+税
赤マントシリーズの6冊目(かな)。
内容の重い本を読んだ後には、こういう本を読まないと後が続きません。
相変わらず正統派おじさんのあれこれ話をいつもの文体で読ませてくれます。しかし、ビールはいいねぇ、この時期。
それはさておき、このなかで「クルマごときに」という一節があります。異常なほどクルマを大事にすることについて一言ぶっぱなしているわけなのですが、以前にもどこかで読んだ気がする。僕も多少はそう思っているので、そうだよなそうだよな、と思いながら読みました。でも、クルマに限らず自分の持ち物を大事にするという点からすると、ちょっと過剰に反応しすぎかなとも思う。いくらバンパーがクルマ本体に被害を及ぼさないように存在するからといってもね。
でも、読んでいると、そんなことをぶっ飛ばすくらいに同調している自分がいる。これって、もう正統派おじさんの仲間入りってことかな。いやだな(笑)。
19980812
- 『ヴァージニア』 倉橋由美子著 新潮文庫 く−4−3 311円+税
引き続き、倉橋由美子作品を読みました。3編の短編が収録されています。
書名にもなっている『ヴァージニア』。子持ちで離婚歴のあるヴァージニアが、何人もの親しくなった男と親密な関係になってしまう、という話。実は日本的な「わたし」の考え方とヴァージニアの考え方の対比をメインに物語が進んでいきます。所々にギリシャ神話(?)を引き合いに出したりしていて、なるほど『大人のための残酷童話』の下地は十分にあったことがわかりました。ただ、活字が小さく(笑)、英単語が挟まれていたりして、なかなか読みにくかったです。
そして『長い夢路』『霊魂』の2編は共に生から死に向かう人に焦点を当てた物語。
これらの作品は、僕にとっては観念的すぎて、早い話、僕向きではなかったです。
ただ、共通して感じたことは、肉体に対する執着を離れたところに「なにものか」が存在する、と訴えていることと、その執着をいかにして解き放つか、ということではなかったか? だとしたら、やはり僕向きではなかったな。
19980811
- 『大人のための残酷童話』 倉橋由美子著 新潮文庫 く−4−16 495円+税
以前読んだ『嘘ばっか(佐野洋子著)』と同傾向の内容なのだが、数段きついです。
大人のための、というのはつまり、大人になるまでにした身に覚えのあること、を暴き出すことに通じているのです。このなかの物語の一つや二つ、似たような経験があるのではないかな?
それとは別に、物語の中の描写にもえぐいモノがあります。僕が「うわぁ、いやだなぁ」と感じたのは、『血で染めたドレス』という話。二度と読みたくない。思い出すだけで冷や汗がでるぞ。
各物語の最後には「教訓」が記されている。
それらは、きっと真実なのです。僕らが信じようと信じまいと。本当は気がついているかもしれなくて、だけど、気がついていない振りをしているだけの言葉なのです。
19980802
- 『寂しいマティーニ』 オキ・シロー著 幻冬舎文庫 お−1−1 495円+税
都会のバーで、一杯あるいは何杯かのカクテルが彩る男と女の物語が21編。
僕は専らビールか日本酒なので、カクテルには縁がない(笑)。だから、物語のあちこちで登場するカクテルの色合いや味、口当たりや鼻の奥をくすぐる香りなど、想像するしかないのがちょっとつらい。
さて、その中の一編。『ミモザの如き君なりき』は、中でも異色。おしゃれな話(と言っていいのかどうか)が多い中で、ラストのおかしさは一番でしょう。でも、一番現実に近いシチュエーションかもしれないなぁ。
19980727
- 『亜細亜新幹線』 前間孝則著 講談社文庫 ま−25−7 762円+税
副題として「幻の東京発北京行き超特急」
東海道・山陽本線といえば、日本の大動脈であることは言うまでもない。
現在の新幹線につながる「亜細亜新幹線(弾丸列車)」の計画が、戦前から綿密な計画の上でなされていたことに、まず驚く。狭軌・広軌論争、蒸気・電化論争、ルート論争。数々の難問を次々と処理していき、短時間(数年)で纏め上げるバイタリティにも敬服する。
しかしながら、政治や軍部との駆け引きなど、本質とは離れたところで巻き起こる議論については今も昔もその構造は変わっていないのだ。
東京から下関、そして大陸へと向かう弾丸列車は戦争によって中断し、あたかもその時代を飛んでいった弾丸そのもののようである。弾丸は放たれたが、銃は瓦解した。でも、その弾丸は落ちることなく現代の新幹線に。
19980720
- 『二重らせんの私』 柳澤桂子著 ハヤカワ・ノンフィクション文庫 NF223 560円+税
副題として「生命科学者の生まれるまで」
幸せというのはこういうところにもあるのだなぁ。
「なぜ?」を解明していく。自分の力で解明することが出来れば、それはすばらしいことである。他の人の力で解明されたことを知ることが出来ることも大変嬉しいことでもある。
この本は、そういうものがいっぱい詰まっています。柳澤さんの努力(これは自分の喜びでもあるのだが)が実っていく過程を読んでいくと、こちらまで引きずり込まれてしまいます。留学先で、年齢差というハンデを感じさせない周りの環境も、日本では考えにくいです。
この本を読み始めた人は、必ずエピローグまで読みましょう。
生命科学者の語る生命感に、ぐっとくるものがあります。特に、敗血症で亡くなった女性のエピソード。我々の命は5秒後にも消えてしまうかもしれない儚さに気がつかされてしまいました。
19980706
- 『アポロ13号 奇跡の生還』 ヘンリー・クーパーjr 著 新潮文庫 ク−32−1 476円+税
僕は、この本の表紙を見ただけで、思わず目頭が熱くなってしまいました。
以前、TVで、この大事件のドキュメンタリーをやっていた(そのときの司会者はこの本の訳者の立花隆氏であった)。その番組のラストで、回想していた飛行主任のクランツ氏が「(自分に対して)よくやった」と言葉を詰まらせるシーンがあり、それを思い出してしまったのである。
宇宙開発という若い技術に対して、若い人材が力を合わせ、困難な状況を打開していく。この本の言わんとしていることは、それに尽きる。それも、アメリカだから出来ることだ。もし今、日本で同じ状況が起きたとしても、この事件から30年近く経っているにもかかわらず、だめに違いない。
なかでも驚いたのが、臨機応変な対応の裏で緻密な計算が行われているということと、各人が自分の役割を全うしようとしていることである。(どこぞの議員に読ましてやりたいね)
そして、睡眠に気を使っていたということ。日本人だったらお得意の精神論で破滅していったかもしれない。
危機管理の不得意な日本人に本書のエッセンスでも届けばいいのだが。
19980706
- 『蒼頡たちの宴』 武田雅哉著 ちくま学芸文庫 タ−14−1 各1100円+税
漢字を作り出したのは誰か?
それが蒼頡(そうけつ)なる人物なのである。
この本は、中国の人々が漢字に対する考え、そして新たな漢字や表現方法を模索したことについて語っている。
驚くべきことに、中国内部でも漢字廃止運動のようなことがあったそうだ。もともと、西洋のアルファベット表記の言語が、漢字を用いている中国語と激突したことに発するようである。似たようなことが過去に日本でもありましたね。
しかし、現在でも、漢字は健在であり、それもごく普通に使われているのである。それらの運動はどうなってしまったのだろうか?
また本書には、漢字に代わる言語を創造しようとした人、新たな文字を作ろうとした人、など、後世の蒼頡たちについての活躍にも言及している。これがまた、ちょっと変でおかしいのだ。本人達はまじめに考えていたのだろうけど。
19980703