頑固な文庫読者
この本を読んだぞ 1998年前半
本を買って読めればいいけど、時間がなかったり、読むタイミングを逸してしまったり、という難関を克服した完読本の感想をつらつらと書き込んでおります。
この中で「これはこれは」な本になるものが出てくればいいのですが。
完読本(1997/10〜1998/06)
- 「ワイルド・スワン(上・中・下)」 ユン・チアン著 講談社文庫 ち−4−1〜3 各762円+税
Kさんにおしえていただいた本。
第二次世界大戦をはさんで、中国に生きる祖母・母・私という三代にわたる女性の生き様、家族の生き様をあらわにするノンフィクション。
まず、細かく、圧倒的とも言える情報量に驚く。次に、その内容に驚く。そして、何も知らずにのんびりと生きている自分に驚く。
しきたりに縛られ、党に縛られ、周りの目に縛られ、自分に縛られ、がんじがらめになっている。いったい、何のために生きているのだ? 『私』はそれでも、何かを考え、何かの行動をし、自分と家族を守るためにに生きている。
中でも『文化大革命』という事件については、僕自身ほとんど真相を知らずにいて、むしろ、何かいい印象を持っていたのである。この本のおかげで多少なりとも、当時の中国の内面を知ることが出来た。
しかし、著者は中国共産党幹部の父を持ち、特権階級から見た中国(文革)なのである。大多数の一般国民の生き様をもっと盛り込んであったら、と思った。
19980607
- 「覆面作家の愛の歌」 北村薫著 角川文庫 き−24−2 514円+税
まずは、この本を読む前に「覆面作家は二人いる」を読んでおきましょう。
テンポの良さは変わっていません。二つの顔を持つお嬢様推理作家・新妻千秋と編集者の岡部良介。まあ、ある意味、良介も二つの顔を持っているのだが、それは読んでのお楽しみ。
さて、この本の中で、僕が付箋を挟んだところが二ヵ所。そのうちの一つは、解説の部分で言及されていた。やはり単純に読み飛ばせない引力があったのだ。
もう一つは「もっと別のものになりたい」、という良介の心の中の台詞。
いやぁ、いいなぁ(笑)。こんな台詞言ってみたい。
その後、ある部分でそれは現実になるのだが、それもお楽しみに。
なにしろ、軽妙だけど、それだけではない面白さを味わえます。
19980607
- 「介子推」 宮城谷昌光著 講談社文庫 み−34−10 714円+税
同じ著者の「重耳」に脇役として出ていた、介推という人物にスポットを当てた物語。
清廉という言葉を使うと、言葉が負けてしまうような真っ直ぐさをもつ介推は、重耳の流転に見を投じ、人知れず主君を助けていく。しかし、その真っ直ぐさを主君が保てなくなったらどうするか。
人の生き方なんて千差万別だから、主君を助けその恩賞を受ける、というのもある。それを潔しとしないのもある。介推は、主君を私するのを嫌ったのである。そして、身を引く。
僕にはできない生き方だし、まして、しようとも思わない。なのに、介推の行動、考え方に共感してしまうのだ。介推本人にとっては、悲劇的な結末なのに、である。
ところで、この本の中で一番気に入ったのが、介推の従者役である茲英だ。本書の中で、もっとも人物的に成長をみることができ、それを追うだけでもおもしろいはず。
19980605
- 「麻雀放浪記(三)激闘編」 阿佐田哲也著 角川文庫 あ−4−3 500円+税
もう「用語がわからないから」などという言い訳は言わない。(わかってないけど)
これは、麻雀の皮をかぶった仕事の話だ。単に、その仕事が博打という仕事なだけだ。いかに自分の理想の状態で仕事ができるかということに、命をかけているのだ。仕事が命で、仕事がうまく行かなければ、のたれ死ぬということ。単純明快。
しかしながら、なぜにそこまで?
なぜ、そこでしか生きられない?
そんな思いは、最後まで頭から離れないけど、強烈な引力で、坊や哲の生き様にのめりこんでいくのであった。
19980522
- 「麻雀放浪記(二)風雲編」 阿佐田哲也著 角川文庫 あ−4−2 500円+税
『青春編』とはうってかわって、新しい面子と繰り広げる死闘。
舞台を大阪に移し、最初は勝手がわからず苦労するものの、持ち前の負けん気と腕を使って相手に苦杯をなめさせていきます。
こういうあらすじなのですが、やはり用語がわからないので、本来楽しめるべきものが楽しめていないのかもしれない、と気にかかります。それでも『青春編』と同様に圧倒される内容ではあります。
物語の後半で、ママが再び登場するのですが、あまり活躍の場がなく、ちょっと残念。
19980522
- 「麻雀放浪記(一)青春編」 阿佐田哲也著 角川文庫 あ−4−1 540円+税
しばらく本棚の肥やしになっていたのを、風邪ひいて会社を休んだのを幸い(?)読み始めた。麻雀はあまりよく知らないので、中に出てくる専門用語はわからないのもありましたが、それはそれとして、一気に読ませる迫力に圧倒されました。
いつだったかTVで観た映画ほぼそのままのストーリー。思い出してみると、よくできた映画でした。モノクロの画面の中で活躍する、坊や哲、出目徳、ドサ健、ママ・・・。もっと早くに読んでおきたかったなぁ。
麻雀を軸に各人がそれぞれ向き合う生き方。さすがに、今ではないだろうと思うが、どうなのだろう。種類は違うが、「真剣師小池重明」を思い出しました。
19980514
- 「新装版 消えた鼓動」 吉村昭著 ちくま文庫 よ−1−2 780円+税
副題として、心臓移植を追って、と掲げられている。
この本、実は10年くらい前にはじめて文庫になったときに購入して、読んでいた筈なのですが、新装版ということで再度購入し再読してみました。
中心となるのは、海外の心臓移植の取材と、日本で初めて行われた『和田心臓移植』の取材ノートである。特に、和田心臓移植に関しては、今読んでみても驚くべきものである。日本における今日の臓器移植の進捗状況に深い影を落とす根源は、ここにあると言っても過言ではないと思う。
もちろん、心臓移植については、日本特有(?)の心臓死思考の影響が大であることは間違いない。最初のボタンの掛け違いがここまで尾を引いているとも言える。私も「脳死・心臓死」については明確な判断ができないでいる。
しかしながら、本書であらわされているこの和田心臓移植の疑念は、これらの思考を超えるところにあるのが問題である。納得できない事件である。愕然とする。
いつもながらの「おさえた」吉村節の行間からにじみ出てくる憤りが、ひしひしと伝わってきます。心臓移植を考える上での必読書です。
なお、本書は「神々の沈黙」という心臓移植を題材にした小説の取材ノートです。
この事件については、渡辺淳一も「小説心臓移植」を書いているのであわせて読んでみるとよいです。
19980509
- 「反骨列伝」 伴野朗著 PHP文庫 と−15−1 514円+税
中国の歴史、特に、人物に焦点を当てた物語は本当にいつ読んでも面白い。同じ人物を、何人もの作家がとりあげている。それでも、そのそれぞれが面白いのだ。(単に僕が忘れっぽいだけなのかもしれないが)
この本には、権力に屈せず、阿らず、自分の生き方を全うした7人の物語がおさめられている。いつか読んでいて忘れていた名前も、読み進めるうちに人となりが浮かび上がってきます。
その中の一編。「稷下の学士−淳于こん」でこんなエピソードがあります。
骨董屋の店先で、虎の絵に因縁をつけている男、「この虎は何でおれをにらむのだ」。
そこへ登場した淳于こん。「眼をえぐりだしますから、この虎を追い出してください」
これって、一休さんのとんち話の原型なのでしょうね。あらためて、中国歴史の懐の深さを知る思いです。
あまりこの分野が得意でない人でも楽しめるでしょう。
19980503
- 「骨は珊瑚、目は真珠」 池澤夏樹著 文春文庫 い−30−4 419円+税
つかみどころのないようで筋が通っている、というか、なんとも形容しがたい雰囲気の短編集です。
その中の一編「贈り物」。アメリカから来た若い女が日本の生活でうまく心の開けない日々を、ある出来事で救われる話。僕にとっては、何でそんなことが?と思うようなことなのに、心に染み入ってくるのです。そんな経験はないのですが、同じような境遇に陥ったら、どんな出来事で救われるのかを想像してみたい。いまは、イメージが沸きませんけどね。
「最後の一羽」「北への旅」「骨は珊瑚、目は真珠」は、それぞれの主人公の終末にかかわる物語。甘美なようで、厳しく冷徹な目で見られているような、やはり不思議な感じ。
19980426
- 「嘘ばっか 新釈・世界おとぎ話」 佐野洋子著 講談社文庫 さ−67−1 400円+税
おとぎ話や童話は、大体が架空の物語だと思います。だから、ネタもとの話をさらにこねくり、引っこ抜き、混ぜ込んでいってもかまわないわけです。それでもって、出来上がった26編の佐野洋子版おとぎ話。
あまり期待していなかったのですが、これはすごいです。私のように元ネタのお話をよく知らなくても、十分に楽しめます。
たとえば、シンデレラ、マッチ売りの少女、こぶとりじいさん・・・。
どれも、見た目よりも手強く、ある種の残酷さが読者の心臓をチクチクと刺激すること請け合いです。
間違っても、この本を子供の寝物語用に使ってはいけませんぞ(笑)。
19980422
- 「九月の雨 トラブル・バスター4」 景山民夫著 徳間文庫 か−24−4 533円+税
今回のお話では、いっしょに行動することになる孝子さんが最大のポイントです。
トラブル・バスター宇賀神と孝子の会話が秀逸。会話の端々に著者本人の生活に対する考え方を忍ばせているのですが、それが押し付けに感じない。
二人の活躍については書けませんが、TV業界の内幕モノとしても相変わらず面白いものになっています。
田所局長じゃないけど、葬式のときに奥様も「バカヤロー」と言っていました。
バカヤローの活躍は今後私達の目に触れないところで行われ、それが日の目を見ることはなくなってしまいました。
19980419
- 「ネコの亡命」 椎名誠著 文春文庫 し−9−11 438円+税
重い本を読んだ後、こういう本を読むとホッとしますね。
相変わらずのシーナ節。怒るところには腹を立て、納得するところには素直にこうべを垂れるという、普通の人ならば普通に感じることを正直に書いているところがポイントでしょう。腹を立てずに腹に溜め、納得しても表現しない人に読んでほしいです(笑)。
中でも、やたらと威張るオヤジには、同じ怒りを覚えます。おそらく、連載している雑誌の読者に向けても書いているのでしょう。そう思って読んでいる人は、きっと冷や汗をかくこと間違い無し。
19980416
- 「ブレイブ」 グレゴリー・マクドナルド著 新潮文庫 マ−21−1 476円+税
Kさんに紹介していただいた本。とても衝撃をうけたとのこと。
スナッフムービーを撮らせることで報酬を受ける契約をした主人公。それは、自分が殺される姿を映す映画。その報酬は見捨てられた土地に暮らす家族をそこから脱出させるためのものになるはずなのだが・・・。
世の偏見、差別、無視を受け、それでも生きていかねばならない人々。その世界から抜け出すためには、どのような方法があるのだろう。自分が犠牲になり、お金を得たところでどうなると言うのだろう。かといって、お金がなければ、どうしようもない状況の中にいるしかない。
主人公の純粋な思いと、それを受け取る周りの人々のギャップが、とてつもないやるせなさを感じさせ、思考不能の淵に追い込んでしまう。
この物語に、幸せな結末というのはないのだろう。
19980412
- 「見えない暗闇」 山田太一著 朝日文芸文庫 や−12−1 640円+税
そりゃあなた、暗闇は見えませんよ。などという突っ込みはせずに読んでみましょう。
清掃局課長の洋介。ごみ処分場の不思議な光の情報。妻のおかしな行動。その結果起こしてしまう傷害、殺人(?) そして、奇妙な大男と少女の言動。なにやら、不思議な雰囲気で、それでいて恐怖感を味わえる物語です。
そして「暗闇」とはなんなのか。
だれでも、暗闇の部分は持っていて、それが光にあたってしまうとたちまちのうちに自己が崩れていくような感じがします。だから、そういう部分は見ないように、見えないように、見ても見ないことにして、なんとか生活している。そんな風に思います。
主人公が清掃局勤務というのも、我々が出すごみを暗闇に押し込める役割をしているという皮肉なのでしょうか? 時代はそれではすまなくなってきていて、ごみ問題は前面に出てきている。そして、我々の自己は崩れていくのかな。
19980405
- 「吟醸酒誕生 頂点に挑んだ男たち」 篠田次郎著 中公文庫 し−32−1 724円+税
てっきり、吟醸酒の歴史についての本だと思っていたら、そうではありませんでした。(一部、吟醸酒についての記載はありますが) まあ、日本酒の近代史という視点から見たほうがいいでしょう。
読み始めてびっくりしたことは、明治から大正にかけて、日本酒の品質というものが確立されていなかった、ということです。そして、灘酒と地方酒の品評会・鑑評会に対するスタンスの差です。日本酒自体についての知識があまりないので、それがどれほどの意味なのか分からない点もあります。
受け継がれてきた技と、科学的根拠のある技。その双方のぶつかり合いの末にできた現在の日本酒、ということで、これを読むといつものお酒も、少しはおいしくなるかもしれない。
19980327
- 「眺めのいい部屋」 渡辺一枝著 集英社文庫 わ−5−3 495円+税
読んでいて、幸せな気分になるというのは、こういうことなんですよね。自分と身の回りにあるあれこれが、ひとつひとつの小さな幸せ。もちろん、勝手に幸せが飛び込んでくるわけではなくて、自分がそうなるようにするのです。
それは、本棚であったり、たまねぎ、耳かき、雛人形・・・。
日ごろ、ささくれ立った生活をおくっている人にとっては、水のように染み込んでくる本です。おすすめです。
19980319
- 「らせん」 鈴木光司著 角川ホラー文庫 H−5−3 648円+税
やはり「リング」を読んでいないと面白くないんだろうなぁ。
通して読んでみると、こちらの方が物語りの厚みがあるような気がします。「リング」のもやもやとしたところを、一から組み立てるようでいて、その実、組みなおしている、とも言えるのではなかろうか。
途中で、結末への骨格が見えてしまったので、少々残念だったのですが、それでも最後まで楽しめました。でも、ホラーとは思えなかった(笑)。
読みはじめに感じた展開の軸となる要素は、実際の軸ではありませんでしたが、自分が考えた筋と著者の考えた筋が、微妙に絡み合っていて、その点でも愉快な気分を味わいました。でも、ホラーとは思えなかった(しつこい)。
19980317
- 「リング」 鈴木光司著 角川ホラー文庫 H−5−1 540円+税
やはり、ホラーと呼ばれるジャンルの小説とは相性がよくないようである。
なにをもってホラーと定義するのかはわからないけど、少なくとも恐怖感という点からすれば、私はほとんど感じなかった。だからと言って、この物語がつまらないものかというとそうではない。時限小説として考えれば、はらはらドキドキで、あっという間に読み終えてしまうリズム感があります。
終盤の盛り上がり、安堵、そして急展開。別に、ホラー云々と呼ばなくてもいい面白さだと思います。ただ、最後の展開は、予想と違っていましたが、「らせん」を読みはじめて、あながち外れていないなぁ、とちょっぴりいい思いをしました。
19980312
- 「病院はいつもパラダイス」 小林光恵著 幻冬舎文庫 こ−5−1 495円+税
毎週読んでいる漫画誌でたまに載っている「おたんこナース」の原案の人のエッセイ集。記憶にある話もありました。どこから読んでも面白く、世の中、こういう看護婦さんばかりだったらと思ってしまいます。
「技術だけプロになればいいんだ。気持ちはプロになっちゃ、だめなんだ」
これは、患者さんからもらった言葉。私は病院にお世話になったことはないのですが、患者さんから見れば、看護婦さんに求めるものは、この言葉に尽きるのではないでしょうか。
この本を読んでいて、以前読んだ「こんな私が看護婦してる」(宮子あずさ著)を思い出しました。すると、解説に登場していたのにはびっくり。なんか嬉しいです。
19980307
- 「知のハルマゲドン」 小林よしのり・浅羽通明著 幻冬舎文庫 こ−2−3 533円+税
これは「ゴーマニズム宣言」を読んでいないと、本当の面白さは分からないかもしれない。二人の対談の中で語られている内容は、停滞したインテリの内輪受け状態をこじ開けるようで痛快です。
権威・宗教・政治・差別などについて、この本を読むと、問題点が等身大のものとして浮かび上がってくる。本当に必要なのは、難しい理屈をこね回すのではなく、このように事象を引き摺り下ろして平易に語ってくれることなのだ、ということがはっきりと分かります。
「(若者は)異様にシンプルになりすぎちゃったから、ひねり方が難しくなってしまいました」とある。「ゴーマニズム宣言」の中で凝った描き方をすると、その向こう側に隠されているものがわからない。もう少し思考の足を伸ばすことが出来にくくなっている。あるいは、自分の思考と異なるものが受け入れにくくなっている、ということかもしれない。「キレる」という現象の根っこがここにあるような気もします。
19980305
- 「ギムレットの海」 オキ・シロー著 幻冬舎文庫 お−1−2 495円+税
バーの中、そして一杯のあるいは何杯かのカクテルを軸にして語られる男と女の会話。限られた空間の中での話なのに、凝縮された広さ、のようなものを感じます。
私はいままで一度もカクテルを飲んだことはありませんが、甘く、苦く、酸っぱく、胸に染みるような香りを楽しむことが出来た気がします。
また、途中々々にはさまれているイラストとそれについている短いコメントが、この本の雰囲気を盛り上げています。カクテル好きな人には、レシピと由来ものってますので、たまらないのではないでしょうか。
19980302
- 「顔」 南伸坊著 ちくま文庫 み−5−12 700円+税
人と出会って、一番最初に目に入ってくるのが「顔」です。オニギリ顔で有名な南伸坊(not らんぼう)氏が、変幻自在のコメントを入れて、「顔」の奥深い楽しみ方を教えてくれます。たとえば・・・。
- 東大大学院生22人の平均顔・・・(なんだか筒井道隆に似ている)
- 顔の印象は、生え際が重要なポイント
- 中国では、顔を10種類の漢字で分類している
などなど。普通は考えないようなことを、これでもか、これでもかと突きつけられます。さすが、顔面評論家。どれとして、全く同じ顔の人はいないのに、なぜ私達はいくつかのパターンに当てはめようとしてしまうのでしょう。わからないけど、面白い!
19980228
- 「脳天気教養図鑑」 唐沢商会著 幻冬舎文庫 か−2−1 457円+税
家の中がごたごたしているさなかに読んだもんだから、内容が頭の中に入ってきませんでした。面白いことは面白かったのですが。
落ち着いたら、もう一度読み直して、感想を書き直します。
19980225
- 「再婚」 吉村昭著 角川文庫 よ−16−1 480円+税
吉村昭の小説には、老いと死のにおいが漂っている。私にはそういうイメージが振り払うことが出来ない。この短篇集もすべてではないが、その傾向が強く出ている。
例えば書名にもなっている「再婚」。妻の死から3年あまり。再婚の相手として昔思いを寄せていた女性と出会うが・・・。男は既に60が近く、自分の死を考えない歳ではない。しかし、再び出会った女性のしぐさは、亡き妻の面影と、自分のこれからの生活にはそぐわない。老いていく自分にとって、それでも自分の生き方を貫こうとすることは、正しいか正しくないかという範疇を越えるものなのだろうか。男の年齢までまだ何年もある私にとっては、理解できないものではある。
逆に、真剣に自分の生き方をする、ということなのかもしれない。
19980222
- 「壊れゆくひと」 島村洋子著 角川文庫 し−16−1 400円+税
ひょっとすると、ホラーというジャンル自体が自分に合わないのかもしれない。
帯には「戦慄のサイコ・ホラー」とあるが、読んでいて戦慄しませんでした(笑)。ただ、気味が悪い、という感想を持ちました。
物語は、「普通の自分」に対して「軸のずれた他人」という構図を描きながら、実は・・・、というパターンで、エピソードを重ねながら他人の軸ずれ度を強調しつつ、少しずつ自分自身のあやふやさを現していく。その組み立て方の巧みさは、この分野が苦手な私をぐいぐい引っ張っていく。
そしてラスト。これは驚きました。あまりの驚きに気味が悪くなったのでした。でも、なんか得した気分です。
19980218
- 「理工教育を問う −テクノ立国が危ない−」 産経新聞社会部編 新潮文庫 さ−33−2 400円+税
日本を日本たらしめている産業というと、科学技術を基とする製造業およびその関連する業種ではないでしょうか。この本では、今現在日本が直面している「理工危機」の問題点をえぐっています。
特に、学校で学習する理科分野は、教育の素人である私が「恐ろしさ」を感じるほどのひどさのようです。「理工離れ」が叫ばれて久しいですが、少なくともその元凶は、小中高の理科教育の貧弱さににあるようです。そして、その貧弱さは受験教育の裏返しという悪循環に陥っています。
そんななかで、理科・理工教育の再生への模索を続ける人々の話は、技術立国日本を立ち直らせる一筋の光として見えます。
19980215
- 「言葉につける薬」 呉智英著 双葉文庫 く−06−7 457円+税
日頃使っている言葉の「本当の意味」「正しい使い方」とは何か? この本を読むと、私達が使っている日本語の不安定さが浮かび上がってきます。
この本の中で何度も出てくるのは、「似たような語感による誤用」です。たとえば「大山鳴動」と「泰山鳴動」、「鉄唖鈴」と「鉄アレー」など。ほかにも、本来の意味が近い語感のために間違って使われる例も数多く出てきます。
もっと驚いたのは、これらの間違った使い方が辞書などに登場しているということ。言葉は生き物と言われますが、規範となる辞書にのるようでは、と著者も思っているのではないでしょうか。言葉の裏に隠れている文化的要素を知らないと、誤用も無くならないですね。学校では教える余裕はないでしょうから、自分でいろいろなところから吸収するしかないです。このような本を読んだりして。
19980203
- 「たまご猫」 皆川博子著 ハヤカワ文庫 JAミ−6−1 540円+税
「怖い、妖しい、美しい」という帯に惹かれて買った短篇集。10編の作品がおさめられているが、どうも私には馴染めない作風で、読むのに苦労しました。とくに、物語のラストシーンが、ストーンと落としてくれるのを好む私には対称的に、もやもやとした雰囲気を引きずる感じです。
帯の3つの修飾語のうち、「妖しい」がもっとも相応しいと思いました。
19980201
- 「図南の翼」 小野不由美著 講談社X文庫ホワイトハート おC−11 660円+税
Kさんに教えていただいた本。「十二国記」シリーズの一つ。
恭国は27年間王がいない。妖魔が出没し治安は悪化。そんな中、豪商の娘、十二歳の珠晶は自らが王になるべく、妖魔の跋扈する黄海を通り蓬山に登ろうとする。はたして、珠晶は無事蓬山に着くのか。そして、王になることができるのであろうか。
舞台は(もちろん)架空のものであるが、本当の話の内容は、まさに今の事勿れ主義とそれに反発する主人公、という具合である。そして、各自がやるべき事は何か、やらざるべき事は何か、王とは何か、臣下とは何か、身分とは何か、を探る旅。
正直なところ、対象年齢が私より低いと思われるので、多少読みづらいのは否めません。でも、さすがに売れるだけのことはある面白さです。ラストのたねあかしもお楽しみ。
19980125
- 「覆面作家は二人いる」 北村薫著 角川文庫 き24−1 480円+税
これは「裏・円紫さんと私」シリーズ、という位置付けになるのだろうか。
私と岡部良介。円紫さんと新妻千秋。静と動。さらにこのシリーズでは、物語の内部に静と動があって、テンポ良く読めます。
主人公の新妻千秋は「覆面作家」というペンネームで推理小説を書くお嬢様。岡部良介はその担当編集者。お嬢様は二つの顔を持ち、編集者は双子の兄を持つ。この三者(いや四者か)の掛け合いが楽しいです。なぞ解きとしては凝ったものではなく、私のように推理小説というジャンルが苦手な人にもおススメできます。
3編の物語が収録されていますが、あっという間に読めてしまうので、もう少し長くてもいいかと思う。
19980115
- 「書百話」 榊莫山著 ハルキ文庫 さ1−1 680円+税
「あの」莫山せんせいの書についてのエッセイ。
見開き2ページに一つの題材を選び、ずばずばと切り込みの鋭い話をしています。書は人をあらわすという言葉をよく聞きますが、この本を読んでいると、なるほどなぁ、と思います。書以外にも、筆や墨、碑、看板など、実は身近なものなんですが、なぜだか遠く感じるものを、軽妙な言葉づかいで、引っ張ってきてくれる本です。
書について、日頃興味を持っていない人でも、面白く読めるのではないかと思います。
19980110
- 「きんぴか」 浅田次郎著 飛天文庫 あ5−1 571円+税
元やくざ、元自衛隊員、元大蔵官僚。一度挫折を味わった男たちを引退した老刑事が集め、それぞれがその挫折の原因になったものに対して復讐する物語。自分が自分の信念に基づいて行動した結果が報われないとき、この主人公たちのようにできたら、どんなに気分が晴れるであろうか。
復讐譚というと、とかくどろどろとしたものになってしまうような気もするが、強烈な個性の3人の活躍を読み進めているうちに、青空のように清々しい、いい気分になってくる。
そして、最後のエピソード。びっくりしたなぁ。
19980106
- 「DOS/Vブルース」 鮎川誠著 幻冬舎文庫 あ4−1 533円+税
シーナ&ザ・ロケッツの鮎川誠氏による「パソコン以前から、インターネットまで」をまとめたエッセイ。パソコンを手に入れてから、ホームページ作成まで約1年だそうです。その期間が長いか短いかについては、なんとも言えませんが、本人がパソコンを楽しんでいる、ということが強烈に伝わっていきます。
世のパソコンに苦労している人々と違うところは、単にパソコンを使う、のではなく、ツールとしてのパソコンを使う、という姿勢なのではないでしょうか。それともう一つ。わからないことにぶち当たったときに、ちゃんとしたサポートをしてくれる人がいること。多数の人は、マニュアルを読まなかったり、読んでもわからないということが多いでしょうから。
とにかく、パソコンが目的なのではなく、目的のためにパソコンを使うのです。鮎川誠氏は、ロックのためにインターネットを使っている。その道具がパソコンなのです。
ひとこと苦言。
表紙をめくると見える、www.rokkets.comの表紙ですが、使っているブラウザがマックのものです。おいおい(笑)
19971223
- 「クリスマスのフロスト」 R・D・ウィングフィールド著 創元推理文庫 Mウ8−1 825円+税
風采の上がらない、仕事ができるのかどうだかわからない、下品、などなど。主人公であるフロスト警部を評する言葉は、どちらかといえばマイナス方向の形容詞ばかり。
物語は日曜日から始まり木曜日までの5日間まで。最初にフロストが撃たれてしまうというシーンから始まりますが、それがなぜかは読み進めていくとわかります。少女の行方不明事件から始まり、次から次へと事件が重なっていく。それを、のらりくらりと捜査し、最終的には・・・する姿は、「能ある鷹は爪を隠す」といえるのか否か(笑)。
もう、出てくる人々すべてが癖のある人物で、分厚い本を感じさせないオモシロ本といえましょう。
19971219
- 「時をかける少女」 筒井康隆著 ハルキ文庫 つ1−1 280円+税
恥ずかしながら、筒井康隆作品を数多く読んできてはいたのだが、未読であった。実は、ジュブナイル、という分野の作品は読んでいなかったのである。ただ、映像では何度か見た記憶があるので、あらすじは知っていました。
ざっと1時間ほどで読み終わり、なんだか、ふっくらとした気分になりました。SF臭のないSFというか、物語としてのSFと言えばいいのかわかりませんが、よくできているお話です。今まで読んでいなかったのが、口惜しくなりますね。こういう本は。
19971211
- 「魔性の子」 小野不由美著 新潮文庫 お37−1 544円+税
Lさん、Kさんに紹介していただいた本。同じ著者の「十二国記」を読む前に読んでおいたほうがいいということで。
買った文庫には「ミステリー&サスペンス」という帯がついていたので、そのつもりで読んでいったら、どうも様子がおかしい(笑)。実は不得意分野の物の怪系であった。
気に障ることが自分に対しておこると祟るといわれる高校生高里。そして、高里を保護しようとする教生広瀬。高里を軸として発生する怪事件。お互いに根無し感を持つ二人には、理解という絆で結ばれたかに見えたが・・。
途中で読み方を修正し、広瀬の立場で読み進めていくと、なんとも無力な自分というものが見えてくる。それもそのはず。実は高里はXXXであるから。だけど、それはないよな、と思ってしまった。救いがない。
他人を理解するということは、絶壁を登るに等しく、登れたと思った瞬間、まっ逆さまに落ちていく感じがした。そんな挫折感を覚える一冊である。
19971210
- 「鉄塔のひと その他の短篇」 椎名誠著 新潮文庫 し25−21 400円+税
シーナ的世界を味わうことができる10篇。
でも、それほど濃口じゃないので、読みやすいです。中でもおススメは「妻」「とかげ」。どちらも、あれよあれよというまに「!」という結末を楽しめます。少年時代の思い出風、身辺雑記風、超常的のたくた風、と口いっぱいに飴を頬張ったようです。
なお、解説は「鉄塔武蔵野線」の銀林みのるさん。うーむ、嬉しすぎるカップリングだ。
19971206
- 「スターダスト」 ロバート・B・パーカー著 菊池光一訳 ハヤカワ文庫 HM110−20 640円+税
スペンサー・シリーズの文庫第18作目。話としては、とりたてて山あり谷ありというわけでもなく、淡々と進んでいき、少々物足りない。帯に「ショウ・ビズ界の逸話をちりばめた」とあるが、詳しくない私にはどれがそうなのか判らなかった(笑)。
そのかわり、気になったところがありました。
・スペンサーのファースト・ネイムを今回の依頼人に告げる場面
そういえば、ファースト・ネイムは明らかにされていたっけ?
・スーザンが依頼人に対してやきもちを焼く場面
こんなシーン今までにあったかな
スペンサー・シリーズをずっと読んでいる人だったら、判る場面もちらほらと出てきます。初めて読む人にはお勧めできませんね。(だから、最初から読みましょう)
- 「晏子(一〜四)」 宮城谷昌光著 新潮文庫 み25−1〜4 各552円(二巻のみ514円)+税
中国の春秋時代、斉の国を支えた二人の晏子、晏弱と晏嬰父子の生きざまを綴る。名君あるいは暗君に仕える臣とは、どのように生きればいいのか。臣の本当の役目とは。その一つの、称賛に値する例がここに語られている。
晏子父子だけでなく、登場する大物小物の人物が本の中からむくむくと起き上がってくるようです。清冽、無私、毅然、晏子を語る言葉として様々なものが浮かんできますが、どれも私にとっては縁遠いものばかりである。まして、昨今の社会状況にとっては、それに輪をかけて、遥か彼方にある言葉だ。
解説にも書いてありましたが、前半は晏弱、後半は晏嬰が主人公となるのですが、晏弱の印象が強くて、晏嬰の活躍が少し物足りない気がしました。しかし、晏嬰の心根のまっすぐさはより強く感じました。
物語に直接は関係ないのですが、文章を構成する言葉の使い方を吟味しているなぁ、とまたまた感じた次第です。辞書にものっていない言葉が出てくるのは少々難儀しますが(笑)。
- 「家族場面」 筒井康隆著 新潮文庫 つ4−37 362円+税
7編からなる短篇集。どうもいかん。以前のように素直に読めなくて、なにか裏があるんじゃないかと用心しながら読んでいた。
そのなかの「妻の惑星」。勢いがすごい。その勢いをすとんと落とすパターンは私の好みなので、すかっとする。主人公である「おれ」の発声を封じているのが、攻撃による言論弾圧を模しているのかと思う。とすると、その状態というのは、周りから見ると、結構面白い状態であるのだ。弾圧を受けているものの苦しみというものが、理解されずに周囲が盛り上がってしまうのは、こういう構造があるからなのかもしれない。
そして「天の一角」。犯罪者と被害者(とその家族)の関係というのは、この物語を読むまでもなく、目には目を、が最終的な形になるのだと思う。ただ、被害者の良心というか社会的な通念が、仕返し欲求をどれだけ押さえられるかというのがわからないので、天の一角をさらにその外側からうかがうしかないのである。
- 「旋風(かぜ)は江(こう)を駆ける(上・下)」 朝香祥著 コバルト文庫 あ11−3 456円+税
三国志の、それも呉の、それも孫策と周瑜にスポットを当てた物語。私はどちらかといえば曹操派(笑)なので、とても新鮮な気持ちで読めました。他の三国志と違って(語られている時期が短いこともありますが)、登場人物があまり多くなく、軽やかな文体なので読みやすかったです。
孫策と周瑜の微妙な緊張関係がハラハラさせます。親しい仲は、一旦こじれると、なかなか修復するのは難しいものです。ましてや、強烈な個性を持つ若い主人公たちでは、なおさらです。お互いに、相手が必要だと心の中では感じていても。
(この本は、私がコバルト文庫が苦手というのを見かねて(?)、Aさんがオフ会のときに貸してくださったもの。どうも、ありがとうございました。でも、所々にある挿し絵は困ったです(笑)。コバルト文庫克服の道険し。)
- 「水に眠る」 北村薫著 文春文庫 き17−1 419円+税
そこにありそうでない。つかめそうでつかめない。そんな物語を集めた短篇集。最初の「恋愛小説」から、独特の雰囲気に包み込まれてしまう。十編の物語のうち、私がその世界に埋没したくなったのは、表題にもなっている「水に眠る」。この、水の描写は、今まで読んだことがない。あまりにも不思議で、あまりにも鮮やかです。
- 「幾たびもDIARY」 筒井康隆著 中公文庫 つ6−19 457円+税
筒井康隆の日記シリーズの第三弾。1988、1989年の日記である。少なくとも「腹立半分日記」のような、読まれないこと、を前提としたものではない。したがって、他人が人の日記を覗き見してワクワクする、というような感情はそんなにおきません。
1989/02/09の日記にて、手塚治虫の訃報。「イリヤ・ムウロメツ」の文庫の挿し絵は手塚治虫によるものである。そいうえば、雑誌に連載されていたのをリアルタイムで読んでいたのを思い出した。すべての挿し絵が収録されているとのことで、あらためて文庫を引っ張り出し、しばらくながめました。
- 「地下鉄(メトロ)に乗って」 浅田次郎著 徳間文庫 あ28−1 514円+税
地下鉄の空気って、なんだか違いますよね。ほわん、として独特の匂いがする。気がつかなければ何てことはない空間なのに、ひとたびその雰囲気にはまってしまうと、こういう物語ができてしまう。
主人公が巡る現在、溯っていく過去、そして別れ。「地下鉄(メトロ)」をキーワードとして、自分がどういう人間だったのかということを、見つけ出していくのでした。
この物語に登場する「丸の内線」は、屋根にパンタグラフのない、独特のフォルムと、短い車両が印象に残ります。