小和田山について


  大阪府能勢町・京都府亀岡市  612m

 小和田山は、剣尾山の東、妙見山の北に位置する目立たない山である。
そんなこの山が、一時期ブームになった。'93年頃の皇太子ご成婚前後である。
雅子様の旧姓を冠した山だからだ。
 いつもは地元の人の山という色合いが濃く感じられ、松茸採集時とハンター入山時は
入りにくい所のようで、ついついに二の足を踏んでいた。


 

  亀岡市の西加舎から望む小和田山

             1996.9.29. 



 やぶの小和田山 山行記

■日にち:1996年9月29日(日)
■天気:曇り
■同行者:単独
■コースタイム:自宅発(11:20)〜七面口(12:30)〜池(12:55)〜(昼食)〜
         池を出発(13:10)〜釈迦嶽西鞍部(13:20)〜小和田山尾根(13:35)〜
         山頂(14:15)〜下山(15:10)〜鉄塔伐採地(15:20)〜府道(15:40)〜
         加舎バス停(16:20)〜七面口着(16:30)

【七面口】 今日は天気も良くないので、展望がない山とされる小和田山に行く。
 歌垣山が大きく望める倉垣の田原を通って登山口の七面に着く。
大きな要塞風の石灯籠が目をひく。「能勢の高燈籠」だ。はじめはこちらの横から
入って登ると「9/20〜11/21 松茸山の入山禁止」の立て札がある。
エアリアマップには「11/15〜2/15 ハンター入山多し 注意」とあるので、
一番いい時期に入れないじゃないかぁ、と思ってさらに進むと民家で道が途切れる。
 どうも登山口を勘違いしたようだ。引き返して、府道の方へ向かっていくと左側に
素朴な高さ50cm位の石柱がある。七面山を示している。舗装道を進むとやがて鳥居が
見え、銀寄せの栗やまを抜けると参道らしくなっている。
 七面山七宝寺は通り抜け禁止。右側の真新しいコンクリート道を登っていく。
程なく雑木林の中へ入る道があり、テープも巻いてある。静かな山道になる。
沢づたいに登る。道ははっきりしているが、あまり踏まれていない気配。

【池】 ひと気のない裏寂しい道を登る。低山ながら、イノシシが出そうな山を
一人で歩くのは、いくら一人で静かな所に行きたいとはいえ、おずおずとなってくる。
沢の音がいっそう静けさを引き立てる。そうこうすると前方が明るくなって
ため池に出る。やっぱり、空の見えるところが安心できる。もう13時なので静かな山中の
池を眺めながらにぎりめしをほおばる。萩が一本、池に向かって伸び、薄桃の花を
水面に映している。たまの自家製おにぎりもなかなかいけるもんだ。

【やぶ尾根】 さて腹もふくれたので、また登りにかかろう。釈迦ヶ嶽西の鞍部に出て、
右折するように平坦道を進む。熊笹の茂ったところもあるが迷うことはない。
 やがて伐採地のようなところに出るが、ここで道がわからなくなった。コンパスで
確認し、どうもやぶの茂ったところに細い道が北西へ通っているようだ。
 やぶかぁ、と躊躇しながらも、よし!と気合いを入れて漕いでいく。
所々歩きやすくなるが、全般に笹の茂った緩い登りが続く。蜘蛛の巣も多い。
昼を過ぎても蜘蛛の巣があると言うことは、誰も来ていないということかぁ。
それでも踏跡は明瞭で間違うことはない。
 そんな大自然との格闘の眼前に黒い網の柵が出てきた。こんな山の上で柵とは
興ざめだ。柵を左にしてさらに登っていくと、思わず通り過ごしそうな山頂がある。

【山頂】 雅子様ブームの時は山頂にご成婚を祝う木の札がたくさんあったと聞くが、
今は3等三角点と2・3のハイキンググループの登山記念の札だけでひっそり。
南側は例の柵がずっと続いていて展望のない山頂に追い打ちをかけている。
北東にわずかに、雑木林のトンネル越しで加舎の里が小さく見える。
 そうはいっても、静かな山ではある。やぶを漕いで登った分、すぐに去るのも
もったいないので、コーヒーをいれてしばし静けさに浸る。小さなスミレ発見。

【千ヶ畑へ】 車を置いた七面口へはバスで行くとして、来た道でなく千ヶ畑の方へ
下りることにする。しばらくは黒い柵が続くがやがて静かな雑木林の中に入る。
道は歩きやすい。晩秋と間違うほど下草のない灌木の中の道だ。大きな岩が出てきた。
「化ヶ石」と言うらしい。それにしても登りのやぶとうって変わっていい山道が続く。
 前方が明るくなると、高圧線のうなり音のする鉄塔の伐採地に出る。前方に大きな
半国山が望めるが電線が目障りだ。高圧線にほぼ沿って道がついていて、ゴルフ場を
右に見ながら下りると府道735号に出る。
 舗装道を歩いて、加舎バス停に着く。今日は目の前に来たバスに飛び乗ることが
できた。(^^)v 10分で七面口に着いた。楽ちん楽ちん。
 千ヶ畑の方から登れば楽な山だが、やぶを漕いで七面口から登った方がこの山の
本来の姿であるようだ。



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1996.9.29. BY M.KANE