2、雲龍寺と天野康景


本宿雲龍寺
  雲龍寺は本宿唯一の寺で中世初めから浄土宗の信仰を教えてきた。
本宿の領主であった天野三郎兵衛康景は、徳川家康の重臣であり、天正18年に下田方面に発生した暴徒の沈静に本多正信とともに派遣されたが、その折康景は敵に襲われ本宿雲龍寺に身を隠し一命が助かったといわれている。

 康景は根古谷の興国寺城主となってから慶長8年に雲龍寺を訪れ、弘法大師御作の大日如来と不動尊の石仏2体を奉納し、末永く村中で供養するようにと本宿村の領地から2石を差し引いて与えた。これは本宿高田家に残る天野康景判物と康景が慶長18年に小田原市沼田の西念寺にて没しているが、西念寺からの申し伝えとして雲龍寺本山である三島市蓮馨寺に残る雲龍寺の過去帳から拝見することが出来る。
また、雲龍寺に奉納された2体の石仏は、度重なる震災で損傷を受けたが今も境内に残っている。