title ABS(Anti lock Brake System)

 
 最近の自動車にはほとんど装着されている安全装備なので、名前を聞くことも多いだろう。ABSとはアンチロックブレーキシステムの頭文字を並べたもの。直訳すればロックしないブレーキということだ。ただ、ブレーキシステムという名前が付いているので、ブレーキを強化するような装置だと思われている節があるが、率直に言ってブレーキ装置の一部だとは思わない方がいい。むしろステアリング操作を補助するシステムだと認識しておきたい。
 
 ABSを説明するために、先にロックについて考えてみよう。車が走るということは右図のように、タイヤの回転する力(赤い矢印)をタイヤと道路との抵抗(青い矢印)によって道路に伝え、結果的に道路上を動く力(緑の矢印)に変えている。エンジンがどんなに頑張ろうともタイヤが道路上を移動しなければ車は動いたことにならない。つまり緑の矢印の力こそが「車が動く」ということであり、しかも車自身ができるのはタイヤの回転(赤い矢印)の制御だけということだ。 タイヤにかかる力
 
 定速で走っている時には赤と緑の力が青を介して釣り合っているということ。加速時にはタイヤの回転数(赤)を増やして道路の移動量(緑)を増大させる。逆にアクセルを緩めてやると、タイヤの回転力が、低回転になろうとするエンジンをまわす働きをするため、結果的にタイヤの回転力(赤)が徐々に減少し、それにあわせて道路の移動スピードが落ちてくる(エンジンブレーキ)。ブレーキを踏むということは、このタイヤの回転を止めようとする力をもっと強力にしたものと考えればいい。
 
 減速〜停止をアニメーションにしてみると右のような感じで、タイヤの回転力が小さくなるに伴いその減速感が路面に伝わっている。実際にはスピードが落ちるに従って青の路面抵抗は増えていくものと思われるが、ここではとりあえず一定ということにしておこう。いずれにせよ赤・青・緑の三つの力が車を動かしていると思ってほしい。 普通のブレーキング時
 
 ではロックとはどのようなことなのか。簡単に言えば、タイヤの回転を止める力が強すぎて路面の速度低下が追いつかず、タイヤが路面をつかむ力(青)が破綻をきたしてしまう状態。要するにタイヤの回転が止まって道路上を滑っていくことだ。タイヤが回転していてくれる間は、道路にあわせてタイヤの接地部分も次々と移動してきてくれるから、接点における道路とタイヤの速度差はあまりない。しかしタイヤの回転が止まってしまうと、道路は数十km/hでどんどん新しい部分に移動していくのにも関わらず、タイヤの接点は一点だけになってしまうため、タイヤと道路の速度差は非常に大きくなってしまう。すると青の路面抵抗だけで速度を落とすことになり、ブレーキ装置の働きがなくなってしまうのだ。
 
ロックしやすい場面として一番分かりやすいのが、滑りやすくて路面抵抗が小さい道路。タイヤの回転する力がプラス(加速)でもマイナス(減速)でも、それを路面に伝えられなくては仕方がない。凍結してアイスバーンになっているところで強いブレーキを踏むと、右のアニメーションのようにいとも簡単にタイヤだけ止まってしまう。タイヤの回転が止まってしまえば、車はただの金属の固まりとなって、今まで進んできた方向にすっ飛んでいくだけとなる。 路面抵抗が小さいとき
 
 確かに氷の上で起こりやすいロックだが、普通の道路上でも十分に起こりうる。ハイスピードで走っている最中に急ブレーキをかけたりすると、タイヤの回転スピードの低下に追いつけなくなる。道路が濡れているか乾いているか、タイヤがハイグリップかそうでないのかによってその限界点は変化するが、確実にどこかで破綻をきたすのは間違いない。
 
ブレーキング時の荷重移動  それから考えておく必要があるのは、ブレーキをかけると必ず重心が前に傾くため、リヤタイヤを地面に押しつける力がどうしても弱くなる。一般的にリヤタイヤに装備されているブレーキは、フロントのものより弱いものが選んである。 
 
例えばフロントのディスクブレーキに対してリヤにはドラム、もしくはフロントのVディスクに対してリヤにはディスクなど。さもないと荷重の抜けたリヤタイヤはロックしやすいからだ。
 
 では次に、タイヤがロックするとどうなるかを考えてみよう。タイヤがしっかりと地面を掴んでいるときには、タイヤの回転方向に進もうとする力が働いている。ロックするとこの力が働かなくなって、これまで進んできた方向にすっ飛んで行こうとする。簡単に言えばそれだけのことだ。
 
リヤタイヤがロックした状態  まずはリヤタイヤがロックした場合。左のアニメのように、フロントタイヤはハンドルを切った方向に進もうとするが、リヤタイヤは慣性に従って真っ直ぐ滑っていく。そしてフロントタイヤに引きずられるように回っていくが、結果的にあるべき位置よりも奥へ突っ込んでしまい、今度は逆にフロントが引っ張られてスピンしてしまう。
 
四輪ともロックした状態  四輪ともロックしてしまうと、もはや車はただの鉄のかたまりに過ぎない。止まってしまったタイヤを再度回して道路を掴ませないと、慣性の赴くまますっ飛んでいく。タイヤと道路がしっかり掴みあっていないと車の動かしようがないことは、凍結した路面でツルツル滑っていくのを想像してもらえれば理解できるだろう。
 
 きちんと車とタイヤの挙動を理解していれば、わざと滑らせて急なカーブを曲がっていくテクニック(ドリフト)として応用できる。が、急ブレーキを踏むというのは大概は緊急事態であって、ほとんどの人はロックしたら操作不能でお手上げとなるだろう。かなりの確率でパニックに陥るかも知れない。そこで登場するのがABSで、特に優れた運転技術を持たない人でも、タイヤがロックするという危険な事態を避けられるようにするものなのだ。
 
 教習所でポンピングブレーキというのを習ったことがないだろうか?ABSの原理は基本的にこれと全く同じ。ブレーキを踏んで、タイヤがロックしそうになったらブレーキを少し緩めて道路をしっかり掴ませ、安定したらまた強くブレーキを踏む。この繰り返し。ポンピングブレーキでは人間がやっていた作業を、センサーで勝手に判断して瞬間的にやってくれるのがABSだ。
 
 よく巷で耳にするのは、「ABSがあると制動距離が短くなる」とか、逆に「ロックさせた方が距離的には短く止まれる」とかいうこと。試したわけではないが、シチュエーションによってどちらとも言えないだろう。だが、そもそも走っているときにこんなことを気にする必要は全くない。なぜなら走行中にABSをオンオフできるはずがないし、もし機械的に可能だとしてもそんなことをしている暇も考えている暇もない。とにかくブレーキを一杯まで踏み込んでできるだけ短距離で止まるようにすることだ。ブレーキをどんなに踏んでもABSが効けばロックは免れるから、車はステアリングを切った方向に進んでくれる。これが「ABSとはステアリング操作を補助するシステム」と理解するのが妥当な由縁だ。もちろんオーバースピードではどうしようもないが、それでもかなり無理そうな姿勢からでも、目一杯ステアリングを切ればなんとか曲がれることが多い。事故で多いのは、ブレーキの踏み方が不足していることと、ステアリングの切り方が不足していること。諦めがよすぎてバンザイしてしまうドライバーも多いらしい。ABSがあれば操作不能に陥ることが少なくなるから、「ヤバイ!」と感じたらとにかくガツーンとブレーキを踏み込んで、必死に逃げ道を探してステアリングをしっかり切ろう。
 
 最後にABSに関してぜひ知っておきたい事実を書いておく。ABSとは機械的に無理矢理ブレーキを操作するものだから、ギャギャギャギャギャーと結構派手な音がして、振動もかなりある。使ったことがない人は驚いてしまうかも知れないが、決して故障ではない。むしろ正常に作動している証拠なので、どうか落ち着いて操作してほしい。
 
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