エトスサロン「名前姓後(めいぜんせいご)」
「エトス」1987年11月号(太平洋教育文化交流協会関西本部発行)より転載



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 中学に入って、最初に習った英文は、自己紹介のしかただった。主人公の岡健君が、丘 の上で会ったビル=ブラウン君に”My name is Ken Oka.”という場 面だった。
 ピース留学生として米国へ行った時、私は「イチロウ=ヤマグチ」だった。まわりがみ んな「名が先」だったから、その当時は不思議だとは思わなかった。そういう慣習なのだ と思い込んでいた。ところが、米国史の時間に、毛沢東が「マア・ツェトゥング」と登場 してきた。アレッとは思った。だが、級友や先生には「日本でも姓が先だけど、海外では 欧米に従っている」と説明しただけで、他には何も言えなかった。むしろ、見慣れた東洋 人名が、「姓・名」と書かれていたことに戸惑いすら感じた。
 こんな経験をしてからも、私は「ヤマグチ=イチロウ」には戻らずにいた。在籍した高 校の卒業証書(ディプロマ)にも、卒業アルバム(イヤーブック)にも、「慣習」に従っ た名前が記されている。
 時は流れ、帰国して一年ほどたった。今度は日本の母校での英作文の時間のことだ。教 科書に出てくる日本人の名が「名・姓」であったのを見て、先生は「属国的だ」と批判し た。この時になって、ようやく私の目からウロコが落ちた。こんな簡単なことに気づかな かった自分を恥じた。以来、私は常に”YAMAGUCHI,Ichiro”と名のるこ とにしている。
ところで、英語を使うときにも姓を先にするようにしたら、混乱が起こるのではないか 、と心配する人は少なくない。しかし、欧米でも索引などの事務処理では、よく「姓・名 」が使われる。それに、東アジアの名前は姓を先にするということは、最近の傾向である といってもよい。例えば、英字週刊誌の「アジア・ウィーク」でも、この八月に「日本人 名は正しい順序で書く」という社告を載せたと聞く。非常な英断だと思う。
 いや、遅すぎた当然だろうか。海外での日本語や日本文化の学習熱が上がっているいま 、正しいものを正しく広めようとすることは、自分を保ち、他と対等関係に立とうとする 者の責務だと信じる。
太平洋教育文化交流協会(PEACE)
第九期留学生   山口 一朗


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