朝日新聞・論壇「留学経験者もっと活用して」



 この文章の著作権は、山口一朗に属します。新聞記事検索 システムでは「著作権交渉中」と書いてあるだけで、本文を掲載されていません。ただし 、朝日新聞社から著作権についての交渉を受けたことはありません。ご意見、ご感想は、 こちらに。


論壇「留学経験者もっと活用して」
「留学経験者もっと活用して」 山口 一朗
1988年8月9日、朝日新聞朝刊「論壇」より転載

 在日留学生の生活が苦しいと聞く。新聞やテレビでも、このことが毎日のように報道さ れている。
 在日留学生のための後援組織が、全国のあちこちで結成されているようだが、ひとつだ け見逃してはならないことは、後援内容のほとんどが、金銭や住宅情報の提供といった「 物質面」ばかりであることだ。
 もちろん、経済的な問題は、非常に大きい。諸外国から「カネ持ちニッポン」とかんが られている以上、援助する義務もある。また、他の方法に比べて、金銭による援助が最も 手っ取り早く、確実であるともいえよう。この点については、私も全く異論はない。
 しかし、本当に「カネ」だけでいいのかという疑問は、依然として残る。留学生は日本 の技術・学術や文化を得ようとして来ている。だから、私たち日本人の出来ることは、ほ かにもいろいろあるはずだ。
 例えば、地元住民と留学生との文化交流の場をもっとつくるべきではないか。よく交歓 会などは開催されているようだが、実際には主催者側の自己満足で終わる場合が少なくな いとも言われている。これは、ひとつには同じ時間と空間を共有していながら、「共感の 場」としては成り立っていないからではないだろうか。もうひとつには後援組織を運営す る人たちのほとんどが、留学経験のない人たちだからではないだろうか。
 そこで、米国の高校に一年間留学した経験などから、一つ提案がある。政府・地方自治 体や各後援組織は、留学経験者をもっと活用してはどうだろう。
 現在、日本から米国への長期(一年間)の高校留学生だけでも、年に一千人を超え、そ れだけの帰国留学生が生まれているという。彼らは単に米語力があるというだけではなく 、異文化体験を通して、十代の鋭い感性に、さらに磨きをかけている。確かに帰国直後は 留学時の強烈な印象がまだ生きていて、他人に「米国かぶれ」と見なされることが多い。 しかし、二、三年もすれば、帰国して受ける「逆カルチャーショック」にも慣れて、日米 両国を冷静に見ることができるようになってくる。あえて言えば、この時点の帰国留学生 こそ、いま日本が求めるべき「国際人」といえよう。
 これまで、一部の識者には言われてきていたのだが、日本の国全体が総じて、留学経験 者を「利用」するのが下手だと思う。帰国留学生は、学校を出てから世界に著名な日本企 業の「企業戦士」になることが多い。だが、身近な国際交流には、力を十分に発揮してい ない。「地方の国際化」だとか、「姉妹都市との交流」といった時がそうだ。派遣されて も、ただ「行って帰ってくる」だけで終わっていることが多い。だから、せっかく得てき たものを生かそうにも、世間に生かす機会がないのである。
 私の友人の中にも、「ボランティアでもいいから、他国の人のために仕事がしたい」と いう帰国者が何人もいる。だが、結局何も見つけられないでいる者がほとんどだ。もった いない話だと思う。
 どうか関係者は、留学経験者を在日留学生のために活用できるような体制を整えてほし い。留学生には、留学生にしか分からない心の痛みやつらさがある。それを少しでもやわ らかにするためのお手伝いがしたい。
 また、すべての帰国留学生にも言いたい。私たちが留学時に思っていたことや感じてい たことが、数多くの在日留学生の心の中にもあるはずだ。だから、いま一度、留学体験が 自分自身のためだけではないことを認識しよう。そして、異国からの仲間のために、積極 的に協力していこうではないか。
関西大学法学部学生、 大阪府在住=投稿)

「アメリカ・ミシガン州への高校留学で思ったこと」の目次へ

電脳いっちゃんタイムズのホームへ