部屋に戻ってから俺たちは交代で身を清めた
 まだぐったりとしているメルキゼをベッドに押し込んで、部屋の照明を半分だけおとす

 聞きたい事や言いたい事は山のようにある
 しかしそれを矢継ぎ早に言った所で彼を無駄に消耗させるだけだ
 俺は数多くの中から今言うべき事だけを選りすぐる

「…メルキゼ、お前のその発作って…治らないのか…?」

 メルキゼは目を伏せたまま首を左右に振った
 半ば予測していた答えだった――が、俺の落胆は大きい


「…そうだ、この世界の医療レベルじゃ治らないかも知れないけどさ、
 俺と一緒に日本に行って、最先端の治療を受けたら何とかなる可能性も…!!」

「無理だ…発作の理由は、何となくだけれどわかっている
 これは病気ではないから…どのような名医だろうと治す事は出来ない」

 メルキゼは寂しそうに空を見上げた
 血の気を失ったその顔は、いつもにも増して青白い
 その身体が一体何時までもつのか―――俺にはわからなかった




「――…私は君に何も話さないまま…ここまで来てしまったのか…
 君とこのような関係を築けるなんて夢にも思っていなかったから
 けれど、今はもう少しこのままで…いけない事だとは思っているけれど――…」

「…メルキゼ…?」

 会話が噛みあわない
 俺を相手にしているというよりは、自分自身に語りかけているのだろう

「また何か溜め込んでるのか…?
 全部曝け出せだなんて言える立場じゃないけどさ、
 黙ってるのが苦しくなったら、無理してでも口にした方が後で楽だぞ」


「…私は君に黙ってきた事が多過ぎる…
 真実を告げて君に嫌われるのが恐い
 何を今更と、蔑まされる事を思えばこのまま――…」

 メルキゼは両手で顔を覆う
 俺はそんな彼を、震える声ごと抱き締めた
 体格差が有り過ぎて全身を包む事が出来ないのが少し切ないけれど――…



「…俺は何があってもお前を嫌わない
 どんな秘密を持っていようと構うもんか」

 そもそも存在自体が謎の人物である
 今更隠された秘密が一つ二つ明らかになった所で、そう変わらない

 猫の耳が生えてるし、人間じゃ有り得ない身体能力だし
 傷とか治せる超能力持ってるし、何か火とか出してたし――…

 ここでは俺の住んでいた世界の常識が通じないのだ
 だから俺は見る物全てを有りのままに受け入れるしかない


 そもそも、俺だってメルキゼに秘密にしている事が山ほどある
 自分の全てを曝け出せるほど俺も強い人間じゃない

 ――そういえば、俺は本名すら彼には明かしていない――…!!


 今更ながらに気付いたその事実に愕然とする
 最近ではカーマイン≠ニ呼ばれる事にもすっかり馴染んでいたから、気にも留めなかった
 けれど、良く考えてみれば名前すら告げずに行動を共にするなんて失礼極まりない行為だ




「…なぁ、暴露大会しないか…?」

「―――…え?」


「今から俺が、今までお前に黙っていた秘密を暴露する
 だからお前も俺に何でもいいから秘密を言ってくれ――ひとつだけで良いんだ」

 修学旅行とかで消灯時間後に良くやるやつだ
 メルキゼの場合は修学旅行が何であるかすらわからないだろうけど…
 でも、こうやって互いに秘密を明かし合う事で言い辛い事も素直に口に出せる物なのだ


「別に深刻に考えなくても良いんだ
 下らないーって笑い飛ばせるような簡単な事で良いんだからさ」

 な? と、彼の顔を覗き込むと涙の浮かんだ瞳と目が合った

 血の色をした瞳が艶っぽい――…何て思ってちゃ駄目だろ、俺
 でもメルキゼに食指を動かされつつある俺って一体…もう戻れないのか…?



「…カーマイン…?」

「あ、いや…何でもない」

 暴露大会とはいえ、流石に欲情してました、とは言えない
 そんなこと言った日にゃあ…俺の方が蔑まされるだろう
 …それ以前に自ら『マニアックなホモ』のレッテルを貼る破目に陥ってしまう

「えーっと、それで暴露大会しても良いか?」

「ああ、よろしく頼む
 …君の気遣いを嬉しく思う」

 本当は俺が名乗る切っ掛けが欲しかっただけなんだけどな…
 純粋培養男のメルキゼはどうも俺のことを過大評価する傾向があるらしい
 もしかしたらお互い様なのかも知れないけれど――…


「…えっと…じゃあ、俺から言って良いか?」

 メルキゼは黙って頷く
 物凄く神妙な面差しだ
 普段からツリ目がちの瞳が緊張の為か更に鋭くなっていて――…凄みがある

 暴露する俺の方も何だか緊張してきた…



「…あのさ、実は俺――…カーマインっての、偽名なんだ
 何となく成り行きでこのまま来ちゃったんだけどさ――…
 でも今更本名明かしても呼び名を変えるのには違和感あるだろ?
 だから一応名乗るけど…今まで通りカーマインって呼んでくれて良いから」

「………それ、本当……?」

「あ、ああ…その、悪かった
 唐突過ぎる上に本気で今更何を、って感じだよな…
 でもずっと黙ってるよりは良いかな…って思ったんだ」

 一体どれだけの期間、偽名で過ごしていたのだろう
 逆算してみると―――…ちょっと恐い結果になりそうだった


 とりあえず70話以上進行している事だけは確かだ…



「…なぁ、怒ってないか…?」

「私は君を責める立場には無い
 ―――…実は私も――…名を偽っていたのだから…」

「は?」

「…メルキゼデクというのは、私の本当の名ではない」


 …………。

 じゃあ、お前は誰だ



「…でも、やっぱりメルキゼと呼んで欲しい」

「あー…そうだな…俺もカーマインで定着してるからな…」


 …………。

 暫くの沈黙
 微動だにせず見詰め合う四つの瞳

 そして――…どちらからともなく笑みが漏れる


 互いが互いに名を偽り続けていた
 何の疑いも無くそれを信じ込んでいた

 それも一月や二月の話ではない
 秋から春までの間中、ずっとだ

 そのまま、恋人同士にまでなって――…




「何だよ…お前もかいっ!!
 あーもう、緊張して損した」

「まぁ…偽名を使うにはそれなりの理由があるという事だ
 今はまだ本名は明かせないけれど――いつか、時が来たら全てを明かそう」

 俺が本名を名乗らなかった理由は本当に下らないものだった
 けれど、きっとメルキゼには深刻な理由があるのだろう

 彼が話したくないというのなら無理に聞き出す必要も無い
 どちらにしろ、俺の中で彼はメルキゼデク≠ネのだから


「けれど、これで少し肩の荷が下りた…
 あぁ…こんな事ならもっと早く告げていれば…」

「ついでにこれ、オマケの暴露な?
 カーマインっていう名前の由来を教えてやるよ」

「――…ん?」


 メルキゼが興味津々に近付いてくる
 ちょっと恥かしいけど――勢いで言ってしまえ


「…鎌井って言うんだ、俺の名字
カマイ≠もじってカーマイン=v

「――…本名でも偽名でも、そんなに変わらないな…」

「安直ながらも本名を基にしてあるから、俺的には親しみやすいんだ」

 …ちなみにこれは要の同人誌に出てくる際の俺の名前なんだけどな
 彼女が描くカーマインと後輩のジューンの禁断のラブストーリー…
 でも恋人に対してそんな話をするのもどうかと思うし…そこまで言わなくても良いか


「ついでだからフルネーム公開
 俺の本名は鎌井 蘇芳
 名前ばっかり立派で困るんだよなー…」

「…すおう…?」

「ああ、自分の名前が難しくて書けなくてさ
 山田とか田中とか簡単な名前の奴が羨ましかったな…」

 大体、俺の名前は画数が多過ぎる
 フルネームを漢字で書けるようになるまでの道のりは長く厳しいものだった…


「でも、本名を私に明かしてしまって良いの?
 私は今はまだ名を明かすことが出来ないのに…」

「俺の場合は大して深刻な理由があったわけじゃないからな
 だからお前が気にする必要はまるで無いんだからな…わかったか?」

 メルキゼは素直に頷いた
 彼は何度か俺の名前を繰り返し呟く

 しかし、やっぱり今まで通りの呼び名の方が慣れているのだろう
 呼び名を改めず彼は俺をカーマイン≠ニ呼び続ける事を決めたようだ



「カーマインの事を沢山知る事が出来た
 今日は本当に良い日だ…凄く嬉しい」

 そういうメルキゼの表情は本当に嬉しそうで
 こんな顔をさせてやれるとわかっていたなら、もっと早く言ってやったのに

 メルキゼが嬉しそうだと俺も嬉しくなる
 感情の共有が出来る――その事がとても嬉しかった


「…カーマイン、もう少しだけ君の優しさに甘えても良いだろうか…?」

「――…ん?」

「…嬉しくて…興奮して眠れない
 眠くなるまで―――傍にいてくれ…」

 言い回しが微妙に回りくどい
 けれど頬を赤らめている様子を見れば彼が何を言いたいのかわかる

 ――…一緒に寝ようと、つまりはそういう事だ


「…じゃあ、隣り空けてくれ」

 コクコクと頷く仕草は滑稽だけれど可愛らしい
 真っ赤になるのは相変わらずだけれど、当時と比べると随分積極的になったものだ…


 ――…俺色に染まってきた…って事なんだろうか…

 嬉しいけれど罪悪感が残るような――複雑な心境
 でもこうして俺を受け入れてくれる様が手に取るようにわかるのは喜ばしい事だ

 おやすみ、メルキゼ…


 俺はメルキゼの傍に横たわると目を閉じた
 良い夢が見られるように願いながら――…




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