地図で見ると、本当に小さな島だったのに、
 いざ実物を見てみると―――それはかなり大きさのあるものだった


「…北海道より…大きいかもな…」

 もしかしたら日本列島全部足したくらいでは間に合わないかも知れない
 改めて、この世界のスケールの大きさを実感した瞬間だった

 島から風が吹いてくる
 今まで感じたことの無い空気、新しい匂い

「何か、違うぞ―――って感じがするな
 海ひとつ越えると、こんなものなのか?」

 すぐ後ろにいる筈のメルキゼに語りかける
 しかし、予想に反して彼からの答えは無かった
 また何か妙な事に悩んでるんじゃないだろうな―――俺は恐る恐る振り向いた

 メルキゼはそこにいた
 けれどその表情は苦虫を噛み潰したかのように険しい
 何かに怒っているのか、それとも苦しんでいるのか…


「お、おい…どうした?」

「――深刻な事態になっている
 予想以上に…早く止めなければ―――」

「メルキゼ、どうかしたのか?」

 今まで見た事の無い表情
 嫌な予感が胸を過ぎった
 また何かに悩んでいるのか―――

「カーマインは感じない?
 空気に腐臭が混じっている…嫌な臭いだ
 大地が腐っている、水が澱んで濁っている、風が狂いだしている…」

 俺にはわからない
 けれど、以前に読んだ雑誌で超常現象が起きているという事は知っていた
 その事をメルキゼは言っているのだろうか

「いつの時代も、妙な現象って起きるんだよな
 たぶん気象とかが影響してるんだろうけど、はっきりとした原因はわからなくて――」

「原因は、わかっている…大切な火≠ェ欠けたからだ
 この世界は四つの属性――水、風、火、土の力で成り立っている
 けれど、その中の火属性が失われたから…力の均等が崩れ始めた」


 微妙にわかったような、決してわからないような…
 言っている内容が抽象的な事なのかどうかすら不明だ

 でも、属性の話は前に聞いた気がする
 確かメルキゼは火の属性を持っていた筈だ
 簡単な知識はあるけれど、どうも上手く呑み込めない

 首を捻る俺に、メルキゼは説明を付け足した



「それぞれの属性を司る水精王、風精王、火精王、土精王…
 彼らは互いに支え合い、この世界の均衡を保ってきた神≠ニいう存在
 つまり、この世界は四人の神が力を合わせた上で成り立っている
 けれど―――その中の火精王≠ェいなくなってしまったから世界が壊れ始めたという事」

「三人の神様じゃ無理なのか?」

「ああ、四人でなければ支えきれない
 それぞれ役割が違うから…代わりにはなれない
 そして傾き始めた世界は少しずつ、崩れ始めている…」

 それが、土が腐ったり――という形になって現れているという事らしい
 話が宗教的な方向に行ってしまって、どうも真実味に欠ける


「それより…何でお前、そんな事知ってるんだ?」

「―――いや、詳しい事を知ってるわけではないのだけれど…」

 目が泳いでいる
 きっと、町で宗教家の話でも聞いたのだろう



「とにかく、この辺から特に腐敗が激しくなってきている
 今までは綺麗な所で暮らしていたから平気だったけれど…
 これからはそうも行かない、私の発作も再発すると考えていいと思う」

「そんな…!!」

 病気を持っていない俺にはわからない
 けれど、辛く苦しいものだという事だという事は理解している

 ―――メルキゼに苦しんで欲しくない…

「頼むから、無理だけはするなよ
 辛くなったらすぐに言うんだ
 ええと―――そう言えば、薬あったよな?」

「ああ、痛みを和らげる為の薬だ
 けれど出来れば使いたくないと思う
 あの実は麻薬の一種だから…身も心もボロボロになる」

「……麻薬……」

 癌の痛みを紛らわす為の、モルヒネのようなものなのだろう
 確かに苦しみは消えるけれど…常習すると、戻れなくなる
 薬物依存症になってゆくメルキゼなんて絶対に見たくない


「…どうしたら…」

「大丈夫、少し経つと発作も治まるから耐えれば良い
 この発作とは昔からの付き合いだから――薬を使わなくても何とかなるだろう」

 何とかなるものじゃない…本能的にそれがわかった
 そもそも、耐えられるような痛みなら麻薬なんかに頼らない
 メルキゼは我慢強い性格だし、痛みにも強かった筈だ
 そんな彼が耐え切れずに何度も麻薬に手を伸ばしている――その事実が、全てを物語っている

 俺の想像を絶する痛みなのだろう
 普通の人間では到底耐えられないような――…

「…メルキゼ…」

「大丈夫、大丈夫だから
 子供の頃とは違う…私も忍耐力が付いた」


 メルキゼは俺を安心させようと、何度も大丈夫だと言い聞かせた
 けれど、その言葉が積み重なるほどに俺の不安感は増して行く

 何かを言いたいのに言葉が見つからない
 彼が苦しむ姿を見たくない
 けれど旅を止める覚悟も出来ない
 臆病で優柔不断な俺の心は、行き場をなくして佇んでいた




「兄さんがた、わしらは積荷を届けに行くんで…ここでお別れさの
 久しぶりに若いもんと一緒にいられて楽しかったさ、ありがとなぁ
 あんたがたが何処さ行くかもわからんが、道中気をつけてのー…」

 船員たちと別れると、再び二人だけの旅が始まる
 けれど俺の心は随分と変わっていた
 気体に満ちていたあの時と違い、不安感だけが雪のように積もって行く
 このまま降り積もった不安に、いつ潰されるかもわからない…

「でも、辛いのはメルキゼの方だもんな…
 俺は何も出来ないけど…あいつを支えてやらないと…」

 仲間として、親友として、そして恋人として―――…


「カーマイン、食事に行こう
 それから村の中を散歩して―…」

「え、大丈夫なのか?
 発作とか…苦しくないか?」

「発作が起こるのにも波がある
 今は落ち着いているから大丈夫
 それよりも―――デートしよう…一緒に」

 デート…か
 喜ぶべきなのか、警戒するべきなのか…
 でも―――…

「約束したもんな
 それじゃあ行こうか」



 俺たちは偶然目に付いたカフェテラスに座った
 白いテーブル、一輪挿しには水色の小さな花
 遠くから村娘たちの歌声が聞こえてくる

 そんな中―――…

 山盛りのどんぶり飯を豪快にかっ食らっている大男の姿は誰がどう見ても目立つ
 こんなオシャレな場所で、よりによってお前…どんぶりでご飯…?
 しかも、その上には砂糖のたっぷり入った納豆が芳香を放っている

「テラスで納豆ご飯…しかも、どんぶりで…」

 …デート?
 確かデートだったよね、これ


「カーマイン、どうしたの」

 ねぱー…
 あぁ、ねっぱってる…糸引いてるよ、口から…

「…いや…お前、納豆好きだったのか?」

「食べた事が無かったから注文してみた
 少し臭いがきついけれど、慣れてみると美味しいな…値段も手頃だし」

 口から無数の糸を引きつつ、メルキゼは実に楽しそうだ
 漬物を齧ったり、味噌汁をすする姿が眩しいよ…何でそんなに日本人っぽいんだ

 ちなみに俺が注文したのはベーコンエッグ
 一応デートだし、もしかしたら――…キスとかするかもと思って臭いと味の残らないものを選んだのだが…
 メルキゼが意気揚々と納豆を頼んだ瞬間に俺が脱力したのは言うまでもない

 もしこの後、キスする事になったら―――…デートのキスは納豆味?
 レモン味とは言わないけど…せめて、もっとまともな味のやつがしたい…


「…メルキゼ、デザートも頼もう
 甘いものって大好物だろう?
 ゼリーとかパフェとかケーキとか…」

 俺はメルキゼにメニュー表を押し付けた
 彼は素直にデザート欄に見入っている
 そして―――…

「鮭トバ…酢だこ…蜂の子…?
 食べた事のないものばかりが載っているな」

 ここ、本当にカフェテラスですか
 …っていうより、本当にここは異世界ですか!?


「もっと、こう…何かあるだろ?
 シャルロットポワールとかプリンアラモードとか」

「それなら、このシーフードケーキはどう?
 ええと季節の海鮮たっぷり、磯の香り漂うケーキです≠ニの事だ」

 いや、もう磯ネタは良いから…
 というかそれは本当にケーキですか…?





  



「他には…ムシケーキ」

「蒸しケーキ?
 蒸かしパンみたいなやつか?」

「ええと…クモの姿煮とトンボの砂糖漬け、コオロギの―――…=v

 虫かよ!?

「く、果物とかのデザートは無いのか?
 普通にイチゴとかバナナとかモモとか…」

「果物か…この、季節の丸ごとフルーツゼリーというのは?
 その時期の旬のフルーツが丸ごと入ったゼリーらしいけれど」

 それはちょっと興味がある
 俺はメニューを見させてもらった
 そこには―――

本日のフルーツ:ドリアン、パパイヤ、パイナップル
 注意:全長約100cm程ございます
 また、丸ごとですので皮を剥く際、ナイフで手を切らぬよう御注意下さい


「…丸ごとって…皮も種もとってないって事なのか…?
 ドリアンも、パパイヤも、パインも…?
 それを全部ゼリーで固めて出されるって事なのか…!?」

 ゴージャスなのか、ワイルドなのか、微妙な所だ
 どちらにしろ遠慮しておいた方が賢明なのは確かだろう

「…何で、こう…わけわかんない方向に行くかな…
 普通にオシャレで格好良いデートがしたかったのに」

「それでは適当に注文する事にしよう
 ええと―――…梅肉入りウナギのタルト、トコロテンソース添え」

 メルキゼ、ウナギと梅は食べ合わせが…っ!!
 それよりも…トコロテンってどうやったらソースになるんだ!?

「ヤリイカのチョコレート詰め、味噌アイスと醤油アイスをトッピング―――」


 …本当に、何処で方向性誤ったんだろう…


 甘いのか辛いのか、予測不可能
 俺とメルキゼのデートは色々な意味で忘れられない味わいのものとなった




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