ゴールドは焦った


 ここで彼をカーマインの元へ行かせてはならない
 ちょっと人には言えないような傷害事件が起こってしまう
 そんな事になろうものならレンにどんな嫌がらせを受けるか判ったもんじゃない

 何よりも恐ろしいのはジュンに告げ口される事だ
 彼の機嫌を損ねてしまったら―――何日お預けを食らう事か…!!

 カーマインの貞操よりも自分を優先的に心配するあたり、やはり彼も人の子だ



「まっ…待って下さい―――…っ!!」

 慌てて彼を呼び止める
 半ば魂の叫びだった

 素直に待ってくれるとはゴールド自身思わない
 だから勢いに任せてメルキゼに飛びついた

 ―――が

 予想に反してメルキゼは素直に足を止めてしまった
 その為、ダイブしたゴールドは勢い余ってドアに激突する
 脳天がかち割れそうな衝撃に、頭の中で星屑が飛び散った


「い…痛いです…」

 それでも一応一安心
 ほっと息を吐くゴールド

 見上げるとメルキゼは神妙な顔をして俯いている
 何かを考えているような雰囲気だった

 少しの間をおいて彼はゴールドの方に視線を向けると一言、



「カーマインを奪う、手に入れると決めたけれど、
 具体的に何をどうすれば良いのだろう…まるで見当がつかない」

「――――…☆」

 困ったような、哀しそうなメルキゼの表情に思わず脱力するゴールド
 あまりの脱力感に、がっくしとその場に膝をついた彼は思った


 …何なんですか、この人は…


 危険な人物なのか、それともある意味物凄く安全な人物なのか…
 ちょっとその辺をはっきりさせて欲しいと思う…今後の為にも


「自分の物には名前を書くものだけれど…
 カーマインに名前を書いても効果は得られなさそうだ
 それ以前に洗えば消えてしまいそうだし…どうすれば良い?」

 真顔で聞いてくるメルキゼ
 その目は教師に教えを乞う生徒そのもの

 ゴールドは『貴方は何処の小学生ですか』と突っ込みたくなった
 しかしここで突っ込みを入れてもボケで返されるのがオチだろう


「…名前は止めて下さい、可哀想ですから

 ちなみにゴールドの仲間(元・上司)であるリノライは、
 想い人であるカイザルを所有する証として彼の背にナイフで名前を彫ったのだが―――…

 しかしあれは一歩間違えば猟奇殺人と化していたのでお勧め出来ない

 ゴールドは当時の惨劇を思い起こしつつ、無言で首を横に振った



「それでは、どうすればよいのだろう…」

 真っ直ぐだ…物凄く真っ直ぐな瞳だ
 教えてやらなければ自分が悪者になりそうな勢いである

 しかし、だからといって『じゃあ襲え』というわけにもいかない

 言ったら絶対に実行するのは火を見るより明らかだ
 しかも彼の場合、更に『襲い方は?』と聞かれる可能性が絶大な気がする…



 そこで、ゴールドはふと恐ろしい考えに突き当たった
 まさか…そんな筈は無い…とは思うのだけれど―――…

「あ、あの、メルキゼデクさん…
 念の為に聞いておきたいのですが、
 子供の作り方…知っていますよね?」

 恐る恐るの問いに、メルキゼは―――ぽっと頬を赤らめた

 …あ…純情…?

 でも、この様子なら知っていると思って良いだろう
 まぁ普通この年齢になれば知っていて当然―――…


「…結婚をすれば、やがて誕生するのだろう?
 子供の頃に聞いた童話では、そう言っていたけれど」

「……………。」

 それは童話だからだろう


「…もしかして、私の知識は間違っていたのだろうか…」


 知識と言う程の物ではない


「…えーと…何と言うか…
 もう少し深く学ぶ必要があるのです」

 ゴールドは諦めにも似た切なさをヒシヒシと感じた
 一体彼は、どの様な環境で育って来たのだろう
 それ以前に義務教育は受けているのだろうか


「…ゴールド、どうすれば良いだろう…?」

ボクに聞かないで下さい


 切実


 剣が武器であると言う事を知らない子供に、『これは人を殺す道具だ』と教えるようなものである
 わざわざ犯罪を促進させる事もない

 むしろ彼にはこのまま穢れ無き知識を貫いて欲しい
 その方がカーマインの為にもなるだろう

 …何か、キレたら危ない人のようだし
 どうやら気の弱い天然キャラの裏に黒い何かが潜んでいるようである
 しかし知識の偏りが幸いにして、今の所は何も起きずにいるらしい


「ちなみに、君は恋人を手に入れる時どのようにしたのだ?」

「……う…っ……」

 辛うじて保っていた笑顔が一瞬にして引き攣る
 正直言って、他人に話せるような美談では決して無いのだ

 むしろ末代までの生き恥だと言っても過言ではない、
 ゴールドの中で汚点として残る、苦すぎる記憶なのだ

「…教えてくれ」

「それは…ちょっと…」

 絶対に他人に言える筈が無い

 まさか途中で居眠りされてブチ切れただなんて―――…!!
 更に腹いせとして恋人の首筋に噛み付いたのも一生の不覚である

 …とりあえずジュンが怒らなかったのは奇跡と言えよう



「…愛情表現は決して型にはまったものではないです
 貴方の個性を生かした方法で想いを伝えて下さい
 そうすればきっと、その想いはカーマインさんにも伝わるのです」

 尤もらしい事を言って何とか誤魔化そうと頑張るゴールド
 内心冷や汗ものだったが、素直男・メルキゼデクは見事に誤魔化されてくれたらしい

「想いが伝われば、カーマインは私のものになってくれるだろうか…」

「それと同時に貴方はカーマインさんのものになりますよ」

 得意の穏やかスマイル発動
 好きな相手に所有されると言うのも悪くないものである
 あまりにも独占欲丸出しと言うのは好みが分かれるだろうけれど…


「私が…カーマインの物に…?
 …そんな…う、嬉しい―――…」

 両手を頬で包み込み、真っ赤になって歓喜の声を上げるメルキゼ
 うっとりと宙を見つめ幸せな妄想に浸るその姿は―――…ちょっと危ない

「ああ…カーマインのあの小さな身体全てで抱き締められたい…
 全身で抱き締められながら、耳元で優しく名前を呼ばれたら…それだけで…」

 恍惚の表情を浮かべるメルキゼ
 ゴールドは思わず数歩、後退した


「め、メルキゼデクさん…貴方…」

 受け…?

 ゴールドは何とかその言葉を飲み込んだ
 そして多少強張りながらも再び黄金の微笑を浮かべる



「……二人で話し合って下さい、兎にも角にも」

 ゴールドはそう言い捨てると、メルキゼを部屋から摘み出した
 もう相手をするのが疲れたのだ
 カーマインには恨まれるかも知れないが、ここから先は彼に任せよう

「ふぅ…」

 まだ昼前だと言うのに全身が―――特に精神的に物凄く疲労を訴えている
 許されるなら、このままソファに倒れ込みたい
 しかしもう少し経つと再び煩いのが帰ってくる


「…疲れた…全く、単純な分、余計にタチ悪いです…メルキゼデクさん…」

 そう呟いてから、ゴールドはふと動きを止める
 昔、同じような愚痴を誰かから聞いた覚えがあった

「あれは―――そう、確かリノライさん…」

 リノライがカイザルに勉強を教える際に、良く口にしていた愚痴だ
 そう言えば何処と無くメルキゼとカイザルはノリが似ているような気がする
 周囲を巻き込んで何とも言えない脱力感を与えてくれる所なんてそっくりだ

「リノライさん…ようやく、貴方の苦労が判った様な気がするのです…」


 ゴールドは本日何度目かわからない溜息を深々と吐いた


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