それから俺たちは、戦士の部屋に移動した

 最上階にある黒い石造りの重厚な部屋だ
 まるで神殿のような神々しいその部屋はどう見ても一般客向けのものには見えない
 この見るからに広くて高級そうな部屋が、俺たちの肩身の狭さに拍車をかける


「…すみません…何度もご迷惑をおかけして…」

 とにかく平謝りの俺
 ちなみにメルキゼは部屋の隅で消え入りそうになっている
 俺も一緒になって消えたかったが、そうなると今度は戦士に迷惑が掛かる
 彼はメルキゼの命の恩人だ
 これ以上迷惑をかけるわけにはいかない

「いえ、良いのですよ…それに客観的に見ている分には楽しかったです」


 ………。

 彼なりのフォローなのだろうか…
 どちらにしろ、やっぱり優しい人だ
 何よりも、この笑顔が良い

 俺は失礼だと思いながらも、まじまじと彼を見つめてしまう
 あの時は冷静に彼の姿を見ることも出来なかったから


 …改めて彼を見ると、本当に人の良さそうな顔をしていた
 戦士というと剣でモンスターを倒していくイメージがある
 しかし彼は虫も殺せないような穏やかな笑顔を湛えている

 長身長髪という事ではメルキゼと同じだ
 しかしタイプは正反対と言っても良いだろう
 顔もメルキゼのようなキツい顔立ちではない
 服のセンスからしてもまるで違う

 彼は全身を包むワインレッドのスーツを見事に着こなしていた
 そしてその上から装備した漆黒の軽鎧が華美さを程よく押さえている
 派手過ぎず地味過ぎない…それでいて機能性を追及されたものだ
 長いブロンドも、綺麗にセットされている

 そう―――彼には隙が無い
 外見も仕草も、そしてきっと中身も

 必ず何処か抜けているメルキゼとの大きな違いだ


「メルキゼ…お前も少しは戦士様を見習えよ…」

「まぁカーマインさん、そう言わずに…
 メルキゼデクさんも、そろそろ気を取り直して下さい…」

「でも―――…って、あれ…
 何で俺の名前知ってるんですか?」

 本名じゃないけどさ…
 でもどちらにしろ名乗った覚えは無い

「メルキゼデクさんから聞きました」

「あ、成る程…
 えっと、じゃあ改めて自己紹介しますね
 俺はカーマインと言います…どうぞよろしく」

「ご丁寧にどうも…
 ボクはゴールドと申します
 これからも仲良くして下さい」


 …ゴールド…さんか…

 名は体を表すって言うけど、本当に彼は綺麗なブロンドだ
 それに、よく見ると髪だけじゃなくて瞳も金色をしている









 ああ…何か彼の背後から金色の後光が差して見えるよ…


「でも、本当にご迷惑をおかけしました…現在進行形だけど…
 何かもう…ここまで来ると何てお礼をして良いかわかんないっす…」

「そんな…お礼なんて良いのですよ
 ボクにもカーマインさんと同じくらいの恋人がいて…
 泣いている貴方を見た時、どうしても他人事だと思えなかったのです」

 恋人と歳が同じくらいだという理由だけで親身になってくれたらしい
 本当に、何て優しい人なんだろう…
 ゴールドさんの恋人は、さぞかし幸せなんだろうな…


「…ったく…それに比べてメルキゼの馬鹿は…!!」

「その件に関しては本当に申し訳なく思ってます
 メルキゼデクさんにあんな事を教えたのはボクの仲間なのです」

「え…仲間って…」

「ええ、とても明るくて良い子なのですよ
 シェルちゃんを連れて朝市を見に行っているのですが、
 時間的に、もうそろそろ戻って来るかも知れませんね」

 どうやらゴールドの仲間はシェルの面倒を見てくれているらしい
 本当に何から何まで頼りっぱなしで、俺は改めて恥かしさを噛み締めた



「あ…それと、お二人の服が乾きましたので着替えて下さい」

 どうやら洗濯まで頼んでいたらしい
 …メルキゼ…お前は一体何をやってたんだ…
 俺はゴキブリのようになっているメルキゼを小突いた

「ああそんな怒らないで下さい…ボクがついでにと持って行ったのです
 メルキゼデクさんはちゃんと自分で洗うと言ってくれたのですが…
 やっぱりまだ身体が本調子ではないようですし…無理矢理寝かしてしまったのです」

 とりあえず着替えてきて下さい、と渡された服を手に、
 俺とメルキゼはいそいそと隣の部屋へ移動した
 ゴールドには逆らえない…というより、頭の上がらない俺たちだった

 それから15分後―――…



「ああ、着替え終わりましたね」

 相変わらず笑顔で出迎えてくれるゴールド
 いつでもニコニコ笑っていられるというのも一種の特技だろう

「本っ当〜に、ご迷惑をおかけしました…」

 俺とメルキゼは深々と頭を下げる
 しかしゴールドは寛大だった

「メルキゼデクさんも、そんなに気にしないで下さい
 ボクも久しぶりに歳の近い人と話せて楽しかったですし―――」

 ゴールドがそう言った瞬間、


「ちょっと待ったぁ―――っ!!」



 突如頭上から大声が降り注いだ
 何事かと飛び上がる俺とメルキゼ

 野生の勘だろうか
 メルキゼは瞬時にして声の発生源を突き止める
 そして彼が視線を向けたのは―――天窓だった

「……っ!?」


 天窓がガラ、と開けられる
 そして―――なんとそこから人が顔を覗かせた

 あまりの事に息を呑んで固まる俺とメルキゼ

 ここは宿屋の最上階である
 何階建ての宿かは知らないが、決して低くはない筈だ
 それなのに、どうやって屋根に上ったというのだろう

「…あ…!!」

 屋根上の人は、そのまま窓に身体を滑り込ませる
 天井から床までは3メートル以上はあるだろう

 危ない―――…!!
 俺は瞬間的に目を瞑った

 ………。

「あれ…?」

 しかし想像していた落下音は聞こえない
 聞こえたのは微かな靴の音だけだった

 恐る恐る目を開ける
 そして、その姿を見た時―――俺は納得の声を上げた



「…翼があったのか…!!」

 その人には鳥のような翼が生えていた
 薄紫から青緑色へと美しいグラデーションの翼だ

 普通、翼は背中から生えているというイメージを抱く
 しかしその人は背中だけではなく頭からも小さな翼を生やしていた

 室内が神殿のようだからだろうか
 その姿は天使のようにさえ見える

 美しい翼に大きな緑の瞳、そして柔らかそうな短い髪―――…










 …ちょっと…可愛いかも…
 でも、男の人…だよな…?

 その人はゴールドの方を向くと一言―――…



「ダメだよゴールドさんっ!!
 幾ら若作りだからって10歳以上もサバ読むのは…っ!!」



「………さば…?」

 塩焼きや酢でシメると美味しい、あの魚ですか…?
 でもあれは食べるものであって読むものではない
 読むサバといえば―――…

 俺は、ちらりとゴールドを盗み見た
 彼は軽く目を細めると、

「……ちっ…」


 ………。

 あの…ゴールドさん…


 今、舌打ちしませんでしたか!?


 
…………。

「あ、あの…ゴールドさん…?」

「……え…っ?
 あ、いえいえ…お気になさらず…」

 瞬時に笑顔を作るゴールド
 もしかして、この人って怒らせると物凄く怖いかもしれない…


「二人とも、この笑顔に騙されないでね?
 ゴールドさんって見た目は二十代に見えるけどさ、
 実際は来月で39歳になるオジサンなんだから〜」


 …何か、物凄く命知らずな発言に聞こえたんですけど…
 ああぁ…俺、ゴールドさんの顔が怖くて見れません…っ!!


「…カーマインさんは初対面でしたね…ボクの方から彼を紹介します
 彼はレン・ダナンという脳味噌に羽の生えたボクの仲間なのです
 そのせいかは知りませんが、とにかく体重のわりに頭の中が軽いのですよ」

 …ゴールドさん…その笑顔で皮肉を言える所が素敵です…
 そしてレンさんの黒い微笑み殺意がこもっていて凄い迫力です…

「ゴールドさんったら、もう何週間も恋人に会ってないから、
 色々と溜まってるものがあるんだよねぇ〜…いやはや…
 いい歳のくせに、ソッチ方面だけは相変わらず元気で羨ましい限りだよね〜」


 …レンさん…
 その可愛い顔で下ネタ攻撃っすか…

「カーマイン、ソッチ方面≠ニは、どの方面を指しているのだろうか…」

「……これはお前の知らない世界を指しているんだよ…」

 ねぇ、メルキゼ?
 頼むから真顔で聞かないでくれよな?
 俺、物凄く返答に困るからさ…

 思わず脱力する俺

 しかしメルキゼのボケが発揮されている間にも
 ゴールドとレンの空恐ろしいバトルは続いていた


「…あの…ゴールドさんとレンさん…
 ふたりとも仲が悪いんですか…?」

「まぁっさかぁ〜☆
 仲が良いからこそ言いたい放題いえるんだよ〜
 それこそ遠慮無く本心からね…そういう相手って必要だよ」

 …本心なんですか…冗談で言い合ってるんじゃないんですね…
 もしかしてこの二人、普段からこんな調子で会話してるんじゃ…?


「何かレンさんて見た感じ大人しそうだったんですけど、
 意外と…えーっと…げ、元気で明るい方だったんですね…」

「そんな、『天上から微笑む太陽の女神にも勝る美しさ』だなんて…
 いや〜疑いようも無い事実とはいえ、そこまで言われちゃったら流石に照れちゃうなぁ〜」


 誰もそんな事言ってません…



「うーん…子供だと思って侮ってたけど、意外とカーマイン君も見る目あるねぇ
 でも『耽美なる聖母様』と褒め称えられていたこの俺の魅力の虜になるなんて、
 ああ…何て罪なんだろう俺の美貌は…この美しさはもう誰にも止められないんだね…!?」

 誰にも止められないのは美しさではなく、貴方のその暴走です…
 何かもう…本当に誰か何とかして下さい

「レンはこの間、髪を切ったのです
 それが気に入ってしまったようで…ナルシストっぷりに拍車がかかったのです」

「そ、そうだったんですか…
 彼は倒錯の世界に行ってしまったんですね…」

「ええ、ですが適当に聞き流してしまえば意外と平気なのです
 まともに相手をしても疲れるだけなのです…そのうちコツをつかみますよ」

 出来ればあまり、かかわり合いになりたくないんですけど
 でも、こういう相手に限って腐れ縁になったりするものなんだよな…


 俺は無理矢理作った笑顔を張り付かせたまま、
 誰にも気付かれないように深く溜息を吐いたのだった



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