翌朝、メルキゼはシェルに昨晩の話を切り出した
 当然ながら殴られて思いついた方の選択肢だ


「…そうだね、あぶないもんね…」

 シェルは自分自身に言い聞かせるように反復する
 沈黙がその場に広がってゆく

 俺は朝食の海鮮粥を片手に固唾を呑んだ

 まだ子供だし、泣いちゃったらどうしよう…困った…
 太古の昔から泣く子と地頭には勝てないものだ
 気が気じゃない…まぁ、これはメルキゼも同じ気分だろうけど…


「永久の別れではない…必ず迎えに来るから」

 メルキゼは静かに言い聞かせる
 彼は子供に対しても口調を変える事が無い
 …そこまで器用な芸当が出来ないのだ

 しかし、だからこそシェルも彼の言葉に信憑性を感じ取ったのだろう


「…うん、わかった…」

 シェルは泣くかと思ってハラハラしていた俺たちの予想を裏切り、嬉しそうに微笑んだ

 迎えに来る、という言葉に喜んだらしい
 シェルにとっては記憶から失われた故郷へ戻るよりも、優しいおにーさんといる方が嬉しいのだろう


「教会か、孤児院か…どちらにせよ、期限付きでなら預り手も探し易い
 迎えに来られるのは随分と先になると思うけれど…待っていられるか?」

「うん、ぜったいにきてくれるなら…おるすばんしてるよ」

 話は予想外に、うまくまとまった様だ
 俺とメルキゼは安堵の息を吐くと、冷えかけた朝食を平らげた




 それから順調に旅は進んだ
 特に問題も起こる事無く、平和に

 しかし、それは嵐の前の静けさで
 事件は突如前触れも無くやって来るのであった

 事の発端は、海で遊んでいたシェルの一言


「…かーまいんのおにーちゃん…なんか、へん」

 シェルが泣きそうな顔で両手を差し出してきた
 白くて柔らかい子供の手は、見た目には特に変わらない

「どうしたのかな?
 手が痛いのかい?」

 俺はシェルの手を握ると、様子を確かめる為に軽く押した
 指はぷにぷにとシェルの手の弾力を感じただけだ

 しかしシェルの様子からすると何かが起こっているのだろう
 今度は痛くない程度に、軽く抓ってみる

 すると――…


「…何か、物凄く伸びるね…」

 みにょーんと手の平の皮が伸びる
 例えるなら、猫や犬の背中を引っ張った感じ

 普通…子供の手の皮って、ここまで伸びるものだっけ…?
 皺だらけの老人ならまだしも皮下脂肪の多い子供には珍しいのではないだろうか
 しかも場所は手の甲ではなく手の平である

 俺の知識ではお手上げだ
 ここはひとつ、おじいちゃんの…もとい、おにーちゃんの知恵袋に頼ろう


「メルキゼ、これって成長期の一種?」

 でろろんと伸びる皮を見せてみる
 いつもにも増して伸びております…と一言付け加えて

 すると…

「うおおっ!?」


 …驚かれた



「…びじんさんが、だいなし…」

 そしてシェルのシビアな突っ込みが突き刺さる









 しかしメルキゼはそのまま美人台無し≠フ表情のまま凍りつく
 搾り出すようにして、やっと口から出てきた言葉は…

「…珍しい特技だな」

「特技じゃないんだけど…」

 メルキゼにもこの現象はわからないらしい
 シェルの話によると、今日いきなり皮が延びるようになったとの事
 眉唾な話に俺とメルキゼは腕組みをしたが、実際に伸びているのだから仕方が無い

「の、伸びた分だけ大きくなるって事なのかな…?」

 もしかしなくても5cm以上伸びてるけど…
 俺とメルキゼは冷や汗を流しながら必死にフォローの言葉を探した

「ほ、ほらシェルはエルフだからさ
 人間とは成長過程が違うのかも知れないね」

「成長期はホルモンバランスも安定しない
 それ故に身体に特殊な変化が起こる事もある
 これも恐らく、その一種であると思うから…もう少し様子を見ることにしよう」

 シェルはその言葉に納得したようだ

「…せっかくだから、あそんでみる…」

 みにょーんと伸びる皮を、本人なりに楽しむ事にしたらしい
 己の皮を題材にした遊びを考え始めたシェルの姿に俺たちは言葉を失った


「びよ〜ん…こうすると、ゆびがろっぽんにみえる…」

 …神経、図太いね…シェル…凄く逞しいよ…

 この子が己の身体に安心した事を喜ぶべきなのか
 それとも、この子の中に眠る底知れぬ何かに恐怖するべきなのか…

 どちらにしろ、この子は只者ではないと確信した二人であった




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