籠の鳥


 そんな言葉を連想させる今の暮らし
 戦火の絶えない日常の中で、ジュンは事実上軟禁されていた

 一人では城下町を出歩く事すら許されない
 憩いの場所であった庭も巡回の兵士が占領してしまった


「はぁ…退屈だな…」

 気が滅入ってくる

 これならいっそ、武器を取って戦地に赴いた方がマシだ
 しかし非力な自分では何も出来ないどころか足手纏いになるのが関の山

 それが嫌なほど理解出来ているからこそストレスが溜まる

「…せめて…外が見える場所に行くか…」

 ジュンは中庭の見えるバルコニーに足を運ぶ
 穢れ無き自然の息吹に束の間の癒しを求めて




「―――…ジュン、ここにいたのですか」


 背後から名を呼ぶ声
 声の主は振り返らなくてもわかる

「…ゴールド…」

「何処にスパイが潜んでいるかわかりません
 危ないですから一人で行動しないで下さい…」

 舞台俳優顔負けのオーバーリアクションで抱きしめられる
 しかし、その肌がしっとりと湿っていることにジュンは気付いた


「汗かいてる…お前、走って来たのか?」

「だって、部屋にいなかったから心配したのです
 今は何処も物騒ですし…一人で行動しないで欲しいと言ったじゃないですか」

「一人で…って、別に城の中でなら良いだろう?
 巡回の兵士だっているし、カイザルさんやリノライさんもいるし」

 むしろ、部屋に一人でいるよりも安全な気がする
 しかしゴールドは首を左右に振った


「お願いですから、部屋にいて下さい…」

「何でだよ」

「…わかりませんか?」

 ゴールドは哀し気に瞳を曇らせると、ジュンの身体を抱きしめる腕に力を込める


「目の届く範囲にいないと不安になるのです
 ボクの知らない間にジュンが元の世界に帰ってしまうような気がするのです」

「…俺はもう戻らないって言っただろ
 この世界でお前と生きるって決めたんだ」

「それでも不安になるのです
 もし朝目覚めた時、隣にジュンがいなかったら――…
 そう思うだけで夜眠りにつくのが怖くて仕方が無くなるのです」

 微かに震える腕が不安を表す
 彼がここまで臆病になるのは理由があった


 目覚めたら愛する人が消えている―――…

 それは過去の彼に実際に起きたこと
 愛する家族に見捨てられた心の傷は20年以上経った今も癒えていない

 裏切られた悲しみと怒りを抱えたまま奴隷として生きてきた長い年月
 それは自分には想像もつかないような過酷なものだったに違いない



「…大丈夫だから信じてくれ
 俺は…俺だけは、お前を捨てたりしない」

「ジュンの事、信じています…でも、それでも不安なのです
 今…こうして抱きしめている間にも消えてしまうのではないかと…」

 彼の不安を取り除く術をジュンは知らない
 自分に出来るのは、ただ彼の傍にいる事だけ

「…ゴールド…」

「情けないですね、いい歳をして…
 ボクはこんなにも弱い男なのですよ」

 自嘲気味に言い捨てるゴールド
 ただでさえ口下手なジュンには彼にかけるべき言葉が見つからない


 少し躊躇した後、思い切って両手を伸ばした
 背伸びをして彼の頬に手を添えると精一杯の笑顔と共に口付ける

 言葉が駄目なら、行動で伝えれば良いだけの事
 自分の場合はそうした方が想いが伝わり易いのだと最近になって気付いた

「…ジュン…」

「俺は、ここにいる
 お前の目の前にいる」

「そうですね…ジュンが傍にいてくれて嬉しいです
 でも、ボクは我侭ですから――…つい、欲張ってしまうのです」

「…ん…何を…?」

 肩を抱いていた腕が、ゆっくりと下へ移動する
 ゴールドの腕ではジュンの腰の所で動きを止めた

 耳元で艶を含んだ彼の声が響く


「…ジュン…今すぐに貴方が欲しいです…」

「今すぐにって…まさか、ここでじゃないだろうな」

 この男なら、やりかねない

 場所も弁えず口説き文句を連発するような奴だ
 いつ、どこで押し倒されるかわかったものじゃない


「…部屋に戻ってからなら…いいけど」

「じゃあ、早く戻りましょう」

 次の瞬間には彼の逞しい腕によって抱き上げられていた

 別に抱き上げなくても…と苦笑を浮かべるジュン
 けれど特に抵抗するでもなく、素直に彼の腕に身を委ねて瞳を閉じた





「――…きついですか?」

「……かなり」

 ギシギシと縄が軋んだ音を立てる

 部屋に戻るなり、衣服を剥ぎ取られた上に縛り上げられたのだ
 ゴールドに緊縛趣味があるのは承知の上なので今更なのだが――…


「この体勢、辛い…」

 ジュンの身体は両手足を限界まで開かされた体勢でベッドに固定されている
 縛られてまだ大した時間も経っていないのに、関節は悲鳴を上げ始めていた

「大丈夫です
 すぐに慣れますよ」

「慣れないって…苦しいんだから」

「苦しいのも気持ち良くなりますよ」

 …それは無いだろう
 一体どんな根拠があってそう言うのか


「お前…もしかして俺が苦しむ姿を見て楽しんでないか?」

「苦痛に歪むジュンの顔も綺麗なのですよ
 潤んだ瞳、震える唇――…素晴らし過ぎます」

 うっとりと陶酔した眼差しを向けてくるゴールド
 サディストだとは常々思っていたけれど…

「俺は暴力を受けて喜ぶ趣味は無いからな
 あまり酷い事したら…俺だって本気で怒るぞ」

「それほど残酷な事はしません
 愛する人の大切な身体ですからね
 大丈夫ですから警戒しないで下さい」

 彼の言うそれほど≠ェどの程度なのか…
 曖昧な表現が不安を余計に駆り立てるのだ


「警戒するなって言われても…
 具体的に何をするつもりなんだ」

「そうですね…例えば、こんな事です」

 ゴールドの手がジュンの胸に落とされた

 ひんやりと冷たい指先が肌の感触を楽しむように這い回る
 やがて胸の突起を探り当てると、爪を立ててカリカリと引掻いた


「……ぅ……」

 思わず顔を顰める
 身体が熱を帯びてくるのがわかった

「ジュン、ボクは嬉しいですよ
 こんな所も感じてくれるようになって…」

「…っ…言うな、馬鹿…」


 以前は胸なんか弄られても、どうって事なかった
 けれど彼に抱かれるようになって以来、身体が少しずつ敏感になって行く

 感度の上がった身体はゴールドの思うがままに翻弄されてしまう

「―――…ん…っ……くっ…」

「そんな声まで出せるようになって…」

 我が子の成長を喜ぶかのように、満足気な笑みを浮かべるゴールド

 彼に出会って、身も心も変わってしまった
 そしてこれからも変わり続けて行くのだろう

 恐らくは、彼の喜ぶような方向へと




「…っく……ぁ…」

 ゴールドの指が、舌が、全身を這い回る

 性急に追い上げられて行く身体
 自分の身なのに思うようにコントロール出来ない

 刺激から逃れようと不自由な身体を捩る
 すると不意にゴールドの動きが止まった


「……っ…?」

「ジュン、少しだけ遊びませんか?」

 にっこりと微笑んで誘いをかけるゴールド
 ジュンは今までの経験から何か嫌な予感を感じ取る


「…何だ…?」

「たまには趣向を変えてみようと思って、玩具を買って来たのです
 自分で試した事がないので使い勝手が良いかどうかはわかりませんが」

 ゴールドは何処からか箱を取り出す
 その中に入っているものを見た瞬間、ジュンは悲鳴を上げた

 見るからに卑猥でグロテスクな物体の数々

 何に使用するのか想像するだに恐ろしい
 中には玩具というよりは拷問器具と表現した方が正しいような物もある

 火照った身体の熱が瞬時に冷めて行った


「…笑えない冗談は止せ
 そんなの俺は絶対に嫌だからな」

「怖がらなくても大丈夫です
 ここにある物は、まだ痛みの少ない方ですから」

 この説明で安心なんか出来る筈がない
 彼が意図的に恐怖心を煽っているとしか思えなかった

「冗談じゃない…
 そんな事されてたまるか!!」

 これ以上は付き合っていられない
 ジュンはその場から逃げ出す為、上体を起こそうとする


 ――…が、次の瞬間、自分の身体がきつく縛められている事を思い出した

 起き上がるどころか足を閉じる事すら不可能
 彼が何故ここまできつく縛り上げたのか――…その意味を今更ながらに理解する

 愕然とするジュンを慰めるようにゴールドは優しく頬に口付けた


「大丈夫だと言っているでしょう?
 ボクはジュンに気持ち良くなって欲しいだけなのです」

「…でも…」

「ジュンが嫌がったら、すぐに止めます
 だから少しだけボクの我侭に付き合って下さい…ね?」

 恋人は意外と媚び上手だ
 それとも、そう感じるのは惚れた弱みからだろうか


「…本当に…嫌だって言ったら止めろよ」

「はい、約束します」

 ゴールドは満面の笑みを浮かべると玩具を吟味し始める

 何をされるかわからない恐怖に身を竦ませながら、
 それでもジュンは平静を装って呼吸を整えた


 それから数分後、室内では惨劇が繰り広げられる事になる――…




 汗でぐっしょりと濡れた身体
 焦点の定まらない瞳からも幾筋もの涙が流れ落ちる

 けれど口の中はカラカラに乾いていた
 喋ろうとすると喉に焼け付くような痛みが走る


「……ジュン、大丈夫ですか?」

 心配そうなゴールドの声
 白い指が汗で頬に張り付いた髪を払う

 そんな彼にジュンは非難の眼差しを向けた

「…酷い…事、しないって言った…くせに…」

 自分の物とは思えないほど掠れた声
 思うように顎に力が入らなかった


「…何で…口を、塞ぐんだっ…馬鹿…!!」

 嫌だと言ったら止めるという約束だった
 それなのにゴールドは、ジュンの口に猿轡を銜えさせたのだ

 制止の声を発する事が出来ないように固定された顎は未だに疲労で震えている
 無理矢理開かされたたままになっていた口内は喉奥まで渇き切っていた


「…嫌だったのに…止めて欲しかったのに…」

「御免なさい、ボクが悪かったです
 お願いですから泣かないで下さい…」

 泣かせたのは誰だ
 そう言い返してやりたい

 しかし、あまりの疲労感にそんな気力も薄れて行った


「ジュン…反省してますから」

「…反省してるなら…もう、妙な道具なんか使うな…」

「そうですね、玩具は気に入って貰えなかったようですし」

 そんな物、気に入る筈がない
 そもそもジュンは抱かれる事自体に未だ抵抗を感じている


「…俺は…相手がお前だから、抱かれてるんだ
 玩具なんか、嫌なんだ…お前じゃなきゃ、嫌なんだ…」

 怒りを含んだ声色で責める

 ゴールドは一瞬、きょとんと呆けた顔をして動きを止めた
 しかし次の瞬間両手で自らの顔を覆う

 彼の白い顔は耳まで朱に染まっていた



「ジュン…貴方という人は――…!!
 自分が今、どれだけ可愛い事を言っているか理解していますか?」

「……はあ…?」

 叱った筈の相手が、何故か赤面しながらときめいている
 ジュンは予想外の展開について行けずに目を白黒させた

「自覚が無いのですか…末恐ろしいです
 貴方は今、破壊的な殺し文句を言ったのですよ」

「殺し文句や口説き文句は、お前の特技だろう…」

「ジュンの言葉には敵いませんよ
 こんなにボクを燃え上がらせて…どうしてくれるのですか?」

 ゴールドの唇が首筋に押し当てられる
 吐息が異様なほど熱い


「ジュン、抱いても良いですか?
 この腕で貴方の事を抱きたいのです」

「お前が相手なら…な」

 本当は疲れ果てていて体力は残っていない
 しかし、このまま玩具相手で終わるのは嫌だった


「愛していますよ、ジュン…」

 ゆっくりと覆い被さって来る彼の身体
 その背に腕を回そうとして――…まだ縛られたままだった事を思い出す

 …されるがままの状態は何となく落ち着かない
 ジュンはゴールドの肩口に顔を埋めて、唯一自由な唇で彼の首筋に口付けた