ふらりと立ち寄った市場で、ふと目に付いた鮮やかな緑

 衝動的にそれを購入すると、
 火波は指先でそれを弄びながら帰路へつく


 買ったのは、一本のキュウリ

 新鮮なキュウリ特有の小さな棘が手を刺激する
 手袋を脱いで火波はその感触を楽しんでいた

 こういう痛痒い刺激が大好きなのだ

 手だけでは物足りず、
 首や頬にそれを押し当てながら火波は森の小道を進んで行く




「あっ…火波、やっと戻って来たか」

 遠くで手を振る小さな人影が見える
 桜色の髪が風に揺れていた

 どうやら帰りの遅い自分を心配して、
 シェルが探しに来てくれていたらしい


「一体、何処へ行っておったのじゃ
 出かける時は一言申せと何度言えば―――…」

 小言を言いながら駆け寄ってきたシェル
 しかし、少年は途中で言葉を失う


 シェルが見たもの

 それは、うっとりと恍惚の表情を浮かべながら、
 キュウリに頬擦りする恋人の姿だった

 思わず数歩後ろに下がるシェル



「…火波よ…
 何を馬鹿な事をしておるのじゃ…」

「気持ち良いんだ
 このイボイボ、トゲトゲした感触が堪らん」

 キュウリ片手に熱い吐息
 お前の前世はカッパかと問い詰めたくなる

 野菜と戯れる恋人に眩暈と頭痛を感じるシェル


「…ったく…このマゾ犬めが…」

「欲望と快楽には忠実なんだ」

「威張って言うでない、この変態が」


「……気持ち良いんだがなぁ…
 ほら、お前もどうだ?」

「…………。」


 口にする用途以外で勧められても困る

 それでも反射的に受け取ってしまったシェルは、
 手の中のキュウリに視線を落として途方に暮れる


「キュウリでパックをするというのは聞いた事があるのじゃが
 こういう用途で使うのは恐らくお主くらいのものじゃぞ…?」

 つんつん

 キュウリで火波の頬を突付いてみる
 この刺激が美容に良いのかどうかは定かではない



「そんな白い視線を向けないでくれ
 平穏な日常に少しくらい刺激があっても良いじゃないか」

「だからって、それを野菜に求めるでないわ」

「お前に求めるわけにも行かないだろう」

「キュウリに求められるくらいなら、
 まだ拙者に求められた方がマシじゃよ、この変態が」


 そんなに刺激が欲しいなら、と
 火波の尻を少し強めに叩いてみる

「…って…!!」

 尻を押さえて軽くバランスを崩す火波

 流石の火波も子供に尻を叩かれてプライドが傷付いたのだろうか
 明らかな怒りを含んだ視線が返ってきた


「…おい…」

「刺激的じゃろう?
 少しは満足したか?」

「するわけがないだろうっ!!
 そうやって中途半端な刺激しか寄越さないから、
 わしがいつも欲求不満になるんだろうが!!
 どうせ殴るなら、もっと強く痣が出来るほど殴れ!!」

「……………。」


 そう来たか

 言葉を失いながらも、シェルは思う
 あぁ…この男、本物のマゾだ…と


「この真綿で首を絞められるような、
 焦らされた挙句に放置されて悶々とする気持ちを察してくれ…」

「お主…堕ちる所まで堕ちたのじゃな…」



 火波がマゾなのは理解している
 彼の趣味を踏まえた上で恋人として付き合っているのだから

 …しかし…


「まさか、ここまで進行しておるとは…もう末期じゃな」

「人の性癖を病気みたいに言わないでくれ…」

「ある種の病じゃよ
 拙者を相手にしておるだけでは不満か」


「不満と言うほどのものではない
 お前に抱かれるのも好きなんだ
 だが、たまには刺激を求めたくなるんだ」

「ならばそう言えば良いじゃろうに…
 拙者という恋人がありながら、
 そんなものに浮気をされていては堪らぬぞ」


 刺激を求める対象が第三者ではなく、
 サボテンやキュウリという植物である所がまだ救いだろうか

 しかし、それでも恋人としては面白くない

 頬を膨らませるシェルの傍らで、
 火波が蚊の鳴くような声で呟く



「…だって…お前、逃げるだろう?」

「む…?」

「わしがお前に『殴ってくれ、蹴ってくれ!!』と迫ったらどうする?
 しかも一発や二発じゃないぞ!?
 ボコボコになって血や痣だらけになりながら、
 もっと蹴って、もっと殴ってと何度も迫られたら…どうする!?」

「間違いなく逃げる」

「だろう?」


 想像して、ちょっと怖くなるシェル

 自分もサディストだが、どちらかと言えば言葉攻めタイプ
 暴力的な行為が得意とは言えないし、好きでもない


「わしは痛いのも好きなんだ
 だが…それをお前に求めて嫌われたくない
 お前を失う事が何よりも恐ろしいんだ」

「…火波…」

「というわけで、わしがサボテンや
 キュウリと戯れていても気にしないでくれ」

「気にするわッ!!」



 それとこれとは話が別
 そして植物に浮気される自分が悲しい

 自分の知らない所で植物と戯れて欲望を満たされるくらいなら―――…


「…火波」

「うん?」

「尻を貸せ」

「はいっ!?」


 耳を疑って聞き返す火波をサラリと無視して、
 シェルは火波のズボンに手を差し込む

 下着の中に指を探り込ませると、
 流石に火波も抵抗を始める


「こ…こらっ…!!
 お前、何を考えている…っ…!!」

「お主の欲求不満を解消してやろうという善意じゃ
 ありがたく受け入れておれ」

「…っ…ここ、野外だぞ…!?」

「もう太陽も沈み始めておる
 こんな時間に山道に入るような輩など、
 拙者とお主くらいしかおらぬわ…気にするでない」


 空いた手でサスペンダーに手を掛ける
 留め金さえ外してしまえば、
 大きなサイズのズボンは自然とずり落ちて行く



「シェル…っ…ほ、本気か…っ!?」

「野外で犯されるのも好きなのじゃろう?
 何せ火波はマゾなオス犬じゃからな」

「……っ…!!」

「ほれ、尻を上げぬか
 犬は犬らしく後ろから犯してやる」


 火波を這わせると下着に手を掛けてそれを引き下ろす

 口では抵抗していた火波だが、
 シェルが驚くほど素直に言われるがままになっている

 既に諦めているのか、
 それともマゾの本領発揮なのか

 …恐らく、両方だろう




「…ふん、いやらしい尻じゃな
 犬の分際でこんなに大きな尻をして…」

 臀部を割り開くと、茂みの奥にある蕾を探り当てる

 息を呑んで体を強張らせる火波
 嗜めるように空いた方の手で臀部を叩く


「力を抜けと、いつも言っておるじゃろう
 お主という奴は…逆に力んでどうするのじゃ
 本当に物覚えの悪い男じゃな
 そこらの野良犬の方がまだ賢いのではないか?」

「……シェル…」

「…ああ、そうか
 痛いのが好きだったのじゃよな
 それならお望み通りにしてやろうか」


 固い蕾に強引に指を捻り込む
 しかし乾いたそこはシェルを拒む

 皮膚が引きつる痛みが走り火波の唇から微かな悲鳴が漏れた


「…ひっ…ぁ…!!」

「…思うように入って行かぬな
 多少は濡らさねば無理か…」


 軽く舌打ちをすると、シェルは乱暴にその指を引き抜く

 指先を舐めて湿らせると
 再びそれを火波の中へと埋め込んだ

 ぐりぐりと乱暴に指を動かしながら火波の反応を窺う



「…っく……ぅ…ぅ…!!」

 いつもは柔らかく絡み付いてくる肉壁が、
 今日は固く強張って震えている

 悲鳴と呻きが混ざった声が絶え間なく漏れる

 明らかに苦しそうな恋人を前に、
 シェルは内心躊躇いを隠せない


「…火波…大丈夫か?」


 普段彼を抱く時は溢れ出るほど蕾を潤してから、
 一本ずつ慎重に指を埋め込んで行く

 火波の弱い場所を指の腹で擦り上げながら、
 少しずつ指を増やして広げて行くのがいつものスタイルなのだ

 今日のように乱暴に彼を慣らすのは当然ながら初めてで、
 汗を滲ませる火波の背を眺めながらシェルは不安感を抱く


 そんなに刺激を欲するなら、
 いつもより多少痛みを感じるように抱いてやろうと
 そんな単純な発想からの行為だったのだが

 それも全て、火波を喜ばせる為にやっている事だ
 彼自身が辛いと感じているのなら、こんな行為は無意味だ


「辛くて我慢出来なければ止めるつもりじゃが…」

「…っ…だ、大丈夫…
 痛いのも…乱暴にされるのも、好きなんだ…」

 火波はそう言うと、
 自らの指で蕾を抉じ開ける



「…シェル…来てくれ
 お前が欲しいんだ…」

「じ、じゃが…
 まだ火波の準備が出来ておらぬ
 もう少し慣らさねば辛いじゃろう?」

「だから良いんだ
 その方が刺激的だろう…?
 欲しいんだ…一思いに貫いてくれ…」


 大きな臀部を揺らしてシェルを誘う

 少し前までは自分が男に抱かれるなんて、
 そんな事、想像すらしていなかったくせに

 随分と豹変したものだ

 それでも今までの行為が火波の
 意に沿ったものだったと確信したシェルは、
 再び鬼畜なサディストとして火波を攻める事に専念する



「……淫乱じゃな」

「マゾ犬に相応しいだろう…?」

「自分で言うでない…
 本当に呆れる程の好き者じゃな、火波は…」

 シェルは蕾から指を引き抜くと、
 今度は自身を押し当てる


「…あぁ…早く…早く来てくれ…」

「求めたのはお主の方じゃ
 後で恨み言を申しても、聞く耳持たぬからな」


 両手で火波の腰を押さえると、
 シェルは一思いに腰を進める

 潤いの足りないそこはシェルに強い圧迫感を与えたが、
 少し時間をかけながらも強引に根元までそれを押し込んだ


「…っく…うぅぅ…ぁ…ぁ…!!」


 悲鳴を上げたくても思うように声が出せないらしい
 喉の奥から絞り出すような呻きだけが響く

 端正な容姿が痛みと苦しみに歪んで、
 切れ長の瞳を涙で濡らした

 苦悶の表情を浮かべる火波の傍らで、シェルもまた顔を顰める


「…っ…火波…キツい…
 締め付け過ぎじゃ…拙者を食い千切る気か…っ…!!」

 自身が鬱血しそうだ
 火波は自ら進んで苦痛を求めているが、
 シェルは痛みを快感と感じるような趣味は無い

 痛いだけの締め付けに舌打ちしながら、
 火波の緊張を解こうと彼自身に手を伸ばす




「…ぁ…っく…ぁ…ぁ…!!」

 不意の刺激に火波の肩が大きく跳ねる
 身を捩って悶える隙を見てシェルは自身を引き抜いた

「…ぁ…シェル…っ…!!
 嫌…抜かないでくれ…」

「痛いわ、馬鹿者が」


 毒づきながらも指で火波の蕾を押し広げながら、
 彼が怪我をしていないかどうか確認するシェル

 傷の無い事を確かめて一先ず安堵の息を吐く



「…ふん…そんな状態で拙者を満足させる事は出来ぬな」

「ぁ…嫌だ…挿れて…」

「犬の分際で拙者を欲するなど厚かましいわ」


 そっと額の冷や汗を拭うシェル
 まだズキズキと微かな痛みが残る

 火波が望むのならこのまま抱いてやりたいが、
 自分が痛みを感じるような体は正直言って抱きたくない

 元々自分は充分に潤って解された蕾でなければ満足出来ないのだ
 あの柔らかく絡み付いて吸い付いてくるような感触が堪らない


 それに痛みに耐えて苦しそうな呻き声よりも、
 甘い嬌声の方が聞いていてずっと心地良い

 血の滲むような暴力的な行為ではなく、
 絶え間無く与える快楽で火波を翻弄したい



「…難儀じゃのぅ…」

「……シェル…」

 焦らされていると思ったらしい
 縋るような声で火波はシェルを求める

 しかし、痛いのは御免だ
 せめてもう少しだけでも慣らしたい

 けれど今更指を挿れた所で火波は満足しないだろう


 どうしたものか…と唸るシェル
 その視界の端に捉えたものは、
 先程まで火波が戯れていたキュウリ

 少なくともシェルの指より断然太いし、
 無数の棘が与える刺激が彼好みである事も実証済みだ


「……物は試し…か」

「…えっ…?」

 シェルはキュウリを拾い上げると、
 その先端を火波の蕾に押し当てる


「…え…な、何…?」

 犬のように這う体勢の火波には、
 シェルの行動がまるで見えない

 突然の冷たい感触に不安の色を隠せない火波



「…淫乱なマゾ犬には、この程度で充分じゃ」

 そう言うとシェルはそれを火波へ押し込んだ

 一度シェルを受け入れていたせいか、
 最初よりはスムーズに飲み込んで行く


「…っあ…ぁ…ああああ…!!」

「こういう刺激が好きなのじゃろう?」

 根元までそれを納めると、
 今度は一気に引き抜く

 そして再び火波に押し当てると手の平を使って深々と埋め込んだ


「ひぃ…あぁ…ぁ…!!」

「こんなもので感じるのか
 無様な姿じゃな、犬畜生めが」

「…あぁ…ぁ…いい…凄い…!!」


 不規則に並んだ無数の突起が
 火波の敏感な部分を容赦無く責め立てる

 初めての刺激に火波は堪らず自ら腰を揺らし始めた

 シェルが手の動きを早めると、
 それに合わせるように火波の喘ぐ声も高くなる



「随分と気持ち良さそうじゃな
 …まぁ良いわ、好きなだけ味わうといい
 快楽を貪る獣と化した卑しい姿を、もっと拙者に見せておくれ」

 出し入れを繰り返されている内に、
 火波の蕾から音が立ち始める

 くちゃくちゃと粘度の高い水音が響く中
 シェルは唇の端を上げて笑う


「…濡れて来たな
 こんなに根元まで銜え込んで…」

「ひぁ…あっ…あぁぁ…!!」

 唇の端から唾液が透明な線となって流れ落ちる


「こんなに涎を垂らして…躾の悪い犬じゃな
 ほれ、こっちからも沢山涎が出ておるではないか」

 火波自身に手を伸ばす

 先端から滲み出た液で既にぬるぬるに濡れたそこは、
 シェルの手を汚しながら、ぴくぴくと痙攣するように震えていた



「触れられてもおらぬのに、
 今にも達してしまいそうではないか
 このまま後ろだけでイってみるか?」

「…あぁぁ…ぁ…シェル…触って…」

「犬の分際で拙者に命令する気か?
 そこまでお主を甘やかす気は無いぞ
 欲しければ自分で勝手に慰めておれ」


 火波の手を取ると、彼自身を握らせと
 ぴくぴくとその背が跳ねる

 構わずに彼の手ごと上下に扱いてやると、
 火波の唇から再び擦れた声が漏れ始めた

 シェルの手が離れると自らの手で自身を慰める


「っく…ぅ…んぁ…ぁ…!!」

「もうベトベトじゃな
 そんなに気持ちが良いのか?」

 再び火波の蕾を責め立てながら、
 シェルは火波の臀部に歯を立てる



「シェル…もっと…もっと強く噛んでくれ…!!」

「本当に…救い様の無いマゾ犬じゃな
 ほれ、犬なら犬らしく吠えてみてはどうじゃ」

 手の動きを止めると、
 シェルは焦らすように火波の蕾に舌を這わせる


「…っ…ぁ…シェル…!!」

「犬の分際で人の言葉を話すでない
 続きをして欲しければ、
 せいぜい媚を売って鳴くことじゃな」

「……くっ…ぅ…!!」

「ほれ、どうした?
 欲しいのじゃろう?」


 悔しそうに呻く火波
 犬と罵られる事には慣れていても、
 自らが犬真似をさせられるのは屈辱らしい

 しかし元々快楽には忠実な男だ
 なけなしのプライドもすぐに陥落を見せた



「……っ……わ…わん……」

「ふふっ…素直じゃな…」

「わん…っ…わんっ!!」


 犬の鳴き真似をしながら、
 白い肢体を妖艶に揺らすその姿は発情期の獣そのものだ

 彼にとっては屈辱的な自分の姿さえも、
 快楽を煽る要因の一つに過ぎないらしい
 どうやら羞恥プレイも受け入れられる性分のようだ


「……この変態が…」

 そう嘲るように呟きながらも、
 そんな彼を前に興奮を隠せない自分の方こそ救い様が無いと気付く


「…まぁ…それも構わぬか…」

 自嘲的な笑みを浮かべると、
 シェルは気を取り直すように火波へと意識を向ける



「…ぁ…ぁ…シェル…早く…」

「……ふん…まぁ良いわ…
 無様極まりない姿に免じて情けをかけてやる」

 震える彼の白い背に唇を落とすと、
 シェルは再び火波を絶頂に導く事に専念する

 程なくして火波から甘く濡れた声が再び漏れ始めた


「…っ…あぁ…ぁ…!!」

「凄い濡れ様じゃな
 もう拙者の手までヌルヌルしてきておるぞ
 …そんなに気持ちが良いか?」


「あぁ…ぁ…いい…気持ち良い…っ…
 イく…もう、イく…っ…あぁぁ…ぁ…!!」

「――…って、もうか…!?」


 息を詰まらせながら全身を痙攣させる火波

 確かにお預けを食らわせて焦らした事は認めるが、
 しかし、だからと言って――…早過ぎる

 もう少し火波の乱れる姿を楽しみたかったのが本音だ





「……早いぞ…火波…」

 地面に撒き散らされた白い液を一瞥しながら、
 シェルは火波の尻を叱咤する


「堪え性の無い男じゃな」

「…っ…シェルが焦らすから…」

「人のせいにするでない、この早漏が」

 手の平でその臀部を打ち据えると、
 白い肌に微かな朱が差す


「…あぁ…ぁ…!!」

「ぶたれて感じる変態だったな、そういえば
 これでは仕置きにならぬではないか」

 深々と埋め込まれたままのキュウリを引きずり出すと、
 それを火波の頬に擦り付ける


「…こんなもので達する変態なのじゃよな
 もう拙者に抱かれなくとも、
 これさえあれば満足なのではないか?」

 意地悪く笑うと、火波が力無く首を左右に振る


「…っ…違う…
 お前の方が良い…」

「充分に感じておったぞ?」

「でも、抱かれるならお前の方が良かった」



 ゆっくりと起き上がると、
 額の汗を拭いながら呼吸を整える火波

 元々肉体派の波は、
 この程度では大した消耗もされないらしい

 すぐにいつもの涼しい表情を取り戻した火波を前に、
 正直あまり面白い気がしないシェル


「…ふん…
 キュウリに頬擦りしていた男が何を言うか
 あんなに尻を振っておきながら今更説得力無いぞ?」

「それは…生理現象だ、仕方が無いだろう
 相手が植物だろうが玩具だろうが弱い部分を責められれば感じる
 だが植物なだけあって冷たいし、
 最後は虚しい気分になったぞ、やっぱり」


 そう言うと火波は両手でシェルの腰を抱き寄せる



「…やっぱり、抱かれるならお前に限る
 表面的な刺激を求めるなら植物も悪くないが、
 抱かれるなら植物よりもお前の方が断然良い」

「それはどうも…」

 何となく複雑な心境だが
 とりあえず恋人としての面子は保てたのだろうか


「というわけで、シェル
 お前が欲しいんだ…抱いてくれ」

「もう第二ラウンド突入か?
 淫乱というより…絶倫じゃな、お主は」


 呆れたというよりは感心したといった方が正しい

 どうやらキュウリを使った行為は彼を満足させるどころか、
 単にスイッチを入れるだけの刺激しか与えていなかったらしい


 真紅の瞳は更なる快楽を求めて潤んでいる

 まだまだこれからが本番、とでも言うかのように
 火波はその手をシェルに絡めて誘いをかける



「わしは…体力には自信がある
 それに今が丁度、抱かれるには良い頃合なんだ」

「……む?」


「お前好みに柔らかく濡れている
 今なら先程のように痛い思いをさせないで済む」

 シェルの着物の中へ手を滑り込ませると、
 下着ごと彼自身を握り込んだ



「なんだ、涼しい顔をしているわりには…
 …お前の方も準備出来ているじゃないか…なぁ?」

「…………。」

 ちょっとバツが悪い
 居心地悪そうに頭を掻くシェル

 口では火波を罵っていたが、
 彼の姿にシェルの体は正直過ぎる反応を示していた


「そのままだとお前も辛いだろう?」

 来い、と手招きする火波
 その口元が微かに緩んでいるのが面白くない


「……ふん、淫乱じゃな」

「そう言われても否定は出来んな」

「…開き直るでない、この犬畜生めが」


 憎まれ口を返しながら、
 シェルは火波の蕾に指を這わせる

 そこに指を差し込むと、
 充分に解された蕾は殆ど抵抗もなくそれを受け入れた




「…大丈夫そうじゃな」

「あぁ…早く来てくれ」


 シェルを抱き寄せると自らの足をシェルに絡ませる火波
 来てくれ、と誘っておきながら自分から迫って行っている

 性急ぶりに苦笑を浮かべながらも、
 それを拒む事はしないシェル

 火波の胸を軽く押して、その身を柔らかな草の上に押し倒す
 夕日に照らされた白い肌が微かに朱に染まって綺麗だ


 しっかりと筋肉の付いた鍛え上げられた肉体
 シェルのものより遥かに大きな体の男を、これから自分が抱くのだ

 そう思うだけで軽い眩暈と血が煮え滾るような激しい興奮に襲われる



「…力、抜いておれよ…?」

 そこに自身を押し当てると、シェルはゆっくりと腰を進める

 最初に彼に押し入った時とは比べ物にならないほど、
 火波はすんなりとシェルを飲み込んで行く


「あぁ…ぁ…シェル…」

「ん…キツいか?」

「いや…大丈夫だ…
 やっぱりお前の方が断然好いな…
 お前の温もりが伝わってくる…暖かくて気持ちが良い」


「逆に拙者の方は冷えてくるのじゃが…」

「冷える暇なんて無いぞ
 これから熱く抱き合うのだからな…そうだろう?」

「ふふっ…そうじゃな
 それでは要望に応えてやろうか」


 その言葉通り、一気に火波を突き上げる
 突然の衝撃に彼の唇から微かな悲鳴が漏れた

 構わずに何度も突き上げていると、
 やがて火波の悲鳴も甘く擦れたものへと変わって行った




「…っ…ぁ…ぁ……!!」

 火波の両手がシェルの背を掻き抱く

 爪を立てる事は躊躇われるらしく、
 震える手で着物を握り締めて耐えている


 もう知り尽くした火波の体

 何処を攻めるとどのような反応が返ってくるのかも、
 シェルには手に取るようにわかる

 火波の弱い部分を的確に突いて彼を翻弄させて行く


「っく…んぁ…あぁぁ――…!!」

「しっかり腰を振らぬか
 動きが止まっておるぞ?」

「…っ…そ、そんな余裕…っ…無い…!!」

 絶頂の波が再び押し寄せて来ているらしい
 しかし歯を食いしばって遣り過ごそうとするが巧く行かない


「ひっ…い…いく…あぁぁ…!!
 シェル…頼むから…待っ…待ってくれ…!!」

「お主が早漏なのは知っておるわ
 拙者としては火波が何度達した所で一向に構わぬぞ?」


 火波を苛む動きを緩める気配も無く、
 むしろ更に激しさを増して行くシェル

 自身を敏感なそこに強く押し当てるように何度も擦り上げる
 火波の絶頂を促しているのは明らかだ



「さあ、達して良いぞ?
 …あぁ、まだ後ろだけでは無理じゃったな
 なら拙者が手伝ってやろうか」

 火波自身に手を伸ばすと、
 ゆっくりとそれを扱き上げる

 既に滲み出たもので濡れていたそれは
 微かな水音を立てながらシェルの手の中で質量を増して行く


「あぁぁ―――…!!」

 シェルの背を掻き毟りながら、
 呆気なく欲望を開放させる火波

 濡れた手を火波に突き付けるとシェルは意地悪く笑う


「…本当に早いのぅ
 もう少し堪え性を身に着けてはどうじゃ?」

「…っ…だ、だって、お前が…っ…!!」

「拙者のせいにするでない
 お主の早漏は紛れも無い事実じゃ」



 熱を解き放ったばかりの火波自身に再び手を伸ばすと、
 シェルは濡れた手でそれを弄び始める

「…っ…あぁ…ぁ…!!」

「拙者はまだじゃからな
 もう暫く付き合ってもらうぞ?」

 そう告げるとシェルは再び火波に腰を打ち付ける
 シェルの動きに合わせるように火波の嬌声が森に響いた


「あぁぁ…ああぁ―――っ!!」

 肢体を仰け反らせて喘ぐ恋人を抱き締めて、
 その胸元に唇を寄せる

 どんなに憎まれ口を叩こうが貶そうが、彼が愛しくて堪らない



「……火波…愛してる」

 その声が今の彼に届いているかどうかは定かではないが、
 そんな事はどうでも良かった


 火波が両手足でシェルにしがみ付いて来たのを確認すると、
 シェルは口を噤んで快楽を追うことに専念する

 程無くして火波が再び絶頂を遂げると
 それと同時にシェルも自らの熱を解放した






「……何時なのじゃ、今は…」


 気が付くと茜色に染まっていた空は、大半が藍色へと変わっていた
 もう遠くの空に微かなオレンジが見えるだけだ

 既に周囲は薄暗くなってきている


「流石に遅くなり過ぎたな
 もう数時間は早く戻るつもりだったんだが…」

 すっかり着衣を整えた火波は、
 涼しい表情で風に吹かれている

 先程までの行為がまるで嘘のようだ



「拙者としてはまだ物足りぬのじゃが…
 そろそろ戻らねば流石に心配させるからのぅ」

「まだ体力が持つのか?」

「…って、まだ一回しかしておらぬぞ?
 火波は一人で三回も達したから、
 何度もした気になっておるやも知れぬが…」


「あぁ…そう言えばそうだったな
 その点で言えば遅漏も大変だな」

「いや…拙者は決して遅くは無いぞ…
 火波が早過ぎるだけじゃ」

「……うっ…び、敏感体質と言ってくれ…」


 気まずさを誤魔化すように、
 マントに付いた草を払い始める火波

 シェルもバンダナを結び直しながら、
 彼方へと姿を消して行く太陽に視線を向ける

 たまにはこうして、恋人と夕日を眺めるのも悪くは無い

 何となくその場の雰囲気で、
 火波の肩に腕を回そうとした、その時――



「あぁ…やっと見つけた!!」

 静かな森に響く男の声
 振り返ると一つの影が二人に向かって駆け寄ってくる


「もう…帰りが遅いから探しに来てしまったよ」

 微かに頬を膨らませながら仁王立ちする男――…メルキゼデク

 素朴なデザインのエプロンを身に付けている
 どうやら料理の途中で自分たちを探しに来たらしい


「…あ…す、すまぬ
 ちと夕日を眺めておって…」

「火波を探しに行ったシェルまで戻らないから心配したよ」

 寄り道をして帰宅が遅くなった事を、
 母親に咎められる子供の心境だ

 肩を竦めるシェルと火波


「…まぁ、無事で良かったよ
 そろそろお腹が空いたでしょう?
 もうすぐご飯も出来るから、早く帰ろう」

 そう言えば、今夜はメルキゼが手料理を振舞ってくれる事になっていた

 すっかり失念していた事を悪く思いながら、
 火波は気だるい体を誤魔化しつつ立ち上がる




「今夜のメニューは何なのじゃ?」

「カーマインと一緒にカレーを作ったんだ
 お肉と野菜が沢山入った自信作だよ――…って、あれ?」

 メルキゼが何かに目を留める
 それにつられて、彼の視線を追うシェルと火波


「……何で、こんな所にキュウリが落ちてるのだろう…?」

「あっ…」

「……あ…」

 ひょい、と草むらに落ちていたキュウリを拾い上げるメルキゼ

 キュウリの存在をすっかり忘れていた二人は、
 背筋に冷たい汗が流れるのを感じる


「そ、そのキュウリは…火波が市場で買って来て…」

「…火波が?」

「あ、ああ…その、何となく…な」

 何となく、で購入するようなものでもないが、
 その辺に関してメルキゼは特に突っ込みを入れる気も無いらしい



「そうか…じゃあ、私が貰っても良いよね」

「…えっ…」

「カレーの付け合せに、ポテトサラダも作ったんだ
 でも彩りがちょっと物足りなくて…
 キュウリを添えれば見た目も綺麗になるよね」


 そう言うとエプロンのポケットにキュウリを突っ込むメルキゼ
 火波のおかげで助かった、と上機嫌で踵を返す

 足取りも軽く家への道を辿るメルキゼの背を、
 あんぐりと口を開いたまま見守るシェルと火波



「…ち、ちょっ…め、メルキゼ…
 そのキュウリは…そのキュウリは…っ…」

 つい先程まで、火波の尻に――…とは、とても言えない
 流石のシェルも口外出来る事と出来ない事がある

 しかし、このままでは――…


「……ど、どうするんだ…!?」

「そ、そう言われても…っ…
 まさかこんな展開になるなんて…っ…!!」

 顔色を変えるシェルと火波
 青い頬を一筋の汗が伝う


「……キュウリ…うんこ付いてなければ良いのぅ…」

「いや、そういう問題じゃなくてだな…」

「………今夜はカレー…か……」

「………………もう…わしは知らん……」


 巧く誤魔化す事も出来ず、
 かと言って真実を告げる勇気も持てず

 半ば魂が抜けたような表情で、
 この上なく引き攣った笑みを浮かべる事しか出来ない二人だった






「…あ、このキュウリ美味しい」

「うん、鮮度がイイね
 火波が買って来てくれたんだ」

「へぇ…火波さん、ありがとうございます」


 パリパリとフレッシュな音が鳴り響く食卓

 笑顔でキュウリを噛み砕くメルキゼとカーマイン
 そんな彼らを前に、何とも言えない表情のまま固まるシェルと火波


「……頼む…礼なんか…言わないでくれ……」

「でも、すっごく美味しいですよ、このキュウリ
 何て言うんだろ…水々しいというか、ジューシーというか…」

「うん、水分が豊富だよね…新鮮だからかな
 キュウリなんて大して味がしないものだと思っていたけれど…
 でも、このキュウリは妙に甘みがあって味わい深いものがあるよ」


「マヨネーズやドレッシングもいいけどさ
 俺は丸ごとのキュウリにたっぷり味噌を付けて齧るのも好きだな」

「ああ…もろみ味噌、美味しいよね
 あれにマヨネーズを混ぜても美味しいよ」

「……やめてくれぇぇぇ…」


 涙目の火波
 今、キュウリに味噌の話題はヤバい

 むしろ今後、それが食べられなくなりそうだ



「…火波、残さず食すのじゃぞ」

「―――…って、お前…食ったのか!?」

「勿論じゃ
 とりあえず拙者の場合は造作も無い」

「……うわ―――…」

「火波もちゃんと食せ
 下手に残すと勘繰られるぞ」


「………うぅ……
 シェル、代わりに食ってくれ…」

「今夜、拙者の気が済むまで犯らせてくれるなら構わぬぞ
 カーマインから教わったプレイも色々と試してみたいし…
 あ、ついでにこの早漏男が一晩で何発達せるのか実験もしてみたいのぅ」

「……………………。」


 たっぷり悩んだ数分後

 パリパリ
 ポリポリ

 キュウリを美味しそうに噛み砕く少年の姿を、
 沈痛な面持ちで眺める一人の男があったという――…


 本日の教訓
 『食べ物で遊んではいけない』





 良い子は真似をしないでね♪

 …というわけで、挑戦してみましたシェル×火波
 ほんのりコメディ風味を目指しておりまする

 言葉攻めS少年×真性マゾ犬のカップルにござりまするが…
 なんだかんだ言ってシェルは火波に気を遣っておりまするな

 食べ物を粗末にするのは悪い事なので、
 事後にはちゃんと食べさせまするよ(・∀・)←鬼

 …まぁ、シェルはともかくメルキゼとカーマインは…知らぬが仏じゃな