「先輩、お疲れ様です」



 ローゼルがディサ国で新たな生活を始めて、早2ヶ月

 ようやく、それぞれの仕事にも慣れ、
 毎日の生活にも余裕が出て来るようになってきた

 仕事を始めた当初は、仕事が終わると即座に自室のベッドへダイブだったが、
 最近では自分で店を閉め、その後ラナンキュラスの部屋へ訪れる事が日課となっている


「今日もお疲れ様
 もう仕事にも慣れた様だね」

「はい、おかげ様で」

「お得意さんが先日、お前の話をしていたよ
 礼儀正しくて好印象だったそうだ、これからも頑張ってくれ」

「恐れ入ります」


 その日の客入りや売れ行きを報告し、
 当たり障りの無い世間話を交わす

 軽く頭を下げるローゼルは、店の手伝いを始めた当初と比べると随分と華美になった

 化粧の腕も上がり、自らの容姿を引き立てる技を完全に習得している
 当初は恥かしそうに身を飾っていたアクセサリーも今では自然に使いこなしている

 ………しかし―――…


「それでは失礼致します、お疲れ様でした」


 礼儀正しくラナンキュラスの部屋を後にするローゼルを前に、
 部屋の主は内心、穏やかではいられない

 平静を保つので精一杯だ


 すっかり日が暮れ、仕事を終えた後――…

 ローゼルは店番をしている時とはまた違った化粧を施す
 ネクタイを外し、派手めなシャツに身を包み

 そして、夜の街へと消えて行くのだ
 部屋へと戻ってくるのは日付も変わろうかという頃

 その間、彼が何処で何をしているのか――…
 帰宅した彼から漂う、家にあるものとは違う石鹸やシャンプーの香りを嗅げば嫌でもわかる




「……ロゼ……」

 いくら先輩であり店のオーナーとは言え、
 ローゼルが与えられた仕事を真面目にこなしている以上、文句は言えない
 仕事に支障が出ているわけでもない現状では、彼のプライベートにまで口を挟む権限は無いのだ

 もう、自分は彼の恋人ではない
 彼を束縛する事も独占する事も出来る立場には無い

 しかし――…このまま黙認を続けているのも限界だ


「……未練…あるんだよねぇ……」


 振られた…というか、捨てられたというか――…逃げられた
 当のローゼルにとっては心構えが出来ていて、悩んだ末の結果だったのかも知れない

 しかし、突然の別れを突き付けられたラナンキュラスにとっては、
 そう簡単に現実を受け入れる事なんて出来る筈も無い

 彼の中では自分との関係は思い出として片付いているのかも知れないが、
 こっちは未だに現在進行形で彼を想い続けているのだ

 未練たらたら
 割り切る事なんて出来ない


 しかし…ローゼルは『先輩と後輩の関係に戻りたい』との一点張り
 彼の性格を考えると、強引に復縁を迫れば再び逃げ出すのは目に見えている
 警戒されてしまえば最後、もう2度とローゼルは自分の元へは近寄らないだろう

 不本意ながら止むを得ず、今は『先輩』として彼と接しているが――…

 ゆっくりと時間を掛けて、ローゼルの頑なな心を解きほぐして
 もう一度、彼を自分の物に出来る様に手を回して行く――…つもりだった


 それなのに、ローゼルは毎晩のように夜遊びを繰り返す
 まるで、自分に対するあて付けの様に――…





「うりー……」


 ドアの隙間から覗く、亜麻色の毛とピンクの豚鼻

 主は今夜も遊びに出てしまったのだろう
 ヒマを持て余したのか、ウリ坊が部屋にやって来た


「……ウリ坊、部屋に来るなとは言わないよ
 でも、せめてノックをしてから入ってきなさい…マナーだよ」

「ノック、したウリよ?
 ラナンキュラスが物思いに耽っていて気付かなかっただけウリ」

「…………。」


 そこまで没頭していただろうか
 ……していたかも知れない



「今夜もウリ坊は孤独にお留守番ウリ
 今までは何処に行くにも一緒だったのに…寂しいウリよ」

 ウリ坊の気持ちが痛いほど理解出来る
 いつも『先輩、先輩』と自分を慕って、何処へ行くにも後を付いて来たローゼル

 一緒にいるのが当たり前になっていただけに、その存在が消えた寂しさが堪える


「……お互い、孤独だね」

 ミルクを注いだ皿をウリ坊の前に置くと、
 向かい合う形になるよう腰を下ろす


「……ご主人が…心配ウリ」

「ロゼだって、いい大人だ
 確かに夜遊びが続いて不摂生ではあるけど、
 分別だってついているし――…大事には至らないよ」

「そういう問題じゃないウリ
 このままじゃご主人が壊れるウリよ」


 それは薄々、ラナンキュラスも感付いていた

 日増しにローゼルは追い詰められている
 夜遊びだって、心から楽しんでいるようには思えない



「ラナンキュラスに何とかして欲しいウリ
 ご主人はラナンキュラスを忘れる為に夜遊びを始めたウリ
 でも、一緒に暮らしている以上…ご主人がラナンキュラスを忘れるなんて無理ウリよ」

「…………。」

「目の前にある痛みを忘れる為に、他の部分を痛め付けて誤魔化しているだけウリ
 このままじゃご主人が壊れるウリよ…どんどんボロボロになって行くのを見ているのは辛いウリ」

「―――…そう言われても…俺にはどうしようもないよ」


 自分だって辛い
 ローゼルが壊れて行くのを、黙って見ているなんて出来ない

 しかし、どうすれば彼を救えるのか――…それがわからない




「俺は…ロゼがわからないんだよ
 何を考えているのか、何を求めているのか――…理解出来ない」

「ご主人はまだラナンキュラスが好きウリよ」

「ああ…それは知ってる
 嫌ったり憎み合って別れたわけじゃないからね
 俺達は愛し合っていたんだよ…その最中で別れたんだ」


 ……その時点で、既にラナンキュラスにはローゼルが理解出来ない

 好きなら別れなければいい
 ラナンキュラスならそう考える

 何故、ローゼルは自分を捨てる道を選んだのか…全く、理解不可能だ



「無理に俺を忘れようとする必要が何処にある?
 互いに想い合っているんだ、寄りを戻せば良いだけじゃないか
 俺の気持ちは今も変わっていない…ロゼが望めば、すぐにだって元の鞘に戻れる」


 それでも
 ローゼルは過去の関係に固執する
 純粋に先輩と後輩として過ごしていた頃に戻りたがる

 復縁を迫ると逃げる
 どんなに真摯に想いを告げても、返って来るのは冷たい拒絶

 この恋は終わった――…そう言って、取り付く島も無い


「…まだ俺が忘れられないくせに…
 俺が好きなくせに、どうして他の連中と寝られるんだ?
 俺には絶対に無理だ…他の奴なんて目に入らない、ロゼじゃなきゃダメだ」

「ご主人はラナンキュラスほど単純じゃないウリよ
 好きだっていう想いだけで突っ走れる性格はしてないウリ」

 熱っぽくローゼルへの想いを語るラナンキュラスとは正反対に、
 主同様、冷静に言い捨てるウリ坊



「ご主人は怖がってるウリ
 あのまま2人が付き合っていたら、間違いなくどちらかが壊れてたウリ」

「壊れる――…って言われても…」

「ラナンキュラスもご主人も、相手を傷付ける愛し方しか出来ない性分ウリよ
 あのまま付き合い続けていたらご主人がラナンキュラスを殺していたか、
 もしくはラナンキュラスがご主人を壊していたウリ…時間の問題だったウリよ
 関係を続けていれば行く末は破滅だと悟ったご主人はラナンキュラスと別れたウリ」


 歪んだ愛情で精神的にローゼルを追い詰めたラナンキュラス
 しかし、ローゼルの方も確かにラナンキュラスを追い詰めていた

 ゆっくりと時間を掛けて、2人は破滅への道を辿っていた


「破滅…俺はロゼに殺されるなら本望だけどね
 2人で愛に狂い、堕ちて行けるのなら――…それも悪くない」

「ご主人はラナンキュラスを殺したくなかったし、
 自分自身が壊れるのも嫌だったウリよ
 でも、ラナンキュラスと完全に関係を絶つのは、もっと嫌だったウリ
 だから平和に付き合っていられた、昔の関係に固執するウリ…」

「壊れるのが嫌だったって言ってもねぇ…
 今のロゼを見る限り、自ら壊れる道を選んで進んでいるとしか思えないんだけど…」


 派手な化粧と服で着飾って
 好きでもない相手と夜を過ごす

 その行為を繰り返す度にローゼルは傷付いて
 傷の痛みを誤魔化す為、再び夜の街へと繰り返す

 救い様の無い悪循環だ




「このままじゃご主人は自滅するウリ
 ラナンキュラスと付き合っても、付き合わなくても…
 どっちにしろ、ご主人は壊れて行く運命ウリよ」

「……変な所でドMだよね」

「ご主人はドMの皮を被ったドSウリよ
 じっと痛みや苦しみを溜め込んで、それを相手に数倍返しするウリ」

「…知ってるよ…俺も散々、ロゼには切り刻まれたからね
 お前の言う通り、本気で死ぬかと思った事が何度もあったよ」


 ローゼルは決して泣き寝入りする性格ではない
 陵辱で受けた恨みや苦しみを遠慮無くラナンキュラスにぶつけた

 普段は比較的大人しいせいで誤解されがちだが、
 ああ見えて中身は暴力的で、黙ってやられているような性分ではないのだ

 ある程度溜め込んだら、手の平を返すように反撃に出る
 その時になって、初めて彼の本性を知る事になるのだ

 後悔しても時は既に遅く――…地獄の苦しみを身を持って味わう事になる



「相手に報復する時が最も快感らしいウリよ
 じっと耐えて、どう報復するか考えているのが楽しいらしいウリ」

「ある意味…ゴールド様に近いよね、ロゼって…」

「普段は猫を被っているけど、本性がドス黒い所は似ているウリ…
 言動から本性が窺い知れない分だけ、ご主人の方がタチが悪い気もするウリよ」


 あの上司にして、あの部下
 泣けて来るほどに良いコンビだ

 ……いや、ラナンキュラスの性癖も相当なものだが






「11時か…まだロゼは戻って来ないね」

「日付が変わる頃には帰って来るウリよ」

「朝帰りだけはしないところは律儀というか…
 とりあえず仕事は真面目にやる気があるんだよねぇ」

 それがまた腹立たしい
 いっそ勤務態度に支障が出てくれれば、それを口実に夜遊びを注意出来るのに


「いくら俺が集団レイプ好きだからと言って、
 何処の誰だかわからないような男どもにロゼを抱かせる趣味は無いぞ…
 ロゼを輪姦して許されるのは俺が手塩に掛けて作り上げた人形達だけだ!!」

「その主張も間違ってると思うウリ…」


 ローゼルもラナンキュラスも
 どちらも、それなりに歪んだ部分を持っている

 人は誰もが歪んだ一面を持っている物なのかも知れないが、
 彼らの場合は人格崩壊や死人が出る可能性を含んでいる分、タチが悪い



「…このままじゃ駄目ウリよ…
 取り返しが付かなくなる前に、何とかしないと…」

「俺だって、このままロゼを放置しておく気は無いさ
 先輩として接するのも、他の男の物にしておくのもいい加減、限界だ」

 寄りを戻すのはまだ時期尚早かも知れないが、
 とにかく夜遊びだけでも止めさせたい


「……ただ、どうやって説得するかだよねぇ……」

「うりー…」

「焦っても逆効果だしねぇ…じっくりと作戦を練ろうか
 ウリ坊、お前の主を助ける為でもあるんだ、協力してくれるね?」

「当然ウリよ」


 こうして、ローゼルが夜遊びに出かけた後、
 密かに作戦会議を行う事が日課になったラナンキュラスとウリ坊だった



「今のご主人は公衆便所の人生を歩んでいるウリよ
 歩く便所男を主として仕えるなんてウリ坊は絶対に嫌ウリ」

「…ウリ坊…お前、自分の主に対しても容赦無いんだね……」


「苦労してスパイ養成学校を出て、エリートの道を歩んでいた筈なのに…
 そんなご主人の末路が敵国の肉便器だなんて悲し過ぎるウリよ」

「………ウリ坊…
 お前、ロゼの事をそんな目で見ていたのか


 くらっ…
 ウリ坊の容赦無い言葉に思わず眩暈を感じるラナンキュラス

 どんなに夜遊びを繰り返していても、
 それだけは言ってはいけないと…そう自分に言い聞かせていた言葉を、
 まさかローゼルを主と慕うウリ坊の口から聞くとは思わなかった



「あぁ…何て可哀想なご主人…
 ラナンキュラスが集団レイプ好きで人形を使って輪姦してばかりいたせいで、
 一度に複数の相手をするのが当たり前になってしまって……
 このままじゃ100人斬りも時間の問題になってしまうウリよ」

 どんな心配の仕方だ

 そう心で突っ込むラナンキュラスを前に、
 ウリ坊は更にグサリと来る言葉を続ける


輪姦がデフォになってしまった今、
 もうご主人はノーマルの世界には戻れないウリよ
 一対一での夜では物足りなくて満足出来ない肉体になってしまったウリ…
 世間ではこういう人種の事を淫乱って呼ぶウリよ」

 ご主人、と慕いながらも淫乱公衆便所扱い



「…う…ウリ…坊……お前って……」

 随分と大人の言葉を知ってるんだね

 可愛い顔して、凄い爆弾発言連発
 聞いているだけでも結構なダメージだ



「ロゼ…待っていてくれ…
 俺が絶対、お前を救ってみせる……!!」

 じゃないとお前、相棒から淫乱肉便器扱いだぞ
 どこまでも容赦の無いウリ坊を前に、切ない使命感に燃えるラナンキュラスだった





ローゼルがとんでもない事に…
まぁ長い人生、ちょっとヤンチャをする事もござります

お約束の如く最後はコメディ風味になりましたが、
それでも拙者にとってはシリアスを頑張ったつもり…に、ござります

シリアスが続くと反動でコメディが書きたくなるのじゃよ
そろそろ、とんでもないネタが来るやも知れませぬ…