Argent melancholy





 秋は嫌いだ

 豊かに実る大地の恵み
 黄金色に色付く麦の穂が
 彼の瞳を思い出させるから

 太陽も嫌いだ

 万人に降り注ぐ暖かな陽光
 天上から見下す孤高の光が
 彼の微笑を思い出させるから

 見るもの全てが彼を連想させる
 忘れたくても忘れられない黄金の輝き

 いっそ、この記憶の全てを手放せたら楽なのに――…




「あぁ…嫌になる…」

 やっと最後の一束を荷台に積み終えた
 一先ずこれで今日与えられた仕事は片付いた

 今年は稀に見る豊作だ
 ご主人様は、さぞ喜ばれる事だろう
 屋敷に戻れば自分にも多少の分け前を与えられる

 けれど、せっかく予定よりも早く終えられたのだ
 久しぶりに街中を歩いて気分転換をしたかった

 ここは精神的に好かない


「見渡す限り、黄金色…嫌な季節だ
 ご主人様の命令でなければ誰がこんな仕事請けるものか…!!」

 黄金色の麦束に憎しみを込めた一瞥をくれる
 しかし次の瞬間、彼は麦畑から逃げるように町へと歩を早めた

 行き場の無い憎しみは心の中で黒く渦巻いた



 彼の名前はシルバーという

 その名の通り、銀色の髪と瞳を持つ青年だ
 もうそれなりの歳になるが顔立ちのせいで実年齢より若く見られる

 シルバーは使い魔としてこの町のとある富豪に仕えていた

 主は自分の容姿を高く買ってくれている
 まるで逸品の人形のように可愛がって貰っていた
 清潔な衣服に三食の食事、毎月支払われる給与
 使い魔とは思えないほどの特別待遇を当たり前のように受けている

 それも全て自分の容姿が優れているせい
 シルバーはそれを何よりも誇りに思っていた


「…本当に、醜い生き物とは哀れなものだな…
 私のように美しければ豊かな暮らしが出来るというのに」

 使い魔の人生は仕える主人によって左右される

 いかに裕福な主人に買われるか
 そして、いかに気に入られ可愛がられるか――…


「私はその両方を見事に成し遂げた
 そう、私は…私だけが、幸福を手に入れた…」

 シルバーは満足そうな笑みを浮かべる

「醜く愚かな生物は泥に塗れているのがお似合いだ
 しかしその存在も決して無駄ではなかったという事か…」

 彼の両親は使い魔と言っても、それなりに裕福な中流貴族に位置していた
 このまま行けばシルバーは上流貴族――…上手く行けば王族に仕える事も出来たかも知れない

 しかし彼の両親は資産を食い潰し没落させた
 借金は山のように積み重なり、住んでいた家も人手に渡る事になった

 当然、貴族の身分は剥奪される事になる
 そして自分の出世も未来も暗い谷底へ墜ちて行った




 シルバーは両親を恨んだ
 しかし、更なる憎しみを感じる存在があった

 黄金色の髪と瞳を持つ兄の存在
 何が可笑しいのか、いつもにやけた表情の馬鹿な兄
 無能極まりないこの男が自分の兄だなんて許せなかった

 家を手放す日でさえ、兄は笑っていた

「お金も大きな家も貴族の肩書きも要りません
 家族皆で暮らせるなら、それだけで幸せです」

 そう言いながら、一人で笑っていた

 どうしようもないほど頭の悪い兄
 この深刻な状況下で、どうして空気が読めないのか

 全財産を失って皆は途方に暮れているというのに

 もう、この兄には見切りをつけた
 無能な存在は足を引っ張るだけだ
 こんな兄がいる事が知られたら自分の出世の妨げにもなるだろう

 シルバーは兄が外出している隙を盗んで両親に話を持ち掛けた


「…ねぇ、父様、母様…
 兄さんはこのまま一緒にいても邪魔なだけだよ」

 昔から利発な子だ、将来有望だと言われ続けて来た
 言葉巧みに両親を操る事だってシルバーには容易い

「私は出来の悪い兄さんとは違うよ
 将来絶対に出世して家を再建させられる
 だから良い学校に行って勉強したいんだ
 でも、その為には資金が要る…だから兄さんを――…」

 兄さんを売り飛ばして資金を手に入れて

 それが一番賢い選択だってわかるよね?
 だって、他に売れるような物は何も無いのだから

 私が兄さんよりも将来有望なのは目に見えているでしょう?


 最初は渋い表情をしていた両親も終いには首を縦に振った
 流石はあの兄を生んだだけの事はある――…単純で扱い易い

 早速奴隷商人の所へ商談に向かう両親の背を見送りながらシルバーは高らかに笑った

 無能な兄には奴隷の身分が相応しい
 首輪と鎖に繋がれて地べたを這い回っている方がお似合いだ

 だって、能力に合った仕事に就いた方が幸せだと思わない――…?




「――…ただいま」

「…兄さん…何処に行ってたの?」

「教会でお祈りしてきました
 皆が幸せに暮らせますように――…って」

 本当に、とことん馬鹿な奴だ
 自分の置かれた状況なんて気付きもしないのだろう


「…でも…そうだね、私たちは幸せになるよ…」

 ただし兄さんを除いて、の話だけれど―――…

 全て己の無能さが招いた事態
 だから家族の誰も同情なんてしない

 でも――…少しなら感謝してあげても良い
 こんな愚兄でも唯一役に立てる事があったのだから


「兄さん…はい、お水」

「ありがとう、優しい子ですね
 そう言えばシスターからロザリオを戴いたのです
 貴方と同じ、綺麗な銀色で――…ボクが持つより似合いますよ」

 純銀製の小さな十字架
 確かに奴隷には似つかわしくない代物だ

 自分が持っていた方が遥かに似合う



  



「じゃあ私が使わせて貰うよ
 教会まで行って兄さんも疲れたでしょう?
 今日はゆっくり休んで…明日は忙しいから」

「そうですね…これを飲んだら休みます」

 グラスと受け取ると何の疑いも無くそれに口を付ける
 この時ばかりは兄が馬鹿で単純な男で本当に助かった

 水の中に溶けた睡眠薬の存在に気付かれないで済んだから


 やがて薬が効いてきたのか静かな寝息が立ち始める
 シルバーは彼の両手足を紐で縛り上げた

 彼とは今夜限りでお別れだ
 朝が来れば奴隷商人が彼を連れて行く

 頭の悪い男だが顔の構造自体は悪くない
 きっと良い値で売れる事だろう

「…さようなら、兄さん
 私は幸せになるよ――…」

 眠ったまま目覚める気配の無い兄
 彼に一瞥をくれるとシルバーはその部屋を後にした

 それが兄の姿を見た最後だった―――…




 あれから10年以上の月日が経った
 少年だったシルバーは青年へと成長した

 それなのに

 黄金色の麦穂
 燦々と輝く太陽

 黄金色の物全てから兄を連想してしまう
 金髪の持ち主なら相手が女子供だろうが構わず心が騒ぐ

 もう末期症状だ

「…嫌だな…兄さんの呪いかな…?」

 もう生きてるかどうかもわからない兄
 そんなものの幻影に脅かされるなど馬鹿馬鹿しい

 そう何度も自分に言い聞かせながら、
 それでも陽光を避けるように目に付いた店へと駆け込んだ



 原作の同人誌の内容を、ほぼそのまま引用致しました
 まぁ、残酷なシーンや年齢制限の付きそうなヤバいシーンは修正&割愛しておりまするが…
 とにかく原作重視なので、それ故にコメディ色は皆無にござりまする
 コメディ好きの御仁よ、大変申し訳ござりませぬ…

 一応『ワイバーンを求めて』の後日談といった感じにござります
 この後、お馴染みのあのキャラクターが登場致しまするよ(笑)
 途中からオリジナルに書き下ろしするつもりでござりまする

 ええもう、zayo節炸裂――…支離滅裂コメディの再来になる事にござりましょう…
 シリアス好きの御仁よ、申し訳ござりませぬ…
 この話も原作と違って明るい内容になりそうじゃ
 いつも通り、意味のわからぬコメディ必至にござりまする

 よろしければ、お付き合い下さりませ…

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