「うーむ…この草木染のマント、良い色じゃのぅ…
 じゃがこっちの毛織のケープの方がデザイン的には好みじゃし…
 あぁ…でも、この色では拙者の髪の色に似合わぬのぅ…」


 衣料品店に入るなり、
 シェルは防寒具の物色を始める

 年頃の少年らしく、
 それなりに身なりにも気を遣っているらしい

 逆に、あまり服には関心の無い火波は、
 そんなシェルを眺めながら一人傍観者を決め込んでいる



「このボレロの方が拙者に似合うかのぅ…
 むぅ…じゃが、下に着物を着る事を考えれば――…」

「お前にしては珍しく迷っているな」

「うむ…種類が豊富過ぎてのぅ…
 それに好きな色と似合う色は別じゃし…
 機能性とデザイン性、どっちを優先するかも迷うのじゃ」


 今日はせっかくのデートだからと、
 普段は入らない高級ブティックに足を踏み入れたのだ

 初めて訪れるその店はスケールからして大規模だった
 選択肢があり過ぎて、流石のシェルも迷うらしい




「…まあ…時間はまだあるんだ
 ゆっくり好きな物を選べば良い」

「うむ、そうなのじゃが…
 こっちのマントとボレロ、どっちが良いかのぅ…」


「迷うくらいなら両方とも買ったらどうだ?」

「えっ…お主にしては珍しい発言じゃのぅ
 いつもは無駄遣いするなと口煩いのに」



「…考え方を変える事にしたんだ
 情けは人の為ならず…というだろう?
 お前に投資した分は将来的に、
 出世払いで自分に返ってくるものだと思う事にした」

「出世払い…と言われても…
 拙者、将来の夢すら決まっておらぬしのぅ
 何の職に就くか、まだ想像すら出来ぬのじゃが…」


 困ったような表情で首を傾けるシェル

 将来の事なんて考える余裕も無かった
 そもそも、この旅がいつ終わるかもわからない

 先の見えないこの状況で、
 自分の出世を当てにされても困る




「……うぅむ…」

「おい、そんなに深刻に考えるな
 わしはお前に金を払えと言っているわけじゃないぞ」

「…じゃあ、何じゃ?」


身体で払って貰う

 待て

 涼しい表情で衝撃的発言をするな

 それに金銭を要求されるより、
 身体を要求される方が明らかに深刻だ

 火波よ…そうとは思わないか…?



「良いアイデアだろう?」

 どこが!?

 その頭の中は恋する乙女なのか、
 それとも単なるエロオヤジなのか

 ハッキリしろ




「そう構えるな、将来的な話だ
 今すぐに…という訳ではないから安心しろ」

「安心出来ぬわっ!!
 そもそも、何故そのような発想が…」


四十八手を試してみたくなったんだ」

 理由がまた凄まじい


「とは言っても単なる興味本位じゃないからな
 全ては愛あればこそ、だ
 お前以外の相手に試す気はないから安心しろ」

「…それは…どうも…」

 ――…って、ここで礼を言うのもどうかと思う気が



「…それよりも火波よ、
 お主…48種類全て知っておるのか…?」

「いや、流石にそこまでは
 わしが覚えているのは21種類だ」

 これまた数字がリアル



「だが先日買ったエロ本に、
 特集ページが組まれていてな
 全種類習得するのも時間の問題だ
 ふっ…わしの記憶力もまだ衰えてはいないようだ」


 その頭を他の所に使え

 例のゲイ雑誌を読みながら、
 時折メモを取っていたのは知っているが…

 まさか四十八手を暗記していただけだったのか!?


「…まぁ、くどいようだがまだ先の話だ
 今のお前では肉体的にも体力的にも無理だろう
 もう少し成長してからのお楽しみだな」

「…そ、そう…」


 ここで下手に反論して、
 『じゃあ今すぐに』とでも言われたら大変だ

 適当に相槌を打って嵐が去るのを待つシェル






「さて…そういうわけだから、
 くれぐれも健康で丈夫に育ってくれ
 その為にも防寒対策もしっかりと取らないとな」


 そう言うとシェルが迷っていた二着を手に取り、
 それをレジへと持って行こうとする

 その値札を見て青ざめるシェル
 いつも着ている服よりも、0の数が多い


「ま、ま、待てっ!!
 待ってぇえええええっ!!」

「金額の事は気にするな
 出世払いで構わないから」

「そっちの方が逆に高くついておるではないか!!」



 タダより怖いものはない

 慌てて火波の手から服を奪い返すと、
 それを元の棚にきっちりと戻すシェル


「一着に絞る!!
 何が何でも一着に絞るっ…!!」

「子供が下手に遠慮なんかするな」

「遠慮じゃないっ!!
 身の危険を感じておるのじゃっ!!」



 シェルの脳裏にサボテンとコーヒーが浮かぶ

 この二点が火波と結びつくと、
 禁断の扉が開かれる


 無知故に何をするかわからないメルキゼとはまた別の意味で、
 知識がある分、余計なオプションが付いて来る火波もまた怖ろしい

 この男、一見地味そうに見えるが、
 性癖は計り知れないものがある



 サボテンとコーヒーだけでもかなりのインパクトがある

 しかし火波の事だ
 探せばまだまだ出て来る筈だ

 極めて趣向性の高い性癖の数々が


 出来る事なら一生知りたくない

 しかし、予め知っておいた方が、
 後に受けるダメージが少ないだろう






「のぅ、火波…」

「どうした?」


「まだ拙者に隠しておる性癖があるのなら、
 包み隠さず全てを拙者に話すのじゃ」

「…別に、わしは自分の性癖を
 お前に隠していたわけではないのだが」


 確かに

 サボテンにしろ、コーヒーにしろ、
 その場の流れで偶然知ってしまったのだ

 言わば不幸な事故という奴だろう



「それで、他に性癖は無いのか?」

「…そうだな…性癖というか…
 わしは、どちらかと言えば年上派だったんだが、
 お前と出会ってから、年下も悪くないと思い始めてきたな」


「ほぅ…」

 相変わらずの子供扱いだが、
 そう言って貰えると悪い気はしない

 思わず顔が綻ぶシェル



「そうじゃろう、そうじゃろう
 年下には年下の魅力というのがあるじゃよ」

「ああ…お前のように何も知らない子供を、
 自分の手で一から育てて行くのも悪くない」


「……は?」

「これからじっくりと時間をかけて、
 わし好みの身体に育て上げてやる
 その成長過程を見守るのも実に興味深い」


 火波よ…
 それではただのスケベ男だぞ…


「わしの美少年開発計画は、
 着々と準備が整いつつある」

 速やかに凍結せよ



「…火波よ…お主、
 そいういう事を口にするようなキャラじゃったか…?
 何だか最近になって突然、
 露骨な下ネタ発言が増えた気がするのじゃが…」

「ああ…こっちがだ」

 素!?


「今まではお前の保護者という立場上、
 わしなりに自粛していたつもりだったんだが…
 現在はお前の恋人という名の一人の男として接しているからな」

「つまり…男の本性丸出しというわけじゃな?」

「ああ」

 言い切った!!





「普段からお前には枯れてるとか言われているし、
 淡白な男だと思われているかも知れないが…
 実際のわしは、恋愛に関してはかなり貪欲な男だぞ」

「ど、貪欲って…」

「まあ…その内、追々と身にしみて来るだろうが…
 わしに惚れられたのが運の尽きだな」


 運に見放された男に言われたくない



「愛した相手は骨の髄まで貪り食わないと気が済まない性分なんだ
 それにわしの欲望は底無しで、満足するという事を知らないからな」

「…ほ、火波よ…
 そんな凄まじい事を、
 顔色一つ変えずにサラリと言われても…」


「にやけながら言ったら、スケベ丸出しだろう」

 真顔で言っても間違いなくスケベだ



「というか火波よ…
 お主のような男の事を、
 俗にむっつりスケベと言うのじゃぞ?」

自覚はしている

 開き直るな


「…わし、こう見えてかなりエロいから
 そこの所を、くれぐれも忘れないでいてくれ」

「……………。」

 クラクラする
 襲い来る眩暈にシェルは眉間を押さえた





「…それで、結局どっちの服を選ぶんだ?」

「は…?」

「服、そろそろ選び終えてくれ」


 唐突に火波の視線が違う方に向けられる
 話題を変えてくれたのは火波なりの優しさだろうか

 それとも何かの作戦なのだろうか

 警戒しながらも、
 とりあえず話を衣類の方に移すシェル



「え、ええと…
 マント…に、しようと思っておるのじゃが…」

「草木染めのマントか?
 とは言っても、種類がかなりあるが?」


 草木染めマントのコーナーは、
 微妙な色違いのものがずらりと並んでいる

 よく見ると、模様も全てが微妙に違っていた



「目移りしてしまうのぅ…
 どれも気に入っておるのじゃ」

「確かに…こうも微妙なデザインの違いだと、
 逆に迷うかも知れないな…」


「むぅ…
 自分では決められぬから、
 火波が選んでくれぬか?」

「……わしが、か?」


「うむ、拙者に似合いそうなのを頼むぞ
 一着くらいお主が選んだ服を持っておっても良いじゃろ?」

「まぁ…構わないが…」


 すんなりと頷くと、
 火波は大量に並んだマントを物色し始める

 本を選ぶ時は多大な時間を費やす火波だが、
 思ったよりも短時間で一着に目星をつけた





「…これが良いな」

「ほぅ…どれどれ…?」


 火波が選んだマントに視線を移すシェル

 それは濃淡の草色が織り成すモザイク織りの生地に、
 赤い花の模様がデザインされたマントだった

 一見派手そうに見えるが、よく見ると落ち着いた雰囲気もある



「…うむ、悪くないのぅ」

「そうか…じゃあ、これにするぞ」


 そう言うと火波はマントを持ってレジに向かってしまう

 知らず知らずの内に緊張していたらしい
 火波と距離が開いた途端に、全身から軽く力が抜けて行くのを感じた




 何だか火波がいつもと違う
 今日の彼はまるで別人のようだ

 こっちが素なのだと言われても、
 なかなか頭を切り替える事が出来ない


 大抵、下ネタ発言をするのは自分たちの方で、
 火波はどちらかと言えばそれに突っ込みを入れる立場で

 恋愛に関しては一歩距離を置いたような、
 どこか冷めて淡白なイメージを抱いていたのに

 実は単にむっつりスケベなだけだったとは



「……はは…ははは……はは…は……」


 口を開けば、
 乾いた笑い声が自然と漏れる

 もう笑うしかない


 そういえば時折、彼らしからぬ
 妙に誘うような挑発的な言動をすることがあった

 決まって彼はその後、『冗談だ』と言って事を済ませていたが…

 あれは本当は冗談ではなく、
 本性をうっかり出してしまっただけなのではないだろうか


「……むぅ…」


 そういう先入観で記憶を辿ってみると、
 思わず成る程、と納得してしまう事も多々あった

 以前、ナイフで手を傷付けてしまった時
 その傷口を舐める火波の舌使いが妙にエロかった…とか

 思い当たる節が多過ぎる




「ほら、買って来た―――…って、どうした?」

「…少々過去を振り返っておったのじゃ」


「過去から学ぶ事も大切だが、
 それに囚われ過ぎては未来が見えなくなるぞ」

「…ふぅ…
 言ってる事は真面目なのじゃがのぅ…」



 この上辺だけの真面目さに見事に騙された

 真顔でこういう発言をしている姿からは、
 内に潜んだ真の性格はまるで想像出来ない


 恐らくメルキゼやカーマインは、
 この男の本性を知る由も無いだろう

 例え彼の本性を話したとしても、
 そう簡単には信じて貰えない気がする

 …当のシェル自身でさえ、未だ信じられないのだ





「……はぁ…」


 ふと空を見上げると、
 遠くの空が茜に染まっていた

 夕焼けを眺めながら自分自身も黄昏るシェル


「もう空に赤みが差しているな
 日が落ちるのも随分と早くなったものだ
 この分だと町が雪化粧するのも、そう遠くは無いだろう」

 火波はそう言いながら、
 先程買ったばかりのマントをシェルの肩に掛けてくれる



「…よく似合っている」

「ど、どうも…」


 店から出た途端に冷たい風が吹き抜ける
 厚手のマントを買って正解だったと改めて思う

 これで雪が降っても大丈夫だ


「思ったより暖かいのぅ
 デザインも悪くないし…
 火波に選んで貰って良かった」

「男が意中の相手に衣服を贈る時…
 その心中には少なからず欲望が渦巻いている
 自らが贈った服を脱がす光景を妄想して楽しむのがセオリーだ」


 黙れドスケベ男



「下ネタ系には興味の無い男だと思っておったのに…」

「それはお前の勝手な思い込みだな
 人の本質を見抜く目を鍛えた方が良いぞ」

「だって…だってお主、
 ストイックな発言が多かったではないかぁ…」


「普段はそうだな
 だが恋人の前では本性が現れるんだ
 わしに惚れられた証だとでも思っていろ」

 あまり嬉しくない



「…拙者…いよいよ身の危険を感じ始めたのじゃが…」

「安心しろ、猟奇的な趣向は無い
 まぁ…わしの吸血鬼という種族柄、
 感極まって牙を付き立てる事はあるかも知れんが…
 せいぜい身体に穴が開いて流血する程度だ」

 充分猟奇的だ



「まぁ…万が一お前に怪我をさせてしまっても、
 その血はわしが責任を持って美味しく頂くから
 だからお前は安心して鉄分補給に勤しんでくれ」


 安心出来るか

 というか鉄分補給っていう言葉、
 吸血鬼に言われると妙にリアルだ


「お前はわしの理想の恋人だ
 見て可愛い、食べて美味しい
 食欲と性欲を同時に満たせる…実に素晴らしい」

 神よ、この男に天誅を





「…火波よ…
 どこまで本気で申しておるのじゃ…」

「勿論、大半が冗談だ
 そんな視線でわしを見るな
 ちょっと遊んでみただけじゃないか」


「お主が言うと洒落にならぬわ!!」

「吸血鬼ならではのジョークで
 冷えた空気を暖めようかと思ってな」


「血まで凍りついたわ!!
 頼むから自分のキャラを弁えておくれ…」

鬱々と暗くて地味にエロいキャラ?

 それ最悪




「まぁ…戯言はこの辺にしておいて
 そろそろ場所を移すか」

「…ど、どこか行く当てがあるのか?
 もうじき夜になるのじゃが…」


「ああ…降臨祭が近いからな
 公園でツリーを飾っているらしい
 夜の方がキャンドルの明かりで綺麗らしいぞ」

「綺麗らしいぞ――…って、
 ちなみに、その情報は何処から?」


「さっきの店にポスターが貼ってあった
 今夜から降臨祭の日まで毎日やってるらしいぞ」

「…ふぅん…降臨祭か…
 火波は降臨祭よりハロウィンのイメージの方が強いのじゃが…」

「ほっといてくれ…ほら、行くぞ」


 歩き出す火波の隣りに慌てて並ぶ
 薄暗くなり始めた市場で逸れたら面倒だ



「…そうか…降臨祭、近いのか…」


 市場でも所々に降臨祭用の飾りが目に付く

 もう11月――…
 すっかり忘れていたが、降臨祭も重要なイベントだ

 アンデットである火波と降臨祭を祝うのもどうかと思うが…


「…贈り物くらい、用意しておくかのぅ…」

「シェル…どうした?
 何か欲しいものでもあったか?」

「い、いや、何でもないのじゃ」



 市場のディスプレイに注意が逸れ始めた自分を慌てて叱責する

 流石に降臨祭の贈り物を火波と一緒に買うのも照れくさい
 こういう時は、やっぱりカーマインと二人で行った方が良いだろう

 二人で互いの恋人に贈るプレゼントを選ぶのも楽しそうだ


「…カーマイン…誘ってみるかのぅ…」


 プレゼントを贈ったら、火波はどんな表情をするだろう

 驚くか、喜ぶか、それとも――…
 想像するだけで顔が綻ぶ

 公園へと続く道を歩きながら、
 思考はすっかり降臨祭へと向いているシェルだった


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