「…で、お前はどんなデートがお望みだ?」


 ふと思い付いたかのように問いかけられた質問

 もうデートをするという事だけで
 頭が一杯だったシェルは戸惑ってしまう


「えっ…ど、どんなって…?」

「デートプランを練ろうかと思ってな
 どこか行きたい場所はあるか?
 要望があれば聞かせて貰いたいんだが」


 そんな事を言われても、
 こっちはそこまで頭を働かせる余裕は無い

 頭の中は緊張で真っ白だった




「……ま、任せる……」

「わしが全て決めても良いのか?」


「う、うむ…」

「…16歳のデートか…
 この位の歳では、どの程度が相応なんだろうな」


「そ、相応…?」

「大人のデートはまだ早いだろう?
 やっぱり『これぞ青春』といった内容を目指すべきだろうな」

「せ、青春って…火波よ…」



 彼が基準とする自らの青春というのは、
 間違いなく、80年以上も前だろう

 不安だ
 言葉には出来ない不安がひしひしと迫る

 何か、とてつもないプランを練られたらどうしよう…


 念の為に火波に聞いてみるシェル

 とんでもない答えが返って来た場合、
 形振り構わず逃げ出す覚悟は出来ている



「ち、ちなみに火波が拙者の年頃は、
 どのようなデートをしておったのじゃ…?」

「わし、全くモテなかったんだ
 ろくに恋人もいなかったわしが、
 デートの経験なんかあるわけないだろう」

「…………。」


 そんな事で胸を張られても困る
 というか、そんな彼が一体どんなプランを練るのか

 この上なく不安だ



「…一応、妻とのデート経験はあるが…
 流石にお前にそれを話すのはデリカシーが無いだろう?」

「ま、まぁ…多少は複雑な心境じゃが…」


「それにわしが妻と知り合ったのは三十路間近になってからだ
 話したところでお前とするデートの参考にはならないだろう?」

「むぅ…」


 確かに

 まだ心の準備が出来ていない
 いきなり大人のデートをセッティングされても困る



「というわけで、今日は健全な二人の時間を楽しもう」

「な、何をする気じゃ…?」


「市場をぶらついたり、買い物をしたり、
 景色を見たり――…茶をするのも良いな」

「………。
 火波よ…それ、いつもと変わらぬのではないか…?」


「そんなもの、意識の問題だ
 気持ちが変われば同じ行為でもまるで違って感じる」

「むぅ…そうじゃろうか…」



 デートというからには、
 何か特別な事があるのではないかと想像していた

 しかし、思っていたよりも地味な火波の考えに拍子抜けしてしまう


 一度火波に任せると言ってしまった手前、
 今日は火波の立てたプランに添って
 行動する事になるのだろうが――…

 今ひとつ盛り上がりに欠けてしまう


 そんなシェルの心を見抜いてか、
 火波は彼の髪を、くしゃりと掴むように撫でた



「…大丈夫だ、心配するな
 お前が望むなら…わしも一肌脱いでやる」

「……む…?」

「刺激的な演出をしてやろう」

「………いや、それは…ちょっと…」


 それはそれで心配だ
 というか、不安が増した気がするのは何故だろう

 すたすたと初冬の港町を突き進む火波の背を追いかけながら、
 シェルは拭いきれない嫌な予感を胸に抱えていた







 この時期の海は色が濃く感じる


 冷たい潮風に二人は思わず襟元を締めた
 シェルと火波は、何となく海岸に足を伸ばしていた

 もう、すっかり見慣れた景色
 いつもの潮の香りと遠くで響く汽笛


 ただ、いつもと違うのは
 火波の手がしっかりとシェルの手に繋がれているという事

 手を繋ぎながら海岸を散歩
 確かに青春の一ページとも言えなくも無い光景だ



「……ここへ来るのは、夕暮れの方が良かっただろうか…」

「な、何故じゃ…?」


「海岸と夕暮れときたら、
 夕日に向かって走りながら『青春万歳!!』と叫ぶのがセオリーじゃないか」

「……頼むから、これ以上気温の下がるような真似はしないでおくれ…」


 その光景を想像して、
 軽い眩暈に襲われるシェル

 そんなスポ魂的な青春は望んでいない



「…き、綺麗な貝殻があるのぅ」


 さり気なく話を変えるシェル
 砂浜に打ち上げられた貝殻に視線を送る

 貝殻は好きだ
 昔から、貝殻を拾い集めてはそれを眺めるのが好きだった


 カーマインとも良く貝殻を拾って遊んで貰っていた

 その時の楽しい記憶を思い出して、
 仄かに胸が熱くなるシェル





「ほら火波
 こんなに大きな貝殻が落ちておるぞ」


 帽子みたいだ、と冗談で頭にかぶってみる

 必要以上にはしゃいで、小学生のようだ…と思う一方、
 せっかくのデートなのだから思う存分楽しもうと考える自分がいた

 どうせ何を言っても火波にとって自分は幼い子供なのだ
 無理して大人ぶるよりも、素直に楽しんだ方が得策だろう



「こっちの貝殻は真っ白じゃ
 良く見ると複雑な模様で…綺麗じゃなぁ…」

「シェル、そうやっていると、お前はまるで…」


「……む…?」

「まるで、海岸に打ち上げられた人魚のようだな
 波打ち際で貝殻と戯れるお前を見ていると、
 童話の世界に迷い込んだような錯覚に陥ってしまう」


「……………は?」

「それとも桜貝の妖精だろうか
 わしの心を乱す悪戯好きの妖精
 翻弄される愚かなわしをお前は笑うだろうが、
 そんな笑みの一つさえ、更なる愛の深みへと誘う誘惑となる…」

「……ほ、火波…っ…!?」


 ぽと

 シェルの手から貝殻が滑り落ちた
 吹きぬける潮風が、妙に冷たく感じる




「潮風が冷たいな…
 だが、わしの心は暖かいんだ
 お前という存在がこの心に住み始めたあの日から、
 冷え切ったこの胸に愛という名の情熱の炎が燃えている」

「い、いや、寒いのは潮風より火波の方…
 というよりお主、一体どうしてしまったのじゃ!?」


「恋は人を詩人にさせるんだ
 そして、恋は人を狂わせる…
 こんなに満ち足りた狂気に身を堕とせるのなら本望だ」

「…お主の場合、狂ったというより壊れておるぞ…?」


「それだけ、お前を愛しているという事だ」

「…………。」


 自分の唇の端がピクピクと痙攣しているのがわかる
 恐らく今の顔は、これ異常無い程に引き攣っているだろう

 しかし今は自分の事よりも火波だ

 彼の豹変振りが気になって仕方がない
 一体、彼に何があったというのか



 寒い
 火波が寒い

 そして―――…恥ずかしい

 じんわりと頬が熱くなってくる
 心臓がドキドキと激しい音を立て始めた


 失笑したいのに、
 笑って流す事が出来ない

 火波の眼差しが真っ直ぐ真剣なせいで、
 冗談として受け流す事が出来ないのだ





「……頬が赤くなっている」

「ほ、火波のせいじゃろうが!!
 さっきからクサい事ばかり言いおって…!!」


「可愛いな」

「…はぁっ!?」


「キャンディーピンクの悪戯な小悪魔
 その微笑でわしを射抜く、罪作りな小悪魔だ」

「も、もう勘弁しておくれ…
 お主のその寒さの方が犯罪じゃ…」



「自然と言葉が溢れてくるんだ
 こんな気持ちになったのは初めてだ」

「もう勘弁しておくれ…
 は…恥ずかしくて憤死しそうじゃ…
 恥ずかしさのあまり、海に飛び込みたくなるではないか…」


「飛び込むのなら目の前の海ではなく、
 このわしの腕の中に飛び込んできてくれ」

「か、勘弁しておくれぇ…」



「この海と比べると、わしはちっぽけな男だ
 だが…お前を想う愛の深さは、この海よりも深い…」

「もう止めてえぇぇぇぇ…」


 顔から火が吹き出そうだ
 聞くに堪えられない言葉にシェルは両手で耳を塞ぐ

 身体は熱いのに全身鳥肌が立っていた





「…どうした?」

「どうしたって…それを聞きたいのは拙者の方じゃ!!
 突然気の触れたようなことを口走りおって…何を考えてるのじゃ?」


「…いや…少しでもデートっぽく、
 甘い雰囲気を演出しようと思ったんだが…」

「……頼むから…自分のキャラを弁えておくれ…
 何かに憑依でもされたかと思ったではないか…」


「嫌だったか?」

「嫌というより…驚いた
 寿命が縮まる思いだったぞ」


 硬派と見せかけておきながら、
 突然甘ったるいムードを演出しようとするから困る

 これまでも何度か意表を突かれているが、
 それに対して自分はいつも、
 喜ぶというよりは困惑させられている



「やれやれ…何事かと思ったではないか
 それにしても、よくあのような言葉が思い付くのぅ」

「わりと本心だったからな
 あまり考えずに言葉が出て来た」

「……………。」


 そういうセリフを、真顔で言われても困る
 一体自分にどういうリアクションをしろというのか

 口下手なくせに妙な時にだけ饒舌になるのは何故なのだろう



「…それにしても、今日は寒いな…」

「自業自得じゃ
 お主のせいで体感温度が二度は下がったぞ」


「この寒さが気にならなくなるほど、
 お前を熱く燃え上がらせるにはどうすれば良いのだろうな」

「………知らぬわ、そんな事
 それより本格的に身体が冷えてきたのじゃが」


「さて…どうするか
 甘い言葉は見事に滑ったし、
 子供に手を出すわけにも行かないからなぁ…」

「……物理的に暖まる手段を考慮してくれぬか?」



「じゃあ、温まりに行くか
 良い店を知っているんだ」

「うむ…そうしておくれ…」

「よし、ついて来い」


 当てがあるのか迷い無く歩き始める火波
 慌ててその後を追うシェル

 凍える身体を両手で庇う
 冷たい潮風で、全身はすっかり冷え切ってしまっていた





 連れて来られたのは小さな喫茶店だった


 お洒落――…というよりは、渋い
 全体的に落ち着いた雰囲気の店だ

 恐らく火波の趣味なのだろう


 暖炉の火に暖まった店内で、
 椅子に腰掛けてようやく一息つく

 冷えた指先や耳が、じんじんと痛痒い



「ホットドリンクで暖まろう
 ここなら落ち着いて一休みも出来るだろう」

「う、うむ…そうじゃな」


 恐る恐るメニューを覗き込む

 コーヒー、紅茶、ココア、ホットミルク…
 良かった…まともなメニューだ

 安堵の息を吐くシェル




「喫茶店は良いな…」

「む…?」


「こうやって互いに向かい合えるからな
 お前の瞳を真っ直ぐに見ながら会話が出来る」

「…………。
 ま、まぁ…普段は向かい合わずに、
 並んでおる事が多いからのぅ…」



 まだセリフが少しクサい
 素なのか、それとも先程の演技が抜け切らないのか

 どちらにしろ、凄くやり難い


 まさか今日一日中、このモードだったりして――…

 そんな怖ろしい考えが浮かび、
 慌てて思考を切り替えるシェル


 真っ直ぐに向けられる火波の視線が恥ずかしくて、
 それから逃れるようにメニューを覗き込む

 朝から心臓がドキドキと暴れっぱなし


 いよいよ疲れてきた――…が、
 動悸は一向に鳴り止まない

 身体は冷たい潮風で冷え切っている筈なのに、
 その頬は火が吹き出そうなほど熱かった


TOP