「…曇り空か…一雨来そうな勢いじゃのぅ…」


 シェルは憂鬱な気持ちを抱えたまま、森の中を歩いていた

 気分同様、その足取りは重い
 この分だと村に着くのは相当遅くなるだろう




「…火波の馬鹿めが…」


 怒りよりも悲しみが勝る
 仲良くなれそうだと思った矢先に襲われたのだ

 いくら憎まれ口を叩こうとも、
 文句を言いながら面倒を見てくれる火波を少なからず気に入っていた

 子供扱いされるのは癪だったが、それを逆手に取って我侭言いたい放題でいられた
 何だかんだ言っても、結局は火波に甘えていたのだ


「モンスターの友達第一号にしてやろうと思ったのに…
 拙者を餌扱いするとは何たる侮辱…!!」


 優しくしてくれたのは油断させるための罠

 面倒を見ながらも、隙を窺って自分を捕らえようとしていたのだ
 屈辱と怒り、そして裏切られた悲しみにシェルは我を失っていた

 いくら早熟であろうと、まだまだシェルも子供なのだ
 傷付く事にも慣れていないし、悲しみを受け流す術も知らない




「息の根を止めてやれば良かった…
 人を襲うモンスターなど百害あって一利なし」

 義兄のセーロスから教わった付け焼刃の剣技
 しかしその才能は瞬時に開花した


 記憶を失う前に一度、剣技の基礎を身につけていたらしい
 頭では思い出せなくても身体の方がしっかりと剣の構えを覚えていた

 セーロスのお墨付きを貰った剣技のおかげで期限付きだが旅に出る許可も貰えたのだ

 限られた期限の中、出来る限りの成果を上げたい
 夢に出てくる故郷へ行きたい、失われた記憶を取り戻したい――…


 けれど、旅に出て早々にこの有様だ



「はぁ…この調子では先が思いやられるのぅ…
 鋭気を養う為にも、ここはひとつ美形のお兄様にでも慰めて貰おうか…」

 シェルは自他ともに認める面食いだ
 更に顔だけでなく身長や身体つきにも拘りを持っている

 男を見る基準をメルキゼデクやゴールドにおいているのだ
 要するに、求めるレベルが極端に高い


 長身、長髪で逞しい身体つきの美人、そして更に強くて優しくて――…

 そんな都合の良い男がそういるわけないという事はシェル自身も理解している
 高望みし過ぎても良い事なんて無いけれど、それでも求めてしまう浅ましさ





「選り好みし過ぎて結果的にカスを掴む可能性もあるしのぅ
 程々の所で妥協せねばならぬと理解はしておるのじゃが…」

「―――…実践に移さなければ意味が無いな」

「ほ、火波っ!?」

 いつの間に追いついたのか
 突然目の前に現れた吸血鬼にシェルは冷や汗をかく



「…な、なんじゃ、お主も諦めの悪い…
 もう片方の腕も刺されたいというのなら構わぬが」

「あまり図に乗るな小童
 お前など、ただ殺すだけなら造作も無い
 生け捕りにするには少々手を焼くようだがな」


 火波が強い事は理解している

 多勢のモンスターを相手に出来る時点で既にシェルの敵う相手ではない
 しかし火波が自分に餌≠ニしての価値を見出している限り、大した攻撃は出来ない

 彼が望むのは生け捕りにして生き血を啜る事――…致命傷になるような攻撃は絶対にして来ない
 もし本気を出されたら、大して抵抗も出来ないまま八つ裂きにされるのは目に見えているが…

 攻撃対象にされていないという確信があるからこそ、シェルも余裕を保っていられる




「…それで、朝っぱらから吸血鬼が何の用じゃ?
 無理せずに、大人しく布団を敷いて寝ておるが良かろうに」

「このまま引き下がれるかっ!!
 お前がその態度を続けるのなら、わしにも考えがある!!」

 その態度って…当然の抵抗だと思うのはシェルの気のせいだろうか
 大人しく餌になって、生きたまま血を吸われ続ける一生なんて過ごしたくない


 しかし所詮、相手は残虐非道なモンスターだ
 平和的な常識など通用しない相手なのだろう

 相手は人ではない

 しかも、自分に危害を加えようとしている『敵』だ
 嫌われようが憎まれようが痛くも痒くもない


 だからシェルも容赦なく言葉を吐き出す事が出来る




「拙者のストーカーになりたいのなら整形手術でもしてきたらどうじゃ
 不細工な犬畜生に付きまとわれても嬉しくも何とも無いからのぅ…」

 シェルには火波が、目つきの悪い犬にしか見えない

 もっと愛嬌のある顔なら愛着も湧いたかも知れないが、
 睨むような視線を受けていてはそうもいかない


「大きな目でウルウルしてくるような犬なら拙者も可愛がってやったかも知れぬが…
 常に般若のような眼光を向けてくる犬など、頭を撫ぜてやろうという気すら起きぬのぅ」

「わしは別に、可愛がって欲しいわけではない…」

 火波の背に哀愁が漂う

 彼のこういう表情豊かな所は嫌いじゃない
 モンスターながらに味がある




「犬にも表情があるのじゃな…」

「わしは至って普通だっ!!
 お前が表情に乏し過ぎるんだ!!
 つまらなさそうな、苛立ってる様な顔で過ごして何が楽しい!?」

「楽しくも無いのに笑えるものか
 拙者の顔の筋肉は人一倍硬いのじゃ、笑顔の安売りは出来ぬ」

 昔から何処か冷めた性格だったが、成長期を迎えて更に拍車がかかったらしい
 おかげで世話になっているイセンカの村では『渋い子』扱いをされていた




「と、とにかく…だ
 わしはお前を手に入れるまで地の果てまでも付き纏うぞ」

「美形のお兄様に言って欲しいセリフじゃのぅ」

悪かったな畜生っ!!
 だがそんな憎まれ口を叩いていられるのも今のうちだ
 わしの前で隙を見せた時――…それが、お前の最後だ!!」

 びしぃ、と指を突き立てて宣言する火波
 とりあえず勢いはあるが、実際問題それは―――…


「…要するに、面と向かって勝負するのは諦めて、
 影でこそこそ隙を見ながら捕らえようというスケールの小さな事を考えておるのじゃな」


スケール小さい言うなぁ!!
 わしだって本当はこんなセコい事せず、正々堂々とやりたいわ!!」


 本人も自覚はあったらしい

 しかしプライドよりも食欲をとるあたり、奴も所詮は犬という事だ



「哀れな…これが美形とまで行かなくても、
 まだ人型だったら情けもかけてやれたものを
 不細工な顔も仮面で隠せば見えなくなるし、
 そうなれば拙者の下僕として仕えさせてやることも出来たのに」

「お前、何でわしをそこまでどん底な身分に陥れる…?」

 言いたい放題いわれて、火波は怒りよりも切なさに身を焦がす
 その表情にはある種の諦めの色も窺えた



「いや、拙者の美貌を引き立てる者が一人くらいおった方が、
 美形のお兄様をゲットできる率が上がるのではないかと思ってのぅ…」

 合コンなどで昔から良く使われるパターン
 口も性格もお世辞にも良いとは言えないシェルにとって、引き立て役は必要だ

「やはり、一人でも多くの良い男を手に入れたいからのぅ…」

 火波顔負けの獣の瞳で宙を見つめるシェル
 良い男ハンターとしての血が騒ぐらしい


「……男の話をしてる時だけ楽しそうだな、お前………」


 嫌だなぁ…


 そう心の中で呟きながら火波は深々と溜息をついた


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