「…ええと…それでだな、話というのは…」

「う、うむ…」


「その…わしは、
 今までこうしてお前と行動を共にしてきたわけだが」

「うむ…」


「その間に、わしにも色々と思うことがあって…だな」

「ほぅ…」


「それで、それが何かと言うとだな
 ええと…何と言えば良いのかわからないんだが…その…んー…」



 …………。

 ………………。


 さて
 何と切り出せば良いのか

 正直、火波は告白というものをした事が無い

 妻とは見合い結婚だった
 周囲に勧められるがままに、成り行きで添う事になったのだ

 プロポーズらしい言葉を口にした経験も無い



 いや、それ以前に

 見てくれの割りに、
 大してモテなかった火波である

 元々の根暗かつチキンな性格も影響してか、
 交際を自分から申し込んだ事もない

 ちなみに交際を申し込まれた事も殆ど無い


「……ええと……」


 何を、どう言えば良いのか
 甘ったるい恋愛本なんて読んだ事も無い

 それでなくても口下手な火波に、
 気の利いた告白文句なんて思い浮かぶ筈も無く

 必死に考えても脳裏に浮かぶのは何故か釣り新聞の煽り文句ばかり




「……んー……」

 腕組みをして険しい表情
 そんな火波の姿にシェルは、じっとりとした視線を向ける


「…火波よ…
 話題が無いのなら、拙者は寝るぞ?」

「あ、いや、ちょっと待って…」


 慌てて告白文句を考える

 やっぱり『好き』とか『愛してる』と言うべきだろうか
 しかし…前フリというものも必要だろう

 突然突拍子も無く『好き』と言われても信憑性が無い



 自分とシェルだ

 洗いざらい想いをぶつけたところで、
 本気に受け取られないというオチが容易に予想出来る

 真剣なのだという心意気をシェルに伝えるには、
 一体どんな手法をとれば確実なのだろう


 シェルと違って自分は口下手だ
 下手な事を言って逆方向の想いを伝えてしまう可能性も否めない

 あまり回りくどくなく、ストレートに想いを伝えたい
 かといって、あまりにも直球過ぎても本気には受け取って貰えない

 どうしたら良いんだ



「ええと…そ、そうだな…んー……」

「……………。」


 シェルが睨んでくる

 しら〜っとした、白い視線が痛い
 無言なのに明らかに不機嫌な心情が伝わってくる

 ずっしりとプレッシャーが圧し掛かって押し潰されそうだ


 …………。

 いや、待てよ?
 これ…もしかしたら使えるんじゃないか?


 昔から『目は口ほどに物を言う』というじゃないか

 口下手な自分が下手に言葉を連ねるより、
 真摯な視線で訴えた方が想いが通じるのでは…





「――…し、シェル…!!」


 がしっ

 彼の両手を、しっかりと包むように握り締める火波
 唐突な火波の行動に目を白黒させるシェル


「…え?え?
 な、何じゃ…?」

「――――――…。」


 無言
 あくまでも無言、でも凝視

 じぃぃ―――――……


 全力で熱視線を送る火波

 あらゆる想いを視線に込めて、
 これでもかという勢いで情熱的な視線を送り続ける


 感じてくれ
 そして、察してくれ

 そんな想いを込めて、シェルの蒼い瞳を見つめる火波




「…ほ、ほ、火波…っ…!?」

「……………。」

「な、何で黙っておるのじゃ…?」

「……………………。」


 突然黙り込んだまま己を見つめてくる火波に、
 シェルは困惑―――…というより、恐怖に近い表情を浮かべる


「い、一体どうしたのじゃ…?
 頼むから何か言っておくれ…」

「……………………………。」

「………ほ、火波ぃ……」



 背筋が、じっとりと汗ばんでくる

 根暗な大男が自分の両手を握り締め、
 そして無言のまま自分を見つめ続けているのだ

 それこそ穴が開くかというような勢いで


 眉間には皺が寄っている
 生真面目な火波らしい、真剣な眼差し

 しかし、その頬は―――…ほんのり桜色



 火波本人は気付いていないらしいが、
 どんどん鼻息が荒くなってきている

 怪しい…というより、これじゃあまるで変態だ

 そして凄い迫力
 一体何に対して、ここまで興奮しているのか

 そして何故、終始無言なのか
 興奮気味の大男に無言で手を握られるというこの状況


 …はっきり言って、これは怖い
 そして一言も言葉を発さない火波が―――…不気味だ

 頭の中で何を考えているのか、
 予測不可能な相手ほど対処に困る存在は無い



 シェルの中で危険信号が点滅を始める

 危険だ
 この状況は危ない

 何がどう危ないのかはわからないが、
 とにかくこのままでは危険だと本能が告げている

 言葉では説明の出来ない、
 形の無い恐怖が全身を駆け巡る


 ――…逃げなければ
 一刻も早く、この男の元を離れなければ

 身の危険を感じたシェルは、
 混乱した頭でこの状況から逃げ出す術を考える


 両手は、がっしりと包まれてしまっている
 これを自分の力で解くのは難しい

 かくなる上は――――…!!




「ほ、火波…許せ!!」


 ガツッ


 響き渡る鈍い音
 シェルの頭突きが火波の顔面に炸裂した

 目から火が出るような錯覚に襲われる二人


「―――…ぐぅっ…!!」

「うぅぅ…」


 思わず手で顔を押さえる火波
 頭突きの衝撃で眩暈に襲われ、蹲るシェル

 双方、大ダメージ



 視界がチカチカする

 シェルは眩暈で回る視界と頭にふらつきながら、
 それでも何とか目の前の火波に焦点を合わせた


「つっ…ほ、火波よ…
 一体どうしたというのじゃ…?」


 怒り半分

 しかし心配も半分混ざった、
 そんな複雑な眼差しを向ける

 最近の火波は何かが変だ



「………火波?」


 目の前の男は両手で顔を覆ったまま微動だにしない

 俯いたままの火波を前に、
 今までとはまた違った状況に心乱される


 そんなにダメージが大きかっただろうか

 まさか鼻でも折ったのでは――…と、
 急に心配になってくるシェル

 骨折はしていなくても鼻血くらいは出ている可能性がある


「ほ、火波…すまぬ
 その…大丈夫か…?」


 恐る恐る、その手を剥がしてみる

 鼻の形状に問題は無し
 白い顔には鼻血どころか傷一つ無い

 ほっと胸を撫で下ろすシェル



「ふぅ…良かった…」

「…………よくない……」

「えっ?」


「…………………。」

 俯く火波の表情は、しょんぼりと暗い影を落としている


 それもその筈、
 現在、火波は傷心の真っ最中だった

 千語の告白にも勝る想いを込めた眼差しを向けたというのに、
 返ってきたのは痛烈な頭突き攻撃


 プローポーズの返事にビンタが返ってきた惨めな男の心境だ

 幸いにして鼻が潰れる事は無かったが、
 小心な男の恋心は見事に圧し折られてしまった


 想いが伝わらなかっただけでもショックなのに、
 物理的な攻撃まで食らって火波は立ち直れずにいた

 口下手な男の精一杯の愛情表現は、見事に大玉砕

 初めて味わう失恋に打ちのめされた火波は、
 無言のまま、ベッドに突っ伏してしまう




「……な、なんなのじゃ…お主は……」


 もう、何が何だかわからない
 一体今日の火波は何なのか

 メルキゼに勝るとも劣らぬ奇怪な空回りっぷり
 一人で妙な行動を起こして、そして一人で勝手に傷ついている


 この男は一体、何がしたいのか

 火波の意図がさっぱり伝わらないシェルは、
 目の前の火波を見下ろしながら首を傾げた

 カーマインの苦労が何となくわかった気がする

 彼がこの場にいたら何らかの助言が貰えたかも知れないが、
 今は自分ただ一人でこの男を何とかするしかない



「…ほ、火波…?
 どうしたのじゃ…?」


 火波の肩に手を置いてみる

 慰めるように軽く肩を叩くと、
 いつもより低く感じる声が返ってきた


「……触らないでくれ…
 もう、いいんだ…どうせ、わしなんか……」

「……………。」


 手を払い除けられはしなかったものの、
 その声色から明らかな拒絶を感じてシェルは思わず彼から手を離した

 火波が落ち込むのはいつもの事だが、
 今回は何かが違う

 今までに無い深刻な雰囲気が漂っているのをシェルは感じていた




「…ほ、火波……」


 とにかく火波は一体、何がしたかったのか
 それがわからない限りはシェルにも、どうしようもない

 しかし彼の意図さえわかれば、
 彼に掛けるべき慰めの言葉も見えてくるだろう


 恐らくヒントとなるのは最初に火波が言っていた言葉

 突然言葉を詰まらせて濁らせた、
 あの会話の先に答えがあるに違いない



 記憶を辿ってみる
 火波は何と言っていただろうか

『…自分と行動を共にしていて、思うことが出来た』


 確か、そんな事を言っていた筈だ
 じゃあ一体、火波は自分に対して何を思っていたのか

 伝えようとして思わず言葉を濁らせてしまうような――…


「……………。」

 ふと、何かが浮かびかけた
 しかしそれが何かはわからないまま、消えて行ってしまう

 頭のどこか本能的な部分で、
 その答えは出してはいけないと危険信号を発しているらしい



 シェルは無意識に髪をかき上げた

 頬に触れる指先が冷たい
 体温の無い火波の手に包まれていたからだ

 痛いほど強く力を込められた手
 けれど、手の冷たさとは裏腹に視線は妙に熱っぽくて…


 火波は自分に何を伝えようとしていたのか
 そして、彼は何を思って自分の手を握ったのだろうか

 いつにない真剣な眼差しを思い出す
 そしてガラにも無く微かな赤味の差した火波の頬―――…



 ……もしかして、
 火波は自分の事を―――…

 …好きだったりして……?


 そう考えれば辻褄が合うような気がしないでもない

 最初、突然言葉を濁らせた火波
 元々度胸の小さな男の事だ

 好きだと告げようとして口篭ってしまった可能性は否めない


 そして自分の手を握った時の、あの長い沈黙

 あれはもしかすると、
 自分へ愛を告げる文句を考えていたのでは…?

 そう考えれば不自然なほどに長い沈黙も、
 真剣な眼差しも、仄かに色付いた頬の説明も付く



 いや、でも……そんなまさか

 思い当たった考えをすぐに打ち捨てる
 いくらなんでも現実味が無さ過ぎる

 それは自分の願望が生み出したに過ぎない
 都合の良い解釈ばかりしていないで現実を見なければ


 しかし……

 もし、自分の憶測が当たっていたのだとしたら
 火波のあの行動が自分への告白だったとしたら

 自分は彼からの告白を拒絶したばかりか、
 物理的な手段でも彼を傷付けてしまったことになる


 ベッドに突っ伏したまま、
 落胆の感情を露にした火波

 これがもし告白に失敗して、
 玉砕した失恋男の姿だとしたら――…



 だとしたら、一刻も早く誤解を解かなければ
 修繕不可能な関係に陥ってしまう前に

 自分は火波を拒絶したかったわけではない
 ただ、あれが告白だと気づかなかっただけで…!!


 …いや、まだあれが告白だったのだと確信したわけではないが


 そうだ
 まずは自分の憶測が正しいのかどうか

 とにかくそれを確かめなければ、
 自分まで空回りな行動をしてしまう事になる


 自分の事を好きかどうか、それを訊ねてみよう

 もし単なる自分の勘違いだったとしても、
 『恋愛感情の意味ではなく仲間として好きかと聞いた』と言えば誤魔化せる





「………ほ、火波……」


 呼びかけてみるが、しかし無反応
 火波の身体は微動だにしない

 寝てしまったのか――…とも思ったが、そういうわけでもないらしい


 耳さえ聞こえていれば大丈夫と、
 シェルは気を取り直して行動を続ける



「…ほ、火波…は、拙者の事…
 す、好き…だったりは…せぬか?」


 ぴく

 一瞬だけ火波の肩が動く


「な、何となく…じゃが
 好きなのかな――…って、思って…」

「……………。」


 ゆっくりと
 火波が顔を上げる

 しかしその表情は、
 先程までの情熱的なものとは対称的で


 切ないというか、惨めというか

 例えるなら飼い主に置き去りにされたまま、
 存在を忘れられてしまった犬のような目をしていた



「……ほ…火波……?」

「もう…いいんだ
 どうせ、わしなんか…」


「そ、そう卑屈になるでない」

「…惨めで無様で…消えてしまいたい
 自分に愛想が尽きた、もう嫌だ…何もかもが嫌だ…」


 そう言って、再び突っ伏してしまう火波

 自己嫌悪に陥っている彼は、
 いつもより三割り増しにマイナス思考だ

 しかし、そんな言葉からでもシェルはある確信を持つ


 火波は暗く否定的な言葉を口にしながらも、
 シェルの問いかけに対しては否定をしていない

 元々、嘘の苦手な火波だ

 否定をしないという事
 それは裏を返せば、つまり―――…




「…好きなのじゃな?」


 火波の傍らに腰を下ろすと、
 シェルは彼の黒髪に指を絡ませる

 そして、もう一度問い掛けた


「拙者の事…好きなのじゃろう?」


 確信を持って
 ゆっくりと彼に言葉をかける

 サラサラと指の間を流れ落ちる黒髪
 彼の髪を弄びながら、シェルは火波の反応を待つ


 沈黙が流れる

 やがて…かなりの間を置いた後、
 火波が恐る恐るといった様子で顔を上げた

 火波の赤い瞳とシェルの蒼い瞳がしっかりと交わる


「……シェル……」

「拙者の事が、
 好きなのじゃろう…?」

「……………。」


 火波は一言も言葉を発さなかった
 しかし、微かにだが火波の頭が頷いて見せる

 居た堪れなくなったのか、それとも照れ臭くなったのか
 徐に火波は視線を逸らせようとする

 シェルはそれを衝動的に押さえると、
 火波の冷たい身体を自らの熱い腕で抱き締めていた


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