「―――…シェル、すまない…!!」



 パタパタと駆け足で店に飛び込んでくる人影
 書店の包みを抱えた火波が息を切らせながら店の戸を開いた


「…むぅ…遅い…」

「す、すまない…」

 怒られるのを覚悟して肩をすくめる火波
 しかし、予想していた皮肉たっぷりの毒舌はなかなか降って来ない


「……シェル…?」

 恐る恐る少年の顔を覗き込む

 ご機嫌斜めな少年のお出迎え…かと思いきや
 不機嫌というより疲れ切ったという表情のシェルが鎮座していた

 心なしか、ぐったりとしている



「…ま、待ちくたびれた…か…?」

「お主のせいで疲労困憊じゃ…」

「わ、悪かった」

「いいから早く行くぞ…
 座ってばかりいるのも疲れるのじゃ」


 シェルが座っていた傍らに湯飲みが転がっている

 どうやら老夫婦の長話に付き合わされていたらしい
 成る程…これでは疲れる筈だ



「やれやれ…
 本数冊に何時間掛かっておるのじゃ」

「いや…会計をしようと思った途端に、
 突然わしを目掛けて本棚が倒れてきてな…
 折り重なる本棚の隙間に挟まって身動が一切封じられて…
 結局、救出劇の後に片付けまで手伝わされる羽目に――…」


「……火波よ…お主のその不幸体質、何とかならぬか…?」

「何とかしようと思って何とかなるのなら、
 とうの昔に何らかの対策を取れている筈だ…」

「むぅ…難儀な男よのぅ…」


 相変わらずの火波に怒る気も起きない
 ただ互いの苦労を労うばかりだった

 店を出て市場を歩きながら何気ない会話を交わす



「そういえば惣菜、何を買ったんだ?」

「ええと…辛子明太子と小魚の山葵漬けじゃ
 火波には海老の塩辛と蒲鉾を買ったのじゃが…」


「お前は本当に辛いものが好きだな
 辛子明太子とか、キムチ漬けとか…」

「ピリリと辛いのが好きなのじゃよ、食べ物も喋りも」

「いや、辛口トークは勘弁してくれ…」


 どっちも胃に悪い…と、
 げんなりとした表情で胃を押さえる火波

 それを笑顔でさらりと流すシェル



「あ〜…それにしても口が塩辛いのぅ…
 お茶請けに出されたものが、
 どれも塩分の強いものばかりで…甘い物が恋しいのぅ…」

「じゃあ夕食はカフェで済ませるか?
 カフェならデザート類も充実しているだろう」

「うむ、そうじゃな」


 にっこりと微笑むシェル
 どうやら機嫌は直ったらしい

 ほっと息を吐く火波



「…じゃあ…メイドカフェに参るかのぅ」

 お待ち下さいませご主人様


「おい…
 絶対に行かないぞ、わしは…」

「ふっ…冗談だから安心致せ
 拙者、婦女子には興味ないのじゃ」

「いや、それはそれで問題だが…」



「店員が美少年・美青年オンリーのメイドカフェなら行ってみたいのぅ…」

「それは既にオカマカフェなんじゃ…」


「むぅ…じゃあ執事カフェはどうじゃ?」

「どうかと聞かれても…
 執事に囲まれて楽しいか?」


セバスチャンマニアには堪らぬ世界じゃ」

「わし…セバスチャンには萌えないし…
 第一、わしが行って何の得があるというんだ」



「お主の第二の人生を疑似体験

「お前はわしになにをさせる気だ!?
 というか一体、どんな未来予想図を立てている!?」


「えー…拙者の執事、
 もとい下僕になった火波を――…」

それ以上言うな


 シェルの場合、とてつもない事をサラリと言いそうで恐い

 爆弾発言が来る前に、
 火波はシェルの口を手で塞いだ




「いっそイケメン勢揃いの漢カフェがあれば…」

「というかそれ、ホストクラブだろう…」

「おお、成る程…
 経験者は語る、というやつじゃな」


 違う

 というかお前…
 美容師のわしに、一体何の経験があると…



「美容師というからには、それなりの展開を期待してしまうのじゃが」

 どんな展開だ

 さてはこのガキ
 また妙な設定のBL本を読んだな?

 さっきの書店で、美容師絡みのエロ本見やがったな!?




「わしは田舎の小さな村で店を出していたんだ
 そんなに華やかな生活はしていないし――…
 お前は一体、わしをどんな美容師だと思っているんだ」


巨尻で客を誘う魔性の美容師

丸刈りにされたいか?」


剃毛プレイ?
 もしやお主の18番!?

有り得んわ!!


 ったく…このガキは…!!

 ピキピキと血管が浮き出そうになる額を押さえつつ、
 火波は平常心を繋ぎ止めるべく深い呼吸を繰り返す



「…だって、お主の事じゃから、
 客に襲われた事くらいあるじゃろうと…」

「わざわざハサミやカミソリが
 大量に置いてある店で襲おうという暴漢はいないぞ」


「…ちっ…つまらぬ…」

「おい、人の不幸を期待するな
 お前はもう少し他者に対する優しさはないのか?」



「美容院で客に押し倒されている美容師を発見したら、
 そっと『本日は閉店しました』の札を
 入り口に下げて人払いしておく程度の優しさは持ち合わせておるぞ?」


 いや、助けろよ

 というか何なんだ、
 その無意味な優しさ


「…わしは暴漢に襲われているお前を
 助けてやった事があるというのに…何て薄情な…」

「あの救出劇はまだ甘い
 『シェルを襲うくらいなら、わしを襲え!!』くらい言って貰わねば」


 奴にそれを言ったらシャレにならん

 遊羅なら襲う
 本気で襲ってくる

 忍術を使ってでも襲ってくる

 シェル…お前は知る由もないが、
 現に前科があるんだ、奴には…!!



「あぁ…嫌な事を思い出した…」


 火波にとって遊羅との諍いは汚点の一つだ

 男から告白された上に襲われかけた経験なんて、
 記憶から抹消してしまいたい過去以外の何者でもない


 それこそゴミ箱に入って転げ回りたくなる

 もう一度襲われるくらいなら、
 ゴミ箱と共に海の藻屑になる方を選ぶかも知れない

 …どうせ不老不死だから少し経てば復活するし



「…火波…?
 どうしたのじゃ?」

「い、いや、何でもない
 ――…あぁ、この店に入ろうか」


 偶然、目に付いたカフェ
 嫌な過去を振り切るように火波は店へと足を向けた

 素直にそれに続くシェル







「いらっしゃいませ」


 カフェの中は閑散としていた
 時間帯が食事時から外れていた為だろう

 カフェの中には店員と思われる中年の男性と、
 アルバイトと見られるウエイターの姿しかない

 小さな店だが落ち着いて良い雰囲気だ



「…ゆっくり出来そうだな」

「うむ、やっと一息吐けるのぅ…」


 運ばれて来た水を口に含みながら、
 火波は窓の外の景色に視線を向ける

 何処からか隙間風が吹いているらしい
 冷たい風が火波の頬を撫ぜて行く


 こうやってカフェで寛ぐのも随分と久しぶりだ

 あまり空腹ではない火波はシェルにメニューを渡す
 彼は素直にそれを受け取ると、早速吟味を始めた



「……むぅ……」

 正面に座るシェルはメニューを覗き込みながら、
 神妙そうな表情で眉を寄せている

 どうやら何を頼むか迷っているらしい


「ゆっくり選んでいいぞ」

「う、うむ…」

 シェルは頷くと再びメニューに視線を落とした


 ゆっくりとした時間が流れる

 こういうのも悪くない
 カフェで二人、向かい合って過ごす穏やかな時間


 シェルとこうしていると、
 まるで―――…デートのようだ

 そんな事を考えて、思わず頬が緩みそうになる


 慌てて真顔を取り繕って、
 空咳などをして誤魔化す火波

  しかしシェルはそんな火波に気付く事も無くメニューと睨み合っていた




「…うーむ…」

「どうした?
 悩むなら幾つでも頼めば良い
 お前なら二人前でも三人前でも入るだろう」

「そうなのじゃが…むぅ…」


 どうもハッキリしない

 シェルにしては珍しい
 優柔不断な火波と違って、シェルは比較的決断が早い性格だ

 もう一度メニューに視線を落とした後、
 ようやく決まったのかウエイターを呼び寄せる



「ええと…じゃあ拙者は…
 冷やしバナナ定食

 なにそれ


「ちょっ…な、何だそのメニューは!?」


 シェルからメニューを奪い取ると、
 火波はそれに目を通す

 そこには確かに『冷やしバナナ定食』の文字があった



「…なになに…?
 キンキンに冷した完熟バナナが丸ごと一本ついてきます
 ご飯と季節の漬物、味噌汁付きで銅貨三枚のお得メニュー…?」

「ど、どうじゃろう…
 とりあえず一番人気のメニューらしいのじゃが…」


「どうって、お前…
 バナナで飯が食えるのか?」

「漬物と味噌汁さえあれば何とか…」

「わざわざそんなもので済ませるな
 デザートが欲しいなら個別に頼めば良いだろう」


 そう言うと火波はメニューに視線を落とす
 何気なく視界に入ったメニュー

 痛快・テクニカル定食〜応急手当付き〜


「…………。」

 火波は一度メニューを置くと、
 お絞りで顔を――…特に目の周囲を拭き始める

 そして、さっぱりしたところで再びメニューに視線を向けた


「……シェル…この、
 テクニカル定食って…何だと思う…?」

「……拙者に聞かれても困るのじゃが…
 店員に聞けば詳しくわかるのではないか…?」


 ちょっと聞くのが恐い
 それでも意を決してウエイターに訊ねる火波



「あ、あの…このメニューについて詳しく…」

「こちらの痛快・テクニカル定食〜応急手当付き〜は、
 マスターのテクニックで確実にお客様を昇天させる一品です
 元・武道家のマスターが繰り広げる必殺技を堪能下さい」


 嫌です

 というかそれは、
 注文したらボコられるんですか?

 そこのカウンターで涼しい表情でグラスを磨いているマスターが、
 武道家に豹変して襲ってくるんですか?



「こ、こっちの…
 号泣・怒涛の涙定食〜目玉殺し〜というのは…?」

「これはマスターの悪戯心により、
 さり気なくワサビ一年分が盛られてます」


 盛るな
 そして一年分って何百グラムだ

 というか、想像するだけで目が痛い
 そしてこのメニュー考案した奴、出て来い




「じ、じゃあ…この、
 阿鼻叫喚・悶絶失神地獄定食は?」

「ウエイターとマスターの連携コンボで、
 お客様を地獄絵図の主人公にさせて頂きます」


 何する気だ

 というか、
 お前もかい



「ちなみに何をするかはヒミツです」

 恐過ぎる


「私どもの満足度により、
 お客様に相応の額をお支払いさせて頂きます」


 満足度って何!?

 というか、お支払いさせて頂きます…って
 こっちが金貰うって事!?



「ふふふ…如何なさいます?
 注文…してみますか…?
 ご注文頂いた場合のキャンセルは一切出来ませんが…」


 妖し過ぎるにも限度がある

 というか、
 何なのこの店





「それではお客様、
 オーダーを伺わせて頂きます」


「…………。」

「………………。」


 無言で顔を見合わせるシェルと火波

 アイコンタクト
 二人は頷くと声を揃えてウエイターに告げた


「「冷やしバナナ定食二つ」」

「かしこまりました」


 涼しい表情でその場を後にするウエイター
 そして相変わらずグラス磨きに余念の無いマスター



「………何だったんだ、一体…」

「火波よ…
 この店を選んだのはお主じゃぞ…」


「だって…こんな事になるとは思わないだろう、普通…
 お前が何であんなに悩んでいたのかは、よくわかったが」

「うむ…究極の選択じゃろう」



 ふー…と、深く息を吐く二人

 どっと湧き出る疲労感
 メニューを裏返すと、視界に入らない位置にそれを隠す


 とりあえず

 何故、冷やしバナナ定食が一番人気なのか
 その理由は痛いほど理解出来た二人だった




「お待たせしました」


 その後、運ばれて来た料理は――…

 白いご飯に大根の漬物、ワカメの味噌汁
 そして―――…バナナが一本


 ああ…黄色が鮮やかだ
 鮮やか過ぎて目に沁みる…

 うん…甘い、そして冷たい
 バナナの甘さを噛み締める二人



「…わし…バナナをオカズに飯を食うの、初めてだ…」

「買ってきたお惣菜、
 ここで出したら叱られる…かのぅ…?」

「やっぱりマズいだろう、それは…」


 その衝動を抑え、
 ただ無心に目の前の食事を掻っ込む火波


「…この店…カーマインを連れて来たら面白いじゃろうなぁ…」

「やめてくれ…
 頼むから、やめてくれ…」


 味噌汁でご飯を流し込みつつ、
 半ば根性でそのメニューを平らげて行く

 ようやく店を出た頃には、外はすっかり暗くなっていた




「……あっ……」

「ん…どうした?」

「い、いや、何でもないのじゃ…」


 慌てて誤魔化すシェル
 何事も無かったように岐路を辿る火波の後を付いて行く

 しかし、内心焦り始めるシェル
 少年は後悔の念と共に額を押さえる


 ――――…しまった…

 火波に味噌汁ぶっかけるの忘れてた…!!



 どうしよう

 結局、何も出来なかった
 状況は何も変わらない


「あぁぁぁ…」


 帰ったら近藤さんが…近藤さんがぁぁぁ…!!

 相変わらず窮地に立たされている現状を知って、
 顔から血の気が失せて行くのを感じるシェルだった





 ―――…30分後




「あぁ…疲れたな」


 ようやく帰宅したシェルと火波

 マントを外しながら、火波は深く息を吐く
 部屋に戻ってようやく落ち着くことが出来た

 粗末な宿の一室だが、
 今、最もリラックス出来るのはこの場所なのかも知れない


 クローゼットから寝間着を取り出すと、
 火波はそのまま着替え始める

 白い胸や腹筋が露になって、
 シェルは思わず視線を逸らした



「も、もう、寝るのか…?」

「横になって本を読もうかと思ってな」


 火波が買ってきた本は、
 袋に入ったまま無造作にベッドの上に放り出されている

 ベッドに横になったり座ったりしながら、
 本や新聞を読むのが最近の火波のお気に入りらしい




「…ふ、ふぅん…」


 相槌を打ちながら複雑な心境のシェル

 火波を風呂に押し込もうとしていた当初の予定は失敗した
 しかし、このまま彼に寝て貰えれば朝になるまで探し物が出来る

 問題は火波が眠りにつく前に、
 自分が睡魔に襲われないかどうか…


 正直言って、今日は自分も疲れている

 ベッドに横になった途端に、
 コロリと眠りに落ちてしまう可能性が大だ



 火波は朝が弱い
 彼より早く起きられれば探し物が出来るかも知れない

 しかし、物音を立てれば流石の火波も目を覚ますだろう


 どうしたものか…と、思案を巡らせながらも、
 火波につられて自分も寝間着に着替え始める


 落ち着かない

 そわそわと挙動不審になりがちな自分を窘めながら、
 シェルは何とか落ち着こうと深呼吸を繰り返す



「……はぁ……」


 隣りのベッドでは火波が既に読書に耽っていた

 夜は火波が最も活動的になる時間帯だ
 しかも読書まで始められては、なかなか眠りには付かないだろう

 果たして火波が眠りに落ちるまで、
 自分は起きていられるのか…

 はっきり言って、自信が無い





「…どうした?」

「え、え、な…何がじゃ?」

「さっきから様子が変だ
 どうも気になるな…何を企んでいる?」


 ぎろり、と鋭い視線を向けられる
 心の中を見透かすような視線にシェルは一瞬肩を竦めた

 背筋に冷や汗が流れる
 心臓が爆発しそうだ


「べ、べ、別に…」

「ふん…どうだか
 お前はいつも悪戯をわしに―――……ん…?」

 急に火波が顔を顰める



「ど、どうしたのじゃ…?」

「何かがベッドの中に…」

 毛布の中に手を突っ込む火波
 何かを探り当てたのか、カサカサと微かな音がする


「…何だ…?」


 ベッドの中から火波が取り出したもの
 それは―――…行方不明になっていたコンドームだった

 コンドームが…
 よりによって、火波のベッドに…っ!!




「いやあああああああああああああああああっ!!!!!!」


 顔面蒼白
 そして大絶叫


 な…何で…?
 どうしてぇ…っ…!?

 一体、何がどうしたらそんな所にぃぃぃぃ…っ!!!!


 なにも、そんな所で発見されなくても!!
 あぁ…一番最悪な所で見つかってしまった…!!!!

 相手のベッドにコンドームを忍ばせるなんて、
 これはもう誘ってるとしか思えない行動じゃないかああああぁ…っ!!!


 誤解される
 これは確実に誤解される!!

 昨日の今日でこれはあまりにも危険過ぎる…!!!




「ち、ち、違うのじゃ!!
 それは拙者が、その…カーマインに…っ!!」

「…お前が…?」


 手の中のコンドームとシェルを交互に見比べる火波

 暫く考え込むような素振りを見せていたが、
 すぐに納得したかのように頷く


「…そうか…よし、わかった」

「な…何が!?」



「わざわざ今夜の為に、
 カーマインに頼んで用意して貰ったんだな?
 彼と話がしたいと言っていたのも、今夜の事なのだろう?」

「い、いや、ええと…」


 当たってるけど、微妙に違う

 というより、恐らく火波には
 正反対のニュアンスで伝わっている気がする

 こういう場合は何と説明すれば良いのだろう





「わざわざ、わしのベッドにこんな物を忍ばせるとは…
 子供のくせに粋な誘い方をするじゃないか、面白い」

「い、いや、面白がられても…っ…」


 どうしよう
 どんどん窮地に追い詰められて行く

 拒絶しようと思えば出来る筈だが、
 下手な事を言って火波を逆上させてしまえばそれこそ絶体絶命だ


 それにこの状況で拒絶の態度を示せば、
 彼との関係に少なからず亀裂が入るだろう

 こんな形で彼と仲違いする事だけは絶対に避けたい



「あぁ…ええと…ど、どう言えば良いのじゃ…!?」


 頭を抱え込むシェル
 焦ると思考が全く働かなくなる

 それどころか混乱した脳は、
 とんでもない事をシェルに喋らせることもある


 結局、気の聞いた言葉も浮かばずに押し黙るしかないシェル




 一方、火波の方も平静を装ってはいたが、
 実は心の中はパニックに陥ってた

 こうやって平常心を装っていられるのが不思議なくらいだ


 とにかく不意打ち攻撃に面食らっている
 まさか、ここまでストレートな誘いが来るとは思っていなかった

 相手のベッドの中にコンドームなんて…
 そんな誘い方、一体何処で覚えてきたというのか



 しかも、わざわざカーマインに頼んで用意して貰ったらしい


 疑い様も無い

 シェルは本気だ
 これはもう明らかだ

 シェルは確実に、自分に抱かれる気でいる


 完全にその気になった相手を前に、
 自分が取るべき行動は一つしかないだろう

 そもそも最初に煽ったのは他ならぬ火波自身だ
 ここで自分が逃げ出すわけには行かない




 しかし
 彼を抱く前に、自分にはやらなければならない事がある

 これは男としてのけじめだ

 もう決めたのだ
 包み隠さず、シェルに胸の内を告白すると


 好きだ
 愛している、と

 呆れられようが笑われようが、
 とにかくこの想いを伝えない事には彼を抱く踏ん切りもつかない

 たとえ、どのような結果になっても
 想いの全てをぶつける事が出来た故の結果なら受け止められる筈だ




「…シェル、少し真面目な話をしたいんだが…いいか?」

「………えっ…?」


 恐る恐る視線を向けてくるシェル
 緊張の為か、彼の表情は血の気が引いて見える

 その肩が微かに震えているように感じるのは気のせいだろうか



「…お前に、聞いて貰いたい事があるんだ」


 真っ直ぐに彼の目を見つめて向かい合う

 シェルを怯えさせないように
 決して傷付けないように

 火波は言葉を選びながら、ゆっくりと胸の内を語り始めた


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