パシャパシャと水の音が響く


 汚れた服を洗う火波に視線を向けながら、
 カーマインは彼にかけるべき言葉を選んでいた



 意気込んで火波の後を着いて来たはいいが、
 何て切り出せばいいのか迷ってしまう

 いきなり『シェルの事が好きですか?』なんて聞く訳にも行かない


 そんな事をすれば火波に警戒心を抱かれてしまうし、
 下手をすればシェルの思惑が火波にばれてしまう

 とにかく、あくまでもシェルとは無関係を装って火波の本心を聞き出さなければ――…




「……どうした?」


 突然火波が振り返る

 いきなり掛けられた声にカーマインは飛び上がった
 心を見透かされたのでは―――…と、背筋に冷たい汗が流れる


「えっ…な、な、何がですかっ!?」

「いや、先程から視線を感じてな
 何か話があるのならば遠慮するな」

「え、あ、は…はい…」


 どうやら視線に居心地の悪さを感じていたらしい
 内心冷や汗をかきながらもとりあえず安堵の息を吐く

 火波の方から話の切っ掛けを作ってくれて助かった
 とりあえずこれで彼と会話をすることが出来る



「あ、あの…火波さん…」

「ああ、何だ?」

「ええと…市場、どうでした?
 何か面白い物とかありました?」


 まずは世間話から始めてみる

 何気ない話題で警戒心を解いてから、
 少しずつ色恋沙汰の話題に運んで行こうという魂胆だ

 上手く事が進んでくれれば良いのだが――…




「そう…だな
 東邦渡りの絹織物が露店に並んでいたな
 カーマインは顔立ちから言っても東方の出身だろう?
 やはり絹織りの着物を身に纏う習慣があるのか?」

「…い、いえ…何というか…」


 東洋出身の自分の顔はこっちの世界でも東系のものらしい
 しかし生活習慣や文化まで同じだとは限らない

 下手な事を言って不信感を持たれても困る
 やっぱり自分が異世界人だということは隠しておきたい

 カーマインは適当に話を濁す事にした



「俺は…ほら、コスプレ趣味ですから
 色々な国や職業の服を着るのが好きなんですよ
 だからちょっと流行とかには疎くて―――…よくわかんないです」

「…そうか…そうだな
 まぁ、わしもあまり他人の服装には関心を持たないタチだが」


 上手く火波が納得してくれた事に気を良くするカーマイン
 今度は自分から常々思っていた事を聞き出してみる



「そういえば火波さんって自分のこと『わし』って言うんですね」

「……変か?」

「い、いえ、何と言うか…
 火波さんの場合『俺』とか『私』っていうのも似合うかなぁ、って…」


 流石に『僕』という雰囲気ではないが、
 何だか『わし』というと必要以上に老け込んでいる印象がする

 いくら百年以上生きているとはいえ、外見はまだ若いのだから違和感がある




「…これは、まぁ…地域的なものだな
 わしの住んでいた辺りでは老若男女問わず、
 自分の事を『わし』と言っている輩が多かった」

「あぁ…その土地その土地で、ありますよね」


「…たまに聞かれるんだ…そんなに妙か?
 どちらかと言えばわしはシェルの『拙者』の方が違和感を感じるが…」

「あはは…あの子は昔から渋かったですよ
 初めて会った時から中身はあまり変わってないです、達観してる所とか」


 ―――…運が良い

 話題が自然にシェルの方に傾いた
 シェルの話題から火波の話題に切り替えるのは容易い

 そのチャンスを逃すまいと、カーマインはさり気なく話題を促す




「シェルかぁ…そう言えばあの子、最近ちょっと変わりましたよね」

「……そうか…?」


「ええ、今日一緒に話していて感じたんですけど
 何だか雰囲気が大人びてきたと言うか、男らしくなったというか――…」

「…うーん…そう…か…?
 まぁ、あの年頃の子は今が成長期だからな
 あと数年で背も伸びてくる事だろうし――…」


 自分の若い頃でも思い出しているのか
 火波の表情が微かに柔らかくなる

 油断している今がチャンスだ
 カーマインは半ば博打気分で火波にカマをかけてみる




「…そ、そういえば火波さんも何だか雰囲気が変わってきましたよね」

「………わしが…か?」


「え、ええ…味が出てきたというか、艶が出てきたというか…」

「……はぁ…?」


 火波が首を傾げる

 カーマインは出来るだけ自然な笑みを作った
 そして、あくまでも何気なさを装って問いかけてみる

 ここが勝負どころだ




「……もしかして、好きな人でも出来ました?」

「――――――……。」


 一瞬、目を見開く火波
 そんな彼の態度にカーマインは息を呑む

 しかし火波はすぐにいつもの表情に戻ると、
 口を噤んだまま一言も喋らなくなってしまった

 しーん、とその場が静まり返る


 …怒らせただろうか


 失敗した、とカーマインは心の中で溜息を吐く

 どうやら作戦をミスったらしい
 時期を誤ったか、仕掛けるのを急ぎ過ぎたか

 心の中で火波に警戒心を抱かれていない事を祈るカーマイン





「………そろそろ戻るぞ」


 これ以上会話を続けたくない、とばかりに踵を返す火波
 ちらりと見えた彼の横顔は苦虫を潰したかのように険しい

 流石にこの状態の彼に話し掛けるのも躊躇われる


 がっくりと肩を落とすカーマイン

 結局、火波の心情はわからなかった
 下手に期待させて、シェルには悪い事をした



 …後でシェルに謝らなければ

 そう思った矢先、突然前を歩いていた男の姿が視界から消える
 そして、それと同時に響く鈍い音



「…痛っ―――…」


 足元を見ると、火波が床に転がっていた

 ガムを洗い流している時に水が飛び散ったらしい
 濡れたタイルを踏んで、見事にすっ転んだ火波


「だ、大丈夫ですか!?」

 慌てて手を差し出すと、
 打ち付けたらしい腰を摩りながら火波はそれを断る


「…だ、大丈夫だ」

 痛みより羞恥の方が強いらしい
 慌てて立ち上がると、火波はそそくさと歩き出す


 ――――…が



「ち…ちょっと、火波さんっ!?
 そっちは女子トイレですよっ!?」

「えっ―――…わ、わわわっ!?」


 キャーと絹を裂くような黄色い女性の悲鳴
 慌てて女子トイレから飛び出してくる火波

 そんな彼を追撃して投げつけられるトイレットペーパー


 そして、そのトイレットペーパーを見事に踏んづけて、
 見事なヘッドスライディングを披露する火波


 ずっしゃぁぁぁ…と、土埃が宙を舞う




「………ほ…火波さん………」


 この男…間違いない
 明らかに動揺している


 よろよろと起き上がる火波
 しかしどこか痛むのか立ち上がる素振りは無い


「…ほ、火波さん…大丈夫ですか…?」

「……………。」


 無言のままの火波

 ところが何を思ったかこの吸血鬼、
 そのまま体育座りを決め込む



 ―――…って、
 いや、ちょっと待って

 あんた…何も、
 こんな場所で座らなくても


 トイレの前で両膝に顔を埋めて座るその姿は、
 もはや障害物以外の何者でもない

 誰がどう見ても邪魔なそれは、
 しかし何とも言えない哀愁を漂わせていた




「……火波さん……」


 …あぁ…落ち込んでる

 見るからに落ち込んでるよ、この人
 何てわかりやすい男なんだ


 あぁ…しかも何て暗いんだ
 もう暗黒としか表現できない

 その姿はまるで思い詰めた引き篭もり



「…な…なんて不憫な……」


 全身を使って落胆っぷりをアピールする火波

 ここまでハッキリと態度に現れると、
 呆れることさえ出来なくなる


 というより、
 むしろ目頭が熱くなる


 彼に掛けるべき言葉は大量にある
 しかし、今自分が最も優先するべき事は―――…



「…火波さん…とりあえず場所、変えましょう
 こんな所で座ってたら蹴られますよ


 このままでは二次被害が起こりかねない

 カーマインは火波を立ち上がらせると、
 シェルたちが待っている場所とは反対方向にあるベンチへと彼を誘導させた







「…火波さん、大丈夫ですか?」


 色々な意味で心配になってくる

 もし彼がシェルとくっついた場合
 それはそれで不安かも知れない



「す、すみません、変な事言っちゃって
 でもやっぱり―――…火波さん、好きな人いるんですね?」


 ここまで露骨な動揺を見せたのだ

 流石に今更否定出来ないらしい
 無言のまま頷く火波

 そして、再びがっくりと項垂れる



「そ、そんなに落ち込まなくても…
 誰だって調子の悪い時はありますよ
 ちょっと転んで痴漢に間違われるのなんて、
 メルキゼがかますボケに比べたら可愛いもんですって

「ああ…いや、この程度の失敗は日常茶飯事なんだ」


 この男…今の痴態を、
 日常茶飯事とまで言い切るか

 しかも涼しい顔で




「そんな事より…さっきの話だが…
 頼む、シェルにだけは言わないでくれるか?」

「えっ…火波さんに好きな人がいるって事をですか?」


「あ、ああ…
 揶揄されるのが見て取れるからな
 それは不本意だ、シェルにだけは知られたくない」

「あ…はい、わかりました
 そのかわり誰が好きなのか教えて下さいよ」

「―――…っ!?」



 驚いたように火波が顔を上げる
 そして、すぐに気まずそうに頭を掻く


「…そ、それは…勘弁してくれないか…?」

「別に良いじゃないですか、教えてくれても
 教えてくれないならシェルに言っちゃおうかな〜…」


「え、あ、そ、それだけは…っ!!」

「じゃあ教えて下さいよ」



 …な〜んて
 どっちにしろシェルには話すつもりなんだけど

 ごめんなさい、火波さん
 俺、今だけ悪魔になります


 でも、まぁ…
 普段から鬼小僧で鍛えられてるだろうし

 だからきっと大丈夫…な、筈






「…あ…いや、だが…」

「シェル〜聞いて聞いて〜
 火波さんったら好きな人が――…」


「待て待て待てっ!!」

「もがっ」


 両手で口を塞がれる
 彼の身体からは、ほんのりと公衆便所臭が漂っていた



「…カーマイン〜…!!」


 怒りながらも弱みを握られているため、強くは言えない火波

 恨みがましい視線を向けながら、
 落ち着き無く手や足を組み直している




「ははは…じゃあ、ヒントだけでも教えて下さいよ
 それ位なら構わないでしょう?」

「……ヒント…?」


「ええ、年上とか年下とか」

「ああ…その位なら…」



 安心したのか、軽く息を吐く火波

 気を取り直すかのようにゆっくり立ち上がると、
 その手で乱れた髪の毛をかき上げた


 落ち着いた頃合を見て、
 笑顔でカーマインが一言付け足す


「あ…でも、もう少し具体的にお願いしますね
 例えば着物が似合う年下の毒舌美少年、とか」






 ――…その瞬間、


 ぐらり


 火波の身体が、大きくよろめいた
 スローモーションのようにゆっくり傾いて行く火波の身体


 そして鳴り響く大きな音

 ガコン

 傾いた火波の身体は盛大な音を立てて、
 隣りに設置してあったゴミ箱頭から突っ込んだ



 その衝撃で横転するゴミ箱

 中の火波が鈍い悲鳴をあげる
 慌てて手を差し伸べるカーマイン


 ところが

 あと数センチという所で、
 それはカーマインからゆっくりと距離を取った



「……えっ……?」


 疑問符を浮かべて見つめ合う火波とカーマイン

 ゴミ箱の中からカーマインを見上げる火波
 当然ながら横たわった彼は一歩も動けない筈だ





 そこで、カーマインはある事に気付く


 ゴミ箱は円筒形の形をしていた
 そして、彼らが佇んでいる地形はけっこうな坂になっていた


 ―――…さて、ここで問題です
 滑り台の上から空きビンを転がしたらどうなるでしょうか?

 答え:超高速大回転



「…あ、あ…ぁ…
 あぁぁぁぁぁ―――――…っ!!」


 次第に回転数を上げて行くゴミ箱

 中の火波は洗濯機の中の洗濯物の如く、
 他のゴミたちと共に妙に規則的なリズムを刻みながら転がって行く


 慌ててそれを追いかけるカーマイン



「ほっ…火波さぁぁぁぁぁ―――――…ん!!!」


 転がるゴミ男
 そして、それを半狂乱で追うオタク男


 ゴミVS腐男子・走力勝負


 しかし、火波という重量級粗大ゴミを抱えたゴミ箱は、
 その坂道で無情にも車輪顔負けの加速力を発揮した




うぎゃ――――…!!!


 速い!!
 速過ぎるっ!!

 火波の悲鳴がどんどん遠くなる
 とてつもねぇスピードで坂道を転げ落ちて行くゴミ箱in火波



 誤って教科書を回収させてしまった古紙収集車を追いかけた事はある

 しかし、ゴミ箱を全力疾走で追いかけたのは初めてだ
 まさかゴミ箱を追う日が来るなんて夢にも思わなかった


 というより、これは既に悪夢

 超高速で転がり落ちて行くゴミ箱は、もう豆粒サイズになっている
 中の火波は恐らく惨憺たる状態だろう




「あぁ…回る…転がって行く…
 火波さんが…火波さんが、ゴミまみれの星になって行く…っ!!!」


 あぁ、ゴミ箱よ
 火波を入れて、何処へ行く


 涙と汗に滲む視界
 それでも半ば自棄でゴミ箱を追いかけ続けるカーマイン



「だ…誰か、誰かそのゴミを止めて下さい…っ!!
 あの中に…あの中に何故か仲間が―――…っ!!」


 もう、炎に包まれた家に取り残された我が子を呼ぶ母親の心境だ
 …まぁ、自分が追いかけているのはゴミに包まれた大男なのだが


 しかし今日はとことん運に見放されている
 火波が転がって行くのは人の気配の少ない方向ばかりだ

 次第に人影は疎らになり、何時しか誰もいなくなった




 そして―――…


 カーマインはその先に見てはいけないものを見てしまう
 転がり行くゴミ箱の先に見えるもの

 それは、果てしなく広がる青い海だった


「いやぁああああああああ!!!
 火波さんが…火波さんが海の藻屑にぃぃぃ…!!」



 海よりも更に青くなるカーマイン
 ゴミ箱男が、このままでは海のゴミになってしまう


 綺麗な海にこれ以上ゴミを増やしてたまるか

 海の環境安全は俺が守る!!
 ―――…って、そうじゃないだろ!!

 現実逃避してる場合か俺っ!!




「ほ、火波さん…っ!!」


 大変だ
 とんでもない事になった

 北海道人的に言うなら、わや


 俺が見守る中、
 ゴミは勢いを失うことなく転がり続け―――…



 がつっ

 何かの段差に突っかかる
 その衝撃でゴミ箱は斜め35度に吹っ飛んだ


 空飛ぶゴミ
 ゴミ男、鳥になる



 ゆっくりと弧を描きながら宙を舞うゴミ箱男
 太陽の光を反射させながら、彼らはまるで芸術作品の如く――…

 思いっ切り独創的な姿勢で頭から砂浜に突っ込んだ


 …あぁ、良かった…
 とりあえず海底に沈むゴミになる事だけは免れた

 砂に埋もれたオブジェと化した火波とゴミ箱
 カーマインは疲れ果てた足を引き摺ってその場へと駆け寄る






「火波さんっ!!
 大丈夫ですかっ!?」


 彼に向かって大丈夫かと問いかけるのは何度目だろう

 ベコベコにヘコんだゴミ箱から、
 ぐったりとした火波を引きずり出す


 果たして彼は大丈夫なのか
 恐る恐るその表情を確かめる

 しかし次の瞬間、カーマインは思わず両手で顔を覆った



 ―――…クサっ!!

 火波、ゴミ臭いっ!!


 むわ〜んと漂うゴミ臭さ
 無数のゴミたちと激しくシャッフルされた火波


 彼は公衆便所臭に加え、ゴミ臭をも身に沁み込ませていた

 その姿はまさに生けるゴミ
 あまりの臭気にカーマインは思わず数歩後退する






「……うぅ………」


 どうやら意識はあったらしい
 片手で額を押さえながらも、フラフラと起き上がる火波


 焦点が定まらないのか、暫くの間ぼーっと宙を眺める

 しかし傍らに佇むカーマインの存在に気付くと、
 見るからに怒りの形相を浮かべて詰め寄った



「カーマイン…お前、どういうつもりだ!!
 お前があんな事を言うから、驚いたじゃないか!!」

 この大惨事を『驚いた』の一言で片付けるな

 というか、
 他に言う事はないのか




「ったく…いきなり何を言い出すやら…
 最近の若い者の考えは理解出来んな」


 火波さん…俺は、
 貴方のリアクションが理解出来ません


 一体どれだけ身体を張れば気が済むのか

 というか、
 取り乱すにも限度がある


 この男、ある意味メルキゼよりもタチが悪い

 カーマインは眩暈と脱力感を必死に押さえ込みながら、
 出来るだけ感情を押さえて火波に向き合った



「…とりあえず、火波さんがシェルの事を好きなのはわかりました」

「なっ――――…な、な、な、な、なななな何をいいい言い出すんだっ!!?
 わわあわあわししわ、わしは、わしはべべべ別にべべ、べ―――…!!」


 噛み過ぎだ!!




「…誤魔化しても無駄ですってば!!
 これだけ盛大に錯乱されれば一目瞭然ですよ」

「……うぅ………」


 がくっ

 砂浜に両手を付き、
 その場にへたり込むゴミ男



「…た、頼む…あの子には…
 シェルにだけは、絶対に口外しないでくれ…っ!!」


 …あ…

 これって、へたってたんじゃなくて、
 土下座だったんだ

 力の抜け方があまりにも自然だったんで気付かなかった




「…大丈夫ですよ、
 シェルには黙ってるって約束だったじゃないですか」


 まぁ、嘘だけどさ

 だって俺、シェルの味方だし
 この騒動で流石にちょっと火波に怨み持ったし



「…でも、どうしてシェルに隠すんですか?
 好きだって告白しちゃえば良いじゃないですか」

「そんな事出来るかっ!!
 わしは、あの子と倍以上歳が離れているんだ!!」


「そんなの理由になりませんよ
 俺とメルキゼだって結構歳の差ありますけど気になりませんよ?」

「そ、それだけじゃない!!
 わしが普段、あの子にどんな扱いを受けているか知っているだろう!?」



 火波はこぶしを硬く握り締める

 そして胸に溜め込んでいたものを吐き出すかのように、
 苦々しい表情で力説を始める





「…わしは、普段からシェルに蔑ろにされ貶されて来た!!
 なのにその自分を罵る相手に惚れたなんて!!
 これじゃあわし、マゾ丸出しじゃないか!!」

「……は…はぁ……」


「しかも、ただのマゾじゃない!!
 ホモの上にショタだ!!
 毒舌美少年に虐められて悦ぶ性癖を知られる事になるんだぞ!?
 これじゃあ、わし―――…まるで変態じゃないか!!」


 まるで――…って…あんた…
 それは間違いなく変態です




「だ、だが、信じてくれ!!
 わしは、ついこの前まではノーマルだったんだ!!
 昔はサボテンさえあれば性欲は満たされていた!!


 それはノーマルとは言いません

 誰が見ても立派なアブノーマル
 というか、明らかにそっちの性癖の方が深刻な問題



「なのに…なのに、最近のわしは…
 罵詈雑言を浴びながらサボテンで殴られたい
 そんな欲求に身体が熱くなる――…もう、気が狂いそうだ!!


 断言しよう
 あんた、既に狂ってる




「この心の奥底に封印した性癖を、
 あの子にだけは知られたくないんだ!!」


 封印した性癖…
 どうせなら俺の前でも封印し続けて欲しかった

 永遠に知らない方が幸せだったに違いない



「……ま、まぁ…確かに、
 シェルにサボテン性癖だって知られたら困りますよね…」

「いや、それは既に知ってるぞ」


 お願い
 嘘だと言って




「ただ、わしがシェルに罵られながら、
 サボテンで殴られたいと思っている――…
 なんて知られたら、ちょっと恐がられる気もしてな」


 ちょっとどころか、
 全力で怯えられると思います



「…だが、想いは日増しに募るばかり…
 あぁ…わしは一体、どうすれば良いんだ…!!」


 とりあえず、
 病院に行ってこい

 その死んだ脳、いよいよ腐敗が始まってると見た





 ―――…いや、ちょっと待った


「…ほ、火波さん…
 一つ聞かせて下さい…」

「何だ?」


「火波さんの欲求…というか、性癖はわかりました
 でも――…シェル自身に食指は動かないんですか?」

「…………は?」


 いや、あんた…
 『は?』ってこと無いだろう…っ!!




「だから、シェルそのものに!!
 あの子に何かしたいって気は起きないんですか!?」

「わし、殴るより殴られる方が好きなんだ
 あの子をサボテンで殴りたいとは思わんな」


 思われてたまるか

 …いや、待て
 そういう意味じゃねぇ!!



「そうじゃなくって!!
 シェルを抱く気があるのかどうか聞いてるんですっ!!」

「子供に手を出すのは犯罪だぞ?」

「散々マニアックな妄想しておきながら今更何言ってるんですか!!
 あれだけ変態っぷりを曝した直後に真面目ぶらないで下さいっ!!」


 天然なのか
 それとも故意なのか

 どちらにしろクセのある性格





「正直に本心で言って下さいっ!!」


 強気に言いながらも、
 実は本音を聞くのがちょっと恐い

 だって、もしここで『食指は湧かない』なんて答えが返ってきたら
 …俺、シェルにその事を何て言って伝えれば良いんだ!?


 お前に求められてるのは、
 毒舌とサボテンフルスイング力だ、とでも言えと!?

 …ダメだ…俺には、とてもそんな事は言えない…っ!!



「そう…だな…
 正直に言ってしまえば――…わしも男だからな
 シェルが欲しくないと言えば嘘になることは認めよう」


 あぁ…良かった…
 彼がメルキゼ2号じゃなくて、本当に良かった…!!

 火波さん、男でいてくれてありがとう…っ!!


 もう口外出来ない性癖の持ち主だろうと、
 とりあえず使い物にさえなってくれれば何とか関係は取り繕える





「…だが…無理強いをする気はないな
 わしはシェルの意思を何よりも尊重したい」

「そ、そうですか…」


「ああ、あの子を大切にしたいと思っている
 絶対に傷付けるような真似だけはしたくない…それだけだ
 だから断じてわしが枯れているわけではない


 さてはこの男、
 シェルに枯れてると言われたな

 それが地味にショックだったらしい
 そして結構根に持ってると見た



「はは…ははは…」

 実は似たような事を自らの恋人に言った事があるカーマイン
 身に覚えのある気まずさから、もう笑って流すしかない


「…まぁ…現時点では、
 シェルとサボテンさえあれば充実している
 それ以上は特に望んではいないわけだが――…」



 サボテンで充実感する生活というのも珍しい
 でも、まぁ…性癖は人それぞれだし――…

 …………。

 そこで、ふと思うことが出来るカーマイン


 流石にそれは――…と思うが、
 しかし一度気になってしまうと聞かずにはいられない





「あ、あの、火波さん…?」

「どうした?」


「聞くまでもないと思いますけど…
 シェルとサボテン、どっちが好きですか?」

「…………うーん……」


 待て
 そこで考え込むな

 ここは即答しなきゃダメな場面じゃないかあ!!



「ほ、ほ、ほ、火波さんっ!?」

「あ…いや、そんな事…考えたことがなくてな
 シェルもサボテンもわしの人生の潤いに欠かせない存在だし」


 植物と同レベルに扱うな


「だがわしはシェルかサボテンか、
 どちらかを選べと言われたらシェルを選ぶぞ、きっと」


 当たり前だ!!

 というか、
 『きっと』って言うな!!





「…ほ…火波さん…」

「ふっ…冗談だ」


 いいや、この男――…
 途中まで目がマジだった



「火波さん…俺は、貴方がわからない…」

「安心しろ、わしがあの子に抱いているのは紛れもない恋愛感情だ
 どちらかと言えばメルキゼデクがお前を想う心境に近いかも知れんな」

「…そ、そう…ですか…」


 ちょっと心配

 でも火波の口からハッキリと、
 『恋愛感情』という言葉が出たことに一先ず安心する

 色々と知らない方が幸せな事実も知ってしまったが、
 当初の目的は充分に果たすことが出来た



 火波のシェルに対する想い

 極めて趣向性が高いことは否めないが、
 彼がシェルを愛している事に変わりはない


 それに、火波の言葉にも安心した

 今夜火波の寝台に上がるよう勧められたとしても、
 シェルが本気で嫌がれば彼は何もしないだろう


 両想いである事が判明したのだ
 彼らは自然と距離を縮めて行くに違いない

 それに加えてシェルの貞操の危機もなくなった
 これで自分も大手を振ってシェルに報告できる


 肩の荷が下りてようやく笑顔が戻るカーマイン




「…念の為、もう一度釘を刺しておくが…
 頼むからシェルにだけは絶対に口外しないでくれ」

「あ――…はい、はい」


「遅かれ早かれ、シェルには想いを伝える事にはなるだろう
 だがそれは第三者からではなく、わし自身の口で伝えたい
 これはわしとシェルの問題なんだ…お前にはシェルの事を見守っていて欲しい」

「―――…。」



 ど、どうしよう…
 困惑するカーマイン

 シェルには全部筒抜けにするつもりだった


 でも火波に『自分から告白する』と言われてしまっては、
 正直言って自分の出る幕ではないような気もしてくる

 どうせならシェルも火波自身の言葉で聞かされた方が嬉しいだろう



 ここは何も聞かなかった事にして火波に任せた方が良いのか
 しかし――…具体的に、いつ告白をするのかは定かではない


 煮え切らない思いのシェルを待たせておくのも気の毒な気がする



「…う〜……」

 葛藤

 一難去ったが、新たな悩みが到来
 なかなかスッキリしない現状に思わず額を押さえるカーマインだった






「……そういえば、カーマイン
 わしの方からも一つだけ聞きたいのだが」

「は、はい?」


 火波はゴミ汁で濡れた髪をかき上げると、
 遠い視線を海原へ向けながら、ひと言



「―――…で、ここは一体…何処なんだ?」


 ざざ…ん
 絶え間なく押し寄せる白い波

 そこは全く見覚えのない風景の広がる一面の砂浜


「……火波さん…帰り道、わかってます…よ…ね…?」

「いや、全然」


 ………。

 ……………。



 ざっぱーん…

 あれから何時間経ったのだろう
 傾きかけた陽が眩しい

 青い海
 白い砂浜


 そして―――…


「火波さんのアホ――――…っ!!!
 どうやって帰るんですか、俺たち!!
 完全な迷子じゃないですかぁ―――…っ!!!」



 カーマインの怒涛の絶叫が響き渡る


 その後、火波を海に向かって張り倒したカーマイン
 真正面から海面へと叩きつけられる火波

 盛大な水飛沫
 絹を裂くような男の悲鳴

 そして流されて行くゴミ男


 しかし、カーマインを責める事が出来るものは誰もいないだろう―――…


TOP