「…はぁ…」



 深く考えて損した
 いよいよ精神的に疲れてくる

 どうもカーマインは掴み所がなくて話の予測が立てられない

 しかし、今夜の事も相談しておくべきだろう
 とにかく今夜の誘いを上手く断る方法を知る事が最優先だ



「カーマイン…話は少し変わるのじゃが、
 実は拙者、悩んでおる事があるのじゃ…」

「…なに?
 どうしたんだ?」


 心配そうに顔を覗き込んで来るカーマインに、
 シェルは意を決して口を開く




「昨夜の話の流れ…というか経緯で今夜、
 火波の寝床に上がるという約束をしてしまって…」

「えっ…ええええええっ!?
 そ、そんな…いきなり今夜!?」


 流石のカーマインも驚きの声を上げる

 それはそうだろう
 いくらなんでも性急過ぎる

 彼の表情が真剣なものに変わった



「…大変じゃないか…!!」

「カーマイン…助けておくれ
 拙者はまだ何の準備も…」


「ああ、昨日の今日だもんな
 よし…大丈夫だ、俺に任せておけ」

「……カーマイン…!!」


 これで一安心
 カーマインならきっと何とかしてくれる

 良かった…助かった





「よし、じゃあ半ズボン買いに行こう!!


 待て!!

 何故そうなる!?
 雲行きが…雲行きが怪しい…っ!!


「今夜に向けて急いで準備しないと!!
 大丈夫だ、俺が完璧なセッティングをしてやる!!」


 助かっ…て――…ないっ!!
 心配内容が正反対の方向に伝わってるっ!!

 救済どころか、このままでは
 窮地に追い込まれかねない



「ちっ…違う!!
 違うのじゃ…!!」

「えっ…何が?」


 何もかもが!!

 流石はあのメルキゼの恋人なだけある
 一度勘違いされるとタチが悪い




「拙者は…拙者は、
 今夜の誘いを断りたいのじゃよ!!」

「えっ…な、何で?
 火波さんの事、好きなんだろ?」

「だ、だから言っておろう!!
 まだ心の準備が出来ておらぬのじゃ!!
 それに…そういう事に及ぶのは、
 拙者を好きになって貰ってからじゃないと…!!」


「あぁ…そっか、そうだよな
 うん、シェルの気持ちもわかるよ
 どうせなら両想いになってからの方が良いもんな」

「うむ…じゃが、今夜のは拙者から誘ったも同然なのじゃ
 だから何としても火波の心証を害さない断り文句を探さねば…」



 我ながら虫のいいことを言っている気もするが、
 とにかく今はまだ時間が必要なのだ

 しかしシェルの一言に反応してカーマインは顔色を変える


「えっ…シェルから誘ったのか!?
 それは例え断れたとしても火波さんに嫌われる可能性があるし、
 最悪の場合、逆上されて強引に押し倒されたりも――…」

「ひぃ――…っ…
 ど、どっちも絶対に嫌じゃ…!!」


 頭を抱えて震えるシェル

 あの火波が強硬手段に出るとは少し考えにくいが、
 とにかく火波に嫌われることだけは何としても避けたい





「ど…どうしよう…」

「そうだな…策が無いわけじゃない
 ちょっと捨て身になるけど…やってみる?」

「や…やる、勿論やるっ!!
 無事にその場を切り抜けられるなら背に腹は変えられぬ!!」


 捨て身という言葉に不安は過ぎるが、
 今は藁にでも縋りたい心境だった

 火波の機嫌を損ねずに、尚且つ自分の身の安全も確保する
 そんな素晴らしい策があるのなら多少のリスクは甘んじて受けるしかない



「そ、それで…
 どんな策なのじゃ?」

「うん…ここはシェルが子供だということを
 最大の武器にして切り抜けるのが一番だと思うんだ」


「ほ、ほぅ…それで?
 具体的に拙者は何をすればいいのじゃ?」

「シェルがすることはたった一つだけだよ」


 そう言うとカーマインは力強い眼差しでシェルを見つめる

 両手でその細い肩を掴むと、
 まるで高尚な説法を聞かせるように言い放った




「ひたすら「ぼく子供だからわかんない」で押し通すんだ!!」


 無理があります


 それが策か?
 胸を張って言うほどの作戦なのか!?

 これは捨て身というよりも、
 むしろ自滅と表現した方が正しい気がする



「…か、カーマイン…
 頼むからもう少し真面目に…」

「俺は至って真剣だぞ?」


 頼むから冗談だと言ってくれ


「拙者は…お主がわからぬ…」

「あと余裕があれば、火波さんに向かって
 『お兄ちゃん』って呼んでみても良いんじゃないかな?」


 明らかにダメだろう、それは
 どう考えてもアウトだろう…っ!!

 仮に押し倒される事態は免れたとしても、
 今度は精神科に担ぎ込まれる可能性が出てくる



「名付けて『ぼく子供だからわかんない大作戦』だ!!」


 そのまんま過ぎる

 少しくらい捻ってくれ
 いや、むしろ捻る時間があれば違う策を考えてくれ

 こんな自爆戦法みすみす実践してたまるか




「ふっ…完璧だ!!

 穴だらけだ

 その自信は一体どこから来るのか
 頭痛と眩暈に、その場に崩れ落ちるシェル


「…カーマイン…
 お主の背中が遠過ぎて…もう、見えぬ…」

「まぁ…いざとなったら最終手段として、
 泣いて謝れば何とかなるだろう、たぶん」


 いきなり最終手段かい



「……ふ、不安じゃ……」

「そう悲観的にならなくても大丈夫だって
 あのメルキゼだって男の本性剥き出しにしても、
 出来ることはせいぜいキス止まりなんだからさ」


 アレと一緒にするな

 同じヘタレ属性の持ち主でも、
 一応火波は既婚者であり子供も儲けていた

 万年童貞男とは抱く危機感が全く違う






「ま…まぁ、一応俺から餞別をやるよ
 あらゆる展開を念頭に入れて準備しておかなきゃな」


 そう言うとカーマインはポケットから何かを取り出す

 そしてそれをシェルの手に握らせると、
 励ますように何度もその背を叩いた


 とりあえず渡されたものを確認してみる
 ―――…が、それが何かわからない

 シェルが初めて見るものだった



「……これ…何じゃ?」

コンドーム


 待て
 伏せ字を使え


 というかカーマインよ
 朝っぱらからそんなもの取り出すな

 そしてポケットに入れて持ち歩くな





「な、な、な…!?」

「あぁ、心配しなくて大丈夫
 これは未使用のやつだから」


 当たり前だ!!
 誰も思わないって、そんな事…!!

 というか
 使用済みだったら恐ぇよ



「い、い、いや、そうではなくて…
 こ…こんなものを貰っても…その…」

「一つくらい持ってても良いじゃないか
 それに俺がこのまま持ってても勿体無いだろ?
 どうせ使用期限が切れてゴミ箱行きになるんだし」


 言葉にある種の諦めを感じる

 というか…カーマインよ、
 わかってるなら買うな




「…なにも…持ち歩かんでも…」

「一応俺も用意だけはしてるんだ
 いつメルキゼが誘ってきてくれても良いようにさ
 用意した所で無駄になるのはわかってるんだけど」


 最後の一言が切ない


 しかし…妙にカーマインが健気だ

 部屋で二人っきりの時でさえなにもしてこない男が、
 野外で突然手を出してくるとは到底思えないが…

 そんなシェルの考えを見透かしてか、
 カーマインは自嘲気味な笑みを作って見せる




「我ながら馬鹿げてると思うけどさ、
 それでも一抹の期待を捨てきれないんだ
 もしかしたら…っていう、0.0001%の可能性に賭けてるんだ」


 少なっ!!


「例え金とゴムの無駄使いになると理解してても!!
 それでも使用期限が切れる度に新しく買い直してしまう!!
 限りなくゼロに近い0.00000001%の奇跡を信じて!!」


 0の数増えた!!
 しかも奇跡とまで言っちゃった!!

 というかカーマインよ、
 言ってて悲しくならないか?




「その点から言えば、
 シェルの悩みは俺にとっては羨ましいな」

「…むぅ…そうかも知れぬが…
 じゃが、カーマインたちは両想いじゃから…
 拙者からして見ればお主らの方が羨ましいのぅ」


「ははは…そっか、そうかもな
 今夜を無事に乗り切れられたら、
 さり気なく告白してみたらどうかな?」

「さり気なくって言われてものぅ…
 それが一番難しいような気がするのじゃが」



「例えば料理の時にさ…
 食材を微妙にハート形っぽい形に切って皿に盛るとか」

「………無理じゃ…」


 その前に指を切り落としそうな気がする
 自慢じゃないが包丁捌きの下手さには自信がある

 血まみれハート料理で果たして想いは通じるだろうか…




「むぅ…」


 火波の場合、普通に喜びそうだから困る

 忘れがちだが一応アレでも吸血鬼
 特にシェルの血は気に入っているらしいし…



「火波さんの場合に限ってはさ、
 血文字でラブレター書くと好感度上がりそうだよな」

 そんな血生臭い恋文、嫌だ


「貴方の為に体中の血を振り絞って書きました、
 とか書いてやったら火波さん、凄く喜びそうだけどな
 やっぱり吸血鬼って流血ネタが好きなんだろ?」


 その吸血鬼に対する認識は間違ってる



「なぁ、やっぱり首筋から吸血するの?」

「うむ…そうみたいじゃな
 以前噛まれた時は首筋を狙われたのぅ」


「そっか…じゃあ誘い文句として、
 首を洗って待ってますっていうのもアリだな」


 ねぇよ!!
 明らかに意味合いが違ってくるだろう、それは!!




「いやぁ…しかし、
 まさかシェルの恋愛相談に乗る日が来るとは思わなかったな」

「むぅ…確かにそうじゃのぅ…
 拙者もお主にこんな相談するとは思わなかったのぅ」

「まぁ可愛い弟分の頼みだ
 俺が全面的に力になってやるから安心しろよ
 …そうだ、折角だから火波さんに探り入れてみようか」


 今度は何を言い出す気だ

 思わず身構えるシェル
 一連のやり取りで、流石に身に沁みたらしい

 カーマインの案を手放しで受け入れることの危険性



「俺たちが公園に行く事は伝えておいただろ?
 だからきっと買い物が終わったら迎えに来ると思うんだ
 その時に、さり気なくシェルの事どう思ってるか聞いてやるよ」

「えっ…じ、じゃが…」

「そんなに心配しなくても大丈夫だって
 少なくともメルキゼがやるよりは上手く聞き出せる自信がある」


 比較対象が悪すぎる
 何故か不安感が煽られてきた

 しかしカーマインは自信満々な笑みを浮かべている



「俺は結構脈アリだと踏んでるんだ
 火波さんは軽い気持ちで男の子と寝れるような性格じゃないと思う」

「そ…そうじゃろうか…」


「だって火波さんはその手の趣味は持ってなかったんだろ?
 じゃあシェルの事を本気で考えて受け入れようとしているか、
 余程切羽詰った欲求不満状態かのどっちかだと思う」


 後者だったら救われねぇ





「まぁ、火波さんが来たら聞いてみるからさ」

「…う…うむ…
 そう…じゃな…」


 不安だ
 どんな返答が返ってきても不安だ

 そして何よりも、
 カーマインが何を言い出すか不安だ



「そんなに心配そうな顔しなくていいって
 ただ『シェルが火波さんの事好きらしいけど、
 火波さんはどう思ってる?』ってさり気なく探りを入れるだけだから」


 こら

 どこがさり気なくだ、
 直球ど真ん中ストレートじゃないか!!




「………カーマイン………」

「や、冗談だって
 そんな怨恨視線向けないで」


「頼むから真面目に考えておくれ
 拙者はもう…火波に嫌われたらと考えるだけで…」

「それに関しては大丈夫だと思うよ
 今までだってかなり言いたい放題してたけどさ、
 それでも火波さん、シェルの事嫌わずにいてくれてたじゃないか」



「…う、うむ…まぁ…そうなのじゃが…」

「だからあまり神経質にならない方が良いよ
 それに万が一うっかり口滑らせて変な事口走っちゃってもさ、
 誤爆しました、って言えば納得して貰えるから大丈夫」


 いや、待て
 それは明らかに苦しい




「ついでに火波さんの趣向も聞き出してみようか
 情報は多い方が作戦も練りやすいだろ?」

「…さ、作戦…?」

「火波さんをショタ趣味に目覚めさせるんだろ?
 弟キャラで攻めるか、後輩キャラで攻めるか…
 好みがわからなきゃツボ的アイテムを用意できないからさ」


 何を用意する気だ



「設定的には教師と生徒っていうのも美味しいよな
 定番はやっぱり学園モノかな…でも家庭教師ネタも捨てがたい…」

「…………。」


 先生、カーマイン君が暴走してます


「あぁ、そうだ!!」

「な、何じゃ!?」


 嫌な予感
 何か爆弾発言が来そうな予感




ヘタレ新米教師と切れ者学級委員って設定はどうかな!?」


 聞くな
 というか設定って何!?


「もしくは体育教師と生徒会長
 これも美味しいよな!?


 二番煎じどころか、
 十番煎じくらいは余裕で行く設定だ

 というかこんなに顔色の悪い体育教師がいてたまるか




「放課後の教室…個人授業…
 あぁ…何もかもが淫靡な響きだ!!


 戻って来い

 絶好調に萌え妄想中のカーマインは、
 その背中が果てしなく遠くに見える



 あぁ…良い笑顔だ
 本当に良い笑顔をしている

 妄想中のカーマインは、
 瞳の輝き方さえ違って見える


 彼なら萌えパワー破壊エネルギーに変えて戦えるだろう

 萌えるオタク
 それ即ち計り知れぬ魔力を秘めた生物也


 触らぬオタクに祟りなし
 シェルはさり気なくカーマインから一歩離れた







「いやぁ…それにしても、
 シェルも目が高いよな」

「…む…?」


「あんな良い男に惚れるなんてさ
 …それで、シェルって火波さんのどこが好きなんだ?」




 即答



「あっはっは…素直だなぁ
 でも俺、そういう返答大好き
 ―――…で、他にはどこが好き?」




「うんうん、欲望に忠実で実に結構!!
 健康的に育ってくれて俺はうれしいぞ」


「…………。」


 ダメだ
 動じてない

 突っ込み狙いで答えたのに、
 素直に納得されている


 火波が聞いたら泣きそうだ






「あぁ、楽しい話してたら幸せな気分になってきた」

「………本当に幸せそうじゃな、カーマインよ…」


 にんまりと頬を綻ばせるカーマイン

 恐らくこの笑顔を見てメルキゼは『可愛い』と評するだろうが、
 その脳内は薔薇咲き乱れるモザイクの世界で満ちている



「機嫌良いから、もう一個やるよ」

喜んで遠慮致す


 差し出されたコンドームを笑顔で断るシェル


 こんな物を持っている所を、
 火波に見られでもしたら最大のピンチだ

 シェルは先程受け取ってしまったそれを、
 絶対に火波に見つからないよう袂の奥深くに隠した



 部屋に戻ったら、とにかく真っ先にこれを何とかしよう

 捨てるのもカーマインに悪いから、
 荷物の奥深くに封印してしまおうか


 いや、それでは見つかる可能性がある

 エロ本の如く自分のベッドの隙間に隠すか、
 それとも火波が絶対に触れないであろうBL本の間に挟むか――…



「…はぁ…難儀じゃ…」

 見つかったら最後、言い逃れできない
 死活問題なだけに隠し場所も深刻だ

 今夜の事に加えて更に悩み事が増えてしまったシェルだった


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