「…で、結局何を買ったのじゃ?」


 部屋に戻るなりシェルは、
 火波が手荷物包みに興味を示す

 正直言って包みを開く気にもなれない火波だったが、
 シェルに急かされるので、しぶしぶそれを開いて見せる


「………………。」

 出てきた服を見て開きかけた唇を噤むシェル
 そして、困惑した眼差しを火波に向けた



「…火波よ…お主……」

「ち、違うっ!!
 これはわしが選んだんじゃない!!
 わしは中身も確認しないで買ったんだ!!」

「それはそれでどうかと思うのじゃが…
 しかし、火波よ…これはちと…どうかと…」



 彼らの目の前に置かれた服
 それは―――…巨大サイズのセーラー服だった


 包みの中の服をシェルが取り出す
 サイズが何号なのかさえ見当もつかない

 ただ一つ確信を持って言えるのは、
 これを着るのは、かなりの勇気を要する…という事だけだろう





「メルキゼでさえ全力で拒否した
 セーラーに挑戦するとはのぅ…
 火波よ、お主も相当な勇者じゃな…」

「ま、待て!!
 わしも着ないっ!!
 絶対に着ないぞっ!?」


「じゃあ、この服をどうするつもりじゃ?
 商品を確認せずに買ったお主が悪い」

「うっ…そ、それは…っ…」


 それを言われると痛い
 確かに確認もしないで買ったのは自分だ

 しかし、だからと言ってセーラー服を着る勇気は無い


 かと言って返品しに行く気にもなれない
 まして自分で売りに行くなんてもっての他だ

 …どうしようもない


 捨てるしかないな、と思った矢先、
 火波の考えを見透かしたシェルが非難めいた視線を向ける



「一度くらい、袖を通してやれ
 どのような経路で買ったとしても、この服に罪は無いのじゃぞ
 新たな持ち主に一度も着られることなく捨てられる、
 この服の気持ちにもなってみてはどうじゃ?」


 確かに

 シェルの言う事も尤もだ
 この服に罪は無い

 しかし―――…



「…瞳をキラキラさせて言うな…っ!!
 そこまで言うなら、お前が着てみろっ!!」


 言葉だけなら良い事を言っているように聞こえる
 しかし、その表情は明らかに楽しんでいる

 好奇心と期待に満ち溢れたその瞳が―――…恨めしい



「だって拙者にはサイズが大き過ぎるからのぅ
 火波しかおらぬじゃろう―――…さあ、着替えて参れ」

「それだけは勘弁してくれ、本気で」


 差し出された服を押しやると、
 シェルがわざとらしく表情を曇らせる

 そして、うつむくとセーラー服に向かって話しかけた



「……可哀想にのぅ…
 せっかく、新たな持ち主が見つかったというのに…
 このままゴミとして捨てられて行く運命なのか…
 せめて最後に一度、服としての役目を果たせてやりたかった…」

「……うぐっ………」


 良心に訴えかける作戦で来た
 何だかんだ言っても情に訴を刺激されると弱い

 火波の性格を読んだ上での完璧な心理攻撃



「…火波ぃ…この服が可哀想じゃ…」


 大きな瞳を潤ませて、
 上目遣いで火波を見つめる

 …何だか自分が物凄く悪い事をしている気になってくる



「くっ…ひ、卑怯だぞ!!
 こんな時だけ澄んだ子供の目をするなっ!!」

「……………。」


「み、見るなっ!!
 そんな瞳で、わしを見つめるなっ!!」

「………………。」


「やめろ…やめてくれぇぇぇ…!!!」



 火波、あっさりと陥落

 手渡された服を素直に受け取る
 そして泣きながらセーラー服片手に着替えに行った


「……ちょろいのぅ……」

 そんな火波の後姿を眺めながら、
 小悪魔は満面の笑みを浮かべていた







 五分後―――…


 セーラー服に着替えて戻ってきた火波は、
 完全に開き直っていた――…というか、吹っ切れていた



「…少しスカートの丈が短いな
 まぁ水商売ならこんなものか」

「……ほ、火波よ……」


「うん?
 …どうした?」

「どうしたもこうしたも…」




 目の前の男は涼しい顔で椅子に座っている

 その表情は、あくまでも通常通り
 全くもって、いつもと変わらないのだ

 物凄く真顔
 これでもかと言うほど、真顔


「……か、かえって…恐い……」


 セーラー服を着て平然としている火波が恐い

 感情が読み取れないということが、
 まさかここまで恐ろしいとは思わなかった



「ほ、火波よ、多少は恥らったりとか、
 少しは笑ったりとか…してみようとは思わぬのか?」

「楽しくも無いのに笑えんな
 それに、こんな姿で嬉しそうにニタニタ笑っている方が恐いだろう」

「…た、確かに…それはそうなのじゃが…」


 火波は平然と足を組むと、
 帰りがけに買った週刊誌に目を通していた

 さも自分の服装は全く気にしていない、という風に



「………あ、足…」

「うん?」

「スネ毛が気になるのぅ…」


「無かったら、それはそれで問題だろう」

「……う、うむ……」

「なら気にするな」


 火波は立ち上がると、
 喉が渇いたのか水差しを手に取る

 コップに水を注ぎ入れ、一気にそれを飲み干した


 会話が続かず、シーンとしている
 室内が異様な緊張感に包まれていた


 ……場が持たない




「…どれ、本日の火波のパンツは何色かのぅ…
 清楚な白か、もしくは魅惑の黒か―――…」


 ぺろん

 短いスカートは簡単に捲り上げる事が出来る
 スカートの中から、男のものにしては大振りな臀部が覗く


「ん〜…グレーか…
 ちょっと惜しいのぅ…」

「……楽しいか?」



 火波はシェルの手を払い退けると、
 軽くスカートの前を押さえる

 少し短か過ぎるな、と呟きながら


 しかし―――…やはりその表情は真顔だ

 これでもかと言うような違和感のある服装で、
 この上なく通常通りの表情で過ごしている火波


 冗談として笑い飛ばすには空気が重い

 しかし何事も無いように振舞うには、
 あまりにも目の前の存在のインパクトが大き過ぎる


 無表情に自分を見つめてくるセーラー男がここまで威圧的だとは思わなかった



   




「…ほ、火波よ…
 お主もしや…怒っておるのか…?」

「………そう見えるか?」

「う、うむ…少し…」


 平静を装っているように見えるが、
 部屋全体に満ちるピリピリとした空気は誤魔化しようがない

 静かな怒りが漂う部屋の中で、
 シェルの背筋がじっとりと汗ばむ



「す、すまぬ
 拙者が悪かった……」

「…そうか…
 なら、もう着替えても良いか?」


「……む…?
 着替えたいのか?」

「当たり前だろうっ!!」


 ……怒鳴られた



「お前…わしが恥ずかしくないとでも思ったか!?」

「あ、やっぱり恥ずかしかったのか」

「当然だっ!!
 全身から発火しそうだっ!!
 わしが平常心を装うのに、どれだけ苦労したか…!!」


 …どうやら、羞恥心を必死に押さえ込んでいたらしい
 空気が妙に張り詰めていたのもそのせいだったのだろうか



「なら、素直に恥ずかしがればよかったのに…」

「そんな事をしようものなら、
 逆にお前を楽しませるだけだろうっ!!」


「うむ、それはそうじゃな」

「もう充分だろう!?
 わしは着替えたいんだ!!」


 我慢の限界らしい
 火波の頬が見る間に赤く染まって行く

 一刻も早く着替えたいらしい



「三十路の筋肉質男が…
 何が哀しくて、こんな姿を…」

「逆三角形の体型に加えて尻もでかいから、
 ある意味ボン・キュッ・ボンのナイスバディじゃな」

「胸も尻も筋肉の塊りだがな
 …あー…嫌だ嫌だ…もう脱ぐぞ、わしは」


 いよいよ言葉尻に泣き言が出てきた矢先、
 タイミング良く部屋のドアが軽くノックされる

 ―――…コン、コン



「……むっ…誰じゃ?」

「あっ…シェル?
 俺、カーマインだけど…」


 今朝の事で心配して来てくれたらしい
 そういえば帰りがけに、後でまた来ると言っていた様な気もする



「うむ、入っておくれ」


 ドアを開けると、カーマインとメルキゼデクが仲良く並んでいた

 二人はシェルに向かって軽く微笑みかけながら、
 何気なく部屋の奥へと視線を向ける


 そして――――…笑顔を張り付かせたまま凍りついた




「……あっ……」


 シェルが気付いた時には遅かった
 そう、すっかり失念していたのだ

 自分の後ろにセーラー服男がいたということを



 とてつもなくショッキングなモノを見てしまい、
 まるで雷に打たれたかのような姿で硬直するメルキゼとカーマイン

 一刻も早く視線を反らせたいのに、
 目の前の光景に現実感が持てなくて視線を離せないでいる


 ある意味、恐いもの見たさだ
 空気はすっかり季節外れの肝試し



 そして恐らく一番ダメージを受けているだろう、火波
 全身を真っ赤に染め上げて硬直している

 何か言わなければ、と口を開くが、
 何を言っても致命的な気がして結局何の言葉も発せない


 しーん……

 泣きたくなるほどの静けさ
 ここにいる全ての人物が泣きたい心境だ


 石像のように固まる三人の間に挟まれて、
 シェルは顔を引きつらせる事しかできなかった


 …あぁ…どうしよう…

 生きた心地がしねぇ

 それが彼ら共通の心境だった




「……あっ…と…
 げ、元気そう…だな…」


 一番早く立ち直ったのはカーマインだった
 浮かべるその微笑みは、恐らく優しさなのだろう

 さり気なく火波から視線を反らせて、
 完全にその存在をシャットアウトさせているのも…きっと、優しさだ



「…ほ、火波、一体どうし―――…」

「こらメルキゼっ!!
 しーっ!!
 見ちゃダメだっ!!」


 そこまで言うか


「で、でもカーマイン…っ!!
 火波が…火波が変だ!!


 ぐさっ
 …火波は心にダメージを受けた



「いいから黙ってろ!!
 これには深い大人の事情があるんだ
 俺たちは決して踏み込んではならない事情がな」

「…ねぇ、カーマイン…
 人って恐ろしいね


「ああ、俺もそう思う
 …だから、そっとしておこう…な?
 世の中には知らない方が幸せなこともあるんだ」

「うん…そうだね」



「――――……。」

 わしの立場って一体…

 言いたい放題言われても返す言葉がない

 おもむろに視線をそらすメルキゼを視界の端の捉えながら、
 火波は心の中で豪快に涙を流していた




「……じ、じゃあ俺たちはそろそろ帰るから…」

「う、うむ…
 ええと…その…」


「いや、何も言わなくていい
 そして俺たちも何も言わないから
 …それで良しとしようじゃないか…な?」


 その優しさと理解力が痛い


 火波とシェルはそそくさと去ってゆく二人の後ろ姿を見送りながら、
 取り返しのつかないことになってしまった現状を嘆いた





「ああああああぁぁぁぁ―――――…!!!!!!」


 ベッドに突っ伏して絶望の雄たけびを上げるセーラー男
 恐らく叫ばずにはいられない心境なのだろう

 …どうでもいいが、下着…丸見え



「わしの…っ…わしの人生終わった…!!
 こんな痴態を、よりによって…あの二人に…っ!!」

「うーむ…流石にこれは痛いのぅ…
 あの二人の中でお主の人物像は確実に大きく変化したぞ」


 恐らく屈辱的な方向に


 …コスプレ趣味に目覚めたか、
 それとも女装趣味に目覚めたか――…

 どちらに受け取られたとしても、
 今後火波を見る視線に微妙な変化が生まれる事は間違いない



「どうしてくれるんだっ!!
 次に奴らと会う時、どんな顔をして会えば…!!」

「心配せんでも、向こうの方から何事もなかったかのように
 振舞ってくれるじゃろうて…ほら、カーマインは達観しておるから」


「嫌だあああああああっ!!
 わしは…わしにはそんな趣味は無いんだああああっ!!」

「その姿で何を言っても説得力皆無じゃ」


「……悪夢だ…そうだ、きっとわしは悪い夢を見ているんだ…」


 現実逃避が始まった




「猫耳ドレス男に対抗して、
 犬耳セーラー男か…それとも吸血セーラー仮面の方が良いかのぅ?」

「もう…セーラー服の事は忘れてくれ…
 流石にもう脱ぐからな、文句言うなよ」


 ふらふらと服を脱ぎ始める火波

 それでも脱いだ後のセーラー服は
 しっかりと折り畳んで包み直している

 ……また着るつもりなのだろうか……




「…シャワー浴びてくる
 嫌な事は湯で洗い流して忘れることにする」

「……そ、そうか……」


 浴室へと消えて行く火波を見送った後、
 シェルはセーラー服の包みを大切に荷物袋へと片付けた


 独りになった部屋で、ごろりとベッドに横たわる

 ふとセーラー服姿の火波の姿を思い出して苦笑を漏らした
 似合っていたような、決して似合っていなかったような微妙な姿



「……頭にリボンでも結んでやれば良かったのぅ……」

 火波が聞いたら牙を剥かれそうな事を想像しながら、
 シェルは今日体験した楽しい出来事を振り返りながら笑みを漏らした


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