「…詳しい話を聞きたいのだが」


 ふつふつと湧き上がってくる怒りを押さえ込みながら、
 火波は出来る限りの平静を装って目の前の男に話しかける

 それでもどうしても感情が入ってしまう
 声に怒りが含まれているのを自分でも感じていた


「…お兄さん、怖いよ
 もう少し表情と声を柔らげてくれないと――…」

「ふざけるな!!
 事によってはただでは済まさんぞ!?」


 刀を握る手に力が入る

 正直言って武器を使うのは慣れていない
 しかし脅しの材料としては十二分に力を発揮する

 剣先を喉元に向けると流石に男も顔色を変える




「わ、わ、わかったから!!
 やっぱりシェル君とは迫力が違うなぁ」

「…戯言に付き合っている暇は無い」

「ちょとやり過ぎたとは思ってるんだ
 あとで謝るつもりだから、そんなに怒らないで
 いや、計算ではもう少し早く真打ち登場のつもりだったんだけど…
 思ったより来るのが遅かったなぁ…来なかったらどうしようかと焦ったよ」

「……何を言っている?」


 相手の狙いがわからない
 しかし何かを含んでいるのは明らかだ

 警戒して間合いを取ると、目の前の男は突然歯を見せて笑いだす



「何が可笑しい!?
 シェルに怪我までさせて…この代償は払って貰うぞ!!」

「いや、悪い悪い
 でもこれは泣き笑いなの」


「……うん……?」

「全然気付いて貰えないなぁ〜って
 ちゃんと顔を見て…オラだよ、遊羅
 昨日一緒に飲んだの覚えてない?」


「…………は……?」

「髪切って染めてみたんだわ
 んでもって、流行の服を着てみたりして…どや?
 オラも少しは田舎っぽさが抜けたかな?」

「…………………。」




 ぽかーんと口を開く火波
 唐突な展開に思考がついて行けない

 ただ戦意が急激に喪失して行くのは感じていた


「…な、何で…?」

「おっ…やっといつもの表情に戻ったな
 やっと一安心だなぁ…本気で斬り捨てられるかと思ったわ
 まぁ、怒った顔も男前度二割増しで悪くなかったけどさ」


 普段の口調でヘラヘラと笑う忍者を前に、
 気が抜けた火波は一先ず刀を鞘に納める

 ―――…が、すぐに重要な事を思い出す



「……ま、待て!!
 お前は一体何を企んでいる!?
 知人友人といえどシェルに怪我をさせたのは許さんぞ!?」

「ああ、怪我はさせてないから安心して?
 あれは痣じゃなくて、青い染料を塗っただけだから」


「………骨が痛いと言っていたが?」

「あー…うん、腕に凄く痛いツボがあるんだわ
 それこそ骨に響くような強烈な痛みがあるんだけど…
 あのツボって刺激すると血行が良くなって、物凄く健康になるわけよ」



「紛らわしい事をするなっ!!」

「いやぁ…これでも色々と考えたわけさ
 でもシェル君も本気で怯えてくれたし、第一ステップは成功かな?」


「……第一ステップって…
 お前、本当に何を企んでいる?」

「愛する男のために恋のキューピッドになってやろうと思ってさ
 …火波、もしかして昨夜のこと全く覚えてないの?
 オラに向かって『シェルが好きだぁ〜何とかしてくれぇ〜!!』って泣いてたの」


「…………。」


 全く記憶に無い
 いつの間にそんな痴態を……

 …禁酒しよう
 火波はそう心に誓った





「まぁ、そういうわけだからさ
 オラも一肌脱いでやろうかな〜…って」

「い、いや、要らんっ!!
 というか何をするつもりだお前はっ!!」


「あ…そろそろ第二ステップかな」

「こら、人の話を聞けっ!!」


 遊羅は火波をあっさり無視すると、
 今度は手に残っていた染料を自らの頬や目の周囲に塗り始める

 あっという間にボコられメイク完了



「…お、おい……?」

「火波、両手でオラの襟首を掴んで
 …もうすぐシェル君が来るから早く」

「えっ…?」


 とりあえず言われるがままに遊羅の襟首を掴む火波
 彼が何を企んでいるのか全くわからない

 頭の中は疑問符で溢れかえる
 しかしシェルの声を聞いた途端にそんなものさえ吹っ飛んだ

 …もう、頭の中は真っ白






「…ほ、火波っ!!」


 振り返ると青ざめたシェルの顔があった

 シェルに駆け寄るべきなのか
 それともこの態勢を維持した方がいいのか

 真っ白な頭では選択肢を選ぶ事さえできない



「…え、ええと――…」

「いや〜…参った参った!!」

「……は?」


 突然声を上げる遊羅
 警戒して後ずさるシェル
 そして脳内どころか全身まで硬直する火波

 固まっている火波をスルーして、
 遊羅は満面の笑みで言葉を続ける




「いや〜…おアツいねぇ!!
 君も人が悪いなぁ…」

「……うむ……?」


「そこのお兄さんがさぁ、『シェルはわしの恋人だから近付くな』って
 こんな格好良い彼氏がいるなら、そりゃあ俺からの誘いも断るよね」

「「はぁ!?」」


 見事にシェルと火波の声がハモる

 しかし遊羅はそんな二人を完全に無視
 更にとんでもない爆弾発言を連発させる



「もう凄い剣幕で殴られちゃってさ
 う〜ん、君って凄く愛されてるねぇ
 これからデートしに行くんだって?」

「あ〜…ええと…」


 突然話を振られたシェルは当然ながら言葉に詰まる
 ちなみに火波は未だに硬直したままだ





「このお兄さんも真面目そうに見えて、
 実は凄く情熱的な言葉を言うんだね?
 もう『天使のように可愛い』とか『一番大切な宝物』とか!!」


 …言ってない
 断じてそんな事は言ってない!!

 そう反論しようとした火波の背を鋭い一撃が襲う
 遊羅の拳が背中にメリ込んでいた


「〜〜〜っ…!!」

 衝撃に息が詰まる

 しかしそんな火波の存在は見事にスルーされ、
 その間にもシェルと遊羅は勝手に会話を続けている



「思いっきり惚気られちゃったよ…砂糖吐きそうな気分だわ
 まぁ、君みたいに可愛い恋人がいるなら自慢したくなる気持ちもわかるけど」

「………ま、マジ!?
 火波…お主、そんな事を言ったのか!?」


 思わずシェルが火波の方を振り返る

 首を横に振ろうとする火波の首を、
 すかさず遊羅が掴んで強引に縦に振らせた


 ごきっ

「ぐあ」


 …ちゃんとシェルの死角になるように手を回すのが恨めしい

 火波は痛む首をさすりながら遊羅を睨みつけるが、
 彼の視線は思いっきりシェルの方に向けられていた






「うん、お似合いのカップルだわ
 これじゃあ俺の出る幕じゃないね」

「…そ、それは…どうも……」

「君にも悪い事しちゃったね
 これ、お詫びのつもりだから受け取って?」


 そういって遊羅はシェルの手に何かを握らせる

 流石は忍者
 シェルが拒む暇も無いほど鮮やかな手付きだ



「お兄さんも、こんなに可愛らしい恋人がいるなら目を放しちゃダメじゃないか
 ほら、また違う男にナンパされないように、今度はちゃんと一緒にいなきゃ」


 今度は強引に火波の手を取ると、
 その手をシェルの手に重ねさせる

 そして満足げに微笑むと、


「うん、本当にお似合いだ
 それじゃあお二人さん、お幸せに」


 それだけ言うと遊羅は手を振りながら足取りも軽やかに去って行った

 …あとに残されたのは、物凄く微妙な空気
 そして行き場の無い心境の即席カップル




「………ほ、火波……」

「な、何だ…?」


「お主…拙者の事を…そんな風に説明したのか?」

「……………。」


 した覚えは全く無い
 …が、ここで否定すれば更に話がややこしい事になる



「…ん―――…まぁ、な……」

「そ、そう…か……」


「……………。」

「………………。」


 しーん…

 沈黙が気まずい
 何とか話題を探さなければ――…




「あ―――…お前、怪我は大丈夫か?」

「う、うむ…何故か痛みが無いのじゃ
 それより火波は怪我とかしておらぬか?」


「ああ…背中と首が少し痛むが大したことは無い」

「そ、そうか…
 ならば良いのじゃが…」


「そういえばお前、何を貰った?」

「えっ…あー…何じゃろう…
 何か紙切れのようなものを…」



 手の中のものを広げてみると、
 そこには鮮やかな色彩で彩られた紙切れが二枚

 地図や時計の時刻が詳細に記されている


「……チケットだな」

「な、何の?」

「演劇の公演チケットだ
 場所は白砂座――…この近くみたいだ」


「ふむ……ってこれ、今日公演ではないか!?」

「えっ…あぁ、本当だ
 今日の昼からか…
 今から行けば充分間に合うが――…どうする?」



「…無駄にするのも勿体無いからのぅ
 とりあえず行ってみる事にせぬか?」

「そうだな…行くだけ行ってみるか」


 せっかく遊羅がくれたものだ

 彼の思惑通りに動かされているのは癪だが、
 一応彼も善意でやってくれている―――…筈だ、たぶん

 ただ手段が多少強引なだけで



「じゃあ行くか」

「うむ」


 考えてみれば芝居を見に行くのも随分と久しぶりだ
 一抹の不安は残るが、とりあえず今は深く考えずに楽しむ事にしよう

 火波はそう心に言い聞かせると、
 チケットに記された地図を頼りに劇場へと向かった


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