「あー疲れたのぅ
 思った以上に大荷物じゃ」

「でも楽しかったよ
 見聞も広がった気がするし」

「いや、この手の見聞を広げるのはどうかと思うが…」


 無事(?)に買い物を終えた三名は、
 暑い日差しの中で汗をぬぐいながら街中を進んで行く

 それぞれの手には大きな買い物袋
 この重さが疲労感を倍増させる

 更にその中身を想像するだけで―――…どんと気が重くなる火波だった



「はぁ…」

「何じゃ、相変わらず通夜のような表情をしおって
 言っておくがこの現状の発端となったのはお主の発言じゃぞ?」


「うぐっ…」

 ぐっさり
 見えない刃で貫かれた火波は両手で頭を抱え込む


「そ、それを言うなっ!!
 わしだって後悔してるんだ…」

「そう嘆くでない
 どうじゃ、どこかで一休みでもせぬか?」

「一休み…とは言ってもな
 家ではカーマインが待っているんだぞ?」


 そう言ってメルキゼの表情を伺う
 しかしメルキゼは涼しい顔で首を振る




「少し休むくらいなら良いと思う
 これからまた忙しくなるのだし、少し体力を回復しておいた方が良い」

「うむ、決まりじゃな」


「…まあ…メルキゼデクが言うなら構わんが
 なら、どこか茶でもできそうな店を探すか――…」

「軽食が置いてある店がいいな」

「ふむ…そうじゃな
 ならばそこの店に入らぬか?
 軽く腹に入れながら話もできるしのぅ」


 シェルが徐にとある店舗を指で示す
 そこには大きな看板で『ラーメン』の文字が書かれていた


「…………。」

 無言でシェルに視線を向ける火波
 明らかに『ちょっと一休み』で入る店ではない

 それ以前に、ラーメンは軽食の部類に入るのか!?



「じゃあ入ろうか」

「うむ」


 躊躇い無し!?
 しかし、どうしてこの話の流れでラーメン屋!?

 それとも自分が変なのか―――…いや、そんな筈はない


「待て待て待て!!
 ここはラーメン屋だぞ!?
 ケーキやサンドイッチならともかく…
 軽食と言いつつ思いっきり飯モードなのかお前たちは!?」


「何を言っておるのじゃ?」

「ラーメンはオヤツだよ?」


 違う



「お前ら…そんな、『バナナはオヤツに含まれます』的な口調で言うなっ!!」

「小さいことを気にするでない
 どうせこの後はまた一騒動あるのじゃ
 体力消耗に備え、カロリー摂取しておくべきじゃぞ」


「一騒動起こる事は確定か…いや、わしも否定は出来んが
 ったく仕方がないな
 だが、あまりゆっくりはして行かないからな」

「うむ…というわけで、
 火波が奢ってくれると申し出てくれたことじゃし――…」


 言ってねぇよ!!



「…お前な…」

「火波もたまには最年長者らしく、
 太っ腹なところを見せたらどうじゃ?」

「………。」


 どうせ奢るなら、もっと素直で可愛い相手に奢りたいと思うのは我侭だろうか…


「…ったく世話の焼ける…
 まぁ、たかがラーメンだし構わないか」


 これがレストランだったら速攻で却下だったが、
 ラーメンくらいなら三人前でもそれほど高くはつかない

 もしかするとシェルのことだ
 その辺のことも計算に入れた上で、この店を選択したのかも知れない


 侮れない子だ―――…ある意味、将来が楽しみだ





「いらっしゃいませー」


 バイトと思われる女性が妙に甲高い声を出す

 食事時からは時間が外れているせいか客は誰もいない
 あまり広くはない店内でも、人がいないと必要以上にガランとして見える



「そうだな…塩ラーメンひとつ
 あとは―――…お前たち、何が良い?」

「そうじゃのぅ…
 拙者は激辛キムチラーメンとニンニクたっぷりギョーザ」


「………わざとか…?」

 それを吸血鬼である、わしの隣りで食う気なんだな?
 さり気なく悪意を感じるのは気のせいなのか…?


「ったく…で、メルキゼデクは?」

「うーん、ラーメンってあまり食べた事がなくて…
 ええと…この店で一番高いものって何?」


 ちょっと待て



「高級黒豚チャーシューメンとフカヒレあんかけチャーハンです」

「じゃあそれを頼むよ」

「はい」


 イイ性格してるな


「…おいメルキゼデク…
 わしは今、露骨な悪意を感じたぞ…」

「気のせいだよ」

「……………。」


 ラーメン屋だと思って油断した…
 というか、既にラーメン三杯だけで済んでないというこの現実




「それより…お前ら、この時間帯で良くそんなに食えるな…」

「ほれ、見ての通り拙者は育ち盛りじゃからなぁ
 何をどれだけ食しても三時間も経てば小腹が空いてくるのじゃよ」


「私の場合は…体格が体格だから
 人一倍体が大きい分、胃袋の大きさも違うんだ
 一日五食でオヤツは別…というのが理想の食生活なのだけれど」

「それは明らかに食い過ぎだと思うぞ…」


「そんな事はないよ
 だって、ほら…太ってないし」

「甘党で普段から菓子や果物をバクバク食しておるのにのぅ…
 不思議なものじゃのぅ…元々、太りにくい体質なのじゃろうか?」


「どうかな…でも、脂肪が付く前に筋肉の方が先に付いてしまうみたいなんだ
 どんなに食べても増えるのは筋肉ばかりで――…って話したらカーマインに羨ましがられたよ」

「それは拙者も羨ましいのぅ…」



 のんびりと会話をしているように聞こえる二人
 しかし、その手元は見事な箸さばきを見せている

 山盛りのチャーハンも大量のチャーシューメンも、あっという間に空になる
 会話を楽しみながらペロリと平らげてしまった


 ああ、オヤツだ
 確かにこの二人からすればラーメンはオヤツ感覚なんだ…

 一杯のラーメンですら余しかけている火波は純粋に感心していた




「うー…辛かったのぅ」

「そりゃあ…激辛って書いてあったからな…」


 額の汗をぬぐうシェルに御絞りを渡しながら、
 火波は空になったどんぶりを前に苦笑を浮かべた

 元々少食の火波にとって、この二人の食欲は理解の範疇を超えている



「じゃあ…次はニンニク味噌ラーメンにしようかのぅ
 ああ、でもカレーラーメンも捨てがたいしのぅ…」

「私は角煮ラーメンにしようかな
 それから、ええと―――…」


 まだ食う気か!?

 ラーメンってそんなに次から次へと注文するものだったか!?
 イチゴショートの次はチョコケーキかモンブラン、みたいなノリで注文するものなのか!?


「デザートはどうしようかのぅ?」

「私はマンゴープリンがいいかな…
 でもフルーツ添えの杏仁豆腐も捨てがたい気がするし…」

「拙者はゴマ団子にしようかのぅ…」



 更に甘いものは別腹ですか


 どんどんと積み上げられて行く容器
 そして書き連ねて行く伝票たち

 それらを前に火波は断言した


「…お前ら今後一切、バイキング以外の店には連れて行かんからな…」

 伝票の金額を見た瞬間、卒倒しそうになる
 ラーメン五杯と副食、そしてデザート分までしっかりと払わされた火波だった







「あっ…お帰り」


 ドアを開くなりカーマインがパタパタと駆け寄ってくる

 その手には以前火波が差し入れた週刊誌が握られていた
 地元の記者が書いた世論の特集ページに何度も読み返した跡がある

 外に出られない分、尚更世間の様子が気になるのだろう


「ただいま
 色々買ってきたよ」

「へぇ…楽しみだな
 どんなの買ってきたんだ?」


 言いながらも早速買いもの袋を物色し始める
 最初に出てきたのは、例の野球ユニフォームだった



「あははははっ
 こんなのも売ってるんだ〜」

「うん、カーマインは野球が好きだった筈だから…」


「そうなんだよ、日本ベーコン・フォイターズ!!
 北海道にもやっと地元球団が出来てさ
 地域ぐるみで野球熱が爆発してて、凄い盛況なんだ
 俺も札幌ドームにバナナとイルカを抱えて応援に行ったもんだよ」

「……バナナと…イルカって……野球と何の関係が?」


「フォイターズはそういう応援の仕方をするんだ
 ホームランが出た日にゃあもう、バナナの狂喜乱舞だよ
 スポンサーがベーコンの会社で…あぁ、懐かしいなぁ…!!」

「そ、そうなんだ…」


 …とりあえず、カーマインが相当な野球ファンであることはわかった





「メルキゼに試着させてみたのじゃが、意外と似合っておったぞ」

「へぇ…色白美人は何を着せても似合うって言うからな
 スポーティーなファッションでも着こなすことが出来るんだな
 でも野球のユニフォームなら火波さんでも似合いそうな気がするけど…」


「……って、そこでわしを巻き込まないでくれ」

「野球のような太陽の下での健康的なスポーツのユニフォームが、
 この見るからに不健康そうな万年貧血吸血鬼に似合うと思うのか?」


「………おい…シェル……」

 そこまで言うか
 正論だけど、ちょっと傷ついた火波

 どうしてメルキゼも色白なのに彼は『色白美人』と呼ばれ、自分は『不健康』と評されるのだろう…



「いや、火波さんって意外と似合うと思うぞ?」

「…そう言われてものぅ…
 拙者にはそうは思えぬが―――…根拠は?」

「背だって高いし、体格もしっかりしてるし…
 それに何よりいい尻してるじゃないか」


 突然何を言い出すんだお前


 反射的にマントで尻を隠す火波
 念のために数歩、カーマインから離れておく





「…いや、カーマインよ…
 尻と野球の関連性は――…」

「何言ってるんだ!!
 野球といえば尻だろう!?」



 お前こそ何を言ってるんだ

 というか男が男の尻について熱弁するな
 そして頼むからわしの尻から視線を外してくれ


「鍛え抜いた大きな尻が野球の醍醐味なんだよ!!!」

 言い切った!!



「カーマインよ…お主…」

「ほら、よく見てみろよ
 火波さんの尻のデカさを!!」


 見るな
 頼むから人の尻を凝視するな

 三人分の視線が自分の一点に集中する
 あまりの居心地の悪さに涙ぐむ火波



「メルキゼの形が良い小さな尻もいいけどさ、
 火波さんみたいな筋肉質ではち切れそうな尻も魅力的だと思うんだよ
 下半身がしっかりしてて、いかにも安定感ありそうだよな――…
 火波さんって野球とか…下半身を鍛えるようなスポーツやってました?」

「いや…運動はあまり…
 あぁ、だが釣りにはよく行っていたからな
 足場の悪い磯釣りでは下半身を特に使うから、それで鍛えられたのかも知れない」


 成程、と納得顔のカーマイン
 どうやら以前から密かに気になっていたらしい

 するとシェルが背後から火波の肩を叩く



「良かったのぅ、初めて長所が見つかって
 これで自己紹介で長所を聞かれた時に言葉に詰まらんで済むのぅ」

「…尻の大きさは…長所になるのか…?」


 長所は?と聞かれて『尻が大きい』と答える勇気は…わしには、無い
 それくらいなら長所は無いと、はっきり言い切った方が気が楽だ

 たとえそれが、どんなに物悲しい空気を生み出すとしても





「しかしのぅ…つくづく難儀な男じゃのぅ
 前の方を育てる栄養が全て後ろへ行ってしまったのじゃな」

「………おい……」


 悲しそうに言うな


「カーマインよ、火波の尻が大きいのは後ろだけじゃ
 前の方は本当にささやかなもので…後ろの大きさに騙されてはならぬぞ」

「ふぅん…火波さんって、そうなんだ…」


 何がだ
 そしてしんみりと呟くな



「でも男は大きさじゃないですよね」

「ちなみにテクニックも皆無じゃが」


「……だ、大丈夫ですよ!?
 大きさもテクも愛情でカバーすれば…」

「この男が愛情細やかなタイプに見えるか?」

「え、ええと…」


 もう止めてくれ

 頼むから話を本題に戻してくれ
 じゃないとわしが悲しい




「…ま、まぁ火波もこう見えてかなりの歳じゃし…
 もう前を使うことも無いじゃろうから気にすることも――…」


 勝手に決めるな

 まだまだ現役のつもりだ
 というかお前…それは慰めのつもりで言ってるのか!?



「なら後ろだけ使えば良いと思うのだけれど…」


 黙りやがれ猫男

 突然会話に参加した挙句、
 修復不可能な爆弾発言を言い残して行くな

 しかもお前、自分が使った言葉の意味を理解してないだろう!!



「こ、こらメルキゼっ!!
 そんなシャレにならない事を言っちゃ失礼だろう!!」

「えっ…そうなの?
 わ、私…何か変なことを言ってしまった?」


 やっぱり自覚無し
 というかカーマイン…シャレにならないって…おい…

 出来れば笑って流して欲しかったんだが



「…天然の発言は恐ろしいのぅ…」

「頼むから尻から話題を逸らせてくれ
 一体、いつまでわしの尻で話を引っ張る気なんだ…」


「まぁそう言うでない、せっかく貴重な体験をしておるのじゃ
 己の尻がここまで注目を浴びるなんて、生まれて初めてじゃろう?」

「あぁ…全然嬉しくないがな、こんなことで注目を浴びても」

 何で普段は目立たないくせに、
 こんなどうでもいい事でばかり注目を浴びるのだろう



「…一応、褒められてると思った方が気が楽だと思うぞ」

「決して褒められてる気はしない…
 というより、いい気がしないんだが――…」


「悪い尻をしていると評されるよりは、
 まだ良い尻をしていると評された方が良いじゃろう?」

「まぁ…悪いといわれるよりはな…
 悪いと言われていい印象を受ける奴はないだろうから」


 しかしシェルはチッチッ、と首を振る
 さも『わかってないなぁ』という表情で



「いいや、そうとも言い切れぬぞ?
 拙者は『悪い尻』という響きは決して嫌いではないがのぅ」

「…どの辺がだ…?」

「だって、『悪い尻だ…お仕置きしてやろう』とかいうセリフは、
 ちょっとハードなBL小説には付き物じゃろう?」


 そんなセリフを連想してはいけません
 というか、そんなもの読んだらダメだろお前…





「拙者もお年頃じゃからな
 BL小説の一冊や二冊所持しておっても構わぬじゃろう?」

「いや、BL小説は駄目だろう
 頼むから普通のエロ本にしろ
 それなら別に止めたりはしないから」


「婦女子には萌えぬ」

「……………」


「それにBL小説ならリャンとも回し読みが出来るしのぅ
 火波も読んでみてはどうじゃ?
 今月発売の『男子高校生の美味しい食べ方〜眼鏡編〜』で良ければ貸すが」


 食うな
 いや、それ以前にそんな本買うな

 なぁシェル…お前まさか、
 わしが与えてる小遣いをそんな本を買うために使ってるのか…?



「保護者の監督不行き届きを痛感した
 今度からお前が読むものも厳しくチェックすることに決めたぞ」

「つまり今度からお主もBL本を楽しむ輪に加わるということじゃな」


 絶対違う


「…シェル…わしは悲しいぞ…」

「悲しみを乗り越えて人は強くなるのじゃよ」

「もっともらしい事を言うな」

「ふふん…惚れるでないぞ?」


 誰が惚れるか





「あぁ…疲れてきた…」

 それに胃痛も復活
 精神的ストレスは確実に蓄積されている

 最近になってようやく慣れて来たとは言え、やっぱりこのノリには付いて行けない


「が…頑張れ、わし…」


 自分で自分を励ます火波
 まだこれから猫耳男のコスプレショーが控えている

 もはや自分の胃痛との闘いになりつつある火波だった


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