店内は異様な雰囲気に包まれていた


 蛍光ピンクの照明に何故かミラーボール
 何とも言えないような奇怪な香が焚かれて空気が妙に甘ったるい

 妖しげな音楽が何処からともなく流れてくる
 いくら見渡しても店員の姿は何処にも見えなかった



「……火波よ…お主、
 何故このような店を知っておるのじゃ…?」

「つい最近な…
 いや、わしもこの店を知ったのは偶然なんだが…
 まさか仲間を連れてここに行くる日が来るとは思わなかったな…」


「でも、色々な服があるね
 この中でカーマインが好きそうなのを探さないと」

 先程までとは打って変わって意欲的なメルキゼ
 目ぼしい服を手に取っては自分の身体に当ててみたりしている



「ああ、シェル
 そこの暖簾は絶対に触るなよ」

「……のれん…?
 ああ、これか…これがどうしたのじゃ?」


「その先は18歳未満は立ち入り禁止だ
 いいか、絶対にその先に行くんじゃないぞ」

「どれどれ…おお、本当じゃ
 エッチなお道具が大量に――…」


「だから行くなっての!!」

「いてててて…これ火波、引っ張るでない…」

「…ったく…このガキは…」


 油断も隙もない
 未成年を預かる保護者として一層目を光らせる火波だった





「…じゃが、よくぞまぁ…こんな店に入る気になったのぅ…」

「外の看板に『薬』という字が書いてあってな
 疲れ気味だから栄養ドリンクでも買おうと思って入ったんだが――…」


「下半身が元気になる栄養剤ばかりだった…というわけじゃな」

「……まぁ…そういう事だな……」


 速攻でトンボ帰りする火波の姿が容易に想像出来る
 その当時は恐らく二度と来るまいと思っただろうが――…人生、わからないものだ



「おっ…エッチなパンツ発見
 一応紳士用じゃが…これはちと勇気が要るのぅ
 ほれ、スケスケ黒レースのTバック…しかもヒモパン」

「…わしに見せなくていい…
 それよりメルキゼデクを手伝うぞ」

「うむ、そうじゃったな…」


 メルキゼのほうに視線を向けると、
 一心不乱に服を選んでいる彼の姿が目に入った

 しかし、どうもこれとって気に入ったものがないらしい
 …というより種類が多過ぎて、どうしていいのかわからないようだ

 大量の服を前に困惑している





「……ええと…ユニフォーム……だけで、こんなにあるの…?
 サッカー…バスケ…バレー…どうしよう…どれがいいのだろう…?」

「随分と迷っているようじゃな」


「うん…まさか、こんなに多いと思わなくて…
 ねぇ、シェルたちはどれが良いと思う…?」

「せっかく試着室もあるのじゃし、
 色々と着てみれば良いじゃろう
 その中で特に似合うものを選べば良いのではないか?」



「そ、そうだね…
 ええと…ど、どれから着ようかな…」

「…これはどうだ?」


 火波が目の前にあったユニフォームを掴む
 爽やかな色合いの野球のユニフォームだった

 どこかのチームのレプリカユニフォームなのだろうか
 手の込んだ作りで『スイート・にゃんにゃんズ』というチーム名が書かれている

 このチームのマスコットキャラなのだろうか、
 灰色の猫のようなネズミのような微妙なキャラクターのイラストまで描かれていた


 …まぁ、この際センスについては不問にしておいて――…



「…野球か…確か、カーマインは野球が好きだった筈…」

「ならば丁度良いではないか
 ええと、一番大きなサイズは――…これか
 よし、ではちとこれに着替えてきておくれ」


「……う…う、うん……
 で、でも…チーム名が…ううん、なんでもない…」

 チーム名に不満があるようだったが、
 それでも素直にユニフォームを手に取ると試着室へと消えて行くメルキゼ




「…どうなる事やら…」

「ユニフォームか…似合えば良いのじゃがな…
 凄く変になって出て来たら、どういうリアクションをすれば良いのじゃろう…」


「……多くは語らず、さり気なく次の服を渡すのが良いんじゃないか?」

「そ、そう…じゃな…」


 メルキゼに野球のユニフォーム
 …全然想像できないその姿に不安が募る

 意外と似合いそうな気もするし、全く似合わないような気もする
 そもそも、ズボンを穿いた姿自体をあまり見たことがない

 彼は普段からゆったりとした身体のラインが見えないローブやマントを好んで着ているのだ



「…じゃが、実は凄く腹が出ているとか、
 悲しくなるほど短足だった…とかだったら…
 あぁぁ…怖いのぅ…頼むから美貌に見合うだけの肉体をしていておくれ…」

「それよりユニフォームって帽子がついているだろう
 帽子って似合う奴がかぶると格好良いが、似合わない奴は本当にダサく見えるからな…」


「い、いや、拙者は信じるぞ!!
 メルキゼは中身はどんなにギャグキャラでも、
 顔だけは二枚目を貫き通すと信じる…いや、信じさせておくれ…!!」

「ほ、保険として次の服を用意しておくか…
 誰にでも無難に似合いそうな奴を――…」


 しかし、火波たちが次の服を用意する前に、
 無常にも試着室のカーテンが開いてしまった





「…ど、どう…かな…?」


 恐る恐るメルキゼが訊ねてくる
 こうなっては視線を向けないわけには行かない

 そーっと、震える首をメルキゼに向けて回す
 首の骨や筋肉がギギギ…と軋んで音を立てた

 そして――――…


「………………………。」

 長い沈黙
 しーんと鎮まり返った空気が流れる



「……ど、どう………?」


 再びメルキゼが訊ねてくる

 何か…何か言わなくては
 でも何てコメントしたら良いのかわからない



「…そ、そうじゃな……
 ええと…えーと…何と言えばいいのか…」


 目の前のユニフォーム姿のメルキゼを前に返答に詰まる二人

 似合う、似合わない…という問題ではない
 それ以前に『珍しいものを見てしまった…』という感情が全身を支配している

 物珍しさが先走って、他の感情が湧いてこない
 というより、完全に脳がフリーズしてしまっていた



「…似合わないかな…やっぱり…」


「そっ…そんな事は断じて無いぞ!?
 似合っている、良く似合っている…と、思うぞ!?」

「そ、そうじゃよ、うむ…格好良いぞ
 どれ…ちとポーズを決めてみてはくれぬか?」


「ええっ!?
 ぽ、ポーズって言われても…」

 咄嗟に思いついたポーズなのだろう
 片手を腰に当てて、軽く足を崩して立ちポーズを決めるメルキゼ


 …しかし次の瞬間、恥ずかしくなったのか頬が見る間に赤く染まって行く




  




「何と言うか…
 野球に限らずスポーツを題材にしたコミックなんかで、
 必ず一人は出て来そうなタイプじゃよな…」

「ああ、主人公のライバル的なポジションで登場するやつだろう?」


「うむ…何故か御曹司だったり良家のお坊ちゃまだったりするのじゃよな
 主人公がライバルの家に遊びに行くと、
 家のスケールに圧倒されるというお約束展開が必ずあるのじゃよ」

「この手のキャラは性格の悪いナルシストか、
 もしくは主人公の幼馴染で気さくで優しいキャラか…のどちらかだな」



「で、学校の中にファンクラブがあったり、
 家に帰ると当たり前のように『じいや』がおったりするのじゃよな…」

「最終的には主人公との間に、かなり深い絆が生まれるんだよな
 試合に負けたり怪我をしたり――…とかいうイベントが必ず起こって」


「そこがまた、腐女子たちの同人誌の題材として使われるのじゃが…」

「名脇役として活躍するタイプだな
 主人公にはならないが、ある意味主人公より目立ったり人気があるような――…」



 …随分と好き勝手言っている
 しかし何故、ここまで瞬時にキャラクター設定が出来るのだろう


「君たち…カーマインに負けず劣らず、想像力凄いよ…」


 変な方向で盛り上がるシェルと火波を前に、
 思わず表情を引きつらせるメルキゼ

 一人、会話について行けないのが切ない





「…もう、いい…
 次の服に着替えるよ…」

「何じゃ、もう着替えるのか
 それで―――…次は何がいいかのぅ?」


 きょろきょろ

 周囲を見渡しても、あまりにも服が多くて目移りする
 目に付いたものを片っ端から着ていたのでは日付けが変わってしまう



「…鎧はどうだ?
 カーマインも見たがっていただろう」

「おお、鎧か!!
 以前見たゴールドの鎧姿は格好良かったからのぅ…
 きっとメルキゼデクも似合うと思うぞ」


 一気にテンションが高まるシェル
 しかしメルキゼは表情を渋らせる



「…私、鎧は苦手なのだけれど…
 重い服とかは動き難いし、こんなの着て戦えないよ…」

 武闘家のメルキゼは守備力よりも敏速性を重視らしい
 まぁ、確かに重い鎧を着て蹴りを繰り出すのは大変だろうが…


「鎧を着て闘えといっているわけではない
 カーマインに見せる間だけ重苦しさに絶えれば良いだけだ」

「それに、ここに置いてある鎧は、
 どちらかと言えば実戦と言うより装飾用が多いようじゃ
 見た目も豪勢な上に、それほど重くも無い―――…これなら大丈夫ではないか?」




「……う、うん…それなら…まぁ……」


 まだ少し不満があるようだが、
 それでも鎧の陳列している棚に足を運ぶ

 ずらりと並ぶ鎧はどれも装飾に凝ったものだったが、
 当の本人の関心を引くようなものではないらしい


「…シェルが選んでいいよ
 私には良くわからないから…」

「そ、そう言われても…
 えっと…じゃあ、このフルアーマーなんかどうじゃ?
 兜が付いておるから、程よく猫耳も隠れて――…どうじゃろう?」



「そうだな…本人がハデだからな
 このくらいシンプルな鎧の方が良いかもな」

「ただひとつ難点なのが…今が夏真っ只中という事じゃな
 この暑さの中、フルアーマーはちと辛いような気がするのじゃが」


「……まぁ、多少だ
 メルキゼデクなら大丈夫だろう」

「そうじゃな…メルキゼじゃからな」


「………君たち………」

 その根拠を知りたい
 というか、意外と自分に対するの扱いが粗雑だ






「ついでに、この辺のスーツもどうじゃ?」

「そうだな…
 スーツと言えばメガネも必要だな」

「うむ、確かにのぅ
 お主もなかなかツウじゃな…
 …すみませーん、鬼畜メガネ一つ下さい」


「そんなの売ってないよ!!」

 メルキゼの突っ込みと裏拳が炸裂する
 ちなみに彼は今、野球のユニフォームの上から鎧を着るという世にも珍しい姿だ



「…シェル、頼むから私をこれ以上変なキャラにしないで…!!」

「長身でツリ目のお兄さんは鬼畜メガネ…というのが世の常じゃよ
 たまにはそういうプレイも刺激的で良いと思うのじゃが――…」


「私は恋人に対して常に優しい男でいたいんだ
 だから鬼畜とか意地悪なのは絶対に駄目っ!!」

「普段は優しい彼が夜、ベッドの上では豹変
 …という設定に萌える腐女子も少なからず――…」



「いや、腐女子って言われても…
 私はカーマインさえ萌えてくれたらそれで…」

「……カーマインが喜ぶなら、これだな」


 火波がいそいそと次のコスチュームを出してくる
 彼の手に乗せられていたのは―――…本気で出ました、白詰め襟

 しかも、ご丁寧に帽子までついてる




「……やっぱり、着るの?」

「カーマインが喜ぶぞ」

「これが軍服だっていうのも、カーマインが好きだって言うのもわかるんだ
 でも…ね、私はどうしてもこれが学ランにしか見えなくて――…この歳で着るのはちょっと…」


 抵抗があるらしい
 ちなみに白詰め襟だけでなく、学ラン姿もちょっと気になるのだが…

 しかし年齢からしても、恐らく絶対に着ようとはしないだろう



「…まぁ、試着はせんでも良かろうて…
 このサイズなら着られるということもわかっておるのじゃし」

「そうだな…
 だが、これは購入決定だからな」


 せっせと白詰め襟を買い物籠に入れる火波
 メルキゼが嫌がっているのが逆に楽しいらしい

 些細な優越感を噛み締めつつ上機嫌な火波は足取りも軽く服を物色し始める


「……じゃあ、私からも火波に選んであげるよ…」

 火波の態度にカチンときたメルキゼ
 僅かな間だろうと、彼が自分より優位に立つのは許せないらしい



「はい、火波
 これに着替えてみて」


 速攻で選んだ品々を火波に突き出すメルキゼ
 状況が飲み込めないまま、それを受け取る火波

 が、それを見た瞬間―――…火波の表情が引きつった


「ほほぅ…」

 シェルが感嘆の声を上げる
 メルキゼのコーディネートは実に見事だった


 番長顔負けの鉄ゲタ
 黄金色に輝くカボチャパンツ

 不自然なほど大きい蝶ネクタイと漆黒のシルクハット
 そしてトドメとばかりに添えられたランドセル

 オマケとして添えられた魔女っ娘ステッキが何とも言えない迫力を出している



「…ここまで奇抜なコーディネートができるのも素晴らしいではないか」

「寒さと痛さのバランスを考えてチョイスしてみたんだ」


「火波への嫌がらせに関してだけは手を抜かないのぅ」

「最高の褒め言葉だよ、ありがとう」


「………お前ら……」

「何か文句あるの?
 またモチに包まれたいなら遠慮無く――…」


「…………いや、何でもない……」

 世界初、モチで脅迫される吸血鬼
 ニンニクよりも十字架よりも、モチとメルキゼの組み合わせのほうが怖い

 話題を変えようと、並んだ衣装のほうへと話題を移す





「た、単品ではパンチに欠けるものでも、
 組み合わせによって強力な萌えを引き起こす事もあるかも知れないな
 か…カーマインの好きそうな組み合わせでも考えてみたらどうだ?」

「そうだね…どれがいいかな」


 カーマインの話題になると、メルキゼはすぐに飛びつく
 火波の事などさっさと忘れて早速小物の物色を始めるメルキゼ

 ほっと胸を撫で下ろした火波をシェルが気遣ってくれたのか、
 助け舟のごとく話を合わせてくれる


「…ほほぅ…成る程のぅ
 拙者たちで新たな萌えを生み出すというわけじゃな」

「ああ…例えば、この軍服に鞭を組み合わせてみたり…」

「ぐ、軍服に鞭…っ!!
 なにやらイケナイ空気を感じさせるのぅ
 捕虜の尋問・拷問じゃろうか…それとも――…あぁ、妄想が広がるのぅ…」


 何気なく言ってみただけだったが、
 どうやらシェルの萌えツボを付いてしまったらしい



「他には…メルキゼデクには無理だろうが、
 学ランに包帯や縄を――…というのもあるしな」

「濃い色の学ランに純白の包帯…色々と想像してしまうのぅ
 学生服に食い込む縄というものも趣向性が高くてマニアにはたまらぬ…っ…!!」


 鼻息も荒く興奮を露にするシェル
 恍惚の表情で皮の鞭を打ち鳴らして喜んでいる

 どうやら彼は、そっちの趣味が色濃くあるようだ

 しかもサディストの素質もあるらしい
 これには火波だけではなくメルキゼも衝撃を受けた



「………………はぁ…」


 メルキゼには理解不可能な世界である
 どうしても二人の話について行けなくて、疎外感を感じてしまう

 それよりも――…なぜ火波はそういうマニアックな知識が豊富なのだろう
 一見すると生真面目そうな男なだけに気になる


 実は、そういう趣向の持ち主なのだろうか――…



「…火波は…そういうのに興奮するの?」

「するはずがないだろうっ!!」


 鋭く即答された

 額には微かに青筋が立っている
 どうやら気分を害したらしい


 でも…じゃあ、何故そんなに詳しいのだろう…?

 その疑問を口にすると、
 苦虫を噛み潰したような火波の表情が返ってきた




「リャンティーアが持ってきた耽美小説の表紙を参考にしたまでだ」

「…火波って…そんなの読むんだ……」


「リャンティーアが持ってきた、と言っただろうっ!!
 それに、わしは表紙を見ただけだからなっ!?
 中身は読んでいない、ページを開く気すら起きんっ!!」

「でも、表紙はじっくり見たのだよね…?
 じゃないとそんなに鮮明に覚えない筈だし――…」



「あまりにもインパクトが強すぎて脳裏に焼きついてしまったんだっ!!
 ったく…お前はどうしても、わしをそっちの趣向の持ち主にしたいのかっ!?」

「そういうわけではないのだけれど…
 でも火波みたいなタイプって、むっつりスケベが多いから…
 火波は普段から涼しい顔をしているけれど、
 腹の中では何を考えているのかわかったものではないと思って――…」


 何か言いたい放題言われた
 というか、メルキゼからそんな風に思われてたのか…

 あまり仲の良い相手ではないとはいえ、やっぱりショックだ



「はっきり言って、それは偏見だぞ
 お前たちに比べたら、わしは真っ当な方だと思うが…」

「それは無いのぅ」

 あっさりと否定の突っ込みが入る
 思わず斜め下を睨み付ける火波


「お前はどっちの味方なんだっ!!」

「ふっ…愚問じゃな
 状況に応じて、顔の良い方の肩を持つに決まっておろうが」


「…………………。」

 寂しい影が火波の顔を翳らせる
 何となくそんな気はしていたが、ハッキリと言われると少し切ない





「そう落ち込むでない
 ほれ、拙者からもお主に似合いそうな衣装を選んでやる…元気出せ」

「……もう要らん」


「この全身タイツなどどうじゃ?」

「こんなもので元気出るかっ!!」


「ならばシャンプーハットもつけてやろう」

「……おい…」


 その組み合わせは一体何なんだ
 というか、その発想は何処から来るんだ



「拙者の好みから言えば、
 この貝ビキニを推奨致すが…」

「そんなもの誰が着るかっ!!」


 あぁ、どんどん話が脱線して行く…


「こんなことしてる場合じゃないだろう
 メルキゼの服を選ばないと――…」

「やれやれ…融通の利かぬ男じゃのぅ」

 ボヤキながらも火波が言うことも尤もなので、
 火波にコスプレさせることは諦めてメルキゼの服を選び始める





「おっ…似合うではないか」


 ふとメルキゼの方に視線を向けると、
 彼は丁度、新たな衣装に着替えたところだった

 ぴっちりとした黒い革製の服は
 シルバーの留め金やベルトなどが大量についている

 メルキゼよりも、火波の方が好んで着そうなデザインだ


「そ、そうかな…
 普段は絶対に着ない服だから、少し不安だったのだけれど…」

「ワイルド路線も案外イケるのぅ
 火波の服を借りて着てみるのも良いかも知れぬな
 お主もそう思わぬか、火波―――――…」


 …………。

 途中でシェルの言葉が途切れる
 彼は軽く咳払いをした後、引きつった表情で火波の肩を叩いた


「…お主は…何をしておるのじゃ?」




 火波の目の前には果物のレプリカが飾られている
 彼はそのひとつを手に取ると、そっと―――…自らの頭上に添えていた

 シェルはその瞬間を見てしまったのだ

 彼の目の前には自らの頭に柚子を乗せた吸血鬼の姿
 豊かな黒髪に柑橘果実の色が良く映える


「お主は鏡餅か?」

「いや、何となく……
 深い意味は無いんだ」

「あったら怖いぞ…」


 頭に柚子を乗せて遊ぶ男を前に軽い眩暈を覚えるシェル
 髪にボリュームがあるせいか、見事な安定感でグラつきもしない


「火波よ…お主がボケよったら、
 一体誰が突っ込み役になるというのじゃ…」

「い、いや、ボケてるつもりは無いんだが…
 何となくそんな衝動に駆られただけで―――…」


「……火波なりのオシャレなの?」

「いや、流石にこれをオシャレだと言い張るほどの
 ナンセンスさは持ち合わせていない筈じゃが――…」

「でも…普段着ているものからして見ても、
 あまりセンスが良いとは言えないと思うのだけれど…」


「美容師のくせに、髪型も野暮ったいしのぅ」

「紺屋の白袴っていうやつ?」


 散々な言われようだ
 ちょっと切なくなる火波

 とりあえず柚子を元の場所に戻しておく




「わしは…あまり服には拘らないんだ
 違う部分を着飾って楽しんでいるわけで――…」

「「………何処を?」」

 シェルとメルキゼの声が見事にハモった
 その表情は怪訝さ丸出しである


「どう見ても、オシャレに気を遣っていそうな部分が見つからないのだけれど…」

「まさか…下着に気合を入れるタイプか!?
 毎日が勝負下着派の男だったりするのじゃろうか…」


「いや、下着ではなくてだな…」

「じゃあドコじゃ?」


「耳」


 ……………。

 ………………………。


 ちょっと長い沈黙が流れた


「…いや、お主…
 耳といわれても…」

「ピアスには力を入れている
 服とのコーディネートを考えて…」


「火波よ…お主のその、
 耳を全体的に隠す髪型で意味あるのか…?」

「普段あまりよく見えない所をさり気なく飾るというのが、わし流のオシャレなんだが…」


「さり気なくどころか、存在そのものに気付かんかったのじゃが」

「…それ以前に私は火波の耳の形すら知らないよ…」


 意味あるのか、そのオシャレ
 その言葉を何とか呑み込んだシェルとメルキゼ

 本人が満足しているのなら、それでいいのだろう



「ど、どれ…
 それでは自慢のピアスをしばし拝見…」


 恐らくこの辺が耳、と見当をつけて火波の髪を掻き分けるシェル

 やがて白くて丸い耳がぴょこ、と現れる
 カーマインのような一般的に多く見られるヒューマンタイプの耳だった


 そして、その耳を飾るのは―――…
 真紅の薔薇を模った情熱的なピアスだった



「…ぅおう…」

「うわ―――――…」


 感嘆というよりは、
 どちらかと言えば少し引き気味の声が漏れる

 シェルは火波の髪を元に戻すと、
 心の中で、そっと呟いた


 似合わぬ…、と――――…





「ええと…じ、じ、じゃあ、そろそろ帰ろうか…」

「そ、そうじゃな…
 服もこれだけあれば、
 どれかひとつくらいカーマインにウケるやつがあるじゃろうて…」

「う、うん…そうだね…」


 さささささっと、素早い身のこなしで火波から遠ざかる二人
 その視線は不自然に斜め下方向を向いている



「……おい、お前ら…
 そう露骨に視線を外すのは止めないか…?」

「いや、断じてそのようなことは無いぞ?
 ピアスが似合わないな、とか決して思ってはおらぬぞ?」


「そうだよ、どちらにしろやっぱりセンスは無かったんだ――…なんて思ってないから」

「拙者らも、突然の事態に驚いただけやも知れぬし」


「毎日見ていれば慣れて、それが普通になるよ
 カーマインだって初めて私の耳を見た時は、かなりひいてたし…」

「……いっそ、ハッキリ言ってくれた方が気が楽なんだが……」


 微妙な空気の中、
 ちょっとイジケる火波だった


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