本格的な夏が来た
 連日の猛暑に全身の血が沸騰しそうだ


 それでもカーマインの特訓は続いていた

 生徒が悪いのか、
 それとも教師が悪いのか…

 想像以上の長丁場に疲労も露な二人は、
 連日新たな特訓方法を生み出しては見事に空振りを繰り返していた



「…あまり根を詰め過ぎても良くないと思うのじゃ
 たまには息抜きでもしてリフレッシュしてはどうじゃ?」


 休憩中の二人にシェルが差し入れを持ってくる
 向こうのチームは対照的に順調に事が進んでいるらしい

 効果のありそうなタリスマンやアミュレットを集めては、
 その力を凝縮させる――…という作業を繰り返しているとの事だ


 最終的には普段から楽に身に付ける事が出来て、
 更に自由に取り外しができるようなペンダントやブローチ型にするつもりらしい

 順調な経過を聞かされるのは嬉しいけれど、プレッシャーに気が滅入る




「…はぁ…結果を出してないのは俺だけか…
 ごめんな、出来の悪い生徒で…みんな頑張ってくれてるのに…」

「そう己を責めるでない
 今まで普通の人間として生活してきたのじゃ、
 いきなり魔力がどうだと言われた所で、身体が付いて来ないのも仕方がない事なのじゃ」


 誰一人として責めたり急かそうとはしてこない
 みんな極めて同情的で協力的だった

 優しく励ましの言葉をかけて、労ったり応援してくれている
 彼らの言葉の共通点は決して『頑張れ』とは言って来ない所だ


 …既にカーマインがギリギリまで頑張っているという事を彼らもわかっているのだ

 その気使いが嬉しいけれど、辛かった
 口では大丈夫と言いながらもどんどん自分自身を追い込んでいる


 このままでは自分がダメになりそうだ




「―――…ああ、ここにいたのか」

 自分たちを探していたのだろう
 火波が軽くてを振りながら近付いてくる


「むっ…どうしたのじゃ?」

「ん…ちょっとな
 メルキゼデク、少し付き合ってくれ」

「……私と?」

「ああ…二人だけで話したいことがある」


 珍しいこともあるものだ

 互いにあまり好印象を持っていない火波とメルキゼ
 お世辞にも相性が良いとは言えない彼らが二人きりで一体何を話そうというのか

 思わず不安がよぎって顔を見合わせるシェルとカーマイン



「の、のぅ…火波よ、大丈夫なのか?
 険悪な雰囲気になったら迷わず逃げるのじゃぞ?」

「おいメルキゼ、いいか、絶対に早まったことはするなよ?
 もし火波さんに何か危害を加えたら絶交してやるからな!?」

「………そこまで信用無い?」

「前例があるから」


 まだ記憶に新しい…新し過ぎる例の事件

 切っ掛けは嫉妬と些細な誤解だったとは言え、
 危うく取り返しのつかない事態を招くところだったのだ

 心配するなという方が無理である



「そこまで神経質になることもない
 少し込み入った話をするだけだ、心配に値しない
 それに既に仲違いも収まっている…今は普通の仲間同士だろう」

「火波に危害を加える気はないよ
 もう誤解も解けたし仲直りしたのだから
 じゃあ、行こうか…どこで話す?」


「ああ…それでは町へ出ようか
 喫茶店にでも入った方が落ち着いて話ができる」

「そうだね、わかった
 ―――…そういうわけだから、少し行ってくるよ」


 二人でさっさと山を降りていってしまう

 彼らは既に以前の事は気にしていないらしい
 過去のいざこざを長引かせないという点では大人なのだろうと思うが…


 サバサバとした態度に逆に不安になるシェルとカーマインだった









「一つ、案が浮かんだから聞いてくれ」


 二人の心配をよそに、
 メルキゼと火波は程無くして戻ってくる

 彼らの表情にも取り巻く空気にも特に変わりはない
 その様子にひとまず安心するカーマインとシェルだったが――…

 彼らの言う『案』というものに新たな不安が湧き上がる


「のぅ火波よ…言っては悪いのじゃが、
 お主とメルキゼで考案した作戦という時点で既に失敗が目に見えておる気が…」

「頼むから痛い点をつくな
 その辺の事情については言われるまでもない
 だが…まぁ、何もしないよりマシだろう?
 ダメもとで挑戦してみないか、カーマイン?」


 …自覚あるんだ…

 しかしメルキゼ一人で考えた案なら不安過ぎるが、
 火波も一緒に考えたのなら信用しても良いかも知れない

 カーマインにとって火波は頼り甲斐のある大人の男だ
 人生経験が長い分、彼が持つ知識にも信頼を寄せていた




「喜んで挑戦します
 選り好みはしていられませんし…
 今は藁にでも縋り付きたい状況ですから」

 乗り気なカーマイン
 それとは対照的に不安そうな表情のシェル…と、そしてメルキゼ


「…カーマイン、まずは具体的な内容を聞いたほうが良い
 その後で考え直すことも出来るから――…本当に、よく考えて…」

 メルキゼの表情は渋かった
 作戦の内容に何か問題があるのだろうか

 居心地の悪そうなメルキゼの様子にカーマインにも不安が過ぎる





「ええと…ぐ、具体的に何をどうするんですか?
 火波さん、すみませんがその辺を詳しく教えてください」

「ああ――…順を追って説明する
 兎にも角にもお前はまず己の魔力の存在を自覚する必要がある
 だからお前の魔力を高めて、魔力がどのようなものなのか感じて貰う」


「そう…ですね
 確かに俺は自分の魔力すら感じ取ることが出来ませんし…」

「ああ、その状態で魔力を操れという方が無理がある
 どのようなものかもわからないのに、それを操れと言われても困るだろう
 だからまずは己の身に宿る魔力の存在を知る事から始めるべきだと思ってな」



 まずは魔力がどのようなものなのかを知るという、根本的な所からのスタート
 回りくどいようだが確かに理に適っているし、何もかもが初心者な自分に合っている気がする

 絵の勉強をする事前演習として色彩学の授業を受けるようなものだ
 実技に行くまでの時間はかかるが、結果的に質の良いものに仕上がる


 流石は火波だ

 つまりは急がば回れという事で――…
 実に説得力があるし、長い目で見れば効率的だろう


 シェルは彼をヘタレだと言うがそんなことはない、凄く頼りになる





「それでだな、実際にお前の魔力を高めてみようと思う
 魔力を高ぶらせて漲る感触を覚えれば自然と『これが魔力だ』と理解できる筈だ」

「…操り方もわからないのに、そんな事が出来るんですか?」

「ああ…お前の場合は特に…な
 以前、魔力の質に付いて話したと思うが…」


 魔力の質の話――…

 確か何を力の源にしているか、という内容だった筈だ
 力の源によってある程度性格や体質も推測できるという事だったが――…



 そこで、ふと気付く

「…そう言えば俺は…?
 俺の魔力の源って何なんだ…?」


 メルキゼがマグマだというのだから、
 彼の魔力を宿した自分も同じ質の魔力を持っているのだろうか

 しかしメルキゼと自分とでは性格も体質もまるで違う




「マグマは絶対違うよな
 うーん…『まさに俺』っていう質の魔力って何だろう…?」

「ああ、お前の魔力はマグマでなければ鬼火でもない
 お前の力の源は―――…心の内に宿る情熱の炎だ」


「……情熱?」

「情熱、興奮、そして愛情――…
 心から生み出される感情の熱こそがお前の力の源だ」


 そう言われても、いまいち実感が湧かない
 別に自分自身を情熱的だなんて思ったこともないし

 それに情熱が自分の力の源だ…なんて言われたら照れてしまう
 自分はそんなヒーロー体質ではないのに

 でも、魔力を高めろと言うからには、
 つまりは情熱を燃やせと言うことなのだろう――…




「ええと…俺の燃える心が魔力を生み出すんですね?」

 漠然とした確信を持って訊ねてみる
 しかし火波は瞳を閉じて首を左右に振った

 そして一言、


「燃えるんじゃない
 萌えるんだ」


 萌え!?



 その瞬間、俺は全てを理解した

 情熱、興奮、愛情
 湧き水のように絶え間なく湧き出てくる熱い感情


 そう、
 俺の力の源は萌えパワーだったのだ


 凄い
 凄すぎる…!!

 まさに俺、これぞ俺って感じだ


 コミケ大好き、同人誌は宝物
 オリジナル・二次作を問わず常に捜し求める美味しい妄想

 煩悩の数は絶対に200を越えている自信がある
 そんな俺の活力源は『萌え』以外の何者でもない


 しかし…魔力までもが萌え毒に犯されてたか――…


 流石だな、俺
 俺、GJ!!




「以前にも言ったが、魔力の質は持ち主の本質を表すもので――…」


 うん、わかってるよ火波さん
 だからお願い

 追い討ちかけないで


「魔力の源が何であるかによって、
 その者の性格や体質などが、ある程度推測――…」

 皆まで言うな


 もう、さ…
 『俺の力の源は萌えです』って言った時点で何もかもがバレるよ

 全てを理解されるのと同時に、
 俺の中で何かが終わる



「…俺は俺以外の何者でもないって事か…」


 全国のオタク同士よ、
 俺はやったよ

 何時如何なる時も自分を貫いたよ
 人間やめてもオタクはやめなかったよ


 ああ、後悔なんてしないさ…
 こんな自分に、むしろ誇りを持つべきだ

 うん、そう…そうだとも!!

 大好きだ自分!!



 心の中で天に向かって親指を立てる俺
 その視線の先に輝くのはたぶん、萌えの星

 でも何故だろう―――…口の中がしょっぱいよ…







「…本題に戻るぞ
 それでだな、お前の魔力を極限まで高める事になるのだが――…」

「つまり萌えパワー全開になれって事ですか」

「ああ、そうだ」


 否定されなかった!!
 突っ込みすら入らなかったっ!!

 ちょっとショック――…


「というわけでこれから、
 第一回、メルキゼデク萌えキャラ化改造大作戦を行う!!」


 なにそれ!?



「ち、ちょっと火波さんっ!?」
 唐突に何を宣言してるんですかっ!?」

 しかも第一回って!!
 もしかしなくても第二回、第三回と続くのコレ!?


「お前を萌えさせる為だ
 思わず『萌え〜!!』とガッツポーズを取るくらいでなければ」

「いや、確かに萌える為にはその対象物が必要ですけどっ!!
 でも何でメルキゼ!?
 っていうか、コレに対して一体何をどうするつもりなんですか!?」


「お前にメルキゼデクと言う恋人がいる以上、
 メイドカフェのメイドや酒場のバニーに萌えるのはマズいだろう?
 ならば必然的にメルキゼデクを萌えられるキャラクターに改造するという事になる」

「確かに第三者に萌えたら浮気になりますけど…っ!!」



 ゴツい三十路間近の男であるメルキゼ
 彼に対して『萌え〜!!』と叫ぶ自分――…

 無理だぁぁ――…っ!!


 違うっ!!
 何かが違うんだっ!!

 俺の中でメルキゼは逞しくて格好良い大人の男なんだっ!!
 メイドやナースやバニーたちとは根本的に違う存在なんだっ…!!

 それを混合させるっていう試み自体が既に無謀だああああ!!



 しかし頭を抱えて打ち震えるカーマインを傍目に、
 シェルは興味心身にその案に乗る


「メルキゼを萌えキャラにって…
 具体的にどうする気なのじゃ?」

「その辺はお前の趣向の問題だ
 お前がメルキゼデクに萌えられるように、尽力は尽くさせて貰う」

「……と、いいますと……?」




「例えば…仮にお前がショタ萌えだとすると、
 メルキゼに半ズボンと白ソックスとランドセルというコスプレを――…」

「そんな恐ろしいことしないで下さいっ!!」


「いや、例えばの話だ
 あくまでも一例――…」

「例えだとしても口に出さないで下さいよっ!!
 俺、人一倍想像力逞しいんですから…
 とてつもないものを想像しちゃったじゃないですかあ!!」


 赤紫色のスネ毛たっぷり半ズボンのメルキゼ―――…怖過ぎる
 でも、お手入れ完璧なツルツル脚線美のメルキゼはもっと怖い




「…あの、つまりは俺が萌えそうなコスプレを、
 メルキゼデクにさせるって事なんですよね…?」

「そういう事だ」


 どうしよう…
 もしここで俺がスク水(♀)萌えとか言っちゃったら、

 スクール水着姿のメルキゼが出てくることになってしまう…!!
 スネ毛ワキ毛付き、筋肉ムキムキ、股間モッコリのスク水男―――…


 これは既に公害
 精神的に以上を来す生物兵器

 萌えるどころか全身が凍りつく
 顔が良い人は何を着ても似合う――…なんて絶対に言ってる場合じゃない



「…で、何がいい?
 お前のリクエスト通りのものを用意するつもりだが――…」

「そ、そう言われても…すぐにはちょっと…
 とりあえず心の準備をさせて下さい」


 自分の一言によって、
 世にも恐ろしい生命体が生み出される可能性もある

 諸刃の剣を託された心境だ
 下手なことはいえない状況に嫌な汗が滲む


 じっとりと汗ばんできた身体をシェルが突く





「…ところでカーマインよ、
 お主は何が好きなのじゃ?」

「あー…うん…
 そうだなぁ――…」


「以前、人妻萌えとか申していたような気がするのじゃが」

「…うっ……」

 そんな事ばかり覚えてるんだね、シェル…



「…なるほど…
 ではまず、メルキゼデクを人妻にして――…」

 無茶言うな


「しかし火波よ、
 今すぐメルキゼをどこかに嫁がせるというのも無理じゃよ」

「無理って言うか…っ!!
 そんなこと誰がさせるかぁぁぁ―――…っ!!」


「わ、わかっている
 そんな事はしないから安心しろ
 だから怒らないでくれ、カーマイン
 ええと…そうだ、人妻っぽいシチュエーションをさせたらどうだ?」

「ふむ…成る程のぅ
 人妻っぽくと言えば―――…
 やはり台所に立つ姿が一番先に思い浮かぶのぅ」


「家庭的な雰囲気を醸し出すという訳か
 ではメルキゼデクをキッチンに立たせれば良いな」

「うむ、決まりじゃな」


 あの…
 水を差すようで悪いんですけど…



「それ、毎日のように見てます

「た、確かに…
 今更な気もするな…」


 毎日のように料理をしてくれるメルキゼ
 今更キッチンに立たれたところで日常風景の1コマでしかない

 常に傍らにいて自分を支えてくれるメルキゼ
 既に彼は自分の妻のようなものなのかも知れない…



「人妻案は駄目みたいだな…
 では、他に萌えシチュは無いのか?」

「そ、そういわれましても…」


 似合わないコスプレをさせても逆に萎える
 自分が好きで、尚且つメルキゼデクに似合いそうなものを考えないと…






「メルキゼの場合は最初から、
 猫耳というある意味最強の萌えを常備しておるからのぅ…
 こうなると逆に難しいかも知れぬな」

「何のコスプレをさせても頭文字に『猫耳』の文字がつくんだな
 猫耳メイドとか猫耳チャイナとか猫耳ナースとか猫耳セーラーとか…」


 うわー…
 メルキゼがやると思うとキツいなぁ…

 特に猫耳セーラーが!!



「…無理だ…萌えるなんて無理だ…っ…!!」

「カーマインよ、そう顔色を悪くするでない
 メルキゼに女装をさせても今更じゃろう?
 少し発想を変えて、男らしさをアピールするようなコスプレはどうじゃ…?」

「そ、そうだな
 メルキゼもその方が―――…って、メルキゼ!?」


 メルキゼに視線を向ける
 そこでは彼が見事に―――…失神していた

 地面にバッタリと倒れ込んだまま動かない



「うわーっ!!
 メルキゼが気絶してるっ!!
 どうりでさっきから静かだと思ったよっ!!」

「ああ、メルキゼデクな
 先ほどの『半ズボンとランドセル』の話辺りで倒れてたぞ」


 知ってたんなら起こせよ


「何も聞かないでいた方が幸せだろうと思ってな
 一時の安らぎを与えてやろうと思ったんだ」

「…た、確かにのぅ…
 しかし…余程ショックだったのじゃな……」



「おーいメルキゼ、しっかりしろ――…
 もうお前に女装なんてさせないから、戻って来いよ――…」

「……うぅ…うーん、うーん…苦しい…
 …この歳になってショタは苦しい…っ…
 ……うぅ…うーん……う――――…嫌だぁ……」


「う、うなされてるっ!!
 苦悶の表情でうなされてるっ!!
 メルキゼ、しっかりしろぉ――――…っ!!」

 慌ててメルキゼを揺り起こすカーマイン


 そんな彼らを傍から眺めつつ、
 シェルと火波はしみじみとした会話を続けていた



「可愛そうに…
 見事に悪夢にうなされておるのぅ…」

「悪夢が現実のものになるまで、そう時間は掛からないがな」

「哀れじゃのぅ…」


 ようやく意識を取り戻し、
 ふらふらと立ち上がるメルキゼを眺めながら、
 シェルと火波は心の中でそっと合掌した――…








「…そ、それで…
 結局私は何をすることになったの?」

「ん―――…まだ決まってない
 でも女装はさせないから安心しろよ」


「ほ、本当に…?」

「ああ、もう見たことあるし
 ドレス姿にも特に萌えなかったからな」


「女装姿よりも、むしろ男らしさをアピールした方が良いと思ってさ
 ほら、お前って元々の素材は良いんだから
 一度ビシっと決めたら案外行けるんじゃないかって」

「つまり男の色香で勝負という事じゃよ
 お主の魅力でカーマインを魅了してやっておくれ」



「……そ、そう言われても…
 私じゃ無理だと思うのだけれど…」

 メルキゼの方は相変わらずの弱気だ
 しかも変な格好をさせられるのでは――…と、警戒心バリバリである


「むぅ…」

 思わず怯むシェル
 当の彼が乗り気でなければ無理だ

 しかしカーマインはシェルの肩を叩くと、
 カーマインは『俺に任せろ』と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべた

 何か作戦があるらしい




「お前で駄目なら――…
 火波さんで妥協するぞ」

「えっ…」

 途端に顔色が変わるメルキゼ


「ほぅ…そう来たか
 カーマインも結構やるのぅ」

 感嘆の声を上げるシェル


「げっ…」

 そして逃げの体勢に入る火波
 見事に三者三様の反応だ



「火波さんにはタキシードかな…
 少し派手なくらいが似合いそうだよな
 火波さんの紳士っぽいんだけど少し邪悪な雰囲気が俺をイケナイ気持ちにさせそうで――…」

「だっ…駄目!!
 絶対に駄目っ!!」


「じゃあメルキゼがしてくれるかな?」

「うんっ!!」


 二つ返事で承諾

 なんて鮮やかな彼氏操縦術だろう
 見事さに思わず拍手喝采を送るシェル




「カーマイン…拙者、お主を尊敬致すぞ…」

「そんな所ばかり見習うなっ
 これ以上腹黒くなってどうするんだお前は…」


 キラキラと瞳を輝かせるシェルを前に、
 ずーんと圧し掛かる不安に潰されそうな火波

 仮にシェルがこの操縦術を習得した場合、
 操縦されるのは十中八九、自分だろう…

 見事にダシにされた貧乏くじ体質の火波
 彼は今日もまた、トホホな溜息を吐くのだった







「スーツは定番だし、やっぱり必見だよな
 でもレザーでワイルドに決めた姿も見てみたい…
 あぁっ…せっかくファンタジーなんだから鎧っていう路線もアリだよな!?」


 テンション高く盛り上がっているモンスターの青年
 色々と萌えな想像をしては一人で盛り上がっている

 魔力を操る修練なのだが…
 当の本人は綺麗サッパリと忘れてしまっているようだ

 格好良く決めた恋人の姿を見たいだけ…という心境なのが見て取れる



「和服…浴衣とかも似合いそうだよな!?
 少し着崩した感じの色香なんて想像するだけで…
 あぁ、でもストイックな魅力も捨てがたいっ!!
 そうだ、ユニフォームや制服っていう王道路線もあるじゃないか!!
 あぁ…どうしよう、次から次へと案が色々出て来て決められない…!!」


 きゃーきゃーと黄色い声を上げながら、
 悶絶しつつ瞳を輝かせるカーマイン

 …この妄想だけで既に萌えパワー全開になりそうな勢いである



「か、カーマイン…制服って…
 頼むから私に学ラン着せるとか言わないでね…?」

「あ…やっぱり、ダメ?」


「絶対にダメだよ!!
 私、もうすぐ30歳だよ!?」

「そっか〜…残念だな
 セーラー服よりは抵抗無いと思ったんだけどな」


「そんなの絶対に着ないっ!!
 女装はしないって話だったじゃないか!!」

 憤慨して声を荒げるメルキゼ
 元々女装キャラだった事実は既に記憶から抹殺しているらしい




「メルキゼよ、男用セーラー服もあるのじゃぞ
 セーラー服は海軍の水兵の制服なのじゃよ」

「水兵…!!」


 シェルの一言豆知識にカーマインの瞳がキラリと怪しく輝く

 この輝きはアレだ―――…
 新たな萌え要素を発見した証だ

 獲物を見つめる獣の瞳をしている



「海軍――…そうだよ、軍服っていう美味しいモノがあるじゃないか!!」

「軍服は食べられないよ…」

「萌え萌えフィルターを通せば最高級の食材なんだよ!!
 あぁ、どうしよう…ストイックかつワイルドな雰囲気を持つ素材を発見してしまった…!!」


 ハァハァと吐息・鼻息共に荒い
 これがオタクの萌えエネルギーなのだろうか…

 圧倒されてしまう他三名




「…水軍と言うと…セーラーの水兵と白詰襟か…」

 火波のポツリと口にした一言
 その言葉をカーマインは聞き逃さなかった


「白詰め襟…シロのツメエリっ!!
 くああぁぁ…セーラー服の10000倍エッチな白詰め襟…っ!!」


「………エッチ…か?」

「………マニアには…たまらんのじゃろう」

「学ランの白くて装飾品が色々と付いたやつだぞ?」

「その手の趣向の者が見れば、恐らくそう見えるのじゃろうて…」


 カーマインの勢いに付いて行けず、
 一歩離れた所で冷静に言葉を交わすシェルと火波

 ちなみに彼らの目には凄まじい勢いで高まって行くカーマインの魔力がしっかりと見えている





「…カーマインは本当にそんなもので興奮出来るのか…?」

「現にしておるであろう
 まぁ、人の趣味は多種多様じゃ」

「……一度、医者に診て貰った方が…」


 そこまで話した時点で、
 くるりとカーマインが振り返った

 思わず身構えるシェルと火波
 …聞こえてしまったのだろうか


「…医者…だって…?」

「あ、いや、その…すまん
 別に馬鹿にしたつもりは無いんだが―――…」



「医者と言えば白衣っ!!
 メルキゼに白衣って似合うかな♪
 顔を赤くしながら震える手で俺の胸に聴診器を当てるメルキゼ…
 うーん、悪くないよな、こういうのも新鮮でさ」


 それ、何てイメクラ?
 っていうかそんな医者、嫌だ

 手が震えてる時点で誤診の連発が予測される




「あぁ…白衣とメガネ姿のメルキゼに、
 俺の全身を診察して欲しいな――…
 たっぷり濃密な一日人間ドックとか…」

「…………。」

「…………。」


「メルキゼの震える手で大きな注射を打たれたら――…」

「いや、それは色々な意味で危ないと思うが…」


「直腸検査とかもしてもらいたいよな…
 アレって事前に浣腸して貰えるんだよな?」

「……う、嬉しそうじゃな…カーマインよ…」


 完全に自分の世界に入ってる
 まさにカーマイン絶好調、という感じだ

 こうなっては妄想が止まらない




「メルキゼに『全部一気に飲み干すんだよ』とか言われながら、
 真っ白なバリウムを喉の奥に流し込まれたり…はぁはぁ…た、堪らない…っ」


 聞かされているこっちも、堪ったものじゃない
 というか妄想は心の中に留めておいて欲しい

 間違っても口に出しては言わないで欲しい―――…切実に



「……何故、『医者』の一言でそこまで瞬時に想像出来る…?」

「じゃから本人も言っておろう?
 カーマインは想像力が逞しいのじゃよ…」


「この想像力を、もっと他の事に費やすことは出来ないのか…?」

「確か…以前、カーマインは故郷で、
 漫画や小説を描いていたことがあるそうじゃが…」


「…内容については…知らない方が幸せなんだろうな…」

 カーマインの背中が遠い…
 湧き上がる切なさに胸が切なくなるシェルと火波だった





 結局、埒があかないと言うことで、
 とりあえず買い物に行って、適当に見繕ってくることになった

 一人留守番のカーマインは未だ妄想が止まらないらしい
 妖しい単語や理解不能なシチュエーションを口走ってはニヤニヤと頬を緩めている


 これを一人で残していくのは、かなり不安だが…

 かと言って一緒に連れて行くわけにも行かないし、
 彼と二人で留守番…というのも怖いものがある



「…じ、じゃあ…行って参るぞ」

「ああ、宜しく頼むよ
 楽しみだな…めくるめくコスプレ萌え天国


 当初の目的は完全に忘却の彼方


「…ここまでやってダメだった場合…
 この案を出した火波が責任とるのじゃよな?」

「……う……」

 露骨にうろたえる火波
 正直言って実施する前から上手く行く自信が無い



「もしダメだったらバツとして…
 この夏が終わるまで火波には、
 今日買うコスプレ衣装を着て過ごして貰おう」


 火波の脳裏にコスプレをした自分の姿が映る
 半ズボンやセーラー服を着た自分の姿…嫌過ぎる



「…火波に白詰め襟を着せても浪人生にしか見えぬよ…」

「ああ…身も心も、そして学ランまで真っ白に燃え尽きた感じだね」


「うむ、生ける灰男じゃな」

「…お前らなぁ…」


 額に青筋を浮かべながらも、火波は思った


 ……やる
 こいつらは絶対やる

 失敗した場合、本気でコスプレキャラにさせられる

 その証拠に――…目が本気だ
 口は笑っていても、眼力に迫力がある



「……何でわし…こんな案出したんだろう……」

 どっぷりと後悔に沈む火波
 既に誰一人としてこの作戦が成功するとは思っていない彼らだった


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